これは、私の「4種類の知識」で分類すれば、「世間話」のカテゴリーに属する。トランプ候補がなぜ世間話の話を演説に盛り込んだのか?自然と世間話の言葉が飛び出したのか、選挙参謀の入れ知恵か、私には解らない。だがいえる事は「世間話」は人々の挨拶と同類に、時には誇張や極端も含むコミュニケイションの言葉だという事だ。つまり、内容はお互いが、新聞で読んだか、テレビで見たか、稀に直接知ったかの違いがあっても、「こんにちは」や「おはよう」だけじゃ物足らなく感じ、もっと親しくなろうとする時に交わし合う言葉だという事だ。事実をもっと付け加えるのか、単なるテレビの受け売りなのか、その違いはあるとしても。

 

トランプ次期大統領の演説には、この世間話のネタが多量に盛り込まれていた。それを聞いた有権者は彼らの世間話に、このネタを盛り込み、結果として、支持者を増やしたのだ。

私はかねがね、「高校の古文教育」には疑問を持っていた。私は「現代日本語主義」者であり、先ず現代日本語で理解しようという方針で日々外国語・古典語の教材には接して来ていた。それは、古文の古語をマスターし、古語文法に習熟し、現代日本語に訳す、という作業を生徒個人が行う時間がもどかしくて仕方なかった為である。

 

最近になってドナルド・キーン著「黄犬(キーン)ダイアリー」に接して長年の不満が解消した。強力な助っ人を得たのである。122ページ 私は自分の専門分野の古典で「日本の学校教育は間違っている」と思っている。外国語でも教えるかのように、最初に原文で文法を暗記させるのでは味気ない。まずは文学としての面白さを教えるべきだ。私は”源氏物語”の英訳で日本文学の素晴らしさに気付いた。英訳があるように日本には優れた現代語訳がある。

 

 

アカデミズム知・ジャーナリズム知・スキルズ・世間話の4種類である。スキルズとは耳慣れないが、すぐに収入に結び付く実践的な知識の集合と定義しよう。ジャーナリズム知は、近代以来数百年が経過しているので、例えば歴史学というアカデミズム知に知的作業を経て転換し得る。世間話というのは、アカデミズム知と対比させれば、その意義も明らかになる。アカデミズム知はどこかで世間話とつながっていなければ存在意義が薄まる。「良くは解らないが、すごい発見だそうだ。」といった話題の取り上げ方でもよい。特にビッグ・データとして交わされた言葉の解析が瞬時に行われる社会では、アカデミズム知の方から、世間話のほうへ降りて来る事も多くなる。私が今注目しているのはスキルズである。アカデミズム知もジャーナリズム知もスキルズもネットでの配信が可能となっており、パッケージ自体では区別がつかない。その知識は「純粋に知的である事の追求なのか?」「今起こっている事の報道」なのか、「すぐに収入に結び付く知識・技能なのか?」といった目的の違いによる区別があるだけである。

 

私がスキルズに注目するのは、例えば「携帯電話の勃興期」の「スキルズ」や「インターネットの勃興期」の「スキルズ」は社会的な影響力が大きい割には、一部の人だけがその重要性を認識し実践していた。という、ジャーナリズム知やアカデミズム知とは異なる伝達の仕方をするという点である。 今、何が行われようとしているのか?それは少しずつその姿を現す。