「いい思いと努力」の教訓は対自的なものだけど、対他的な教訓としては、「ギブ アンド テイク」がある。give and take には、いろいろバリエーションがあって「お歳暮を貰ったら、その相手にお歳暮を返す。」式の対応は、基本だし、固定的な関係を維持する為に用いられる。あまり、親しくない相手から、接待・贈答を受けると「お返し」が大変だからと躊躇したり、丁寧に断ったりする事もある。経済法則に近いgive and take としては、あまり親しくない相手から、接待・贈答のオファーがあった時に、とりあえず受け取り、その相手ではなく、何かしてやろうと思っていた別の相手に何かを贈るという形を取れば、景気が良くなるように関係が拡大してゆく。「何かしてやった。」のに、お返しがない。裏切られた。というのは人情だし、お返しがなくても、構わないように、あまり高価でないものを贈るというのは知恵だ。やり取りされるのが、「物」「サービス」ばかりでなく、「考え」「哲学」「思い」と人間関係は豊富だ。
明雄もこの神田あきらの話を、自分の周囲にあてはめて見る、最大の問題は、読書の時間が多く、その為に考えている事が、現実・授業の言葉で構成されるのでなく、もっぱら吉本隆明ワードで組み立てられている事だ、「心的世界はそれ自体として扱いうるか?」とか、「身体・環界の2方向からやって来た心的世界をどの様に表すか?」とか、、、、
翔は唯物論哲学だし、山下浩は「山本周五郎」や「吉川英治」だ。ボキャブラリイがそれぞれ独特だ。共通言語は「オス!」「消耗した。」「自分ばかり、まともだと思っているな?」なかなか、共通の考えには、至らないのである。