僕(山下明雄)は一年後の事を考えている。彼(山下明雄)には、小学教師をしている母方の伯父がいる。昭雄が51キロ強離れた県立会津若松高校に通学する為に、自炊を始めた頃、伯父は大きな湖の畔の小学校の校長をしていた。ある時、実家に帰る土曜日の夕方、伯父がアパートを訪ねて来た。
 「いっしょに帰ろう。乗れ。」
伯父はそう言うと、助手席に明雄を乗せた。それから30分程、ほとんど無言で車は南に向かって走った。
 僕は現代国語の学習にというだけでなく、何を読むかについては、かなり悩んだ方だろう。同じ学年でも、大沼翔のようにいわゆる左翼系の唯物論哲学を読破している者もいたし、県立会津若松高等学校教諭を父にもつ西川雅也のように、シェイクスピアやトインビーを真っ先に挙げる高校生知識人もいた。読書らしい読書と言えば中三の時に青少年向きに書かれた谷川徹三、伊藤整、笠信太朗、神田順治、天野貞祐の本を読んだ事、赤と黒、狭き門、車輪の下といった名作を読みはじめた事、世界名言集をめくって先哲の箴言を味わっていた事位だ。そして投稿マニアで何度か学習雑誌に掲載された事があった。長山聡先生の言うように、作者の国籍は重要だと思う。思想家が日本人か外国人かは重要だ。昭和40年代、マルクス主義の影響は大きかったし、民族系国学系の思想書も多く出版されていた。在学中に湯川秀樹博士の講演を聞く事ができたが、その事がきっかけで理科系の書籍は日本人の書いたものを読むようになったとすれば、その流れは自然だ。一方、現在の日本社会に不満で、社会変革の理論を海外に求める人もいる。思想は日本人の書いたもの、科学書は欧米人の書いたものを翻訳で読むという組み合わせもある。広く国内外に書を求めるあり方も当然ありだ。
 「現代国語担当の長山聡です。主に論説文と小説を扱います。極端な話をすると、入試の論説文も小説も作者は邦人です。設問は登場人物の心理や、作者が何を言おうとしているのかを問うものです。つまり正解はピントの合った解答を求めているのです。その為に、検定教科書ですが、ドストエフスキーや星の王子さまや外国文学の翻訳が多く載っている教科書を使用します。日本人ならば、ツーカーで分かるとか、以心伝心とか、国内だけで通用する約束事、共有するもの共通するものの多い、ハイコンテクストの、空気を読むとか、そういった事を排除して、もっと普遍的な観点から読んで行きたい。ま、理想ですが、そして、ある日、充分学習した後に、邦人の文章を自然にピントを合わせながら読んで行けるようにする。これが目標です。」