「文武」の問題、「文理」の問題とは別に、時代の変遷に伴って「英語国語」、特に「読書と自動車の運転」の問題は登場した。「本で読んだ事が良く分からない。」「数回読んだがよく解らない。」「教師に質問したが、よく解らない。」「後で理解できるようになるだろうから、少し解ったら先に進もう。」といった対応では無く、「自分の目で見て確認する。」「直接その場所に行って確認する。」「実物しか信じない。」という対応もある。「古戦場」「名所旧跡」を初め、様々な場所に直接行って、関係者に聞いてみるのだ。体験に近い効果が期待できる。多くの知識を網羅的に理解し記憶するという事から言えば効率は非常に悪い、時間が掛かり過ぎる。「読書」と「直接体験」はそれぞれ長短ある学習法だ。「若いのだから伝統的な知識の伝承に集中すべきだ。体験は大人になればいやという程できるのだから。」という正論もある。

 明雄は、月曜と金曜、印刷所の運搬のアルバイトを夏休みまでする事にした。印刷された、新聞折り込み用のチラシが積み上げられている。これを台車に載せて倉庫まで運ぶ仕事だ。知人の東は郵便配達、友人の小泉は映画館でのバイトをしているらしかった。
 明雄は免許取得について調べた。「実技34時間、学科26時間、卒業検定1日、公安委員会指定の学科試験9割以上」これは最短、最低ラインだ。教習所から路上に出る為には修了検定もある。合宿教習の場合でも実技2時限/日、学科2時限/日、何日か3時限/日の場合があっても、最低でも16日程度は掛かる。落とせばもう一度受け直しだ。そして最大の問題は費用だ。大学受験が控えているのに、運転免許取りたいですとは親に言えない。困った。アルバイトしかない。 
  前を走っていた2輪車が左折して、在来線の駅の方に消えた。明雄の父は若い頃、通勤に原付を使っていた。明雄が小学校に入る前だ。走っているところは見てない。玄関から出ていくところや玄関に帰ってきたところしか記憶にない。父が帰ってくる時間、昭雄はもう遊びから帰って、夕ご飯を待っていたのだろう。朝も、多分太陽が昇ってから外に遊びに出ていたのだろう。原付はいつも玄関に置かれていた。伯父の自動車の運転もいきなり4輪からでは、なかった。伯父は自動車を勤務に使う前、大型の自動二輪を使っていた。子供には大型自動二輪は大きく見える。伯父の自宅、母の実家に行った時の強烈な印象だ。そして、町会議員の湊博文さんの自宅にも大型2輪があった。湊議員は太平洋戦争では、南方に行っていた。いつだったかの卒業式か入学式では、赤いリボンを付けた来賓として「日本人は優秀だ。」という話をした。高度経済成長の真っただ中、活気があった。長々と内燃機関にまつわる話をしたのは他でもない。尊敬する伯父の車の中で、一つのアイデアが沸き上がったからだ。番長は自動2輪で通学しているらしかった。部活の森川先輩も自動2輪の免許を持っていて、少しだけ後ろの席に乗せてくれた。実家に着くまでの間、何度も頭の中で繰り返していた。「夏休みに自動車の免許を取ってしまおう。車は伯父さんが使ってない時借りればいい。」