エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベルです
古典のアラブ音楽といえば、一家言を持ったおじさん(55歳)がいるので、
Hedi のことを聞いてみました!
・・・なんと、知りませんでした
劇中に流れていたHedi の歌で、一曲だけ聞いたことがあるものがありました。
その歌(Samra ya samra)のことを尋ねると、
嬉しそうに、『Karem Mahmoudの歌やな』と歌い始めました
え?チュニジアの歌手が歌ったものじゃないの
『エジプトが本家で、カバーされてるだけや。』
と本家の歌を早速、youtube で聞かせてくれました
『どうや、このハッピーボイスは(ええやろ~!!)』
この声をハッピーボイスと表現するのだなぁ
いかに良いかをドヤ顔で、教えてくれます
Hedi のバージョンを見せましたが、悪くない!と一言いって、
聞いてもいない別の歌手の曲を紹介し始めました
Hedi には、興味を引かなかったようですし、意外と知られていないのかしら
Hediも憧れていたエジプト人歌手オンム・クルスーム
印象では、エジプトの美空ひばりといったところです。
彼女の曲が流れると、どこでもエジプト人の大合唱が始まります。
始めに、おじさんの年齢を書いたのは、面白い話が聞けたから。
フランスで最も愛されている歌手、エディット・ピアフが
最後に歌った劇場といえば、パリにあるオランピア劇場
ピアフ(1915-1963)は、ここで有名になったと言われています。
1967年11月14日 このオランピア劇場で、歌ったのは、エジプトの歌手オンム・クルスーム
マイクが壊れていたにもかかわらず、地声が強く、誰もマイクが壊れているなんて気づかなかったというエピソードや、
オンム・クルスームの(アラビア語の)歌を理解できないフランス人に大喝采で受け入れられたという逸話を残すライブだったそうです。
↑おじさんに聞きました。
youtubeでいくつか当時のライブの様子が見られます
本当に凄いですエジプトのリサイタルの様子と変わらない
20世紀最高のソプラノ歌手とまで言われた
マリア・カラス(1923-1977)が、彼女に言及して、比類ない声だと言ったということも残っています。
なんだか、めちゃめちゃすごいことですよね
フランス人の友人(77歳)は、アメリカへ亡命する際のボートで歌うピアフを見ていたり、
オンム・クルスームのことも知っていましたが、それもそのはずです。
エジプトだけで有名だったわけじゃないんですね。
エディット・ピアフもきっと知っていただろうな。
ピアフは、彼女のことをどう思ったのでしょうか。
エジプト人のおじさん(55歳)は、いま、オンム・クルスームの歌が大好き
彼のそばに行くと、いつでも、流れています
それなのに、子供の頃は、オンム・クルスームが大嫌いだったそう
なぜかというと、
オンム・クルスームの月例ラジオコンサートが月初の木曜夜にありました。
それは、親たちが楽しみに待ちわびたもので、
子供たちは、騒ぐことが許されず、静かに過ごさなければいけなかったから。
なんて、素敵なエピソードなんだろう
オンム・クルスームは、大統領になったナーセルのお気に入りで、
ナーセルの政策に加担したのでは、とか、
オンム・クルスーム自身が愛国主義者で、民族主義だったため、
ナーセルの思想を強く支持したとか、
どちらが先だったのかは分かりませんが、
それにより、一層、アラブ世界にその名を轟かせたのだと思います。
世界中でもっとも人口の多い諸都市の幾つかで、通りをがら空きにすることで有名でもあった……
放送時間になると、ラジオのスイッチを入れるため、人々が急いで家に突進して帰ったためである。
ウィキペディア『ウム・クルスーム』より