エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベル

エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベル

エジプトの現地旅行会社です。
カイロから情報発信中!!

トライウェイズトラベルエージェンシーはプラネットツアーズ&トラベルの子会社です。
そのプラネットツアーズ&トラベル内に日本人マーケット専門として作られたのが
トライウェイズトラベルエージェンシーです。
どうぞよろしくお願いします。

エジプト旅行のお問い合わせ、ご連絡はこちらまで
nishihara@triways.com.eg

弊社ホームページ https://triways-jp.com/
弊社ツイッター https://twitter.com/triwaysj


エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベルですひらめき

 

エジプトのロイヤルファミリー、クイーン・ナズリの持ち物だったネックレスが

ウィーンの博物館の企画展で盗まれたという話を知り、

盗まれたことより、あのネックレスを見られる機会があったんだ真顔

残念、見たかったな悲しいという思いが先でした。

 

 

あらためて、ナズリのことが知りたくなり、動画や記事などをチェックしました。

一通り、ググると、以前は分からなかったファルークが彼らを王室から追放した理由、

ナズリ達を不幸に陥れた義理の息子と哀しい最期を迎えた娘のことがよく分かり、

気が滅入ってしまい、

目に入ったファルーク王の長女フェリエールのインタビュー番組を見ました。

 

このインタビューの動画の存在は知っていたけど、

ファルーク王の妹のファウジィーアは王政崩壊後も、老いてなお、

どの写真を見ても、ロイヤルとしての矜持を持ち続けたように見えたのですが、

失礼な話ですが、動画にうつるフェリエールはどこにでも居そうな感じがして、

見る気にならなかったのです。

 

それが、観ている間に素敵な女性だったことが分かりました。

 

亡命を余儀なくされたファルーク王の娘として、

大変な思いをして生きてきただろうに、

インタビュアーの昔に戻りたいと思いませんか?という

意地悪な質問に

 

『私は前を見ているのよ!明日のために生きているの。

過去は過去で過ぎ去ったことです。』

 

そう言って微笑んだ姿が印象的でした。

 

1940年ごろのファルーク王とファリーダ王妃とともにうつる

フェリエール(1938-2009)

 

フェリエールのインタビューから

彼女が10年住んでいたアブディーン宮殿(外観からですキメてる)を見たくなりました。

 

 

フェリエールは、アレキサンドリアのモンタザ宮殿で生まれ、

父ファルークが母親と離婚するまでは

アブディーン宮殿(夏はモンタザ宮殿)で育ち、

ファルークがナリマンと再婚(子供の親権はファルーク)してからは、

コッパー宮殿へ移り住んだそうです。

 

ファルークとナリマンの結婚式

右端にうつる存在感大のファルークの妹ファウジィーア

 

その3年後にはエジプト革命が起こり、彼らはイタリアへ亡命します。

 

インタビューの中で、子供の頃の日課や父ファルークのこと、亡命について、

母親の違う義理の弟アハマド・フアード、

ファルークが亡くなってからの親族の付き合いについて、

意地が悪く感じられる質問もありましたが、確かに気になる、

興味深いことばかりでした。

 

 

ファルークは公務が忙しくても30分でも時間があれば

「私たち子どものところへ遊びに来てくれたのよ。」と顔をほころばせていました。

 

 

その後の話で、両親といつも一緒に生活していたわけではなく、

父も母もそれぞれのフラット(?部屋?)があり、

子供たちは主に召使のひとたちと一緒にいたそうで、王族は皆、そのように育つのが

普通なんだと話していました。

 

エジプトにいたときには学校へ行ったことがなく、他の子供と遊ぶことがなく、

いつも大人に囲まれていたそうです。

 

 

フェリエールが13歳のとき、

亡命の直前、ファルークは子供たちに

エジプトで母親と残るか、自分についてくるかを

選択させました。

 

 

レバノン人のインタビュアーは継母ナリマンのことや、父の最後の恋人のこと、

現在の親族との付き合いなど、娘が気持ち良く答えられないようなことを尋ね、

それに正直に答える姿に潔さを感じました。

 

フェリエールは亡命後、姉妹たちと家庭教師による教育を受けた後、

スイスの寄宿学校に通いました。

身分を秘密にするという条件でスイスの学校でタイピングとフランス文学を

教えていたそう。

スイス人と結婚し、その地域のホテルを経営しました。

一女をもうけた後、離婚、その後再婚はせず、

離婚した義理の弟を精神的に支え、姉妹を看取りました。

 

1973年になり、サダト大統領により入国を許可され、エジプトのパスポートを

取得、それから夏はエジプトで過ごすようになったそうです。

 

2009年に亡くなる2年前、革命から55年経ったインタビューでした。

 

『父はいつも心の中にいるのよ。』

 

 

イスマイールの時代からファルーク(アハマド・フアード2世)まで、

(クイーン・ナズリスイートが残っています)

ここを舞台にいろいろなドラマが繰り広げられたアブディーン宮殿

 

宮殿前には、影もなく暑いのもあり、ものの10分もいなかったのですが、

彼らの人生を知るごとに、切なく見える宮殿です。