暴虎事件
刑事事件に発展した1982年8月31日に横浜スタジアムでの乱闘。
以下、Wikipediaより引用
島野、柴田両コーチは、取り囲まれた鷲谷塁審を抑えつけ、殴る蹴るの暴行を加えた。さらに止めに入った岡田功球審ら他の審判員に対しても、同様に殴る蹴るの暴行を加え、岡田球審はグラウンドにうずくまった。島野、柴田両コーチには直ちに退場が宣告されたが、二人はその後もしばらく暴行を続けた。
この試合の責任審判でもあった岡田球審は、「暴力団のようなチームと試合できるか!!」とプロテクターをたたきつけて怒り、審判団を引き揚げさせた。
阪神側は安藤統男監督が控室を訪れて陳謝し、中断時間10分程で、岡田球審が「大変痛めつけられましたが、柴田、島野両コーチを退場させて試合を再開します」と異例の表現で場内アナウンスし、試合を再開することとなった。
なお、審判団は没収試合も考えていたが、上記の陳謝があったことと夏休み最後の日で多かった観客への配慮から続行を決めたという。
この試合は、テレビ神奈川等で放送されていたという。
試合の結果は、問題の飛球を打ち上げた藤田が9回に2点本塁打を放ち、阪神が3対1で勝利した。
皮肉な話だ。
以下、Wikipediaより引用
神奈川県加賀町警察署は、試合終了後に岡田球審、鷲谷塁審、手沢庄司二塁塁審の3人から事情を聴取し、傷害事件として捜査を始めた。この過程で、審判員の怪我は、岡田球審が全治2週間、鷲谷塁審が全治1週間という診断が下された。
同警察署は9月2日に島野、柴田両コーチに任意で出頭を求めて取り調べを行った。プロ野球のコーチ、選手が試合に関連して警察の取り調べを受けることは極めて異例であったという。これを受け、阪神は「10日間活動禁止」なる処分を2人に下したと発表した。
横浜地方検察庁は9月29日に島野、柴田両コーチを略式起訴し、横浜簡易裁判所は2人に罰金5万円の略式命令を出した。
以下、Wikipediaより引用
7回表(得点は1 - 1)、この回の阪神の先頭打者である藤田平は三塁前に飛球を打ち上げた。最初は捕手の辻恭彦が捕るつもりで追っていたが、三塁手の石橋貢が捕球態勢に入ったので、辻は石橋に任せた。ところが石橋はこれを捕球できず、ボールは後方のフェアゾーンに落ちた。バウンドした打球は本塁 - 三塁間のファウルラインを越えてファウルゾーンに転がり出た。この打球を、鷲谷亘三塁塁審はファウルボールと判定した。
この判定に対して阪神側は、まず河野旭輝三塁ベースコーチが、「打球がフェアゾーンで石橋のグラブに触れてからファウルゾーンに出たからフェアの打球だ」と主張して抗議を始めた。鷲谷塁審は打球が石橋のグラブに触れていないとしてファウルボールと判定しているので、本事件はルールの適用ではなく、純然たる事実認定をめぐる抗議だった。阪神側は、さらに島野育夫一塁ベースコーチ、ベンチを飛び出した柴田猛コーチ、さらには選手のほぼ全員が加わり、三塁側ファウルゾーンフェンス付近で鷲谷塁審を取り囲んだ。フェンスの向こうにはこの後の暴力行為に声援を送り続ける阪神ファンもいた。この時阪神の選手で止めに入った選手は真弓明信のみであったという。
なお、この試合の中堅手であった高木豊が後で石橋にグラブに当たったのか確認したところ、真っ青な顔で「当たった」と打ち明けたとのことである。
誤審で有ったとはいえ、こんなことをしては、いけないよ、子供たちの前で。


