きゅうりのキューちゃん大好きで、少し大げさに言うと、以前はそれがないと白米が食えなかったことがある。
パリパリ豪快に音を立てて食いまくっていたさ。
しかしこれの塩分ってどうなんだろうか?危険値なんじゃないのか??
今にして気が付いた。
20世紀に起こったラジウムブームの爪痕は、現代ものこされている。
かって、ラジウムブームの先駆者的な場所だったパリには、いまでも130の場所に汚染の疑いがあり、そのうち40の場所は除染対象区域に指定されていたりもする。
ラジウムの発見者、マリー・キュリーが遺した論文ノート、家財、服、料理本にいたるまで、あるいは実際に使っていた実験器具に残された彼女の指紋にまで、ほぼすべてが放射能で汚染されているという。
多くはフランスの国立図書館に、鉛で強化された箱に厳重に入れられて保管されている。
今後1500年の間、非常に高い放射能を保ち続けるからだ。
直接閲覧には防護服着用が必須だとか。
交通事故で死んだ夫ピエールは、激しい疲労と疼痛に苦しんでいたという。
マリーも晩年は同じ症状を訴え、長期にわたる放射線被曝が原因の再生不良性貧血、白血病によって死去した。
マリーもピエールもポロニウムとラジウムのサンプルがはいった瓶をポケットに入れたままで過ごし、寝室で夜間の照明としてサンプルを保管していたし、実験室にはさまざまな放射性物質が無造作に置かれていたという。
マリーの長女のイレーヌは放射線技師としても活躍したが、長い放射線暴露による影響から急性白血病を発病し、生涯をとじた。
1923年から2年半イレーヌの助手として研究をおこなった日本人の山田延男氏は原因不明の体調不良を起こして帰国後翌年に亡くなる。
ちなみに、マリーのまわりの人物も次々に原因不明の白血病で倒れているという。
それでも放射性物質と健康被害の明白な因果関係はなかなか証明されなかった。
マリーの遺体は、1995年に夫ピエールとともにパンテオンに移されたが、ラジウム226で汚染されていたため、鉛の棺に入れられ保管されている。
そして遺品同様、今後1500年にわたり非常に危険な量の放射能を保ち続けるのである。
危険な量の放射能を帯びているラジウム商品は、未だに世界中のどこかで保管されていたり、はたまたどこかを巡り巡っているのかも。
