昔、頭骸骨の形の貯金箱を持っていた。
どこかで買ってもらったのだ。
これが夜光塗料が塗られているという非常に不気味な代物だった。
お金はもちろんたまらなかった。
なぜそれをえらんだのだ?
小学生低学年だったと思うが、そのころの自分は江戸川乱歩の世界にどっぷりとはまっていたのだ。
「怪奇40面相」の表紙に書かれた黄金のどくろが意識に刷り込まれていたと思う。
乱歩のほかに水木しげるの世界にはまったり、どんな小学生やねん。
ラジウムとラドン、ウランとかややこしいけど、ラジウムがアルファ崩壊してラドンになる。
1903年、田中館愛橘により初めて日本にラジウムが持ち込まれた。
また1904年には、三浦謹之助が「ラヂウムに就て」という神経学雑誌を発表した。
彼は、東京医学会例会において、ラジウムを用いた治療について言及した。
1906年には長岡半太郎がラジウムの特徴について紹介している。
現在、工業的利用は全くないが、1960年代以前、時計の文字盤の夜光塗料として利用されていた時代があった。
これは手作業で塗られており、作業を行うのは主に女性労働者で、彼女たちは筆先を整えるのに舌で舐めて整えていたという。
これが悲劇を呼び、時計工場の女性労働者の間にラジウムが原因と思われる病気が多発し、死亡例が相次いだのだ。
今でいう舌のがん、口腔がんなどである。
時計工場の女性労働者は訴訟を起こしたが、これは従業員が会社を訴える権利を確立させたの最初の例となり、労働法史上画期的なこととされている。
彼女たちは「ラジウムガール」と呼ばれている。
時計の文字盤に塗ることが一般的だったのは世界的だったので、当然日本でも行われていたと思われる。
また大型の輸入品の時計などにはラジウムがたっぷりと塗布されていたのであろう。
2011年、東京世田谷区の木造民家の床下からラジウム226の塗布されていると思われる時計が見つかり大騒ぎとなった。
毎時600マイクロシーベルト(年間5,256ミリシーベルト)だったという。
なお、ラジウムが発見された場合の処分費用の高額さとその負担ということが、新たな問題となり浮上してきている。
さいごに、高野寛セカンドアルバムにRINGに収められている「アトムの夢」という曲の歌詞も、今から読めば、明確に核を否定していることに気づかされる。
なぜかこの頃には、気が付かなかった、高野さんのメッセージに。
始めは悪気はなかった筈さ
明るい未来が待ってた筈さ
間違いは起きないと 誰もが信じて疑わなかったよ
『信じられない』その出来事は
『考えられない』ミスから始まる
希望と勇気 溢れてた 正義の味方のアトムはもう来ない
汚れた地球は いつまで続く?
僕等の命は いつまで続く?
もう 誰も見ない アトムの夢
時計の針 戻らない 黒い雨が 世界に降り注ぐ
汚れた地球は いつまで続く?
僕等の命は いつまで続く?
もう 誰も見ない アトムの夢
機械に埋もれて 電気で動く
痺れかけてる僕等の社会
間違いは 認めよう
僕等の願いは 必ず届くさ

