実は意外と外国人が多かったり
あと近所に朝鮮総連あります(法政大の近く)
さて何か書く
実をいえば靖国神社、国営ではなく 一介の宗教団体という事になる。
だから、本当は誰を祭ろうが、崇めようが 国や政府がとやかくいってはいけない事
やったら「信教の自由」を脅かす事になるからだ
いわんや外国政府もだし、外国が日本政府に「A級戦犯を祭るな」といっても、日本政府にはどうしようもない問題
ホントに辞めてほしいなら靖国側に直接伝えるのが筋だし、日本政府には「こっそり」圧力をかけるべき
それをしないのは 中韓が外交カードと認識している あるいは国内向けパフォーマンスと考えた方がいい
さて「戦死者を神として奉る」という行為について
日本人の価値観には「死なば仏」とはあるが「死んで神」というのは少ない
学問の神様、菅原道真なんかは「祟りを恐れて」神になっている訳だ
藤原鎌足(春日大社)は藤原一族の始祖という立場だ
まぁ神道的には珍しい行為と言えようかな
「戦死者を神にするなんてクレイジー、好戦的」と「海外ではありえないと言われている」なんてたまに聞くが、元々海外で死者を「奉る」という考えがないから
アーリントンでもノイエヴァッフェでも 死者を「追悼する」施設なんで
単に宗教感の違いにすぎないし、逆にいえば海外の施設と靖国神社は宗教的な性格が異なっている訳だ
だから 単純に「国の為に戦った戦死者を奉るのは海外では常識」とは言えない
ではA級戦犯の話
実いえば 合祀問題なり参拝問題は歴史観の対立とは言えない
何故なら A級戦犯の犯罪性は東京裁判に由来するが、東京裁判自体が左右問わず「支持されていない」からだ。
何故なら レフトな方々からみても東京裁判が「戦勝国が裁かれていない、そもそも勝者が敗者を裁くのは公平か?」という問題があるからだ
"空襲や原爆投下が合法"と公言するレフトな方を私は知らない
ちなみに1955年7月19日に衆議院は"戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議"が採択されている
内容はこんな感じ
・戦勝国も原爆投下等非人道的行為をしている
・戦勝国が敗者を裁くのは国際法上疑念がある
・だいたい 戦犯問題も冷戦の前では意味を成さない程度の問題
最後についてはちょい解説
日本独立後も国内外の収容所に戦犯がおり 日本国民は釈放を願っていた
インドやフィリピンは日本からの援助欲しさに釈放し ソ連や中国は日本に恩を売るため釈放
アメリカはそんな東側への対抗から釈放
つまり 現実的な政治の前では戦犯の善悪なんて大した問題ではない という事を"国会が認めている"
閑話休題 ではレフトな方々は何を恐れているかについては"国家神道の復活"つまり 政府が1宗教団体に過ぎない靖国に特別な関心を払っている点
まぁ結局の所 一番の問題は「国家の責任である戦死者の"追悼"を1宗教団体に事実上丸投げしている」「しかも、それが"追悼"という形ではない」であるという事
宗教にナァナァな日本人らしいといえばそうかな
まぁ原発みたいに国策民営でやっているようなモノか
でも責任関係が不透明になりがちだけどね
だから「国立」の「無宗教」の「追悼施設」が必要 という議論になる
結局の所 伝統的な宗教に対する無関心さに 左右の自称知識人なり愛国者なり平和主義者なり外国政府なりが付け込み お祭り騒ぎになっている、というのが 靖国問題の本質かな と個人的には思っている
そして死者はほったらかしにされている
実は戌辰戦争時の幕府側戦死者は祭られていない、官軍は祭られているが
要は「官軍(ひいては天皇)に弓を引いたから」なんだが、つまり「幕府側は賊軍で日本の為に戦ったのではない」という認識という事か
「死ねばみな平等」という理念とはちょっとおかしいんじゃないかな?
まさか幕末動乱を愛国者VS売国奴 なんて認識なのか?
それはおかしくないかな
散々 偉そうな事いいながら この辺無視し続ける自称知識人だのA層だのという皆様が
あと近所に朝鮮総連あります(法政大の近く)
さて何か書く
実をいえば靖国神社、国営ではなく 一介の宗教団体という事になる。
だから、本当は誰を祭ろうが、崇めようが 国や政府がとやかくいってはいけない事
やったら「信教の自由」を脅かす事になるからだ
いわんや外国政府もだし、外国が日本政府に「A級戦犯を祭るな」といっても、日本政府にはどうしようもない問題
ホントに辞めてほしいなら靖国側に直接伝えるのが筋だし、日本政府には「こっそり」圧力をかけるべき
それをしないのは 中韓が外交カードと認識している あるいは国内向けパフォーマンスと考えた方がいい
さて「戦死者を神として奉る」という行為について
日本人の価値観には「死なば仏」とはあるが「死んで神」というのは少ない
学問の神様、菅原道真なんかは「祟りを恐れて」神になっている訳だ
藤原鎌足(春日大社)は藤原一族の始祖という立場だ
まぁ神道的には珍しい行為と言えようかな
「戦死者を神にするなんてクレイジー、好戦的」と「海外ではありえないと言われている」なんてたまに聞くが、元々海外で死者を「奉る」という考えがないから
アーリントンでもノイエヴァッフェでも 死者を「追悼する」施設なんで
単に宗教感の違いにすぎないし、逆にいえば海外の施設と靖国神社は宗教的な性格が異なっている訳だ
だから 単純に「国の為に戦った戦死者を奉るのは海外では常識」とは言えない
ではA級戦犯の話
実いえば 合祀問題なり参拝問題は歴史観の対立とは言えない
何故なら A級戦犯の犯罪性は東京裁判に由来するが、東京裁判自体が左右問わず「支持されていない」からだ。
何故なら レフトな方々からみても東京裁判が「戦勝国が裁かれていない、そもそも勝者が敗者を裁くのは公平か?」という問題があるからだ
"空襲や原爆投下が合法"と公言するレフトな方を私は知らない
ちなみに1955年7月19日に衆議院は"戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議"が採択されている
内容はこんな感じ
・戦勝国も原爆投下等非人道的行為をしている
・戦勝国が敗者を裁くのは国際法上疑念がある
・だいたい 戦犯問題も冷戦の前では意味を成さない程度の問題
最後についてはちょい解説
日本独立後も国内外の収容所に戦犯がおり 日本国民は釈放を願っていた
インドやフィリピンは日本からの援助欲しさに釈放し ソ連や中国は日本に恩を売るため釈放
アメリカはそんな東側への対抗から釈放
つまり 現実的な政治の前では戦犯の善悪なんて大した問題ではない という事を"国会が認めている"
閑話休題 ではレフトな方々は何を恐れているかについては"国家神道の復活"つまり 政府が1宗教団体に過ぎない靖国に特別な関心を払っている点
まぁ結局の所 一番の問題は「国家の責任である戦死者の"追悼"を1宗教団体に事実上丸投げしている」「しかも、それが"追悼"という形ではない」であるという事
宗教にナァナァな日本人らしいといえばそうかな
まぁ原発みたいに国策民営でやっているようなモノか
でも責任関係が不透明になりがちだけどね
だから「国立」の「無宗教」の「追悼施設」が必要 という議論になる
結局の所 伝統的な宗教に対する無関心さに 左右の自称知識人なり愛国者なり平和主義者なり外国政府なりが付け込み お祭り騒ぎになっている、というのが 靖国問題の本質かな と個人的には思っている
そして死者はほったらかしにされている
実は戌辰戦争時の幕府側戦死者は祭られていない、官軍は祭られているが
要は「官軍(ひいては天皇)に弓を引いたから」なんだが、つまり「幕府側は賊軍で日本の為に戦ったのではない」という認識という事か
「死ねばみな平等」という理念とはちょっとおかしいんじゃないかな?
まさか幕末動乱を愛国者VS売国奴 なんて認識なのか?
それはおかしくないかな
散々 偉そうな事いいながら この辺無視し続ける自称知識人だのA層だのという皆様が