戌年である2018年ももうすぐ終盤。
コン年度は干支の実感がその干支生まれじゃなくても幅広く実感できる年だったとあらためて実感できる。
コン年度、戌年の誼で投稿したバニラの記事も戌年を象徴する事と言えよう。
というわけで、戌年終盤を飾る記事としてコン年度最後のバニラの記事を投稿する。


まずはどアップフォトから。
やはり、わんこ系統の動物はこういったどアップフォトが似合うと言っていいだろう。
もちろん、イヌ科の動物の魅力の基準の一つである『マズル』や『鼻先』を意識して撮影している。

続いては、バニラのごろ寝シーン。
小さい頃からバニラはこうやってごろ寝してる事が多かった。
それは大きくなった後も表れており、むしろ小さい頃よりも目立つようになるほどだった。
その理由は…

この(メスだけに)妊婦のようにぼてっとした腹である。
ビーグル犬は、猟犬ゆえに『出されたものは無理してでも全部食べる』という習性があるため、それもあってかバニラのお腹はかなり出ているのだ。
そのため、長い間座ったままでいる事が出来ず、基本は横になっているのである。

そのぼて腹ぶりは、タヌキのようにボディーパーカッションが出来るほどのものである。
フォトでもひそかに見えてると思うが、バニラはお腹をそういう風にされると『ちょっとやめてよ』と振り返ってくる。
バニラの様子を在り来たりじゃない形で撮影する事も、ここに投稿する意識のもとで前提にしている。

これは、バニラが毛づくろいをしてる様子を遠くからズームで撮影したものである。
バニラは私が近づくと、何かをしてる(基本は横になってるけど)途中であっても真っ先に近づいてくる。
そのため、個人的に毛づくろいをしている時は、多少写りの質が下がっても遠くから撮影しなくてはならない。
これは今までからしても一番いい撮れ方になったフォトと言える。

にゃんこが毛づくろいをするのは、日常茶飯事規模で見かけるが、わんこが毛づくろいをするのはひそかに見た事がない。
こういった事は、他のわんこにも見られるものなのだろうか。
ちなみに、こういう事をしてるバニラだが、なぜかわんこの典型例な仕草である『顔ペロ』はしてこない。
撮影といえば、『瞬間』を撮るのが基本。

シャッターを切った瞬間にバニラがあくびをしたのでこの瞬間が撮影出来た。
バニラのあくびの瞬間は以前もあったが、それも偶然撮影出来た瞬間だった。
私が撮影しているカメラは、ボタンを押したらピントを合わせる事もあってか、少しタイムラグがある。
そしてそのタイムラグが起きている時に、こういった事が急遽起きてこのようになるのだ。
スマートフォンならば、まさしくそのタイムラグなしにすぐに瞬間を撮影できるが、ガラパゴスはそうもいかない。
そういった下位互換と言える特徴が、今出来る形で瞬間を撮影する事をこうした奇妙な形で叶えてくれるとは皮肉なものである。
他にも、写りのいいバニラのフォトは出来る限り撮影して載せている。



撮影する度に実感されるのは、どれも以前撮ったのと似ているような写りであっても、決してピッタリ同じではなく、何かが違ってる写りであるという事だ。
こういった一つ一つがひそかに違う写りだと実感するのも、その時だけしかない『瞬間』を写しているからなのかもしれない。

時にはこういったほけ~っとした瞬間もあったりするのがバニラである。
しかし、基本はビーグル犬の特徴ゆえなのか、とても活発であり、こういった瞬間はそういった意味も込めて貴重なものと言えるかもしれない。
ただ撮影するだけでなく、思い切って大胆な撮影にも挑戦してみる事にした。

むに~

ぶに~
以前からひそかに撮影してみたいと思っていた私がバニラに対して頻繁にやる『顔ぶに』である。
見ての通り、両手はふさがっているので、どうやって撮影したかと思うであろう。
方法は単純な事である。
当てずっぽうに、カメラを顎に挟んで持ち、セルフタイマーを使って一か八か形式で撮影したのである。
多少のズレはあったが、どうにか撮影出来たのでよしとしよう。

ビーグル犬のたれ耳をめくるのにも挑戦したが、頬っぺたよりも嫌がっていたので片手での撮影にとどまった。
時々、耳をめくって頭に乗せる事もあれば、耳で目隠しをしたり、耳の穴に息を吹きかけたりする事もある。
顔ぶにと同じような事が出来れば、ダンボみたいなシーンが撮影できるのだが…
それは、もう少しやりやすくなるまで保留しておくとしよう。(一応やろうとは思ってんのね)



バニラのその時を撮影したフォトは、以前撮影したのと似ているようでひそかに何かが違う事を自然に気づかせる新鮮さを実感させてくれる。
同じような様子でも、その時その時が常に違うからこそ、そういった事を実感させてくれるのが今に表れている『瞬間』なのかもしれない。
バニラの撮影を通して私はあらためてその事に気づかされたのだった。

コン年度は今まで以上にバニラの事を色々実感した一年だった。
それは単にコン年度が戌年だったからにとどまらず、こうして私が故郷に戻り、今まで以上にバニラと直に触れあえたからというのもあるのだろう。

わんこと直に触れあう事は、私が市川に一方的にい続けている時にひそかに抱いていた願望だった。
そこにいる間は、わんこどころか他の動物と触れ合う機会さえなかっただけに、色々あったとはいえ、こうして再び直にわんこと触れ合う事が出来るようになったのは、私にとってもいい機会だったとあらためて思う。

バニラ自身も、こうして散歩以外の事で直に関わってくれる存在がひそかに私以外いなかった事もあってか、活発にはしゃぐ事を基本に、時にこうした表情を浮かべるほど、それを嬉しく喜ばしいように思ってるように私には思えた。

コン年度は、干支やそれに関する動物への誼が広かったからとは別の意味で、戌年だという事を実感した年だったと言えよう。
今まで以上にわんこと直に触れ合えた事。
バニラとの交流を通して、わんこへの思い入れを今まで以上に持った事。
それを通して7年前のひそかに忘れ去られていた漫画を見つけた事。
バニラとの交流は、私にわんこに対する今までにない大きな事をもたらしてくれた。
コン年度の戌年は、まさしくバニラの年だったと言えよう。

その戌年ももうすぐフィナーレである。
あっという間と思う事もあれば、やっとと思う事もある、そんな12年ぶりの戌年だった。

戌年は終われど、バニ年は続いていく。
今日も。
明日も。
明後日も。
そして…
これからも…
ね、バニラ。
