今朝妻に怒られた
 
おれのことを心配してのことだった
 
今日もまたJOG&WALKに行こうとしているおれに対し
 
「今まで日常生活でも足が痛かった人間が急にやり過ぎだ」
 
「どうしてもっと考えられないのか」
 
確かに少し動けるようになってきたからと調子に乗っていた
 
こういう考えを改めないときっとまた故障を繰り返す
 
これ以上走れなくて妻に迷惑をかけたくない
 
こうやって厳しく言ってくれる妻には本当に感謝している
 
 
 
突然だがここで故障の経過を振り返ってみたい
 
最初に痛みが出たのは今年の4月に4'00/kで30k走をやったときだった
 
28kぐらいで突然左ハム内側辺りに痛みが出て一瞬立ち止まった
 
実はこの1週間前に厚木から下田まで140kの夜間走をやっていた
 
 
 
 
 
 
箱根の山や天城峠のアップダウン(特に下り)でダメージがあったんだと思う
 
 
2週間後の富士五湖118kは前半何度も足が痛くて止まったり歩いたりしたが、奇跡的に後半痛みが出なくなって7位まで順位を上げることができた
 

 
いったん完全休養したおかげで、6月の奥武蔵ウルトラマラソン78k(最大高低差812m・累積標高2,127m)に向けてアップダウンの練習がバンバンできるまでに回復した
 
準備期間は短かったが団体戦10連覇とチーム内1位という結果で終わることができた
 
↑仲間が作ってくれたお気に入りの写真
 
 
しかしこのレースのダメージは相当大きかった
 
 
あきらかに走れなくなったのは6月中旬
 
仲間と3人で横浜駅から三浦半島を1周してまた横浜駅に戻るという111kの夜間走のときだった(自分は88k鎌倉駅でやめる予定だった)
 
時刻は深夜2:30
 
41k走った先の久里浜港のコンビニでリタイアした
 
痛くてこれ以上走れなかった
 
何とか自力で久里浜駅まで歩くも時刻は3:30
 
着替えもなくて汗冷えで寒い中、地べたに座って1時間以上始発を待った
 
 

 
 
これ以降は本格的に走れなくなった
 
 
3連覇してた7月の彩湖8時間走(元々は3種目走(2日間で5k→42.195k→8時間走)だったが昨年から8時間走だけになった)は、招待選手だったためダメ元で出場したが開始20分で痛くなる始末
 
足を引きずりながら無理やり走ってたがいろんな人に心配されて24.5kでリタイアを決めた
 
 
そして本当に治さなきゃまずいと思って本格的に治療・リハビリに取り組んできたけど気が付けばもう5か月がたった
 
 
結局はいろんなことの蓄積なんだろうな
 
あの時あの練習をやらなければよかったとか途中でやめておけばよかったなんて後々思うことであって、その時にそう判断できる人はきっと少ないと思う
 
でももっと自分の体の声を聞かなきゃいけなかった
 
同じ失敗を繰り返さないためにも記録としてここに残しておきたいと思う