「指導が厳しすぎて、ついていけない」そんな書き込みをどこかで見ました。とくにコンクール前になると厳しい指導をされる指導者さんもおられるかもしれませんね。でもね、厳しさって、2種類あるように思うのです。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
厳しさって…
時々言われることがあるのです。「もっと厳しくしてもらってもいいですよ」って…
その『厳しく』って、どんな厳しさなのでしょう。
じつはね、昔はね、いわゆる『怒鳴る系』の指導者だったこともあるのですよ。
「なんで出来ないんだぁ!?」とか…
いわゆる、『人を責める系』の厳しさですね。
『もっと厳しく』って、もしかしたらこういう厳しさを言っているのかもしれません。
でもぼくは、決してやさしい指導者ではないと思います。
そういえば、空気が凍りつくぐらいの厳しい指導をされる指導者さんがおられるのですが、
その指導者さんを「やさしさ」だと言われた先生がおられました。
それもね、なんだかわかるのです。
厳しさにもいろいろある。そしてやさしさにも、いろいろある。
人に対する厳しさ
『人』に対して厳しくあたる指導。たとえば…
ミスした人に対して厳しく叱責する、責める。
出来ないことに対して、人格を否定するような指導。
音が合わない子に対して、合奏中に何分間も見せしめみたいにチューナーを向けるとかね。
それで合うようになる?
ほかにもこれまでいろいろ聞きましたよ。
「今外したやつ、立てぇ!」とか、イスが飛んでくるとか、体罰的な話も聞きました。
いわゆる、精神的に責め上げる指導ですね。
人に対する厳しさは、度が過ぎると人格否定につながります。
そういうの、昔よりは少なくなっているとは思うのですが、でも、
やっぱり今でもあるみたいですね…
そして、それを欲する人もいるのかもしれません。
これって甘えだと思うのですよ。悪い意味でのね。
甘え
人に対して厳しくあたるのはなぜなのでしょうか。
その人の精神的な部分をあてにしているからですよね。
つまり、ムチを打っているわけです。
もちろん、精神的な部分も大切です。
また、それを鍛えることも意味のあることなのかもしれません。
でも決して、それだけでなにかが出来るわけではありません。
だからそれって、それしか出来ない指導者の甘えだと思うのです。
それに、理不尽にムチだけを打つことは感心しません。
それではやっぱりなにも生まないと思うのですよね…
そして、そういう指導を求めることもまた、甘えだと思うのです。
ムチを打ってもらわなければ出来ないということなのですから…
音楽に対する厳しさ
精神に訴える人に対する厳しさに対して、音楽に対する厳しさというものがあると思うのです。
いわゆる、妥協しない態度。
音楽って、どこまで出来ても、「これで満点」というところはないですよね。
20分もかけてチューニングするのはどうなのか…
あれでもまだ足りないと思っているのです。
8小節に1時間かけるのはどうなのか…
まだまだ足りないと思っているのです。
要求は厳しく、理想は高く。
これは、必要だと思うのですよね。
もちろん、それが出来るためにはどうしたらいいのかが伴わなければなりません。
その内容にもよりますが、単に要求だけして、「あとは自分でやれ」では出来ないですから。
音楽に対してはどこまでも厳しく。
これは、必要だと思うのです。
音楽に厳しく、人にはやさしく
甘いと言われるかもしれませんが、ぼくはそう思っているのです。
最初から出来る人はいないし、なにも教えてもらわずに出来る人もいない。
すぐに出来る人もいれば、時間のかかる人もいる。
それも、個性。
そして決して、時間がかかる人が『劣っている』わけではないのです。
ぼくも、時間がかかった人です。
また、出来ない人を置き去りにしていくのにも反対です。
でも、要求は厳しく、理想は高く。
音楽に対して妥協せず(難しいのですけどね)、甘えず、あきらめず。
もちろん時間には限りがありますから、理想にたどり着けることなどないのですが…
ただ、人にはやさしくといっても、甘やかすことがやさしさではないとは思っているのです。
さて、厳しさ、やさしさ、みなさんはどう思われますか。


