「豊かな家庭の子は自衛隊とか行かない」という職業差別発言が国会でなされて問題になっていますが、その思想の根底には、いったいなにがあるのでしょうか。そこにはなんだか歪んだ考え方があるように思えるのです。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
豊かな家庭の子は…
問題になっているのは、立憲民主党の古賀千景議員から発せられた、この発言…
自衛隊に行く子どもたちって、経済的に厳しい子どもたちが行くんですよ。豊かな子どもたちは、自衛隊とかなりませんよ。
これ、とんでもない職業差別だと思いますよ。
しかもこれが国会の場で、ひとりの国会議員によってなされた公の発言だということ。
さらに、日教組の元組合員で、30年間教壇に立っていた人間による発言であるということ。
呆れると同時に、なんだか教師の悪しき典型を見ているような気もしてくるのです。
憶測を断定で言い切り、その『思想』をなんの疑問も持たず絶対正しいと信じ込み発する…
まさに、悪しき典型ですよね。
AIに訊いてみた…
この件について、AIに訊いてみました。
自衛隊に入る理由は多様であり、必ずしも経済的に厳しい家庭の子に限られるわけではありません。国家への貢献や公共の精神、人としての成長といった純粋な志を持って志願する人は、家庭の経済状況に関わらず存在します。
ですよね。
また、まさかそんなことがほんとうにあるのかと信じがたいのですが、
こんな話も聞きました…
自衛隊員を親に持つ生徒を、
「この子のお父さんは人殺しです」と言って立たせるというのです!
そういう指導をした教師が過去にほんとうにいるのでしょうか!?
もし事実なのだとしたら、言語道断、完全に教師失格です!
ほんとうに実在するのであれば、本人を前にしてでも言ってやりますよ。クズだとね。
日教組は平和や人権、環境、ジェンダー平等を運動の理念に掲げているのだそうですが、
その全部がとはいいませんが、なんだかどこか歪んでいるのではないでしょうかね。
自衛隊を
自衛隊を否定することが、平和や反戦につながるというロジックがあるとするなら、
これ、ぼくにはまったく理解ができません。
昭和の発想ではないですかね…
むしろ逆です。自衛隊のみなさんが日々、我々の平和を守ってくれているのです。
以前にも書きましたが、これは紛れもない事実です。
武器や武力を殺傷兵器だと決めつけて否定する人たちがいますが、
それらは人々を守るためにも使われる、使い方次第だということは以前に書きました。
狭い視野で決めつけて、それしか見えなくなる…
じつに悲しいことだとは思われませんか。
平和や反戦
たとえばカザルスが…
「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は、ピース(Peace、平和)、ピースと鳴くのです」
といって平和を訴えた。これはとても尊いことだと思うのです。
でも、日本人が言う『平和』や『反戦』は、それとは違うものだと感じています。
辺野古で事故を起こした連中(ヘリ基地反対協議会)の態度はどう見ても、
人の命を大切にしている人間の態度ではありませんでした。
そんな連中の言う『平和』や『反戦』などには、1ミリの説得力もないと思うのです。
あの連中は純粋な平和などではなく、なにか違う目的のためにやっているのだと思えます。
十把一絡げに捉えるのもどうかとは思うのですが、でも、
日本人の訴える『平和』や『反戦』の根底には、あの連中とどこか共通したなにかがある…
純粋な動機から発せられたものではない…
そんなふうに見えてくるのです。
歪んだ平和
なにしろやっぱり、日本人のいう『平和』や『反戦』って、どこか歪んで見えます。
そう感じている人って、じつは少なくないのではないでしょうか。
共産党や社民党、日教組なんか、そんなふうに見られても仕方がないように思います。
これは偏見でしょうか…
でもね、辺野古のあんな連中の姿を見たら、到底もう信用なんかできないでしょう。
そういう歪んだ平和運動や反戦活動、いい加減にもうやめにしませんか。
かなり抑えて理性的に書きましたが、ほんとうはこの10倍くらい言いたいところです。
さて、日本の平和運動、みなさんは歪んでいるようには思われませんか。


