日本人は我慢しすぎ
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最近このブログも陰謀系、オカル
ト系、なんでもありのわけわから
んブログになってまして、主流の
はずの真面目な心理の話題も
ときどきになっております。
それを見て集客を心配してくれる
向きもあり、それはとてもありがた
いことだと受け止めています。
ただ、こちらのアメブロでは集客
はまったく意識せず、その日に書
きたいことを、なるべく面白く、
毎日書き続けることを当面の目標
にしております。
だからデザインカスタマイズもし
ないし、写真も載せていません。
(ちょっと反応だけ見ています。)
なのでこれからもおかしな記事が
続くと思います。
その辺ちょぴっとご理解の程お願い
いたします。(できればご支援も)
かくいう私も最近はすっかり、
スピリチュアルづいているの
ですが、今師事している先生は、
スピリチュアルといっても中身は、
感情のデトックスとヒプノ的なア
プローチが中心のいたってオーソ
ドックスな方です。
(つまり、それほど怪しくありません。)
ただ、その先生は日本人ではない
のです。
そこで時々日本人との違いを感じ
ることもありますが、その関わりで
わかってきたのは、日本人はいろ
いろ我慢していることが多いという
ところでしょうか。
我慢するのが当たり前の環境に身
を置いているとなかなか気付かなか
ったところです。
言うべきタイミングでものを言わ
ないことがある。
言いたいことを言わないことがある。
嫌なことがあっても感情を抑える
ことがある。
特に公衆の面前ではこうすること
が多いと思います。
その心は何でしょうか。
何か口にするとトラブルが起きる
と思っているのか。
言わないことが美徳と思っている
のか。
自分だけ目立つといやだと思って
いるのか。
そうしていれば安全圏にいられる
のか。
込んだ電車でも降りるときに、多
くの人は黙ってただ押すだけです
ね。
こういう光景は外国人から見ると
日本人がまるで感情のないロボッ
トみたいに見えるらしい。
その点、外国人は欧米白人にしろ、
中国人にしろ、目にする外国人は
感情表現豊かで、自己主張もよく
しています。
黙って押されても、降りるという
意志だけはわかりますけれど、
「すいません、降ります」って言
われると、こちらも積極的に道を
開けようと思ったりします。
そういえば声に出した方がスムー
ズにいくこともたくさんある。
(表現の仕方は当然考慮されるべ
きです。)
見知らぬ間でのコミュニケーショ
ンべたというのも日本人の特徴で
しょうが、それも実は自分を出そ
うとしないことが原因となってい
ます。
すっきりと自分を表現できる人は
自然と受け入れられていくのです。
この際おくゆかしいだの、恥ずか
しいだのといった変な遠慮は捨て
てしまうのがよいのでしょう。
我慢しているとエネルギーが籠る
みたいです。
本来エネルギーは外に向けて発
揮することで意味が出てくる。
自分を抑えることでエネルギーは
不活発になり、自信が陰り、行動
力が鈍ってくる。
それだけでなく、自分を抑えるこ
とで、今度はまわりのエネルギー
も奪うようになる。
知らず知らずに悪い影響を周囲に
与えているのです。
自分を少しずつ表現する、外に表
すことで、いいエネルギー循環が
起きてきます。
「日本人は我慢しすぎ」でした。
本日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。
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スピリチュアルワークと心理カウン セリングはこう違う
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スピリチュアル パワーストーン 数珠ブレス /amazon
最近ちょっと、スピ系のワークを
受けることが多く、そんなこんな
で脳内が若干お花畑状態になって
います。
それにしても、いろいろなところ
で受けていると、人によって腕の
違いというか、格の違いというも
のを感じることがありますな。
この辺は心理カウンセリングも一
緒、かくいう私も、こいつからは
もう二度と受けたくないと感じる
時もあったりするのです。
今回受けたスピ系ワークとの対比
ということになりますが、
スピ系ワークと心理カウンセリン
グでは目的が問題解決か人生の好
転をテーマにするかといった違いは
あるものの、自分をみつめなおし
たり、感情のデトックスや生き方
を決めなおすという点では共通点
も多いのにまず驚き。
デトックスはカウンセリングでは
感情消化とか言ったりするわけで
すが。
一番の違いはスピリチュアルはエ
ネルギーというものの存在を前提
にしているという点でしょうか。
すべてはエネルギー。
人間関係もエネルギーの織りなす
もの。
人間関係がこじれるのも自分にネ
ガティブなエネルギーがあって、
いくら隠そうが、取り繕おうが、
エネルギー自体が消えることはな
いので、問題が起きる。
そのかわり、このエネルギーを変
えれば一瞬で関係が変わってくる。
また犯罪の加害者、被害者も、と
もにエネルギー的に関係があって
事件に遭ったりしている。
交通事故に遭うのもエネルギーが
かかわっている。
事故に遭う遭わないも、タイミン
グでいえばほんのちょっとした時
間のずれが生死の分かれ目になっ
ています。
ちなみに抵抗するエネルギーが強
い人とかが、事故に遭いやすい傾
向にあるようですが、こうなって
くると一般にはもう受け入れても
らえない領域となってしまいます。
スピ系のワークでは、特に父や母
に対して持っている、どろどろと
した、まるでヘドロのような感情
までもが出てきます。
ワークではそこまで誘導されるわ
けです。
この辺は個人差がでてくるところ
ですが。
そもそも科学ではスピ系でいうと
ころのエネルギーという概念自体
が認められていない。
当然ながらこの言葉、心理カウン
セリングで使われることはないで
すね。
心理カウンセリングは一応、心理
学という学問をバックにしていて、
学会がついているわけですが、ス
ピ系のような概念をいれるわけに
いかないのです。
ただ、それに近い現象は見聞きし
ているのですが、みんなないこと
にしているのでしょうね。
エネルギーは人によって感じたり
感じなかったり、実態を確認する
術がまだないなど再現性がなさす
ぎるのです。
せいぜい集合無意識くらいしか認
めていない。
そして一番の違いは、心の問題(
今の悩み、苦しみ)の解決にフォ
ーカスするか人生の問題の解決に
フォーカスするか。
前者が心理カウンセリングで後者
がスピリチュアルワーク。
この辺ごっちゃになってるところ
でもあります。
また人生の問題であっても、それ
が元で、悩みや苦しみが出てきて
いるのでそちらをまず解決したい
という場合も前者がよいでしょう。
心理カウンセリングで人生を変え
るなんて、看板下げているところは、
嘘八百の類で不当表示もいいところ。
楽になることで変化といいたいところ
なのでしょうが、実際人生の劇的な変
化なんてありませんから。
スピではデトックスしてエネルギ
ーの流れをよくする、ないしはよ
いエネルギーを流せるようにする。
エネルギー的にどろどろしたとこ
ろを抜いて、感謝や愛の波動が流
れれば、自然に好転してきますと
いうものです。
僕の印象では、確かにここがしっか
りできてくると変化が大きいように
見えます。
しかも変化が勝手に起きてくると
いう感じ。
カウンセリングでは何も完全に感
情を出し切るということを目指す
わけでもない。
違和感が取り除ければその時点で
おしまいにしてよい。
一方、人生の好転(事業の成功や
恋愛の真の成就など)が目的の
場合は、そのために必要なだけ
デトックスしないといけなくなってくる。
さらにマイナスだけでなくプラスの
ものもしっかりと落していかないと
いけない。
あとは受け手の問題の違いがある
くらいか。
真っ先に、そんなことあるはずな
いといわれそうなのがスピリチュ
アル、理解はされやすいがなかな
か受けてもらえないのが心理カウン
セリングでしょうか。
「スピリチュアルワークと心理カウン
セリングはこう違う」でした。
本日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。
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欲求に正直に生きてみる
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欲求と欲望ってどう違うのでしょ
うか。
言葉の定義は人によって違ったり
します。
ある人にとってポジティブな意味
でも、ある人にとってはネガティ
ブな意味を持っていたりします。
だから、あくまでも僕流の解釈と
いうことで。
欲求って心の底から湧きあがる、
なんとしても実現したい強烈な思
い。
それは魂が求めているもののよう
な気がします。
大人になると、周りとのバランス
も考えるようになってくる。
そこでは欲求は誰も傷つけない。
むしろ他人も巻き込んでハッピー
にししようとすることが多い。
自分もハッピー、他人もハッピー
自然にウインウインの関係ができ
たりすることもある。
それに対して欲望とは?
それは偽物の、偽りの自分を守る
ためにやろうとすることのように
思えてきます。(あくまでも僕の
意味付け)
傷ついた自分が、傷口を見ない
ように蓋をして、あたかもないか
のようにふるまう。
傷が深ければ深いほど、そこでは
欲求が歪められた形であらわれて
くるような気がします。
自分を守るためにやること自体は
悪くはないけれど時にはやりすぎ
ることがあります。
たとえば他人を傷つけてまで守ら
なければいけないものがあるので
しょう
か。
ストーカー事件とかみてるとそん
な気がしてきます。
自分も十分傷ついているからとい
って誰かを傷つけていいというこ
とにはならない。
また、自分の価値を証明するかの
ように何かを頑張ろうとすること
がある。
これって一見害がなさそうでも、
時には周りの人を巻き込んで不幸
にしてしまうこともある。
家庭を顧みずに働き続けたりする
ことなんて、ざらにある。
外からは立派な人に見えても、家
庭の中はバラバラになってしまっ
たり。
わたしたちは時にこんな声を聞か
されます。
「お前の欲求などはたいしたこと
はない。
お前の欲求などかなうはずがない。
だから私たちの言うとおりにやり
なさい。」
こんな声を聞かされているといつ
しか自分の欲求を追求することを
やめてしまいます。
そして誰か他の人の欲求をかなえ
るようになったりもします。
しかも、そんなことにも気がつか
なくなっている。
それが自分の欲求であるかのよう
に、他人の欲求を自分の欲求と取
り違えて実現しようとしている。
自分を大切にすることも忘れてし
まっている。
赤ちゃんは全身全霊で泣き叫んで
は、自らの欲求を実現しようとし
ます。
あんな風に本当は欲求をかなえる
力は誰もが持っている。
自分が本当にやりたいことってなん
だったんでしょう。
そろそろ自分の本物の欲求に目を
向けてもいい時期がきています。
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