禁止令は脳のどこに記録されているのか2
写真元
http://anijan.net/photo/info.html
前回は禁止令は脳のどこにあるかということを書きました。
人が変えたくても変えられない性格・行動パターンには脳の
メカニズムが深く働いています。
まず人がある場面に遭遇すると、元々過去の場面(ほぼ幼
少期)で刷り込んだ信念に基づいた思考がはたらきます。
次にその思考に基づき感情が湧きあがってきます。
そして最後に行動・反応が起きます。
つまりある状況で人は何かを考えていて、何かを感じていて、
ある行動をとっています。
通常これら一連の行程は無意識下で行われるため、ほぼ自
動的に結果すなわち行動や反応が引き起こされます。
行動は感情に縛られ、さらに思考に縛られ、究極的にビリー
フに縛られていることになります。
普通一般にはこのメカニズムを知らないために、人は性格を
変えようとするときに行動・反応パターンから変えようとします。
友達がなかなかできなくてさびしい思いをしているAさんがい
ます。
Aさんは人の前にいくと何故か緊張してしまってうまくしゃべ
ることができません。
自分に自信をつけなくてはと思っては、怖くて緊張するのを我
慢して人前に出てゆきます。
しかし、いつもうまくいきません。
なかなかうちとけて人と話をすることができないのです。
実はAさんは小さい頃、お父さんに近づこうとした時に叩かれ
たことがあって、それ以来人に近づくことは怖くて危険なことだ
と思ってしまったのです。
つまり「(人に)近づくな」という禁止令を決断したことになります。
一気に行動を変えようとしても無意識下の信念にほぼブロック
されてしまいます。
Aさんの場合「人に近づくな」という禁止令に阻まれてしまって
いたのです。
信念に矛盾した行動をとろうとすると緊張を強いられたり、不安
にかられたり、それに抵抗するために莫大なエネルギーを浪費
してしまいます。
結果ストレスを感じて諦めてしまうのがほとんどではないでしょうか。
私もよくやってました。そしてしょっちゅう挫折してました。
心理療法で広くおこなわれている認知行動療法では効果が
あらわれるのに時間がかっているようですが、それもこの為
です。
(念の為、私は認知行動療法を否定してないです)
さらに禁止令決断に気づいていても、大脳辺縁系や爬虫類脳と
いったところに刷り込まれているので意識で変え
ようとしてもウンともスンとも動きません。
しかし、前回性格を変えるためにはちょっとした工夫があると
書きました。
その工夫とは何でしょう。
それは情動(感情)と理性に働きかけること。
情動とはあなたが子どもだったときにパターンを刷り込むとき
に感じた感情
理性というのは今現在の大人のあなたが持っている理性
この二つのパワーを梃子にすれば禁止令の解除が可能に
なります。
実際のセラピーの場では、
刷り込みの場面に何となく身を置いてもらいます。
そして感情レベルにアプローチしてゆきます。
さらに心の葛藤を体験しつつ、本当になりたい自分への決断
を迫ります。
この時に過去の決断を切り捨てるためにかなりエネルギーが
いります。(本気モード)
ただなんとなくやりましたという感覚では絶対に失敗です。
これだけ読んでも何のこっちゃわからないと思います。
カウンセリングを受けてくださいとなってしまいますが。
お願いだからクリックしてね
にほんブログ村
禁止令は脳のどこに記録されているのか
今日は禁止令は脳のどこに記録されているのかというテ
ーマでお話いたいと思います。
脳は大きく分けて、爬虫類脳、大脳辺縁系、大脳新皮質
に分けられます。
爬虫類脳は呼吸をしたり、心臓を動かしたりといった生
命にかかわる活動を司る部分です。
大脳辺縁系は生存の為の欲求を生み出し、喜び、悲しみ、
怒り、恐れといった感情をも司る部分です。
大脳新皮質は言うまでもなく認識、言語、思考等を司って
います。
トカゲという生き物は巣を出てから餌にありつけるまで
のルートが安全であったならば、そのルートを脳に刷り
込み、他の道を通ることなく、一生安全だった道を行っ
たりきたりするそうです。
この爬虫類脳というのはトカゲが一生同じ道を通るよう
に、同じパターンを維持し続けるという性質があります。
生命維持に関わる部位なので簡単にパターンが変わって
は困るのです。
そして実は禁止令もこのようなところに記録されているの
です。
多くの禁止令は幼少期の決断によって身につけられます。
大脳新皮質が十分発達して大人と同じになるまでには、
10歳前後までかかり、脳が十分に発達するまでは、物
事を客観的に判断することができず、爬虫類脳や大脳辺
縁系が主観的に物事を判断しています。
そしてその基準は、快か不快か、安全か危険か、楽しい
か楽しくないかといったものになります。
小さな子どもにとっては必要な愛情が得られない、親に
叩かれるなどといった状況は正に命にかかわる問題です。
(この辺の事情は大人にはなかなか理解できないです。)
そして決断をするときには大抵強い悲しみや恐れ、怒り
といった感情が働いています。
このときの感情が大脳辺縁系に刷り込まれ、更に私は○
○してはいけないといった決断がパターンの変化を嫌う
爬虫類脳に記憶されることになります。
私たちが嫌な性格を変えたいと思っていても、なかなか
変えられない理由もこのあたりにあります。
しかもこの部位は無意識領域に属するので、意識でアク
セスできないのでそのパターンにすら気付かないことが
ほとんどです。
巷には性格を変えるためのサブリミナルだの、自己暗示
だのと銘打ったさまざまな商品が多数販売されているよ
うですが、これを知ると軽いパターンの変化ぐらいしか期
待できないのが理解できるかと思います。
だからと言って変えられないのではなく、人が後天的に
身につけたパターンなので変えることは可能です。
ただし、そのためにはちょっとした工夫が必要なだけで、
それがわからなくてみんな苦労しているだけなのです。
(つづく)
次回読みたい人はクリックしてね
にほんブログ村
写真元
慢性的な体調不良
人は皆、何よりも健康を望んでいるはずです。
しかし、世の中には不健康であることを望んでいて、無
意識に病気を選択してしまう人たちがいます。
今日はそんな人たちが決断している禁止令「健康であるな」
「Don't Be Well」を取り上げてみます。
この人たちはどうやってこんな反応を示すようになった
のでしょうか。
また、彼らの訴える悩みとはどんなものなのでしょうか。
(注意:きの禁止令の主訴があてはまってもまず最初は
病院に行ってしっかりと診察を受けてください。
なんでもかんでも禁止令が原因と思わないでくださいね。)
3歳のA子ちゃんの両親は共働き夫婦で、普段なかなか
A子ちゃんの面倒をみることができないでいました。
そんなA子ちゃんに、さらに追い打ちをかけるような出来
事が起こります。
妹のB子ちゃんの誕生です。
少しはA子ちゃんに注がれていたママの愛情も今度は全
部B子ちゃんに振り向けられてしまいました。
おまけにパパからは「ママは大変だし、お前はおねえち
ゃんなんだからママに甘えてばかりいてはダメだよ」な
どと言われる始末です。
小さいA子ちゃんにもママが大変なのは少しはわかりま
す。
それでもまだまだママにかまってもらいたいと感じていま
す。
ある時、A子ちゃんは熱を出して寝込んでしまいます。
このときばかりは、ママが来てとってもやさしくA子ち
ゃんのお世話をしてくれます。
病気は苦しかったけれど、大好きなママがそばにいてく
れてA子ちゃんは内心とても嬉しいと感じていました。
やがてA子ちゃんの病気がなおります。
またママはB子ちゃんの元に行ってしまいました。
親が子どもを病気の時だけかまってあげて、健康な時に
はかまってあげないという場合に「お前は健康であっては
いけない」というメッセージを子どもに送っていることにな
ります。
彼女は大人になった時、もちろん決して病気になりたいと
は思っていません。
しかし、仕事がうまくいかなかったり、人間関係に難しさ
を感じた時に、無意識に病気になったり体の不調を訴え
るようになります。
病気になった時点では、なぜ私はこんなに体が弱いのだ
ろうと思っていますが、この時彼女の中では、子どものと
きに病気になって優しくしてもらえた体験を無意識に思い
出し、むずかしい場面にあてはめては、この戦術すなわ
ち病気になって人の関心を得る等を使っているのです。
自分の欲しい結果を得たい時、自分の望まない結果を避
けたい時にこの症状を作り出すことが多く、健康でないこ
とが自分にとって都合のいい状態を作り出すことがで
きると無意識に信じています。
本人が病気になっていなくても、兄弟の誰かが体が弱く
て両親の関心がその子に向いていたときなども、その光
景をみて自分も病気になったら愛情が得られるんだと思
ってこのLBを身につけることもあります。
逆に病気になったり、怪我をしたときに親に怒られたと
きはいったいどうなるでしょう。
この場合は病気の症状を感じないようにしていたり、怪
我を隠したりして無理をすることが考えられます。
症状を我慢して病院にもなかなか行かないでしょう。
そうやってかえって病気やけがを悪化させてしまう人も
現実にいます。
私の場合社会人になってから、風邪をこじらせてはそれ
が喘息の様な状態になって、しかもその症状が一か月
以上続くという経験を毎年のようにしていました。
余程会社へ行くのが嫌だったみたいです。
そういえばブログを書いているうちに思い出したのです
が、私の父の晩年はこんな感じの人でした。
傍から見ていて体調の悪いのがわかるくらいなのに仕
事を休まない。
家人が病院へ行ったらといっても、無理して仕事を続け
るという生活を続けていました。
そうこうしているうちに、さすがにつらくなってきたのか自
ら病院へ診察に行ったのですが、即入院させられました。
実はこの時既に胃癌が進行していたのですが、数ヵ月後
には父は帰らぬ人となってしまいました。
私の父は自分の健康を犠牲にしてまで一体何を得ようと
していたのだろうとときどき思うことがあります。
父の決断していた禁止令が何であったのかも含めて、今
となってはもう知る由もありません




