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無人の家で発見されなかった手記

──ある素人小説家の陳述

 エンターテイメントとは、気遣いのことですよね。そう思います。
 気違いじゃないですよ。気遣いですよ。
 ようは、どれだけ観客のことを思いやれるか。
 逆に言うと、独りよがりなものを創らない、ということです。

 まず、なんといっても観客にとって見やすい、判りやすい仕上がりを心がけるということ。たとえば、読みやすい文体であったり、見やすい画面構成であったり、理解しやすい構造であったり。ゲームだったら操作性も大切ですね。
 小説であれば、書き上げたあとにしばらく経ってから読み返すことが必要です。内容を忘れていても、スラスラとストレスなく読めるかどうかチェックしなければですよ。身内に読んでもらうのもいいでしょう(遠慮して優しい感想しか言ってくれなかったりもしますが)。

 そしてもうひとつが、迂闊に個性とか作家性を盛りこまないこと。
 これがですね、小説を書き始めた当初は、まったくできませんでした。好みの映画やゲームや小説が、作家性の強い作品ばかりだったからかもしれません。塚本晋也さんとか北野武さんとか押井守さんとか須田剛一さんとか小島秀夫さんとか麻耶雄嵩さんとか京極夏彦さんといったクリエイターのお名前が、ちょっと振り返っただけで続々と出てきますが。こういった方々の凄いところは、まずしっかりとエンタメをしつつ、そのうえで個性も出してるところなんですけどね。それが理解できていなかった。
 そもそも個性を出せば印象深い作品ができるという考え方自体が間違ってまして、意図的に排泄された個性など、観客にとってはそれこそ糞便並みの価値しかありません。
 などと過激な(汚らしい)表現をしてしまいましたが。お詫びを申し上げます。

 個性とは、出すものではなく、隠すもの。隠して引いて消して削ぎ落して、もうひとつおまけに隠して、それでもどうしても作品に残ってしまうものこそ、観客も楽しませることができる個性ではないかと思います。
 ……受け売りですけどね。

 

 

 

 

 好きなクトゥルー神話作家は誰だろう、などと考えてみました。
 まず、「神話作家」ってなんだよと自分に突っこみを入れつつ。
 ラヴクラフト以降、一連の神話体系っぽい世界観を意識しつつ作品を書いたことのある作家、とでも定義したらいいんじゃね?(適当)
 スミスとか、ロングとか、ハワードとか、ダーレスとか、ラムレイとか、そんなところですよ。
 まあ、僕の場合、すでに答えは決まっているんですけれども。
 ロバート・ブロックです。
 好きですねー。
 どれだけ好きかというと、作中で殺してほしいぐらい好きです。やっぱり断首がいいですね。星の精に殺されるよりも、そのほうがブロックらしい。

 ブロックの神話作品というと、ラヴクラフトをモデルにした人物を作中で殺したことでお馴染み「星から訪れたもの」や、その返歌としてHPLがものした「闇をさまようもの」の続篇である「尖塔の影」とか、ナイアルラトホテップ大好きとエジプト趣味を両方盛りこんだ「無貌の神」とか、傑作長篇『アーカム計画』とか、魅力的なものが多数ありますね。
 このブログのタイトルもブロックの「無人の家で発見された手記」のパクリだし。

 一般向けには、ヒッチコックの代表作である『サイコ』の原作者と言ったほうが判りやすいですね。ブロックの凄いところは、『サイコ』の一発屋ではなく、エンターテイメント性の高い小説を量産したことでしょう。
 そうです、エンタメです。エンタメが大事なんです。堅苦しい、小難しい、オチのよく判らない小説じゃあないんです。ブロックの作品は、どれもこれも(もちろん出来の差はありますが)、読みやすさが重視され、必ずと言っていいほど何かしらのオチを用意してくれているんです。だから、ブロックの短篇集なんか読み始めた日には、次の話はどんなことをしてくれるんだろうと期待感が継続し、そしてそれは裏切られることなく、最後の一行まで楽しみつくせるという、夢のような体験が味わえるというわけなんですよ。いやあ、素晴らしい。
 ……堅苦しくて小難しくてオチのよく判らない小説を他の神話作家が書いてるとか言ってるわけじゃないですよ。

 いや、本当のところ、青心社の『クトゥルー』シリーズで色んな作家の神話小説を読んでると、(HPLは措いといて)ブロックだけ明らかに他と性質が異なるんですもの。この人だけ、読者を楽しませようとしている気概が伝わってくるんですもの。そりゃあ、ファンにもなりますよ。ファンどころか、心の師として仰いだりもしますよ。
 もちろんこれは、僕個人の好みの問題というひと言に集約されてしまうんでしょうけれども。

 長くなりましたが、ともかく、僕の好きな作家はロバート・ブロックなのです。
 好きが高じて、自作の探偵役の名前をブロックのもじりにするほどに。

 

 

 

 

 

 

 小説を書くためには、語彙力を増やさねばならない! と、ある日そう思いました。思ってしまいました。
 いや、これはたぶん正しいのでしょうが、僕の場合はなぜか、「語彙力=難しい言葉をたくさん知っていること」と解釈したんですね。間違いではないかもしれませんが、小説を書くためには、「簡単な言葉でいいので、様々な言い回しで表現できること」のほうが重要な気がします。

 しかし当時の僕は、語彙力を増やすための手法として、小説を読んでいて判らない単語が出てきたらノートに書いて意味を辞書で調べる、という作業をコツコツと続けていたのです。もちろん、これはこれで効果はあると思います。単語の知識を身につけていけば、それなりに表現力も増すでしょうからね。
 で、このときよく読んでいたのが菊地秀行さん(笑)。まあ、大仰な文章表現や非日常的な慣用句が、わんさか出てくるわけです。そりゃあ、雰囲気が重要な伝奇ものですから当然ですね。秋せつらやドクター・メフィストを凡庸な言葉で飾りたててほしくはないものです。
 おかげで、牽強付会とか虚心坦懐とか鬼哭啾々とか杞憂とか胡乱とか、まあ日常生活では使わないような言葉を色々と身につけることができました。そして日常生活でガンガン使い倒しました。こんな言葉使ってる俺かっけー。一種の中二病だったんでしょう。

 こういった学習効果もあって(?)、菊地秀行さんのカーボンコピー的な習作をいくつかレポート用紙に書き連ねている青春時代でした。大袈裟な言い回し、超絶美形で強すぎる主人公、負けじと異能者ぞろいの悪役。若かったあのころ何も怖くなかった(歌にしたい)。
 この、難しい言葉マンセー時代は、のちに本格ミステリにのめり込むまで続きます。
 ……いや、その後もまあまあ続いたか。

 

 

 

 え! 『夜叉姫伝』まだ読んでないの?
 それは羨ましい。
 あの興奮と感動を、これから味わうことができるなんて!
 ──などといった定番のやつはどうでもいいですね。

 菊地秀行さんの長篇小説における最高傑作だと思っています。ボリューム的にも(笑)。何せ、当初は全3巻の予定だったのが、ずるずる伸びて、また伸びて、伸びに伸びて、しかも最終8巻目は他より分厚いという(笑)。菊地先生の筆が、乗りに乗っていたことの証左でしょう。

(さすがに全作品読んでるわけじゃないので、まだ出会っていない、これ以上の傑作もあるかもですが)


 ここで内容を紹介するよりも、前情報なしで読み始めてくださいと言うべきでしょうが、ひとつだけ──最大限に楽しむためには、それ以前に刊行されたシリーズ小説は読んでおく必要があります。
 結局は(なんて言い方はよくないですが)、「キャラクターもの」としての面白さも、大きくウェイトを占めているんですよね。今までのシリーズで散々強敵と対峙してきた主人公(と仲間たち)の前に、とんでもない最強の敵がやって来たぜ! みたいなノリ。
 ほら、『るろうに剣心』だって、いきなり京都編を読むより、最初から読んだほうがいいというか、絶対にそうするべきじゃないですか。『ガールズ&パンツァー』だって、いきなり劇場版を観るより、TVシリーズとOVAを先に観ておくべきじゃないですか。『ダークナイト』だって、先に『バットマン ビギンズ』観ておかないと駄目じゃないですか。そういうことです。

 で、『夜叉姫伝』より先に(最低限)読んでおくべきものとしては、『魔界都市ブルース』1、2巻、『魔王伝』全3巻、『双貌鬼』『魔界医師メフィスト』1、2巻あたりでしょうか。異論はあると思いますが。極端なこと言えば、『魔界都市〈新宿〉』以降の新宿もの全部、てな具合になるでしょうね。
 多いですか? いや、きっと、「多い」ではなく「足りない」「もっと読みたい」ってなると思いますよ。
 このときの菊地秀行さんは、間違いなく伝奇アクションの天才ですから。

 

 

 

 

 

 

 

 魔人とか能力者が出てきて殺し合う系の話って、面白いですよね。
 ついつい書きたくなってしまいますよね。
 そして黒歴史になるという。
 僕もやらかしました。何度も。
 今回は、そんな思い出話はさておき──。

 この手のもので僕が至高だと思っているのは、山田風太郎さんの甲賀忍法帖です。仮に、日本の小説を一冊だけ海外に紹介するとしたらどれを選ぶか? と問われたら、迷わずこれを挙げます(すでに翻訳はされてるっぽいですけど)。それほどまでに最高のエンターテイメント小説だと思います。漫画化もされているので(これも素晴らしい出来)、そちらで読まれた方も多いかも。
 何が凄いって、決して分厚くない一冊完結の小説なのに、もの凄い個性的な忍者(と言うよりは魔人)が20人も出てくるんですよ。20人。それが、伊賀甲賀10対10に分かれて殺し合うんですよ。しかも全員に見せ場があって、全員が〇〇〇ですよ(ネタバレ回避)。内容めっちゃ濃いわ、これ。絶品濃厚スープだわ。
 伝奇アクションの帝王・菊地秀行さんも多大な影響を受けていらっしゃいますし、他にも数多の作家に模倣されていますが、コスパ的な意味も含めると、『甲賀忍法帖』に匹敵する作品はないのではないか? と思ってしまいます。

 短い中に濃縮されているという凄味は措いといて、単純に面白さで比較するなら、これを超える伝奇作品に出会ったことはあります。
 それは、菊地秀行さんの長篇における最高傑作(と思う)、『夜叉姫伝』全8巻でした。

 続く。