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「霜月君、キャンプ場へ行ってくれないか。キャンプファイアの跡というのを調べてみてくれ。そこで見つけたものの特徴をできるだけ詳しく教えてほしいんだ」
「ちょ、ちょっと待て利御」
「時間がもったいない。質問は受けつけないよ。こうしている間にも証拠が逃げていってしまう可能性がある」
「どこに逃げるっていうんだよ」
「警察の手に」
「おい」
「何も警察を出し抜こうっていうんじゃないよ。何かを見つけたら、君は素直に警察に知らせればいい。ただその前に、じっくりと観察してほしいだけだ」
「何があるんだ? 具体的に言ってくれ」
「探せば判るよ。――まあ、言っておこうか。ブラウスだね、たぶん」
「ブラウス?」
「そう、夏物のブラウスだ。それと、凶器のナイフに指紋があったかどうかも警察の人に訊いてきてくれ。さらに、遺体に動かされた跡がないかどうかも」
「そんな、簡単に言うけどな」
「君はフリーライターだろう? お手のものじゃないか」
わたしを新聞記者か何かと勘違いしているらしい。確かに警察に話を聞くこともたまにはあるが……あまり気乗りしない。
「それでは頑張ってくれたまえ。期待しているよ」
うむを言わさずロッジを追い出されてしまった。
どうしてわたしが――とぼやきながらも、彼の自信に満ちた態度に逆らう気にもなれず、こうしてキャンプ場まで来てしまった。
まずはキャンプファイヤーの燃え残りから見てみようかと思ったが、途中で刑事に出会ったので予定を変更することにした。今朝の事情聴取の際に一条警部補の後ろでメモを取っていた刑事だ。彼はキャンプ客たちから聞き込みをしているところだった。
「あの、刑事さん」
「はい? ああ、今朝の――」
蚊の鳴くような声である。
「ちょっとお話があるんですけど、いいですか?」
「え? ええ、いいですよ構いませんよ」
出世しないタイプだなと思った。出世するから人間として優れているというわけでもないが。刑事は小紫(こむらさき)と名乗った。
「ちょっと思ったんですけど――」
何か気づいたことがあったら言ってくれと、一条警部補が言っていた。
「はい、なんでしょう?」
「凶器のナイフなんですけど、指紋って、もう調べました?」
「え? どうしてですか?」
「いえ、気になったものですから。ひょっとしたら、わたしの考えが正しいかもしれないなぁと」
適当な台詞である。気を持たせて様子を窺おう。
「どんな考えでしょう」
「指紋があるかどうかで違ってくるのですが」
「ああ、そうですか。……指紋はありませんでしたよ」
「もう調べたんですか」
「ええ、たったいま連絡が入りまして。遅いくらいですよ」
「誰の指紋もないんですか?」
「そうです」
「犯人が拭き取った――?」
「でしょうね」
「それと――」
「まだ何か?」
小紫がわたしの顔を覗き込む。
「黄腰さんは――遺体は――動かされたような跡って、あるんですか?」
「どうしてそれを?」
「! ――あるんですね?」
「い、いや、ええと」
解りやすい刑事だ。
「教えてください。他言はしません」
「……確かに、死後動かされた痕跡はあるようですよ」
「どんなふうにです?」
「硬直が始まってまもないくらいに、両腕を動かされたみたいですが。これ以上はちょっと――」
これ以上は言えないのか、それとも知らないのか判っていないのか。
「そうですか、どうもありがとうございました」
わたしは立ち去ろうとした。小紫が慌てて止める。
「あ、あの、あなたの考えっていうのは――」
「ああ、どうやら思いすごしのようです。すみません、お手間を取らせてしまいまして」
今度こそ立ち去った。
次はキャンプファイヤーの石組みである。一辺が一メートルほどの直方体だ。当然、井戸のように上部は口を開けている。相当年季が入っており、全体が黒く煤けてしまっている。
近くに人はいない。ここはキャンプ場のほぼ中心部になるのだが、キャンプファイヤーの場所を確保するため、付近にテントを張ることは禁止されているのだ。わたしは中を覗き込んだ。
木材の燃え残りがいくつも積み重なっている。黒以外の色が見当たらない。利御はブラウスとか言っていたっけ。黒のブラウスだったら、見つけにくいことこのうえない。
何か掻き回す道具がほしいなと周りを見回すと、石組みの脇に、おあつらえ向きな火箸が立てかけてあった。持ったこちらの手が黒く汚れてしまいそうなほど古びた火箸で、実際わたしの手は汚くなった。
長い火箸の先で、手近の大きな木ぎれをどけた。すると、いきなり何か白いものが見えた。見つけた。あまりのあっけなさに笑い出したくなるくらいだ。
それは、丸められた白いブラウスだった。長袖だが、通気性に優れた薄い生地が使われている。長袖で日焼けを防止しつつも着心地が涼しいという、特に夏向けのブラウスだ。ところどころ、煤で黒く汚れている。わたしはそれを、手に取って広げてみた。
「えっ――!」
黒い汚れだけではなかった。ブラウスには、赤黒い染みもついていたのだ。しかも大量に。
これは間違いなく血痕である。ちょうどお腹のあたりに大量に付着している。わたしは目眩を覚えた。
よく見れば人の手形のような染みである。誰かが血まみれの手のひらを押しつけたような。ブラウスを着用している人が自分の腹を押さえたら、こうなるだろうか。だが少し不自然な形にも見える。ただ単に押さえただけではない。まるで自分の胴体に腕を巻きつけようとしたかのような。自らの身体を抱え込むような。
左の脇腹には切れ込みが入っている。胸のあたりもよく調べてみたが、こちらには見当たらなかった。血痕はあったのだが。その血痕も、腹部のものと比べると控えめに思えた。念のため背中も確かめてみる。切れ込みはない。血の染みもそれどほない。
なんてことだ。なんということだ。
利御の言ったとおりになった。これはいったい、なんなのだ。
わたしは周囲を見渡した。今のわたしは明らかに不信人物であろう。
誰かと目が合った。グレイのスラックスに白のワイシャツ。さっきの小紫刑事だ。近づいてくる。
「――あ、あなた。ええと、霜月さん」
「は、はい」
「どうかしましたか。――それは?」
「あ、あの、その」
「そ、それは――血ですか!」
小紫が奇妙な顔をした。驚きで目を見開いているつもりなのだと解るのに、五秒ほどかかった。
「霜月さん、それって――」
「いや、なんとなく、何か手がかりになるものでもないかと探っていたら、その、偶然見つけまして」
しどろもどろになりながらも、なんとか説得を続けた。相手が気弱な刑事ひとりきりなのが幸いした。一条警部補でもいようものなら、包み隠さず何もかも喋ってしまっていたかもしれない。
「――まあ、それはこちらでお預かりします。あとであなたの指紋も採らせていただくことになりますけど」
「ああ、それは構いません。いつでもどうぞ」
利御の言ったとおり、証拠品は警察に渡した。見つけたいきさつも誤魔化した。じっくりと観察することもできた。
わたしは急いでロッジへ向かった。昨日から何度この道を往復したことか。
「なんだ、電話をくれればよかったのに」
ロッジ村入口の自販機で買ったであろうコーヒーを飲みつつ、涼しげな顔で利御は言った。
「直接会わなければ報告できないのかい。まあそれならそれでいい。君の8の字ダンスを見せてくれ」
得意の皮肉も、意味不明のジョークも、今のわたしには通じない。興奮に満ちたていで、わたしは調査の報告をまくしたてた。
すべてを話し終え、目の前の男の反応を待った。
利御はコーヒーの最後の一滴まで啜ると、ことん、と缶をテーブルに置いた。
「完璧だよ。もう解決したも同然だ」
「嘘だろ」
「嘘なものか」
「だって、何を根拠に」
「あのねえ、霜月君」
心から見くだしている、といったふうだ。
「君が見聞きしたこと、ならびに僕の言ったことだけでも、充分すぎるほどの情報が揃っているんだよ。あとはちょっと考えれば解るじゃないか」
まったく見当がつかない。やはり、まだいい加減なことを言っているのではないか?
「さてそれじゃあ、犯人をここまで呼んできてくれないか、霜月君。直接話しておきたいことがあるんだ」
「誰だよ、いったい」
「君の後輩だよ。ほら、あの人」
そして利御は、その人物の名前を口にした。
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