無人の家で発見されなかった手記 -11ページ目

無人の家で発見されなかった手記

──ある素人小説家の陳述

 さて、そんな異形コレクションでも、アマチュアから作品の募集をおこなったことがありました。30巻の「蒐集家(コレクター)」から36巻の「進化論」まで、計7回ですね。

 実は応募したことがありました。
 全部ではないのですが──というか、たった2度だけなのですが。
 それは、35巻の「闇電話」と、36巻の「進化論」
 30巻のときから送っていればよかったんでしょうが、なーんか機会を逸してましたね。やる気が出なかったのかな。あまりよく覚えてないっす。

 話が逸れますが、最初の数巻が出た当初は、自分なりにそれぞれのテーマで小品を書いたりして遊んでました。1巻から4巻まで、恋愛、侵略、変身、発明をテーマに、8~26枚の短篇(掌篇?)を。5巻目から早くも力つきましたけどね。出来もよくなかったですし。

 で、本当の公募のほうですが、30~34巻の一般公募作品を読んで、自分も書いてみたくなったんだと思います。そして35巻の「電話」テーマで、ひとつ書いてみようじゃないかと筆を執った次第ですが──。

 

 

 

 

 本格ミステリのアマチュア競作集として『本格推理』『新・本格推理』をすべて購入して読んでいた僕ですが、同時期に、やはり毎回購入して読み続けていた競作集のシリーズがありました。

 それが、『異形コレクション』です。

 言わずと知れた、プロ作家陣によるホラー競作集。毎回テーマが設けられ、それに沿った内容の新作を、名だたるプロ作家が書き下ろすというもの。しかも、内容によってはプロであってもボツにされるとか言われてました。掲載されたとしても、読者からは意識的であれ無意識的であれ、優劣の差がつけられてしまうという厳しい闘技場。しかも監修者は、かの井上雅彦さんというのだから、これでつまらないわけがない。

 この本で、菊地秀行さんが短篇の名手であることが判りましたし、平山夢明さんという怪物級の作家さんの存在も知りました。様々な傑作との出会いがありましたし、何よりも、毎回本当に楽しく読ませてもらってました。もうね、新刊を手に取っただけで気分がハイになってましたよ。
 それだけに、自然消滅的にフェードアウトして終了してしまったのは、残念でなりませんでした……。

 

(僕の異形コレクションコレクションの一部)

 

 

 

 

 そういえば、以前に書いたやつも、裏話っちゃ裏話でしたね。

 それはさておき。

 

「ティンダロスの密室」を書いたはいいものの、困ったことが起きてしまい、応募ができなくなってしまいました。
 それが、『新・本格推理』シリーズの終了でした。
『特別編』と銘打たれ、『本格推理』『新・本格推理』シリーズ出身の作家6名+応募者から1名の、計7篇が収録された一冊。それを最後に、募集は打ち切られたのです。

『新・本格推理』用に、クトゥルー神話というぶっ飛んだ設定を前面に押し出して、かつ本格ミステリとしての魂も注入した(つもりの)一作ですが、完全に行き場をなくしてしまいました。

 このまま世に出さず、抽斗の奥(HDの中)に仕舞いこんでもいいかなと思ったのですが、どうせゴミになるのであればと、駄目もとで、別の賞へ送ってみようかということになりました。
 それが、「ミステリーズ!新人賞」でした。
 2004年から始まった比較的新しい新人賞で、短篇ミステリを募集しており、規定枚数が上限100枚という『新・本格推理』と似通ったレギュレーション。
 主催されている東京創元社さんには申し訳ないのですが、僕の書いた珍妙なミステリは、どの程度の価値があるんでしょうかねえ、という軽い気持ちで応募してみました。

 まあ、結果は、世に出なかったことで明白なわけですが。

 実はこの応募には後日談がありまして、僕の作品を下読みされた方と、短い時間ですがお会いして、直接お話を伺ったなんてエピソードがあったりもします。少なくとも、インパクトはあったみたいです。まあ、ミステリというよりはクトゥルー神話作品ですからね、そりゃあ悪目立ちもします(笑)。

 

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 さてさて、本格ミステリで一応は(小さなものであれ)実績を得ることができたので、そろそろアレに挑戦してもいいよね、と思い、次の『新・本格推理』へ応募するために書き始めた作品がありました。

 タイトルは先に決めていました。──「ティンダロスの密室」と。

 以前、ブログにも書きましたが、クトゥルー神話+本格ミステリという試みですね。たぶん、世界的に見ても珍しいと思われるやつ。
 ガチガチのクトゥルー神話なんか書いて、一般的なミステリを募集している企画で採用なんてしてくれるの? という気もしますが、逆に、『新・本格推理』でなければチャンスはないな、という考えもありました。
 それは、最終選考が二階堂黎人さんおひとりで決められるというシステムと、過去に掲載された作品の内容が根拠となっています。
 二階堂さんのポリシーというか本格観に合えば、ぶっ飛んだ作品でも採用されるんです。事実、『新・本格推理05』には、その傾向が顕著な作品が掲載されていましたし。

 というわけで、書きましたよ。規定枚数ギリギリの100枚。
 特に注意した点としては、
・クトゥルー神話の怪物〈ティンダロスの猟犬〉を、トリック/プロット/テーマに深く関わらせる。
・クトゥルー神話を知らない人でも楽しめる内容にする。
・同時に、クトゥルー神話マニア(僕自身)が、神話作品として納得できる内容にする。
・ちゃんと本格ミステリにする(笑)。

 といったところ。
 これらが高いレベルで実現できているかどうかは、実際に読んでくださった方に判断を委ねるとして、この時期における僕の精一杯を詰めこんだ作品となりました。

 さあできた。じゃあ、早速応募しようか──と思った矢先、困ったことが起きました……。

 

 

 

                                      10

 今にも倒れてしまいそうな足取りで「赤い部屋」を去っていく与那国の背中を見送り、利御は深い溜息をついた。
「いいのか? 行かせて」
 わたしが訊くと、
「構わないよ。逃げるわけもないだろうし」
 ぼんやりと、そう答えた。
 そして沈黙する。
 店内の音楽は――カノンだった。
 三井寺が、これは最も好きな曲だと、ぼそりと言った。
 哀しみの曲にも聞こえる。慶びの曲にも聞こえる。
 よく、判らない。
「ジャコウアゲハという蝶がいるんだ」
 誰にともなく、唐突に利御が言った。
「黒い蝶で、翅の後ろのほうに橙色の斑点がある。捕まえると、麝香のような匂いを出すことから名前がつけられた」
 目は伏せている。
「この蝶は、幼虫期にウマノスズクサという有毒植物の葉を食し、体内に毒を溜め込むんだ。この蝶を食べた鳥は、あまりの苦さに、二度と再びジャコウアゲハを捕食しようとはしなくなる。こうやって種全体を守っている」
 いったい、なんの話だろう。
 だが我々も黙って聞いていた。
「一方、アゲハモドキという蛾がいる。この蛾の特徴は、ひと言で述べるなら、ジャコウアゲハに似ているんだ。黒い身体と翅に、橙色の斑点。しかし、こちらには毒がない。だけどジャコウアゲハと間違えられ、鳥から捕食されることが少ない。つまりこの蛾は、他の種に擬態することによって身を守っている」
 ここから話が発展していくものかと思いきや、またもや口を閉ざしてしまった。
 利御は空になったグラスを手に取り、底に僅かに残った緑色の液体を眺めている。
 いつまでも。
 そして、微かな声でこう言った。
「ネットは恐いね」
 与那国は、今まで一度も顔を合わせたことのない《アンリ》に、殺意を抱いた。声も知らない、名前も知らない、性別すら不明の人物に対して。単に、メールで論破されたというだけのことで。
 文字でしかコミュニケーションを取らないがために、相手の人物像は言葉遣いや会話の内容から勝手に想像される。この段階ならばまだいい。問題はその先である。
 勝手に思い描かれた人物像は、頭の中でひとり歩きし、肉づけを施され、やがて具体性を増してゆく。最終的には、一度も会ったことのない人物が人格を有するにいたり、思いこみという効果によって生命すら与えられる。
 文字とは残酷なものである。思いを完全に伝えることなど不可能だし、ちょっとした表現次第で、同じ内容の文章がよくも悪くも解釈される。
 悪口を書かれたと思いこんだほうは、自己の中に息づく相手の疑似人格に対し、やり場のない怒りを抱くことすらある。それは増幅され、相手のことをまったく知らないがゆえに疑似人格は醜く歪められ、結果、より大きな憎悪を生み出す。
 そしてそれが、今回の事件の動機となってしまったわけだ。
 くだらない。そんなことで人を殺すとは――などと言える人間は、コミュニケーションについて深い思慮を持たず生を送っているに違いない。
 わたしは、そんな自分の考えを、利御に言ってみた。
 ゆえに、ネットは恐ろしいものであると。
 すると利御は疲れたように微笑み、
「違うよ」
 そう言った。
「いや、確かにそれもあるかもしれない。けれどね、僕が言ったのは違う」
 そして遠くを見るように目を逸らすと、
「僕がアンリなんだ」

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  >アンリさん
  メールを出すのは初めてですね。こんばんは、麝香です。
  さて来週のオフ会ですが、ちょっとした趣向を考えております。
  まあ、他愛のないドッキリ企画(なんじゃそりゃ)なんですが、どうでしょうねえ?
  つきあっていただけますか?
  ああ、具体的な内容ですね。いけない、いけない、それを先に言わなきゃ。
  私の主催しているウェブサイト「擬態WORLD」はご存じですよね。
  そのテーマに関連したお遊びなのですが。
  前にも一度、他のオフ会でやってみたことがあるのですが、なかなかおかしな結果になって面白かったですよ。
  それはですね、お互いのハンドルネームを交換し、偽って自己紹介するというもので――

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                                                                          (了)

                   2001.07 原稿用紙換算99枚


参考文献
 松本克臣『チョウ・ガ』(山と渓谷社)
 今森光彦『野山の昆虫』(山と渓谷社)
 出嶋利明『昆虫の科学』(ナツメ社)

 

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