先日、投稿【臨終のそばに立つということ】を読んだ方から、こんなメッセージをいただきました。

「自分の思いは、恥ずかしいことではなかったんだと思えました。」

 

気になって、お話を伺ったところ──

 

「義父、義母、実父、祖父、祖母……家族の臨終に立ち会ってきました。
でも、私の中からこみ上げてきたのは、悲しみよりも『ありがとう』という想いでした。
自分って薄情なのかなと悩んでいましたが、投稿を読んで救われました。」

 

この言葉に、私の心がふるえました。

 

 

 

人が亡くなるということは


もう二度とその人に触れることができず、
もう二度とその声を聞けず、
もう二度とその存在に会えなくなる、ということ。

 

だから、多くの人が「悲しい」「つらい」「寂しい」と感じるのは当然のことだと思います。

 

 

でも、その方は、最期に「ありがとう」と感じた。

 

それは
生きている間に、
ちゃんと触れて、
ちゃんと耳を傾けて、
ちゃんと会いに行っていた証なのではないでしょうか。

 

 

 

私は思うのです。
そういう人こそ、
本当に人とのご縁を大切に生きてきた方なのだと。

 

 

「ありがとう」と言えたあなたは、
決して、薄情なんかじゃない。
むしろ、誠実に、人を愛してきた人だと私は思います。

 

 

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私自身はというと、
子どもの頃からよく叱られていたせいか、
「私は人を怒らせる」と思い込んで、
なるべく人と関わらないようにしていました。


人と会うのが、怖かったのです。

 

でも今、こうして多くの方と出会わせていただき、
心を通わせるたびに、学びが深まっていきます。

 

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このメッセージをくださった方へ、
そして、読んでくださったあなたへ。

 

心から──
ありがとうございます。

 

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山県育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。