「第92回 日本ダービー」が今週の日曜日(6月1日)に東京競馬場で開催される。私が毎週土・日曜日になると馬券を買っていた生活をやめてからもう15年ほどになるが,今でも「ダービー」と「有馬記念」の馬券だけは買うことにしている。そこで,今回の「光のことば 闇のことば」は馬券の指南書からの言葉を選んでみた。

 

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仮に,トーマス・ワイアットの歌における宗教的シンボリズムについて論文を書けば立派な研究者なのだが,デイリー・レーシングフォームにおけるシンボリズムについて研究しても,単なるろくでなしにすぎない。(アンドリュー・ベイヤー『勝ち馬を探せ!!』より)

 *デイリー・レーシングフォーム: 北米で発行されている有名な競馬新聞の名前

 

 常習的に馬券を購入している競馬ファンの中には馬券必勝法をあれこれ探求する人はたくさんいるが,「北米競馬のオッズを変えた男」とまで言われたアンドリュー・ベイヤーの方法ほど画期的であった予想法を私は知らない。(本書の翻訳が出版されたのは1990年で,その後の競馬予想法がさらに進化していることは承知しているので,あくまで1990年頃の時点での評価である)。ベイヤーの方法を数学のテストに例えると次のようになる。つまり,かなり簡単なテストの得点が90点のA君と非常に難しいテストの得点が60点のB君のどちらが数学の能力が高いかと問われても答えようがないのと同様,ベイヤーのスピード指数が公表される以前は競走馬のスピード能力を測る基準は異なった条件の下で走った馬同士の走破タイムを直接比較することだったのである。ベイヤーのスピード指数が画期的だったのは,馬場状態,レースの距離,クラス,斤量など異なる条件の下で走った馬のスピード能力を共通の土俵に乗せて比較する方法を考案した点にある。

 私は当時ベイヤーのこの本を何度も読み返し,自分の馬券検討に取り入れようと努力したのだが,膨大な時間と労力を必要とすることが分かり,ついに挫折した経験がある。そしてベイヤーがこの方法を考案するまでに費やした労力と時間を想像してその競馬研究に対する真摯な姿勢に感服した憶えがある。

 ベイヤーは父親が大学教授で,本人もハーバード大学で学者になるつもりでT.S.エリオットの研究をしていたのだが,脇道へ逸れてしまったとのことで,その経歴を考えると馬券の指南本の中で上のような言葉をのこすのも宜なるかな。もちろん彼は自分のことを「ろくでなし」だなどと思ってはいない。それどころか,彼は自分が競馬に取り憑かれた理由を次のように語っている。「堅苦しいアカデミックな世界のどんなテーマよりも,競馬の方がずっと頭を働かさなければならないし,人間に刺激を与えるからだ。」

 

 

  

 

 伊吹亜門という作家はまったく知らなかったのだが,新聞の書評欄の書評を読んで食指が動いた。早速図書館で検索してみると何と60人以上もの予約が入っていて,仕方なく購入することに。歴史上の実際の出来事をベースに虚実綯い交ぜになったミステリーで,結構好きなジャンルの物語である。

 

 1935年8月12日,陸軍歩兵中佐・相沢三郎が陸軍省軍務局長・永田鉄山少将を陸軍省の永田自身の部屋で斬殺した歴史上有名な事件が物語の発端である。そこから,1936年2月26日の青年将校たちの決起,つまり「二・二六事件」が勃発するまでの期間に起こっていた「もう一つのミステリアスな事件」が物語の中心である。

 永田鉄山斬殺事件には架空の人物が数人登場する。相沢が永田の部屋に行く途中で出会い廊下で話をする古鍛冶兼行陸軍歩兵大佐,それに相沢が永田を襲ったとき偶々永田を訪問中であった六角紀彦憲兵大佐と山田長三郎大佐である。山田は難を逃れたのだが六角は自身も重傷を負ったのである。

 物語の主人公で憲兵大尉の浪越破六は永田事件のあと教育総監・渡辺錠太郎陸軍大将から密命を受ける。当時,陸軍内部は皇道派と統制派の派閥争いが激化しており,渡辺によれば「一部の中堅幕僚が,皇道派に与する振りをして若手青年将校らを煽り,直接行動を起こすように唆しているのだ」という状況で,皇道派の六角紀彦と古鍛冶兼行の身辺調査をして欲しいというものだった。しかし,その数日後,浪越が陸軍省の古鍛冶の部屋を訪ねていったとき,古鍛冶は斬殺死体で発見され,その側には銃を口にくわえた状態で米徳平四郎陸軍歩兵少佐が亡くなっていたのだ。以上がごく序盤の展開だが,物語はここから様々な人たちが絡むミステリアスな展開を見るのである。

 

 タイトルにある「路地裏の」とは本の帯に書かれている「青年将校たちの決起の裏で起きていた」という意味であり,この部分がフィクションなのであるが,それを史実である冒頭の永田将校暗殺事件の中に架空の人物を設定することによって終幕のこれも史実である「二・二六事件」へと繋いでいき,後半に行くにしたがってその「路地裏の事件」も広がりを見せる展開に著者の技量が感じられる作品である。それとともに主人公の浪越と陸軍士官学校時代からの親友である麦島義人への友情と疑念が交差する中で「二・二六事件」へとなだれ込んでいくくだりなど,当時の実際の人間同士の間にもこのような関係があったのではないかと想像させられ,その時代を思わずにはいられなかった。一方で物語の展開にはやや荒っぽいところもあり,例えば「路地裏の事件」に至る動機など,分からないではないが,やや説得力に欠けるように思われたし,架空の人物ではあるが国家主義者の碓氷東華が全くの俗物として描かれているのも興が殺がれるように思われた。もっとも,実在の北一輝を登場させるのは無理があるとは思うが…。

 「二・二六事件」も収束した終盤,浪越と麦島の妻妙子が靖国の石段の下で話をするくだりがある。「この国は,これからどうなって行くんでしょうね」と問う妙子に浪越が答えるシーンだ。「皇道派は一掃され,陸軍は統制派の思想で意思の統一が図られるでしょう。かつて永田閣下が望まれたように国は重工業財閥を抱え込み,全国民を巻き込んだ総動員の戦争体制構築へ向かう」「戦争になりますか」…。

 たしかに我が国は翌1937年7月7日の盧溝橋事件をきっかけに日中戦争に突入し,やがて太平洋戦争へと向かったのである。ストーリーの展開とはあまり関係がないやり取りであるが,上のセリフはなぜか印象に残ったのである。

1. オッペンハイマー(2023年 アメリカ)

 監督:クストファー・ノーラン   

 キャスト:キリアン・マーフィー / ロバ-ト・ダウニー・Jr / エミリー・ブラント     

 評価:★★★(評価は5点満点。★が1点。☆が0.5点)

<短評>

 2度目の鑑賞。今年の正月に観て期待外れの作品だったので「どこか見落としたかも」という懸念があり再鑑賞したのだが,評価は変わらなかった。モクロームとカラー画面を使い分けたり,時系列を頻繁に入れかえるなど,ノーラン監督らしい構成の妙は窺えるが,全体としてあまりにもあっさりしすぎているのだ。ノーラン監督のねらいは戦後,水爆開発に反対してソ連のスパイ容疑を受けて秘密聴聞会で追求されるオッペンハイマーと,過去にオッペンハイマーから受けた恨みを晴らすために暗躍するルイス・ストローズとの確執を描くことにあったのだろう。そうだとすれば,そこに至るまでのオッペンハイマーの研究履歴や女性関係を描いている前半がいかにも薄くそのために3時間の長尺になったのは残念だ。その箇所が薄いために,オッペンハイマーがなぜあそこまで水爆開発反対の立場を貫いたのかがイマイチ伝わってこなかったのである。

 

 

2. 丘の上の本屋さん(2021年 イタリア)

 監督:クラウディオ・ロッシ・マッシミ   

 キャスト:レモ・ジローネ / コッラード・フォルトゥナー / ディディー・ローレンツ・チュンブ

 評価:★★★★(評価は5点満点。★が1点。☆が0.5点)

<短評>

 特に大きな出来事が起こる映画ではないが,イタリアの風光明媚な丘の上を舞台に少年と老人の本を媒介にした交流を描いた心落ち着く作品である。丘の上にある古書店の店主リベロと本が大好きだけれどお金がなくて買えない移民の少年エシエンに次々と本を貸し与え,二人で本の感想を語り合う話を軸に,リベロの店にやって来る顔なじみの人たち―ゴミ箱で拾った本を売りに来るボジャン,リベロの店の2軒先にあるカフェレストランのボーイで家政婦のキアラに恋しており,リベロと大の仲良しのニコラ,自分の著書を人にあげたり貸したままで自分の手許に一冊もなくなって,なんとか一冊だけでも手に入れたいと思っている先生など―との交流をも描いている。リベロがエシエンに貸し与える本はコミックから始まって,ピノッキオの冒険,イソップ寓話集,星の王子さま,白鯨,アンクルトムの小屋,白い牙,ロビンソンクルーソー,ドン・キホーテとだんだんと難しくなっていく。リベロは実は重病を患っており,死期を悟っている。そして,最後に彼は「この本は貸さない。キミにあげる」と言ってある本をエシエンに手渡す。その本とは…,ナ・イ・ショ。まあ,ユニセフ協賛の映画らしい本だが,その評価についてはあえて言わないでおこう。

 リベロがエシエンに『星の王子様』を貸し与えるときに言ったセリフ。「注意深くお読み。本は2度味わうんだよ。最初は理解するため。2度目は考えるためだ」。本の好きな人にはオススメの映画かも。

 

 「この子」というのは画像のPCに映っている宗選手のことではありません。本体のパソコンのことで,最近の劣化ぶりにはさすがに愛想が尽きてしまいました。PCの電源をONにしてから立ち上がるまでにかなりの時間がかかる。頻繁にフリーズする。フリーズしたら頑なに動かないので,本を読みながら動き出すのを待つより仕方がありません。5~6ページ読んでから画面を見ると「おー,動いてる」って状態。しかし,動き出したと思ったら,またまたフリーズ。休憩が多すぎるって。本を読みながらPCを操作している人ってこの日本に何人いるのかしら?さらにWORDで文字を打ち出したら漢字変換に2,3秒かかるんですけど…。動画配信で映画を観ると,まるで自分の仕事の範囲外であるかのように動きがプツプツと止まって,画面の中央にクルクル回る印が出てきてまた動き出すという始末。あ~,もーいやだ。

 

 というわけで,恐る恐る「この子」のスペックを調べてみた結果が次のようでした。

1.CPU:Intel Celeron

 あら,Core iシリーズじゃなかったのね。で,Celeronについてはネット上で次のように説明されていました。

 Celeronは、省電力・低価格が魅力のCPUです。 しかし、性能はCore iシリーズに比べるとかなり劣るため、多くのアプリを同時に動かしたり複雑な作業をしたりする用途には向いていません。 インターネット閲覧や文書作成などの簡単な作業、「軽いアプリを1種類しか使わない」など、単一の作業を行うパソコンに適しています。

 さらにCeleronシリーズは2022年9月をもって販売が終了しています。 通常Intel社は1年に1回以上のペースで新しいCPUをリリースしているため、すでに販売を終了したCeleronシリーズ=旧型のCPUといったイメージが定着しつつあるのが現状です。

 

2. メモリ:4GB

  PCのプロの説明では,メモリは動画編集などしないのであれば最低8GBあればOK。できれば16GBが望ましいとのこと。

4GBについてはひと言。「論外」だって。

 

3. ストレージ:HDD

  スタンダードはSSDの3000MB/Sとのこと。

 

 「この子」との別れが近づいている。「バカな子ほど親は可愛い」などと言うけれど,どこか愛着があるんだよね~。

 

 

 

追伸

 画像に写っているのは昨日(26日)のオリックス VS ロッテのオープン戦で2塁打を打ってセカンドベースに到達した時のオリックスバファローズの宗選手。こちらには大いに期待しています。

1.L.A.コンフィデンシャル(1997年 アメリカ) 

 監督:カーティス・ハンソン      

 キャスト:ケヴィン・スペイシー / ラッセル・クロウ / ガイ・ピアース        

 評価:★★★☆(評価は5点満点。★が1点。☆が0.5点)

<物語>

 1953年,ロサンゼルス。元刑事を含めた6人の男女が惨殺された事件の捜査にあたっていたロス市警の刑事バドは,やがて売春組織の娼婦リンにたどり着く。一方,殉職した刑事を父に持つ野心家のエド,そしてテレビの刑事ドラマでアドバイザーをしているジャックも動き出す。刑事たちはぶつかり合いながらも,やがて手を組み,警察内部の汚職に立ち向かうことに…。作家ジェームズ・エルロイが著した「L.A.4部作」のひとつを映画化したクライムサスペンス。(「映画.com」より)

<短評>

 今から見ればかなりの豪華キャストで,一般にとても評価の高い作品だが私にはイマイチだった。本当の黒幕はこいつだったというのだが,唐突過ぎてサスペンスとしてはイマイチ。もっと伏線を張っておくべきだったと思う。また,ドンパチのシーンが多くて,自分の趣味には合わない。

 

 

2.コリーニ事件(2019年 ドイツ)        

 監督:マルコ・クロイツパイントナー      

 キャスト:エリアス・ムバレク / フランコ・ネロ  

 評価:★★★★☆(評価は5点満点。★が1点。☆が0.5点)

<短評>

 (ネタバレ注意)

 2001年,ベルリンの高級ホテルのスイートルームで大物実業家,ハンス・マイヤーが銃で殺害される。殺したのはイタリア人のファブリツィオ・コリーニ。新米弁護士のカスパー・ライネンが弁護を引き受けるが,マイヤーはライネンの子供時代の恩人だった。また,コリーニが殺害の動機を一切語らないまま裁判が始まる。二転,三転する見応えのある法廷劇だが,法の正義を問う点で通常のサスペンスとは一線を画す。ナチスが絡んでくるのだが,この時代の戦争犯罪に時効はあるのかという問題,さらには個人的復讐は許されるのかという問題について考えさせられる作品。それらの困難な問題についての監督の答えは揺れている。したがって,コリーニは自裁の道を選んだ。個人的には納得。なぜなら,私も分からないから。考え続けるべき問題を提起している点で優れた映画だと言える。