
今から5,6年前になるが,一緒に仕事をしたチームのメンバーの一人が会議の席で「~させていただきます」という言い方を連発するので,耳障りでしかたがなかった覚えがある。あまりに頻繁に使うので,「『~させていただきます』って,それ,あなたのやるべき作業なのに誰の許可を仰いでいるんだ?」と言いそうになったのだが,本人は丁寧な表現として使っているのだろうと思って黙っていた。それにしても,最近,TVを見ていると芸能人などがよくこの表現を使っているのを耳にする。いや,それだけでなく,自分でも無意識に使っていたりして「ン?」と思うこともあり,「『させていただく』ってどういう表現なのだろう?」と思っていたところ,たまたま目にしたのが本書である。そこで,早速読んでみた。
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「させていただく」という言い方については私のように違和感を持つ人もたくさんいる一方で,現在広く使われていることも事実である。それはこの形を便利だと思う人が増えてきたからなのだが,著者の椎名美智は言語学,特に歴史語用論(注1),コミュニケーション論,文体論を専攻している研究者としての立場から「させていただく」の現在に至るまでの歴史的経緯を明らかにし,さらに,それが広く使われるようになった背景にある社会の変化,人々の意識や距離感の変化,日本語の敬語の変化などに言及しているのが本書である。著者の言葉を借りれば,「『させていただく』を『問題系』として取りあげた」(p.8)書物なのである。その際,著者は700人を対象にした調査を行うとともに,歴史的時代が異なる2つのコーパス(注2)を用いて調べるといったフィールドワークから得られる事象を分析し,そこから上の「問題系」に関する結論を導き出しており,読み終えたあと,「させていただく」の違和感だけでなく,その表現が何故便利であるかという点についても納得できるものになっていると言えるだろう。
(注1) 歴史語用論(pragmatics):時間の流れの中でどのように言語が変わってきたのかといった言語の歴史を調べる歴史言語学と,コミュニケーションでどのように言語が使われているのか,なぜ言外のメッセージが伝わるのかといった,実際に使われている言葉を観察する語用論の両方の視点から,人々のコミュニケーションの歴史的変化を研究する言語学の一分野。(p. 8 / p.55)
(注2) コーパス:電子テキストをたくさん集めたデータセットのこと。(p.135)
本書の構成は以下のようである。
「はじめに」
第1章「新しい敬語表現――街中の言語学的考察」
第2章「ブームの到来――『させていただく』の勢力図」
第3章「違和感の正体――700人の意識調査」
第4章「広がる守備範囲――新旧コーパス比較調査」
第5章「日本語コミュニケーションのゆくえ――自己愛的な敬語」
「おわりに」
本書を読み進める上で重要なコンセプトは,敬語における「敬意漸減の法則」,「距離のストラテジー」,敬語の体系の変化ということである。「敬意漸減の法則」とは,敬語は使われていくうちに,それに含まれている敬意が少しずつすり減っていくという現象であり,「距離のストラテジー」とは他者との心理的距離感の調節に関わることである。敬語は他者との上下関係だけではなく親疎関係をも表す表現であるが,私たちはそれを他者に対する遠隔化の道具として使用していると述べられる。距離感に関しては主語が一人称であるか「あなた」であるかということも重要であり,前者の場合は遠隔化作用が働くのに対し後者の場合は近接化が生じる。さらに,敬語はかつての他者に敬意が向けられるタイプの敬語(尊敬語,謙譲語,丁寧語)から自分が丁寧であることを示すことによって間接的に聞き手に敬意が伝わるタイプの敬語(丁重語,美化語)へとシフトしていくのであるが,これも「させていただく」の使用増加と深く関係しているとのことである。
第1章では「させていただく」の実例をたくさん挙げながら著者がそれぞれにコメントをつけているのだが,それを読むと「させていただく」にも使う人の意思表明に違いがあることが分かる。例えば,「ハッキリ言わせていただきます!」,「実家に帰らせていただきます」,「警察へ通報させていただきました」などはキッパリと強い意志が感じられるのに対して,「メンバーズカードをお持ちの方には10%割引させていただきます!」などは顧客側が恩恵を受けるのになぜこういう表現になるのかといった興味が湧くのだが,本書ではこの点についても詳しい説明がなされているのである。
「させていただく」の文法的説明としては,本書は次のように述べている。つまり,これは「使役の助動詞『させる』と授受動詞(注3)『いただく』が連結の『て』で繫がった連語である」(p.75)が,ここでは授受動詞を「補助動詞」(注4)として使うことによって,「話し手は自分と相手との関係性の微妙なニュアンスを伝えることができる」(p.75)ということになる。
(注3) 授受動詞:もののやりとりを表す動詞で,普通形(非敬語形)と敬語形があり,3系列7語(やる・あげる・さしあげる / くれる・くださる / もらう・いただく)で一つの体系を構成している。やりとりするものは具体的なものから抽象的なものにまで使用が拡大して,現在に至っている。(p.69)
(注4) 補助動詞:他の動詞の後ろにつけて使われる用法。「させていただく」を扱っている本書では「授受動詞の補助動詞用法」を略して「補助動詞」と呼び,敬語に準ずる機能を持っているものとして扱う。(p.66)
著者は以上の説明をしたうえで,「させていただく」の使用増加という現象をいろいろな要因(社会の変化,人々の意識の変化,敬語の変化など)の結節点であるとして,これを「問題系」として捉える。そして,この問題系を解明するために以下の3つの問いを立てる。
(1) 人々はなぜ「させていただく」を便利だと感じるのか?
(2) 人々はなぜ「させていただく」に違和感を覚えるのか?
(3) 日本語の敬語の変化の中で,どのような流れがあったから,「させていただく」が好まれるに至ったのか?
著者はまず,「させていただく」の違和感の正体を探るために700人を対象にした意識調査を行い,「させていただく」について「必須性」(相手の存在や役割が必須であるかどうか),「使役性」(「させていただく」が許可使役の意味を持つかどうか),「恩恵性」(恩恵を受けるかどうか)という3つの要素を取り出したところ,次のことがわかったと述べる。つまり,違和感の有無に最も関係のあるのは「必須性」であり,「恩恵性」は違和感の有無には無関係である。「使役性」の影響力は2番目,つまり,必ずしもみんなが「許可」を求める目的で「させていただく」を使用しているわけではないということである。要するに,「させていただく」は「あなた認知」の動詞とともに使われた場合に違和感が小さいということになるのだということである。
さらに,著者はこの問題を「距離感」という観点から考えた場合,「させていただく」は敬語であり,主語は一人称の「私」なので遠隔化が作用する距離感の大きい補助動詞であるが,上に述べた「必須性」が重要であるという観点を含めて考えると,「させていただく」は「遠近両方の効果を持つ用法」へと変化してきていると考えられると述べる。したがって,著者によれば,「させていただく」は話し手と聞き手が絶妙の距離感を保ってコミュニケーションができる表現であるということになる。
次に著者は「させていただく」が広く使われるようになった歴史的背景を時代が異なる2つのコーパスを用いて調べた結果を次のように述べる。つまり,昔からこれはコミュニケーションに関わる動詞とともに使われることが多かったが,最近は「させていただく」の前にくる動詞(前接動詞)の種類が多様化しており,特に「能動的コミュニケーション動詞」(述べる,話すなど)と一緒に使われることが増えてきたということである。そして,これは自分からすすんで相手にコミュニケーションをとろうとする動詞であり,意識調査で「必須性」,つまり相手の存在や役割があると「させていただく」フレーズへの違和感が小さいことと呼応する結果であると述べられる。
他方,「させていただく」の後ろに来る部分(後接部)を2つのコーパスで比較したところ,現在ではほとんど「させていただきます」という言い切りの形でしか使われておらず,著者によれば,これは双方向的で交渉的なコミュニケーションスタイルが,一方向的な宣言や報告へと限定化してきているということを意味していることになる。要するに,後接部においてはコミュニケーションが貧弱化する一方で,それを補うかのように前接動詞が多様化しているのであり,これを遠・近という側面から考えた場合,「させていただきます」は,「させて」と相手の許可に言及することによって,特に,相手に関係する動詞と一緒に使って距離が縮まりそうな時には,「いただく」という遠距離効果の言葉で距離感を取り戻すことができることになるのであって,「そうした微妙な距離感操作が簡単にできることが,伝統的な敬語に代わる表現として使われる理由ではないかと思います」(p.173)と述べられている
以上をアーヴィング・ゴフマンの「表敬」と「品行」(注5)という概念を使ってポライトネス(言語的配慮)の観点から「させていただく」を「させてくださる」と比較しながら考察しているのが第5章である。著者はコーパス調査の分析によって「させてくださる」はあまり使われなくなり,「させていただく」へとシフトしてきたことを指摘した上で,「『させてくださる』は『あなた』を主語として敬語の対象としているという点で,聞き手への敬意を表現する『表敬』の敬語です。一方,『させていただく』は『私』が主語になっているので,話し手の謙譲の気持ちを表現する『品行』の敬語です」(p.187)と述べ,前者から後者へのシフトが起こった理由を,敬意の示し方において前者は相手に触れざるを得ないが,後者は相手に触れることなく間接的に相手への敬意を示すことができるので,心理的負担が小さくてすむからであると述べる。しかし,著者はさらに,「させていただく」は自分がへりくだることによって相手に敬意が向かう謙譲語ではなく,へりくだることによって自分の丁寧さを示す「新・丁重語」として使われているのではないかということを指摘する。
著者の行った2つの調査から著者は「させていただく」の違和感は,それがどんな動詞とともに使われているか,後ろがどんな形なのかに大きく関わっていると結論する。つまり,一緒に使われる能動的コミュニケーション動詞の種類が増えてきているということは相手の存在が必須であることに呼応しており,自分の丁寧さを示すマーカーにもなっているが,後ろの言い切りの形は一方的な行為の宣言であり,近接化を図ろうとしながら同時に遠隔化作用が機能するという矛盾が存在するということである。
(注5) 「表敬」と「品行」について著者は186ページで次のように紹介している。
表敬:相手についての高い評価を適切に相手に対して伝える手立てになる行動
品行:身のこなし・着衣・ふるまいを通じて伝えられる個人の儀礼的行為という要素,自分がまわりから見て望ましい性質をもっている人間であること,あるいは望ましくない性質をもった人間であることを表現すること。
著者はまた歴史語用論の立場から「させていただく」の使用が増大したことの原因としての人々の意識の変化についても言及して,次のように述べている。つまり,SNSの発達のおかげで人々が不特定多数を相手に話す機会が増えたために,対人関係において傷つくことを恐れるあまり,対人配慮に心を砕き過ぎるようになった結果ではないかということである。要するに,「させていただく」は自分が傷つくことを避ける無難な表現なのだということである。著者が言うように,敬語とはそもそも尊い他者に対する敬意を表すものであったのだが,それが今では自分が謙虚であることを示すことに注力するものになってしまっており,それの象徴が「させていただく」の使用であるということになる。そして,著者はそれを「自己疎外」と述べている。
以上,本書のごく大雑把な内容を紹介してきたが,本書は私たちが「させていただく」について日頃から漠然と感じている疑問点などについて,言語学者としての豊富な知識に基づきながらも私のような素人にも分かりやすく書かれており,とても読みやすい書物であると言える。もちろん本書には私が紹介した内容以外にも実に様々な興味深いことが指摘されており,「させていただく」に違和感を持っている人だけではなく,それを便利な言葉遣いだと感じている人にも一読をお薦めしたい書物である。