今回はその2として,主に映画『メッセージ』に対する感想を中心に書いていきます。
【メッセージ】
前回はネタバレ全開のこの映画のストーリーを紹介したが,今回はこの作品についての私なりの解釈と感想を書いてみることにする。
前回にも書いたが,この映画は冒頭で「あなたの物語はこの日始まったと思ってた。記憶って不思議。色んな見え方をする。人は“時の流れ”に縛られて生きているけど」というナレーションで始まり,続いて,子供の誕生,その子が大きくなってからの死,と続き,ラストで「ハンナ,あなたの物語は彼らが消えた日に始まったの」というナレーションが流れる。そう,この物語はルイーズの娘・ハンナの物語なのだ。そして,ハンナとの関わりについてのルイーズの人生観を大きく変えたのがヘプタポッドとの出会いだったのである。
私たちはよく「時系列」という言葉を使う。この言葉には時間は直線的に未来に向かって進んでいくという思考が表れている。人類の歴史において人間が「時間」という概念をどのように認識してきたのかということについて,私は深くは知らない。ただ,「歴史は一つの目標に向かって進んでいく」というマルクスやヘーゲルに代表される近代的歴史観は時間が未来に向かって直線的に進んでいくという思考から出てくるものであることは確かであろう。ここで,この映画の中で言及されている,「思考は使用する言葉によって形成される」というサピア・ウォーフの仮説を思い出そう。ヘプタポッドの文字は円形の表意文字であった。この言葉を使う生命体にとって「時間」は円環構造を成していると考えられても不思議ではないし,したがって「円環する時間」という概念を持つ生命体にとっては「未来が見える」のだ。
映画の進行とともに明らかになること。それは,ルイーズがヘプタポッドの文字を分析していくにつれて彼女が彼らの思考を身につけていくということである。つまり,彼女には未来が見えるようになっていくのだ。
彼女の著書『ヘプタポッドの言語』。これは彼女が未来において書いた書物であり,未来が見えるようになっていた彼女は未来の自分の著書で「武器」の意味を調べたのである。彼女がシャン上将の携帯電話の番号を知り得たのも同じだ。彼女は1年半後にシャン上将に見せてもらった携帯番号を知ることによって,あの時点でシャン上将に電話をかけることができたのである。しかし,これらのことはこの映画の<メッセージ>にとって副次的なことだ。では,本当に重要なこととは?
彼女が未来を知ることができるようになって生じた本当に重要なこととは,映画の中で時々フラッシュバックで出てくる娘のハンナとの<思い出>だ。その<思い出>の中で彼女はハンナを心から愛し,ハンナも彼女のことが大好きだ。しかし,ハンナは亡くなる。
三度目になるが,もう一度繰り返そう。映画の冒頭のナレーション。「あなたの物語はこの日始まったと思ってた。記憶って不思議。色んな見え方をする。人は“時の流れ”に縛られて生きているけど。」ラスト。「ハンナ,あなたの物語は彼らが消えた日に始まったの」。そうなのだ,フラッシュバックで出てくるハンナはルイーズの<思い出>の中に存在しているのではないのだ。それは未来の出来事であり,未来を知ることができるようになったルイーズには自分がハンナを生み育てるが,その子は亡くなるという悲劇が見えていたのだ。それでも,彼女は愛するイアンとの間でハンナを生むという選択をする。そして,私たちは映画が冒頭に戻るということ,実は映画自体が時間的円環構造を持っていることを実感するのである。
ルイーズはただ運命に身を任せたのではないし,無謀な選択をしたのでもない。自らの強い意志によって自分の運命を選択したのである。この人生観こそこの作品が私たちに伝えているメッセージなのだ。Hannahという名前は特別だ。ルイーズは言う。「Hannahは前からも後ろからもハンナと読めるのよ」。ハンナは未来のあるときに亡くなるけれど,ルイーズにとっては名前の通り,後ろに戻って生き返るのだ。
俯瞰で見れば時の流れは一直線に進んでいるように見えるし,私たちは誰でもいつかは死ぬということをも知っている。だからといって,私たちはそのことで悲観的になることもなく,日々,その日の一瞬一瞬を様々な選択をしながら生きている。生きるとはそういうことなのだ。この映画はそのことを私たちに教えてくれているようにも思えるのである。
最後に映画のメインのテーマではないが,ドゥニ・ビルヌーブがこの映画で示唆しているもう一つのメッセージを述べてこの感想文を終えることにする。
実はこの映画には一つの“謎”が残っている。終盤の怒濤の展開においてルイーズは「あなたたちはなぜ地球にやってきたの?」と問うが,それに対してヘプタポッドは「人類を救うためである」と答え,そのためにルイーズが持っている“武器”を使うように言う。”武器”とは言葉であることが分かったルイーズはシャン上将の携帯電話に連絡をとり,その結果,中国は武装解除し,崩壊していた世界の協力関係が復活するのである。では,ヘプタポッドが救うためにやってきた人類の危機とは何なのか?また,ルイーズはシャン上将に何と言ったのか?それについてのシャン上将の言葉は「妻の最後の言葉だ」としか映画では語られない。つまり,映画の中ではこれは具体的には語られておらず,“謎”のままに残されているのだが,ドゥニ・ビルヌーブが示唆しているメッセージは明らかであろう。それは,人類は対立ではなく協力し合わなければ崩壊するだろうということであり,唯一言葉だけが人類の崩壊を救う武器なのだということだろう。ヘプタポッドにとって武器とは言葉である。兵器ではないのだ。そのことを人類に教えることがヘプタポッドが人類を救うということなのだろう。円形の文字はそのことを象徴しているようにも見える。映画の中で,「ハンマーしか持っていなければ全てクギに見える」というセリフがあるが,これは直線的思考から出てくる発想だということだ。直線的な時間思考と同じように。

