仕事はカネを稼ぐための手段というよりも「遊び」に近いものだった。(森永卓郎)
私は寝室に14インチのテレビを置いている。そのテレビはあまり見ることはないのだが,冬は目が覚めても寒くてすぐに寝床から出るのが億劫になり,テレビのスイッチを入れて1時間ほど時間を過ごしてから起き出すのが習慣化してしまった。で,日曜日の朝はたいてい橋下徹が司会をしているフジテレビの報道番組を見るのだが,8日の朝はテレビのスイッチを入れると同時間帯のTBSの「がっちりマンデー」が放映されていて,内容が先日亡くなられた森永卓郎さんの追悼番組だったのでそのまま見ることにした。森永さんはこの番組のレギュラーだったようで過去の映像を振り返りながら司会の加藤浩次と進藤晶子があれこれお話しをするという構成になっていて,番組の最後に森永さんの仕事に対する姿勢として上の「ことば」が紹介されていた。
森永さんが亡くなったのは1月28日だが,SNSでは今でもその死を惜しむ声が多く見られる。たしかに森永さんのガンが発見されてからのこの1年ほどの闘病生活中に執筆された本は彼の遺言のような内容で(といっても,私は全てを読んだわけではないが),それに共感する人が大勢いるのだろう。ただ,私は森永さんが出演するラジオ番組をよく聴いていたリスナーの一人として,上の引用に表されているような仕事に対する彼のスタンスにハッとするとともに,少し反省もさせられたのである。そうだよね。たしかに彼は仕事を遊びとして楽しんでいた。だから,どんなにバカなように見えることであっても全力投球できたのだろう。だとすれば,彼の壮絶な戦いのように見えた最後の一年の執筆にかける思いにもどこか遊びの感覚があったのではないだろうか。ただ一点,これは決定的なことだが,仕事で遊ぶには相当な才覚が必要とされる。私にはどう見てもその才覚がないことは確かだが,残りの人生,肩の力を抜いてやりたいことだけをやっていこう。
森永卓郎氏のご冥福をお祈りします。合掌。


