昔ながらの伝統的なマレー式生活を営んでいるサカリア家にお願いして、ホームステイをさせてもらったのは、赴任二年目の夏休みのことであった。
ホームステイ中は、けっしてお客さんではなく、家族の一員であるように努めた。
私は、常に一家の主であるアーヤ(父)と共に行動し、粗末な小船で南シナ海への漁に出かけていったり、浜の仕事を手伝った。
放言混じりのマレー語しか話せないサカリア家の人々と、言葉は十分通じなかったが、日々の暮らしを重ねる毎に新しい発見と感動の連続であった。
書物を読むだけではわからなかった、傍で見ているだけではわからなかったマレー独特の生活様式と文化を体感していくことができ、それを大切に守り続けていこうとしている人々の心意気に触れることができたのである。
サカリア家の食事は、もちろん箸やスプーンを使わず、手だけを使って食べる。
この体験を通じても、実に多くのことを発見できた。
まず、食事の前には必ず手を洗って清潔にする。
食卓には、『Cuti(チュティ)』と呼ばれる独特の手洗い器が置かれていて、いつでも手を洗えるようになっていた。
使う手は、厳しいイスラム教の戒律により右手だけ。
それも手の平は使わず、親指・人差し指・中指の三本だけを使うのである。
人差し指と中指はちょうどシャベルの役目をしていて、食べ物をうまくすくい二本の指の上に乗せる。
親指はクレーンの役目をしていて、二本の指の上に乗った食べ物を親指の爪側で、口の中に放り込んでいくのである。
その時、けっして指を口の中に入れないので、指が唾液でベトベトになることはない。
また、食べ物に直に触れることで、それまであまり感じたことのなかった食べ物自体の感触を“指で”味わえたような気がした。
何か、その食べ物自体が持っている力、命のようなものが指先から伝わってくるようであった。
さらに、食べ物を触ることで、その温度をとても敏感に感じることもできた。
手で温度を確かめているので、安心して口の中に食べ物を入れることができたのである。
このホームステイを終えた後も、マレーシアの人たちに手で食べることについての聞き取り調査をする等、研究を続けていった。
その過程の中で、食べ物の温度を確かめるということが、手で食べることの意義のひとつであることを確信することができた。
さらに、手で食べることに慣れてくれば、何と「指先の感触でその食べ物が腐っているかどうかを確かめることもできる」ということを聞き出せたことは、驚きであった。
手で食べるという文化は、地理的・社会的な背景に基づき、長い歴史の中で立派に意義付けされ伝えられてきた、すばらしい文化であることが明確になってきたのである。