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ANAビジネスクラス・ラウンジでのあれこれ

普段、近距離はエコノミークラスで出張をしています。


飛行距離が2500Kmを超えると5時間以上かかり足腰が苦しくなり

体調をくずす心配があるのでビジネスクラスにしています。


久しぶりのビジネスラウンジで時間を過ごしましたがいろいろな出来事を

報告いたします。

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11:30ごろのラウンジ風景ですが利用者の半数以上は会社の就業規則で

部課長クラスが多いと感じます。会社の経費で出張をしているのでしょう。


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エコノミーでの海外出張には自家製オムスビ、稲荷寿司を持参しています。

その習慣がついているので早朝作って朝食にして残りをラウンジで食べることにしました。


ウイスキーがあれば、おかずが無くても気になりません。


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驚いたのはラウンジのトイレです。男性用「金カクシ」がごらんの通り使用不可

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ANAが大家の空港ビルへの支払家賃滞納か・・

天下りの多い空港ビル会社なのでお役所仕事で修理が遅れているのでしょう。

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乗った飛行機はB777でした。現在使用禁止になっているB787の素晴らしい

座席と違ってフラットシートにならず寝心地が悪く睡眠不足ぎみになりました。


ラウンジの男子トイレ修理代金よりもB787のバッテリー交換を先にしてもらいたいです。


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ラウンジで昼食用に食べた梅入りオムスビが一個残りました。

機内での夕食が遅すぎて我慢できずウイスキーロックを飲みながら

食べてしまいました。


遅れて出てきた機内食よりも自家製オムスビ一個の方が美味く感じました。


昨日から欧州旅行に出かけました。

「ANAマイレージクラブのみなさまへ、

ビジネスクラスのお得な旅をご案内します。」


家内が私にパンフレットを見せて行きたい、と言いだしました。

欧州視察はパン業界で数回いっているので同じ所にはイマイチでした。


4月後半といってもドイツ、オーストリア、チェコはまだ寒く春といっても

日本の3月初旬の気候だと思います。


しかし残り人生80歳までの元気で動ける時間は7年6か月しか

ありませんので二人で行くことに決めました。


今までの観光旅行、視察旅行は業界又は知人、友人の関係でしたが

今回初めて全く知らない寄せ集めのツアーに参加することになりました。


旅行日程表は送られてきましたが参加人数、氏名はまったく

書かれていません。今どきのんびり観光旅行する連中は

定年後の高齢者集団夫婦の集まりと想像します。


私ども夫婦もその仲間入りの年齢ですが気持ちは若く思うようにしています。

時間があれば時々ブログ、Facebookを書く事にしています。


旅行中はANAツアーの添乗員を難題を持ち込み困らせながら

ストレス解消をしてきます。







大河小説「上海」を舞台にした1900年~1949まで上下巻

3月の視察団に参加して最後は上海に到着しました。


上海は数十回、数え切れないほど行ったと思います。

最初、鄧小平が改革開放をするために自由市場を許可して

個人で作った農作物は自分たちで売ってよいと言い出したころです。


経済特区も深セン、広州、アモイなど立ち上げてこれからという時期でした。

当時の上海外灘・バンドを観光バス中で見た時に(36年前ごろ)

「アッ・・横浜関内海岸通りに似ている!」と直感したことが思い出に残っています。


当時の横浜は中区山下町、山手は外人専用のフラット(マンション)アパートはじめ

居留地の面影が至る所にありました。山手、山下町の大桟橋付近、海岸通りは

空爆にもあわずホテル・ニューグランドをはじめ異国情緒ある風情でした。


当時の上海は中国女性はズボンでスカートは滅多に見たことがありません。

男は人民服がほとんどでしたので、食うや食わずの時代でした。


そんな印象がありましたが、その後の上海については1890~1948年まで

を書かれた小説、雑誌、写真などに興味がわいて買い求めています。


今年6月は72歳の中国就労ビザ更新を北京で致しますが、

更新が終わるまでには上海の外灘、フランス租界、を探訪、虹口を歩き回って、

当時の日本人10万人居留民団の生活の面影を見に行く予定です。


横浜開港資料館 (旧イギリス総領事館)で「上海&横浜」について

4/24~7/7まで長期間開催されています。


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6月の訪問にそなえてクリストファー・ニュー著者「上海」上下巻

大河小説を再度読みなおしました。


主人公家族以外の登場人物は実在の名前で書かれていて当時の

魔都上海の街の様子、地名が良く分かりました。


http://ameblo.jp/tozando/day-20100717.html


http://ameblo.jp/tozando/day-20100716.html


上記のアドレスは「上海」についての小説の一部を説明しています。

小説の解説に邱永漢先生についても触れられた文章があります。


その事について邱先生に聞いた事がありましたが、

「私の知らない間に書いたのでしょう」と答えていました。


書かれた文章は文学的でウンチクのある言葉でした。

興味のある方はクリックしてみてください。


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ニコニコ動画「安倍総理 硫黄島・父島訪問」

6~7年前にクリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』を
ゴルフの帰りに新百合ヶ丘駅近くの映画館で観た事があります。
主役は渡辺謙が大日本帝国陸軍 栗林忠道中将役で出演していました。

華族出身「バロン西」こと西 竹一陸軍大佐も登場していました。
(戦前、ロサンゼルスオリンピック馬術障害飛越競技の金メダリスト)
映画では最後に数名(二等兵)をのこして、ほぼ全員戦死。

内容は
日本本土への進攻を1日でも遅らせる決意をしていた。
防御計画の第一歩として硫黄島住んでいた軍人除く
多くの民間人全員の強制疎開を実行させたのです。

沖縄の民間人を本土に強制疎開させていたら被害も
少なくなるでしょうが・・・
敗戦まじかでは無理でしょうが敗戦を覚悟して戦った
栗林忠道中将の行動は見上げたものです。

アメリカ人監督が日本人向けに制作した映画ですが同時に
アメリカ人向きに『父親たちの星条旗』をアメリカで上映。

今回のブログは安倍総理大臣が 硫黄島・父島訪問をした
ニュースで上記の映画説明をしたわけです。

今回の「安倍総理 硫黄島・父島訪問」のきっかけは
公明党山口代表が提案して同行したと内閣広報室に書かれています。

同じく同行した新藤義孝総務大臣は栗林忠道中将の孫にあたるそうです。



NHK,テレビ朝日、TBS、フジテレビをはじめ詳しく
報道していませんが

安倍総理大臣が今でも発掘している現場で採掘された遺骨に
地べたに土下座してお参りしている様子は
民主党の三人の元総理大臣には絶対ありえない映像です。

少し長い動画ですが今の平和な日本では心が動かされる行動でした。

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今も毎日発掘作業が行われている現場での遺骨

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動画から切り取った写真の一枚です。地べたに内閣総理大臣が
土下座シーンは今回初めて見ました。

是非「内閣広報室」が作成した動画はニコニコ動画より貼り付けしました。

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同じく小笠原諸島の父島訪問の様子が詳しく動画に出ています。

津川雅彦オフシャル・ブログにこんなことが書かれていました。

先週は友人と横浜で飲み歩き、一泊とまりのゴルフ、

西東京ひばりヶ丘までのお通夜など

自宅で夕飯を食べる日が少なく呑み疲れが出ました。

好きで飲んでいるので後悔はしませんが昨日は早寝することにしました。


たまたまパソコンで検索中に津川雅彦オフシャルブログに

朝日、毎日、東京新聞が安倍総理、憎しとばかりに書かれた

問題を指摘していました。


書かれたブログは一か月前になりますが興味のある方は下記の

アドレスをクリックしてみてください。

http://ameblo.jp/santa-no-kakurega/entry-11484291530.html


私も津川雅彦に共鳴する書き方で勉強になります。

今日のブログが短いのは日曜日の今日は久しぶりに

府中でゴルフの約束をしています。



70歳を越えると忘れ物が多くなりますが反省はいたしません。

一昨日、帰宅してからテレビでの天気予報は快晴と予報が出ていました。


来週から家内同伴で海外出張に出かける予定があるので今回は

現役時代と違って出張前に急きょゴルフに行くことにしました。


夕方6時ごろから家内の運転で伊東市の天城山荘行ってきました。

8時30分ごろ到着、普段通り別々に風呂に入り湯上りに好きな

ウイスキーを飲むだけ飲んで乾燥機を掛けた暖かい布団で熟睡。


昨日の天気は快晴でセーターなしの軽装でプレー出来ました。

しかし高齢者には多くなる忘れ物には我ながらガッカリするほど

多くなりました。


その1 ゴルフシューズを忘れて来た。先週プレーした時にゴルフ場に

     忘れて来たので今回の忘れ物は連続二回目になりました。


その2 家内は午前中に13番ホールに3番ウッドをコース内に忘れて

     プレーが終わるまで使用出来ず。しかし5番ウッドの方が

     いい当たりでケガの巧妙。プレー終了後後続組が拾ってくれる。


その3 家内は打った数、OBの2打を忘れて私に申告、注意したその後の

     ホールで私のスコアー記入誤記にクレームをつける。


その4 ロッカーに刺したまま付けっぱなしのナンバー付 精算カードが

     無い、ナイと言いながらフロント、キャデーマスター室に駆け込む。


その5 忘れ物とは少し違いますが山荘の冷蔵庫にあった賞味期限切れの

     ビール、ラッキョ、マヨネーズを捨てきれず私の胃袋に入れる。

     マヨネーズは持ち帰りその内に料理に使って食べる事になるでしょう。


その6 横浜に帰宅途中に携帯電話を山荘に忘れたと騒ぐ。調べる為に

     車を止めてトランクに入れたボストンバック調べたら入っていた。

     呑んだビール、ウイスキーも興ざめして酔いが冷める。

     

その7 帰宅までの車内の雰囲気は身内のお通夜の晩と同じで会話なし。

     運転してもらっているので途中降ろされてはかなわないので沈黙。


その8 その9 その10までは帰宅後、ブログを書いているあいだに

     呑んでいるウイスキーで酔いが回ってしまいました。終わり!

 





中小企業の交際費枠について

中小企業の交際費課税は昭和52年ごろまでは全額必要経費と

認められていたと記憶しています。その後交際費枠が400万円となり

超えた部分の金額は経費と認めず、利益算入させられました。

400万円枠を設定すること事態おかしなものですが。


その後又400万円の10%を課税対象にしていましたが

おかしな規制です。400万円使えば40万円経常利益分の

税金を払えと言う権力側の論理でした。


不景気デフレになってから600万円まで引き上げられましたが10%

課税されるので全く意味のない時限立法です。役人の思考は

経営者の心理、経済効果を全く理解していないといっていいでしょう。


それ以来い交際費節減で税金を支払ってまで交際費を使うのは

バカバカしく極端に減らしました。それにともない不景気の

影響もあり全てにケチケチムード経済がデフレと共に現在まで

続いている原因の一つでしょう。


一人3000円以下その後5000円以下の飲み食いは会議費で

それ以上は課税対象の交際費おまけに接待した人数、相手先記入、


そんなめんどくさい事ゆうなら

ソバ屋でザル蕎麦か親子丼で済ましちゃえ、となるのです。


今回決まった交際費は800万円まで引き上げられ全て経費として

損金算入できるようになりました。本来ならば800万円枠の無しで

よいと思いますが、手始めにはプラス効果は出てくるでしょう。


民主党政権下では交際費見直しはみられなかったですが

身銭を使って事業していた麻生太郎副総裁は企業は生き物と

分かっているので大企業にも適応したいと構想しています。


今まではデパートで頼んだお中元、お歳暮用石鹸、ハム、缶詰

ワイシャツ一枚まで10%の課税対象になるのはおかしなことです。


交際費の使い方は、本音と建前で処理されているのが現状でしょう。


私も現役のバリバリ時代は得意先と泊りがけ接待ゴルフ、コンペ、海外旅行、

独身時代のトルコ風呂、キャバレー遊び、その後ソープランド接待、

自分でも好きで、好きで習慣になった時代もありますが、得意先も喜び

売上げも倍々ゲームで増え利益も出し多額納税した時代もありました。


下記の文章は税務担当会計士の分かりづらい硬い文書です。


(貼り付け)

交際費等の損金不算入制度における中小法人に係る損金算入の特例について、 定額控除限度額を800 万円(現行600 万円)に引き上げるとともに、 定額控除限度額までの金額の損金不算入措置(現行10%)を廃止する。

もともと、交際費もすべて損金(税務上の経費)に認められていましたが、

冗費の濫用(つまり接待などで経費を使って節税する)を防止する観点から

租税特別措置法において制限が加えられている経緯があります。


従来600万円までは、その10%が損金とならなかった(90%が損金)のですが、

上限引き上げだけでなく、全額損金として認められるようになるわけです。


ちなみに個人事業主は、事業に関係する交際費の全額が経費として認められます

(貼り付け終)

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大蔵財務協会 週刊税のたより 4月15日発売記事より掲載
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人間ドックで気になったこと

昨日は上野、稲荷町にある東京都食品健康保険組合

健康管理センターで半日人間ドックを受けてきました。


指摘された内容は前年度より体重が2.5Kg増加、腹回3㎝増加。

カルシュームにおけるトレンドグラフでは1500と平均になっていましたが

10年ちかく1550と40歳代の測定を維持していましたが標準になりました。


昨年まで五臓六腑は全てAランクを維持していましたが今回の検査は

2週間後に郵送されます。今年の指数に変化が出ているか気になります。


毎年減量については誕生日を目標に72㎏台を目標にしていましたが

アルコールを減らすか夕食を減らすかで毎日苦痛を強いられ自分自身

ストレスになっていました。


実は体重、腹回りについては中村仁一医者のベストセラー

大往生したけりや医療とかかわるな 」を読んでから人生感が

変ってしまいました。


日本に居る時は、毎日元気で会社まで往復、好きなだけ酒は飲む、

食べたい料理はなんでも食べる、25㎏のスーツケース+リュックを

自分で運べて、毎週日曜日はゴルフカートを利用していても

山坂を歩ける、帰宅は横浜、野毛、関内で飲む機会に恵まれている。


残り人生80歳まであと数年(7年6ヶ月)しかありませんので

動けなくなって過去の行動に後悔しない人生計画を実行いたします。


81歳からは体力も落ちて好きなことも出来ないでしょう。

その時は長野県の養護老人ホームにお世話になります。理由は

松本市は横浜と勘違いするほど素晴らしいBARがたくさんあります。


MAIN BAR COAT をはじめ数か所のBARに通えるので

横須賀国立アル中療養病院にお世話にならずに住みます。


長野県の養護老人ホーム理事長さんの話では一ヶ月三食付15万円で

面倒見てもらえます。家内は行きたくない!と言っているので


私は畳二枚分とお茶が沸かせる個室を希望していますが

割高になっても年金で十分賄えると思っています。週に二回ぐらいは

往復タクシーを予約しても松本市に呑みに行ける楽しみも出来ます。


人間ドックを終えて残り人生をいかに楽しく過ごすかがこれから

私の集大成がテーマになるでしょう。





(株)ベンチャーウイスキー秩父蒸留所イチロウズモルト

fecebookで「お友達」にしてもらっている肥土伊知郎氏のウイスキー蒸留所は

埼玉県秩父にあります。一昨年前にシングルモルトウイスキー専門書を

買い求めたところ肥土伊知郎(アクト イチロウ)監修と書かれていました。


彼の会社、(株)ベンチャーウイスキー秩父蒸留所も一部紹介されていました。

早速横浜市関内の洋酒、ワイン専門店の信濃屋で買い求めました。

まとめ買いすれば送料無料にしてもらっています。


値段についてはシングルモルト・スコッチウイスキー輸入価格よりも

高く設定されていますが度数46%、若い年数ですがこくがあって中々旨い!


自宅でブログを書いている時には白州12年と決まっていますが

気分転換にバーボン、アートベックなど時々浮気することが多くなりました。

この歳になってから今さら浮気は遅すぎますが・・


現役時代の浮気はウイスキーではなく皆様が思っている通りの事で

男の甲斐性として堂々と公言していました。商売人は儲けて一人前。

損して半人前、あとは好きなことに夢中になるのは健康の秘訣です。

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初めて買い求めたイチローズモルト&グレーン ブレンデットウイスキー

アルコール分46% ロックにしてパソコンを見たり書いたりしながら

数日で飲み干しました。


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白州を買いに行く度にイチローズモルト・ウイスキーを買い求めて現在四種類

あります。右脇にある2011 whisky live TOKYOアルコール分61.8%


第11回ウイスキーライブ東京2011の公式記念ボトルで

現在はビンテージになっていて市場に出回っていません。

アルコール度数46%~61%と高いのでロックで飲むと、のどから胃袋までの

感触がたまりません。


ウイスキーに関しては好きな酒だけあって書きたいことはまだまだありますが

書くより飲むとを優先しますのでこれで終わり。


ウイスキーが並べられている「響」の脇の写真は6~7年前に邱永漢事務所で

邱夫妻、カテキン様と写した記念写真です。


当時のカテキン中国株ではHPでは有名人でしたが正体不明の謎の神様でした。

彼とは初対面で意気投合しその後会う機会が出来ました。


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横浜の発展は明治、大正、昭和30年までは絹、お茶が主力輸出品とし

栄えた港です。今でも山下町の大桟橋入口にはシルクセンタービルがあります。


現在のシルクセンター地下には数件面白い店が入店しています。

骨董品、昔の子供おもちゃ、一点もの、写真など売られています。


家内が、そこでヨコハマ・シルクスカーフを数枚買い求めました。

素人が額に表装するには難しい、と言われたが器用貧乏の妻が


横浜開港150周年記念で作られた1枚を上手く額に入れて

リビングに飾ることにしました。中々の出来栄えです。


帆船をモチーフに画かれてかれている横浜、港、帆船、客船好きの

柳原良平画にそっくりですが中々の絵柄になっています。


手嶋龍一著書に書かれているリトアニア領事館 杉原千畝について

先ず最初に言い訳したいことがあります。はげまる様ラッキーさん
投げ銭ライブに近くまで(50m)行きながら事情があり聴きに
いけなくてごめんなさい。
http://blog.goo.ne.jp/hagemarupika/e/97526752493fadd11caff34471aa4d87

ブログにも何回か書いた手嶋龍一氏の小説にリトアニア・カウナス領事館 
杉原千畝氏について書かれている作品があります。

ブログが前後しますが『シンドラーのリスト』スティーヴン・スピルバーグ監督
作品と共通する箇所、都市などが何箇所もありました。
スピルバーク監督といえば今週から封切られる「リンカーン」を
観る予定にしています。話がそれましたが

それ以来すっかり手嶋龍一ファンになり手嶋龍一と結ぶネットワークで
スティーブンスクラブに入会して新刊本、講演会、朗読会など
イベントへ無料などの情報をいち早く知る為です。

そんな事でYOU Tubeを検索していたら下記の動画を見つけました。

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動画の中で画かれていた当時の国策会社JTBは外国人観光客を
日本に誘致する為の観光会社ですが当時の社員、大迫辰雄氏でした。

ウラジオストックから日本海を渡り敦賀港まで6000人のユダヤ人を
運んだ実績を知りました。

ストーリーはJTBの宣伝くさい描かれ方でしたが動画を見る
だけの筋書きは事実にちかい描かれ方と思われます。

機会があれば岐阜県の杉原千畝記念館へ家内と行って見たいと思っています。
ついでに近くの温泉に泊まり芸者をあげて一夜を過し翌日は
ゴルフでもして楽しみたいと思っています。