下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -49ページ目

今回の欧州旅行で感じた日本人と違う感性

日本人には想像できない残酷な考え方で思い出したあれこれ。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

上下の写真は同じものですが人間の頭を突いている鶏をドアーノブに

作り上げた銅製品。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


チェコの城に使われていたドアーノブはトルコ人の頭を切り落とし

鳥(カラスでしょう)に食べさせている彫刻物には驚きました。

実際におこなわれた事実に基づいて作られた、とガイド説明。


回教オスマントルコとキリスト十字軍との戦いは100年単位で

戦い続けた恨み骨髄を表している一品です。

この彫刻は二か所の城で見かけました。


チェコの城の名前は調べれば分かりますがめんどくさいのでカット。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


チェコ市聖ヴェイート大聖堂の旧王宮での衛兵交代が観光客の人気物。

たしか今は大統領執務がおこなわれている建物?と思いましたが

その上の芸術作品は日本人感性では理解できない残酷銅像です。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


プラハ城門の入口で衛兵の交代シーンを見ていましたが二つの門の

上には残酷な人殺しを銅像にして芸術品として飾られています。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


日本人では考えられない芸術作品ですが欧米各国の醜い戦い、

恨み、制裁はこちらの方には何とも思わない神経なのでしょう。


日本人は「謝れば、相手は水に流して元の信頼関係になる」と

思っている節がありますが宗教、民族問題は100年単位でも

元に戻ることはない、と確信できる。


数日前のニッポン放送高嶋ひでたけアナの「朝ラジ」で

元外務省分析官の佐藤優氏の話でボストンマラソンの話から


ソ連、チェチェン人は男に生まれた子供は七代前までの家系を

暗記させられ、それまでに殺されたり、恨みを晴らせない相手は

必ず見つけ出して仇を捕れ、との家訓があると話していました。


大陸の中国人、朝鮮人もそれと同じで100年単位で恨み骨髄

反日報道の朝日新聞が火をつけた靖国神社問題、慰安婦問題は

これから300年過ぎても問題解決はしないでしょう。


彼らは謝った人の墓石を掘り起こして骨を踏みつけツバをかけても

なおかつ許さない国民なのです。


現地で百数十人の中国人、国内で実習生を雇用していますが
自分が悪いと思っている事でも「御免なさい」とは絶対に言いません。


日本のマスコミの連中,リベラルを看板にしている政治家達は

彼らの金銭感覚、嫉妬、民族、差別感情の実態を知ら無すぎる。


例として中国では停まっている自動車に後ろから追突して相手の

車が凹んでも壊れてもケガさせても絶対に謝ってはダメと話しています。


彼らの遺伝子には謝ったら「死」を意味することで死んでも許さない

人類4000年の歴史がそうさせたとしか思えません。


したがって村山談話、河野洋平など育ちがよく頭脳明晰でも

性善説で「謝るから水に流してくれ」と思っているのでしょう。

彼らの遺伝子には、受け付けない性悪節なのです。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

日本の神社仏閣、信仰心では考えられない感性は他国では現実に

この様な祭り方があるのです。


島国育ちの農耕民族は村社会で人間関係は以心伝心で分かります。


私の遺伝子には6歳まで満州育ちで終戦後の引揚者で6歳から13歳まで

10回以上転々と引越しして来たので少しズレがあるのは自覚しています。


理由の一つに現地の生水を飲んでも腹痛をおこした事がありません。

三つ子の魂は三歳までに決まってしまう、という事でしょう。


今回の欧州観光旅行で感じたあるがままの感情で、

ある事、ない事、いい加減なこを書き綴りました。

これで観光旅行話は終わりにします。





世界遺産 墓地教会「聖パルバラ大聖堂」

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

チェコ共和国で中世のころ銀採掘地にある聖バルバラ大聖堂見学。
この大聖堂見学は通称クトナー・ホラ(がい骨)観光です。

聖バルバラ大聖堂は「世界遺産」に指定されています。

別名「墓地教会」といわれている理由は教会の地下室に棺なしに
埋葬されていることから付けられた名称です。

14世紀~16世紀にかけて大流行したペストや他の病気、
戦争犠牲者などが墓地に埋葬されず大聖堂地下室にお棺なしに
直接埋葬されました。

理由の一つに墓地を購入する費用が出来なかったことです。
4万体のロクロ(がい骨)が東西南北にピラミット形式に
積み上げられ祭られていました。


                ↑
               動画

聖バルバラ大聖堂の地下に祭られている がい骨4万体を
動画編集しています。皆様、是非動画を見てください。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

はじめはプラスチックでできたコピー製品と勘違いしました。
カンボジアのポルポト政権の大残虐殺人と違って神聖な場所です。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

映画でがい骨ロクロは海賊船の旗印に見かけた事がありますが
西洋ではチェコ共和国以外でもこれにちかい がい骨ロクロの埋葬、
取扱いは珍しいことでは無かったと思いたくなります。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

写真、動画撮影をしていましたら途中バッテリーが切れてしまいました。
予期せぬバッテリー切れに少し戸惑いましたがマイナス思考にならない様に
気持ちを切り替えバスに乗り込みました。

今回の観光旅行ではじめて知ったチェコ共和国の経済

昨日のブログは急きょ毎日新聞記事について腹立ちまぎれに

書きましたが今回は元に戻して観光旅行の思い出話。


チェコ共和国について自分で思ったことを書き綴っていきます。


第一回目は欧州三ヶ国を回ってチェコ共和国に行きました。

パン業界視察目的で、当時は経済も落ち込んでいて活気がなく

暗い印象でしたが今回は、当時より豊かになて入る印象です。


ユーロ加盟には未だに条件を満たしていない理由らしいです。

かえって加盟していないほうが結果からいってよかったのかも知れません。


今回、現地ガイドさんはとてもインテリでご主人は元槍投げの

オリンピック選手と話していました。ご主人と日本にも来た事があり

横浜中華街での食事などとても美味しく満足した、と話していました。


今回の観光旅行で、ガイドさんと私はFacebookのお友達になりました。

早速、ホテルでFBを開いて見ましたがGoogle翻訳で読む限り

夫婦共稼ぎですがチェコでは中産階級でも上の豊かな階級になるでしょう。


FBでの「お友達」関係は知識階級層、企業オーナー、元オリンピック選手

などなどチェコ国内でもエリート層に入っている方々のようです。

チェコの「柴又の寅さん」タイプはいませんでした。


文章がとびましたが観光以外に唯一つビール工場視察があった時に

突然、チェコの経済について話したことが印象に残っています。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


チェコ共和国はスロバキアと分離されましたが1930年代では

世界経済第3位国と話していました。分類方法で違いはあっても

ウィキペィアで調べてみても世界7位の大国でした。


その当時は工作機械、輸送機器、化学製品、金属製品など

生産し輸出していました。記憶ではピストル、機関銃、銃器、

軍事兵器など工業製品輸出も多かったと思います。


共産党、社会主義に変ってから経済は毎年落ち込み「プラハの春」で

市民が立ち上がりその後ソ連との血の出る戦いに勝利し

政権も変り資本主義国になりましたが中々元の回復には行かず


欧州でもギリシャより悪くユーロに加入できないほど、落ち目の

国になったと話していました。


私も記憶にありますが「プラハの春」でオリンピック、マラソン優勝の

「走る機関車」ザドペック、日本で活躍した体操のチャスラフスカが

民主化運動で軟禁された時代を知っています。


当時のチェコスロバキアは50年ちかい共産党、社会主義路線で

世界経済7位の工業国はみるみる内に経済は落ち込みました。


50年間の共産党社会主義実験はチェコ国民には高いものにつきました。

そのことについてガイドさんはとても悲しい話し方で説明をしていました。
下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


1800年代からのビール工場入口は今でも大型バスの出入りもしています。

ビール会社の歴史構築物は今でも健在には驚きました。


当時のビールは地下室に保存管理されていましたが今はビール歴史博物館と

いってもおかしくない貴重な歴史に残る財産だと思います。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


チェコ経済が落ち込んで現在は南アフリカのビール会社に売られてしまいました。

ビール製造量は日本の数倍も多く大企業になっています。


視察後、地下のビール工場で飲んだ試飲の生ビールはホップ100%で絶品!

チェコの一人当たりの消費量はドイツを抜いて世界一だそうです。

訪問して初めて知ったブルゼニュスキー・ブラズドロイ醸造所です。


今回の観光旅行で、なにはさておき名称が覚えきれない寺院、教会、

城、宮殿、公園、多くの名所旧跡、クラシック・コンサートよりも


チェコのビール工場が一番記憶に残る旨いビール味と

現場でチェコ共和国の近代史を教えてくれたガイドの説明でした。




曽野綾子女史が毎日新聞に噛みつく

ミュンヘンからANAで12時間ちかくかけて帰国しました。


機内で久しぶりに日本の新聞を読んでしましたら

客室乗務員から間違って自分で取った新聞は毎日新聞でした。


4月29日朝刊でしたが政治欄は政府及び安倍政権批判の記事が多く

最近は目にしたことはありませんが共産党の「赤旗」と

変らないと、思われるほど左翼思想に傾いていました。


最近の傾向として左翼思想、社会主義思想をまとめてリベラルと

証しているのでしょうがマスコミ人には多く在りがちなことなのでしょう。


Facebookのお友達にもマスコミ関係者がいますがその傾向があります。

一線を引いている産経新聞の記事とあまりの違いに内心驚いていました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

クリックすると記事だけ拡大されて読みやすくなります。


帰国後の5月1日産経新聞に毎週書かれている曽野綾子「オピニオン」で

閣僚の靖国参拝について「毎日新聞」を強烈に批判しています。


下記に記事は上記の一部を拡大した部分です。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

曽野綾子が毎日新聞に強烈な怒りを込めて書かれている「オピニオン」


多くのマスコミのなかでTBSで日曜日毎週8:00~9:45

関口宏司会のサンデーモーニングに


出演しているヒゲをはやしている毎日新聞の岸井成格編集委員の

親父は共産党員で思想信条は父親ゆずりです。


番組自体もリベラル派と証した社会主義発言が多く見かけます。

サンデーモーニングに出演する左翼思想の


佐高 信、田中 優子、浅井信雄、長谷川 幸洋、寺島 実郎、河野 洋平

どの顔を見ても根底にはリベラルと称した左翼思想が垣間見られます。


河野洋平は仮面をかぶった自民党なのでセガレの河野太郎は正論を

いくら弁舌さわやかな言い方をしてもオヤジの影響で

オヤジが死ぬまで幹部にはなれないでしょう。


彼らの影響力の大きさからいって、いつの間にかリベラルに洗脳される

一般国民も多くいたと思います。




チェコのプラハ市のビアーレストランで会食

ANAマイレージクラブに見知らぬ人と参加し最終日は
チェコ、プラハのプラハ市民、観光客でにぎわう繁盛レストラン
で気の合った5人で会食しました。旧市庁舎近くのレストラン
「ズラテー・コノヴィッシェ」で打ち上げをしました。

ビアーレストランでバンドも入っていて会場を盛り上げています。
注文した料理のスープはそれぞれ一人前頼みましたが
他の料理は大皿10種類を皆でそれぞれ食べる中華料理方式にしました。

それまでは料理の品数は少ないですがコース料理になっていました。
最終日は自由解散し各自好きなレストランで食べる方式でした。

現地ガイドのお勧めレストランもありましたが私は出発前に
調べたお勧めレストランに行くことに決めていました。

プラハの旧プラハ市庁舎前の時計台近くの繁盛店レストランでした。
下記の動画You Tubeで早速編集して公開いたします。


      ↑
上記の動画でレストランの雰囲気が分かります。

ドイツ・ミユンヘンのビアーレストランを思い出す雰囲気でした。
いたる所に狩猟で捕まえた熊が至る所に飾られています。
理由は分かりませんが猟銃にまつわる数々ので品物は展示されていました。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

地元プラハ市民、観光客で賑わっていました。

$下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

男女5名でビール、ワインを除いて15種類の料理を注文しました。
最初に出てきたスープは皆様は絶品だと褒めていました。
その他の一品々の料理はすべて満足できて旅行最後の食事を堪能しました。

$下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

バンド演奏が入るとリズムに乗りながら呑む生ビールの量も進み
大ジョッキー1000㏄以上にウイスキー数杯飲み干して出来上がりました。

$下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

$下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

狩猟で捕まえた熊に猟銃が至る所に飾られています。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

今回初めて見知らぬ団体の一員として参加しましたが
参加した人達の全員の顔と名前が分からず不思議な旅行でした。

経済考察団、投資視察団、業界視察団、私が団長で仕切っている旅行と
違って参加名簿のない不思議な旅行でしたが最後の最後に
旅行社(ANA)が関知しない自筆で住所氏名を手書きしたコピーを頂きました。

企業経営者、商売人などにはプライバシーなど気にして商売していたら
企業発展などありえません。最近の世の中は行き過ぎた事だらけと
思うことでした。

私などは人からどう思われても、開き直る事も出来るので
ブログでは呑む、打つ、買う、ホラ吹く、なんでもありで
気にかけたことなどないので気楽なものです。


プラハ滞在中二日目のあれこれ

1) 最初に泊まったザルツブルクのビジネスホテルはラブホテル並みの最悪でした。


2) 翌日のウィーンのホテルは四ツ星ホテルでしたので一安心。


3) チェコでの最初のホテルはシャトーホテルでリゾートホテルとしては最高でした。



4)チェコでの宿泊ホテルは五つ星ホテルで設備は最高、

  ホテルの名前ははめんどくさいのでカット

  レストランはミシュラン2ツ星でパン、料理は美味い!


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


プラハで二日間泊まった、なんとか、なんたらホテルはごらんの通り

ミシュランガイドブックでは二つ星レストランで格式のあるホテルでした。


しかし私はこんなところで格式ばったテーブル・マナーにこだわった食べ方は

嫌いです。ワインについての知識もありませんし、1000円のワインも1万円の

ワインも区別だできませんので、あえて予約もしていません。

朝食だけで満足しています。理由は黒服が後ろでジロジロされるのが嫌です。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ホテル前の駐車場にも高級車のベンツと なんとか、なんとかのスポーツ・カーが

止まっていました。車両番号はプラハ地元のナンバープレートでしたので


彼女・愛人のどちらかとミシュラン星付きレストランで食事後、

口説いて宿泊したと想像しています。

彼女の方も抱かれたいので泊まったのかもしれません。

これはあくまでも私の想像ですから勘違いしないでください。


間違っても家内を連れて高級レストランに行くことはオムスビを持ち込んで

二人で食べる気持ちと同じです。私なら絶対に無駄な金は使いたくありません。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ホテルの部屋から写した路面電車ですが、のどかで素敵な印象でした。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


路面電車は観光に来た歩行者にも気を使って運転しています。

危険を感じとったら電車はブレーキをかけながら速度を落としていました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


十数年前にプラハ訪問はパン工場、ベーカリー店舗視察、食材についての

勉強会で観光は通り一遍の短時間でしたが、今回は100%観光なので

カレル橋のかかっているヴァルタヴァ河で舟に乗って50分の観光をしました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


舟から見る景色も思い出に残る一コマになりました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ヴァルタヴァ河の支流では昨年訪問したイタリア・ヴェネッチャを思い出す風景でした。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


プラハ旧市庁舎の時計台の展望台からは市内一望がとてもきれいに見えました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


旧市庁舎の展望台から真下に見える広場からの景色です。


「バカと猿は高いところが好き」といったことわざある通り、混雑したエレベーターで

押し合い、へし合いしながら頂上まで時間をかけ二回乗換えしながら到達しました。


混み合っているので帰りは家内と泣き別れしながら階段を一段一段

時間をかけながら降りて行きました。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


上下の写真はスリにあった親子の連絡で階段をかけ上がってきた警察官。


警察は普段、ひまつぶしに運動していると、思っていましたがいざとなれば

体力勝負の実験台を無料で見ていました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ガイドの説明では混雑している場所にはジプシーをはじめスリ集団が必ずいます、

と話していましたが言った通り、間近に見られたシーンは映画、テレビよりも

実感がありプラハ風景を見るより興味がありましたが顔には表していません。


被害者の息子の母親は涙ポロポロこぼれるから~~~と歌の文句~涙・涙


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


プラハでは自由時間がタップリあったので、私以外、家内を含めて楽しみにしている

人達でドボルザーク、レオシュ・ヤナーチェクなんたら、かんたら?演奏者の

コンサートに高いチッケトを買わされイヤイヤながら参加しました。


時間的には、うたた寝に丁度よく疲れも取れて体力回復になりました。

翌日も別のコンサートがあるとい言われましたが、体良く断って散歩時間を

タップリとってプラハ市内を散策しました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

演奏内容を書きたいのですが私にはさっぱり解らないのでこれで終わり。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


アンコールの拍手が足りないのか分かりませんが指揮者がDVDを買ってくれ、

と観客にお願いしていましたとたんに小便したくなり逃げる用に会場をあとにしました。


現地ガイドにオカマショーかストリップショーなら少々値段が高くても

「行く」と言ったのですが理解されませんでした。理由はまだホモ、オカマの

世界はプラハでは公認されていないそうです。




ウィーンからチェコまでバス移動

ウィーンからチェコのクルムロフ街までバスで330km移動しました。


ウィーンは春を通り越して初夏の温度28度まで上昇しています。

途中の街路地のマロニエの葉と同時に花のつぼみもちらほら見える

気候で毎日快晴です。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


街路地のマロニエの新緑が鮮やかに光っていました。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


田園風景の続く3時間、目近くで見る世界遺産に指定されているクルムロフ街は

オレンジ色屋根の綺麗な町並みです。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


二回目の訪問ですが10年間なに一つ変わらない街の風景です。



下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


観光客の落とす金額が豊富になり町民も金持ちの仲間入りする

時代もそう遠くないと思いますが。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


チェスキー・クルムロフ城という城ですが二回目の観光に来ても名前は

覚えきれず現場をみてから思い出す程度です。


城の擁壁が頑丈にできていて中々侵略できない工夫がされていました。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


城壁の高さもさることながら十四世紀~十六世紀まではオスマントルコとの

戦いで日本人には想像出来ない思想信条、残酷差が見られました。

後日、思いついたいろいろなことを書きたいと思います。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

クルムロフ街は世界遺産に登録されていて古い建物も保存されていました。

十九世紀以前の古いヨーロッパがそのまま残された街でした。


昼食は16世紀の修道院を利用したホテル・レストランで食事をしましたが

団体観光客目当の店ですが景色がよく、空気が美味くて料理の味は忘れました。


世界遺産中世の世界遺産チェスキー・クルムロフ町を後にして、次の目的地

フルボカー町まで移動。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


フルボガー城は十九世紀に完成した新しい城ですが狩りを目的に建てられた

そうです。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


観光客用にライトアップされています。4月はロシア人の富裕層が多いと

説明がありましたが、空気が乾燥していて森林に囲まれた静かな地区です。


生水が飲めて日本と似た所が多く、チェコの軽井沢と思って良いでしょう。

しかし日本人観光客にはプラハまでのバス移動には

不便な場所で見かけませんでした。


我々はフルボカー城のシャトーホテルに宿泊しましたが、

リゾートホテルでは最高でした。

つい最近までは一党独裁、共産党国家でしたが開発が遅れたのが

良かったのでしょう。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


日差しが強く陽に焼けるので家内がゴルフ用サンバイザーが

欲しいと言い出し、帽子を見に近くのスーパーに行きましたが

ゴルフ用品を取扱っていないので気に入らずあきらめていました。


しかしホテルからゴルフ場が見えたので家内が急にクラブハウスまで

「ゴルフ用帽子を買いに一緖行ってくれ!」と言い出しました。


最初は断りましたが急にご機嫌ななめのなりかけたので

雰囲気を察して動向しました。


USAウイルソンのサンバイザータイプを購入しました。

ゴルフクラブのレストラン・テラスは、雰囲気もよく眺めも最高でした。


プレーヤーはリゾートに長期滞在中の欧州の人達でした。

クラブハウスまでの行き方を迷っていましたらゴルフ道具を持っている

イギリス人風の方に親切に教えていただきました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


夕方8時頃までプレーできますので2ラウンド・ハーフは行けるでしょうが

高齢者になってからは体力が持ちません。


チェコに会員制ゴルフクラブがあることに付いては今回訪問して

初めて知りました。

日本のゴルフクラブ(府中CC並み)よりも雰囲がよく感じました。


理由はクラブハウス内で初めて入った日本人は我々だけだと思いますが

私達に対して紳士的に対応していただき感激いたしました。


ゴルフに関しては、うるさい私ですが歓迎されたことに感謝しています。








戦前の演歌歌手、田端義夫93歳で死亡。

昭和の代表演歌歌手、田端義夫が94歳で亡くなられました。

ウィーン滞在二日目早朝Googleでニュースを見ていたら田端義夫の

死亡ニュースが書かれていました。


彼は苦労人で十歳代の時にパン工場で働いていました。職人になる前の

熟練工だと思いますがアイ・ジョージという歌手も新宿市ヶ谷のパン工場に

勤めた経験があるそうです、余談


早朝ブログを書き終えてその後に知りました、彼のヒット曲

大利根月夜 」をYou tubeで聴いていたら、家内が

「ウィーンに来てまで演歌を聞きたくない!」と朝から腹を立てていました。


終わってから仕方がないので宇崎竜童の「夜霧のブルース 」に

切り替えましたらもう一度腹を立てて朝食を一緒に食べないと

言い出しましたが一人で食べるのもわびしく感じたのでしょうが

朝から二人はお通夜の晩です。


昼食後は自由行動で明日の出発時間までは好きなことができます。

現地に行けばどこかのコンサートチケットも何とかなるはずです。


ウィーンの中心地にはオペラハウスもありコンサート会場も何箇所もあり

ホテルに頼べば融通をつけてくれてチケットも手配してくれます。


ガイドの話ではニューイヤーコンサートのチケットは一枚40~50万円

すると説明していましたので普段でもそれなりの値段なのでしょう。


しかし私はそれがいやでなんとか逃げる方法を練っていました。

夕食はいつもお世話になっているメガの○藤に調べてもらい昼食後に

夕食のレストラン場所を確認して予約を手配しておきました。


私はウィーン訪問は今回で三回目になりますが建物、構築物は

35年前と変わらず世界遺産になっている理由が分かります。


帰国後はBS番組、NHKで田端義夫の全盛期の演歌が聴けると

期待しています。









ザルツブルグ市内観光と要塞城見学

ザルツブルグ駅近くのビジネスホテル一泊したあとは市内観光と中世に

建てられたホーエンザルツブルグ城の見学をいたしました。


製パン業界、関連業界では二度ほど滞在したことがありますが

半日かけての観光は今回が初めてでした。


モーツアルトの生家もすみから隅まで見学しましたが興味がないので

ブログ掲載はカットします。見るだけでくたびれました。


現役時代の業界で視察した時には朝から夕方までパン屋の厨房、

パン業界のオーナーの成功サクセスストーリーの講演などで

一日を過ごしていました。

夕食後は若さに任せてその道の達人にあちらこちらを探訪しました。


今回の参加者は数人を除いて高齢者で残り少ない人生を楽しむ会です。

食事が終わればまっすぐ部屋に入り翌日の朝食までは会わずじまいです。

お互いの自己紹介がないのでイマイチ ピンとこない雰囲気です。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

朝食後ザルツブルグ駅行内や早朝から営業しているスーパー見学、

ホテル近くにはアルファベットに書かれている内容は分かりませんが

その道に詳しい方には理解出来る店でした。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ムチで叩かれて料金を支払うのは割にあわないと思いますが世の中には

好きで叩かれる人もいるのですね。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


我々の日本全国を統治している組合は新宿三丁目にありますが、その周りには

似たような店がたくさんあります。三輪明宏も勤めていたことがある地区と同じく

ザルツブルグにも堂々と店をかまえていいます。特に新宿二丁目は全国的に有名です。



下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ミラベル庭園の広大な敷地にはたくさんの人物像があります。上下の人物像は

中々ユーモアーがあって気に入りました。男のナニの(イチモツ)部分は

来る人がさわっているのでテカテカに磨かれた状態になています。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


観光客の男女、特に女性が通ると必ず一物のナニを触って行くので

モノがすれて小さくなったと女性ガイドも嘆いていました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

ホテルから見えるホーエンザルツブルグ城は小高い丘の上にあります。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


現代は城に行くにはケーブルカーが取り付けられています。

昔の人は人馬を使って建設したのでしょうが大変な労力です。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


快晴で遠くまで見晴らしがよくザルツブルグ旧市街、ザルツブルグ川の景色は

絶景でした。暑くもなく寒くもなく修道院のレストランで昼食に飲んだ生ビールは

旨かった。



ザルツブルグ到着 一日目の報告

ミユンヘン国際空港到着して入国管理事務所でパスポート確認したあと

スーツケースを受け取り税関検査があると思いましたらすべてフリーパス。


日本でしたら税関検査官は入国する通路を極端に狭めて一人、一人質問されます。


パスポートを取り上げてジロジロ容姿、挙動を見ながら

「申告する物はありませんか?」

「どちらから帰国しましたか?」

「帰国について経由地はどこですか?」などなど

犯罪者扱いで質問されますが税関は国民を信用していないのでしょう。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

こちらの税関は申告するものがあれば左側の窓口で手続きしてくださいとのことです。

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ザルツブルグは今回で三回目ですが人影を見ることもなしに静かな町です。


今回泊まったザルツブルグ駅前のAUSTRIA TRENDホテルは15階建ての

新しい建物でした。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


ホテルの部屋に入ってびっくりしたことは数々あります。今は驚きませんが

テレビは何処でもサムソンに切り替えられています。ここまでは普通のことですが

下記の写真、文章は嘘隠しなく書きました。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

空港スーパーで買った便秘用に一リットル牛乳、バナナを冷蔵庫にと思って

扉を開けましたら何も入っていない空冷蔵庫でした。


今まで海外のホテルでは必ず無料のミネラルウォーターが付いていましたが

こちらには置いてありません。冷蔵庫もカラですからスーパーまで一走り。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


洗面所には髭剃り、歯ブラシ、歯磨き粉、固形石鹸、クシ、リンス、シャンプ一切ナシ。

目覚時計無し、シンプル洗面所。スリッパ、ガウンももちろん無し。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


液体石鹸が逆さまに取り付けられて手で押して手のひらに乗せて使用、

下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


液体石鹸は風呂バスタブにも取り付けられています。


家内以外で利用した大昔の郊外、市内のラブホテル並みでも多少の付属設備は

あったと記憶しています。ただしここのホテルは寝室に余計な鏡はないですが

シンプルライフ好きにはお気に入りになるでしょう。

「ANAマイレージクラブのみなさまへ、

ビジネスクラスのお得な旅をご案内します。」


宣伝文句につられて参加しましたがビジネスクラスはホテルも

ビジネスホテルクラスには驚きました。


ヨーロッパの歴史あるホテルは五つ星でも設備、広さは行ってビックリする

事もありますが今回のホテルは驚くことばかりでした


パンフレットの企画が安くできている理由が着てみて解りました、涙・涙・・トホホ