西安城内のイルミネーションはきれいでした。
西安は秦、漢、隋、唐など13の王朝が、1100年に渡って
都をおいた古都長安です。かつてはシルクロードの出発点です。
中国の歴史は3000年といわれた時代が
いつの間にか4000年になり現在学校では
5000年の歴史と教えているそうです。不思議ですね・・
長安が西安に変わり古都にふさわしい遺跡が多くみられる都市です。
現地でお会いした「所長のブログ」を書かれている
友人の話では来年には地下鉄も開通して700万人都市がいずれ
1000万人都市になるそうです。
ちかいうちに新幹線開通も控えていて西安発、北京行き、上海行き
広州行き、その他(忘れました)放射線状にひかれるそうです。
その為か城外にはたくさんの高層マンションが建築されていました。
こちらではこれからが不動産ブームになるのでしょう。
短い動画ですが西安の城内の雰囲気がでている
きれいな町でした。
中国の歴史は北方民族との抗争の歴史で城壁はその当時の
名残です。
家内は夜景に写し出された城壁の美しさにビックリしていました。
鐘楼
鐘楼は街の中心にあり、かつては鐘で人々に時を
知らせていた。明代1300年代に建造。
現在はロータリーの中心になっております。
近くにカラオケ屋が無いか探していました見つからないんで
20歳代チアーガールスタイル太腿もろだし美人軍団のいる
マッサージ屋に入って130分間もんでもらいました。
とてもテクニックがうまく満足できました。
今回、名前は公開できませんが合計6名で入店した
一人がもみかたが下手くそで、いい気持にしてくれないと
文句を言い出して怒って「もっと上手で可愛い子を出せ」と
要求していました。要求通りテクニシャンに交代しました。
どこをもんでもらったか知りませんけど密着サービスが悪いのでしょう。
今回は尖閣諸島問題もあり日中友好には気持ちよくなれないのでしょう。
大雁塔
大雁塔は、652年に唐の高僧玄奘三蔵がインドから持ち帰った、
経典や仏像などを保存するために、高宗に申し出て
652年に建立されたそうですが左に向かって1mちかく片寄って
ピザの斜塔になりかけています。
バカと猿は高いところが好きと言われていますが今回参加した
中高年者も10元(130円)余分に払って自分の体力検査のつもりで
かけ登た方が十数人いました。
私は無駄金と気持ちが良くない体力消耗はできるだけ避けています。
西安で秦の始皇帝 兵馬俑を見てきました。
西安市の到着した翌日一番の観光は
「秦始皇帝兵馬俑博物館」です。
2300年前に秦の始皇帝が作った墓陵です。
1973年3月地元の農民が井戸を掘っている時に
土器が見つかり役所に届け出てはじめて
明らかになりました。
一部の農民(?)話では過去に掘って出てきた
金めの物は解っていても二束三文で売り飛ばしていたと
言う説もあります。
それにしてもビックリするだけの歴史的な発見です。
30年前はただの畑と雑草地だたからです。
ガイドさんの説明では世界第八代奇跡になるそうです。
秦始皇帝兵馬俑博物館の内部を動画にして
お見せします。
西安以前は長安と言われ中国4000年の歴史と
いわれていますが西安市民に言わせると5000年の
歴史に書換えたそうです。
その頃はヨーロッパの青い目の白人女性がシルクロードを
ラクダと共に踊り子や売春婦として出稼に来ていたそうです。
今でも回族(イスラム)少数民族が多くいて
料理でもイスラム系シシカバブ、羊料理もあるそうです。
欧州人の食事はナイフ、フォークは無く
手でつかみで食ていたし裸足で槍や吹き矢で
駆けずり回った野蛮な狩猟民族でした。
当時の長安(今の西安)では石畳の道路に
四頭立馬車が走っていました。
入場して最初に見る皇帝の近衛兵には驚かされます。
始皇帝が移動する時に使用した四頭立て馬車
二車輛 ありますが一車輛は上海万博に展示しているそうです。
弓打兵士の像は見事な出来栄えです。
打った瞬間の表情は現地で見るのと
写真で見るの表情が違います。
個人的には金と時間と体力を使って現場で見た
気持ちがそうさせるのでしょう。
本心は中国政治、立法、行政な無いに等しい一党独裁不信国家ですが
個人的な友人は別として一度は
秦始皇帝兵馬俑博物館を見るだけの値打ちはあります。
上海金融地区にある森ビル展望台まで行ってきました。
上海浦東の陸家嘴金融貿易区にある森ビル展望台を見学しました。
数年前に浦東地区に出来上がった
グランドハイアットがある88建てのビルを見た時は
あまりの高さでビックリしたことがあります。
そのすぐ側に数年送れて出来たビルが470m以上ある森ビルです。
上海の森ビルはどこから見ても際立って高く見えていました。
当日は天気もよく上海地区が一望できるよい時期でした。
旧上海地区は歴史上見る場所はたくさんありますが
浦東地区は高層ビル以外に観光する場所はありません。
しかし一度は上海森ヒルズは見る価値はあります。
40階建て高層ビルの多さは世界一になり上海は将来の
国際金融都市になるでしょう。
上海環球金融中心の世界一高い展望台(100階)からの
景色を動画で編集しました。黄浦江をはさんで外灘(ワイタン)
ガーデンブリッジが小さくなって映っています。
とてもきれいで絵になる景色でした。
手前の尖っているビルはグランド・ハイアット88階建
テレビタワー左はガーデンーブリッジ
15年前には高層ビルが一棟も無かったと言われても
信じられないほどの発展です。
上海の外灘にある旧上海香港銀行を見学しました。
クリスト・ファーニューが書いた長編小説「上海」上下巻
に1920~45年までの香港上海銀行の名前が
度々出てきます。
イギリス ロンドンを船で南ア喜望峰その後スエズ運河を出て
インドのムンバイ、バンコック、シンガポール、香港、上海、
横浜までにできた銀行の建築物としては
世界一豪華な造りになっていました。
今は上海浦東発展銀行になっています。
今回十数人で銀行内部を見学るだけの目的で
入店しました。当時の作りをそのまま保存しています。
一瞬足が止まり驚いていました。
上海には数回行った方々を含め添乗員も
外灘の歴史、文化を詳しく知らないで判らなかったのでしょう。
入店して正面のフロアーの天井には八角形の枠があり
そこには香港上海銀行が営業した
各国の都市名が書かれていました。
租界時代の香港上海銀行内部を撮影した
貴重な動画です。
現在You Tube、 Amebaにも
動画としては検索しても一件もありません。
検索しても無い理由は日中間微妙な問題があるので
あえて言えません。
天井の高さは10Mちかくあり大理石の円柱が数十本あります。
皆で入店した途端あまりの豪華さで
今年6月に一度見学に行ったことがありますが
各フロアーにあて現在 上海浦東発展銀行が
営業しているとは思わないほどシーンとしていて
警備員だけがやけに目立っていました。
警備員は下っ端のくせにとても威張っています。
和平飯店のナイトクラブで聴いたモダンジャズその3
和平飯店のナイトクラブで聴いたジャズは素晴らしかったです。
各楽器のプレーヤーの名前、曲名は判りませんが
時間経過を忘れさせるほど楽しいひと時でした。
昨日の動画の続きの曲ですが女性歌手が出てきて
客席を喜ばせていました。終わりごろのドラムのリズムは
ライブでなければあじわえないほど興奮します。
特にドラマーの手さばきは素晴らしく場末のライブに出演する
三流プレーヤーとの違いはハッキリわかりました。
さすがは和平飯店の格式高いホテルでなければ出来ない演奏でした。
和平飯店の外灘側正面入り口から右に曲がって
つきあたりがナイトクラブになっています。
次回訪問した時は22:00以降に入店して再度聴きたいと思います。
和平飯店のナイトクラブで聴いたモダンジャズその2
昨日に続き和平飯店のナイトクラブで聴いた本格的ジャズ
私がモダンジャズに出合ったのは1957年の学生時代です。
フランク・シナトラ、キム・ノバーク主演の「黄金の腕」の主題歌
「黄金の腕を持った男」だと思います。
ドラマーは吹替えで当時有名なジーン・クルバーでした。
シカゴのカジノのデラーをしていた男が麻薬中毒になり立ち直る過程を
女、酒、博打を物語にして結局廃人になりかける話だと思いました。
今回ナイトクラブで聴いたライブは大人が聞くモダンジャズで
ミーハーの女子供の聴くハードロックと違ってうるさくありません。
高校生のころわけが解らないで聴いていたドラマーのアート・ブレイキ
ジーン・クルバーのドラムリズム感は気持ちが高ぶり興奮した
覚えがあります。
4分20秒ちかくの長い演奏の動画ですがドラマーの
テクニックは一流と思いましたが曲、ドラマーの
名前はわかりませんがとても迫力のあるドラム演奏でした。
私によくコメントを頂く島根県のokaさんはブログでも書かれていますが
モダンジャズに関しては下手な評論家より詳しいとおもいます。
明日も続きをかきます。
上海の和平飯店にあるナイトクラブに行きました。そのー1
和平飯店一階にあるにあるナイトクラブで楽しみました。
初めて入ったのは、かれこれ20年近く前になります。
当時は浦東側には高層ビルは一棟もない時代です。
旧共同租界地区には不気味なかたちで黒々とした建物
ブロードウェー・マンション(ホテル)が一段と高く見えました。
自動車は夜暗い時間帯でもテールランプだけで走行していました。
ヘッドライトはどこの都市でも点灯しない時代でした。
虹口(ホンキュー)の町中で食べた骨肉付湯麺が一杯2元の時代です。
再開されたナイトクラブに家内を含めて十数名で聴きにいきました。
アルコールは食事中に少し入っていましたので心地よく聴けました。
和平飯店のナイトクラブ入口から店内に入り
演奏会場までの雰囲気を動画で映しています。
予約を頼んでいた為に中の黒服に入場料150元支払ましたが
21:30以降は無料になっていたそうです。
但し観光客用のオールドボーイ・ジャズバンドは21:00近くで
終わってしまいました。第二部は本格的なジャズバンドの演奏で
こちらの方が入場料無料でジャズファンには楽しめます。
明日は本格的な一流バンド演奏の動画をお見せします。
上海租界時代の英国上海クラブを見てきました。
上海滞在二日目の朝に外灘(バンド)を散歩をしてきました。
今回は上海万博を見学する目的でしたが、本音は外灘にある
旧イギリス上海クラブを視察する目的も入っていました。
上海租界時代を詳しく書いたクリストファー・ニュー著者
1991年発行 「上海」上下巻に度々出てきます。
本の帯に書かれている文章に
「租界都市が織りなす光と影を彩るさまざまな人間模様
エキゾチックな冒険家たちの楽園をめぐる歴史大河小説」
「上海」の大河小説のさわりをブログに書きましたら古書で
数人買い求めた方がいられます。
その一人がパン連盟事務局に勤務する日本人です。
彼女は集合時間前に同じく散歩を兼ねて見に行っていました。
場所は上海市中山東一路2号8号 旧英国上海総会
初めて内部を見学しましたが1920年代の上海租界
小説に書かれている上海クラブの雰囲気でした。
上海クラブの玄関を入って左側の部屋はバーになっており
当時世界一のロングカウンターがありました。
長さは37フィート(約33m)近くのL型カウンターになっていました。
上海クラブ入会条件は上海の工部局(商工会議所)に属していて
上位の高額納税者だけが会員推薦されます。最初は
イギリス人だけでしたが、その後ドイツ人上海事変後
日本人数人が会員になったそうです。
今回の動画はネットでは初公開になると思います。
当時の雰囲気が残っている「上海クラブ」は今は
ホテル従業員トレーニング中で11月にオープンします。
1946年までは上海クラブとして利用されていましたが
その後は飲食店、閉鎖、倉庫になっていましたが
今年11月に☆☆☆☆☆ホテルとして再開されます。
ロングカウンターは当時のまま使われるそうです。
当時は上海クラブの会員だけのカウンターで
暗黙に座る位置も自然にできて小説の主人公のつもりで
スリーマティニー又はマッカランのロックでも注文して
租界時代の雰囲気を味わってみたいです。
上海市に流れている黄浦江でナイトクルーズをしました。
上海市を流れている黄浦江でナイトクルーズをしました。
前回上海訪問した時に一度乗船していますがとてもきれいで
印象に残っていました。今回もう一度体験することにしました。
天気もよく夕方の川風は気持ちよく参加した組合員、関連業者も
喜んでくれました。上海観光でナイトツアーを組合せする
旅行業者はどうして少ないか理由判りません。
天候に左右されるからでしょうがとても感激しました。
黄浦江ナイトクルーズ動画です。
ライトアップされ反対岸の浦東に出来た
金融街の高層ビルと対比してみてください。
左側は上海浦東発展銀行 1945年までは香港上海銀行でした。
外灘側の上海租界時代の商館、銀行、ホテル右側の緑色の
トンガリ屋根が和平飯店(旧キャセーホテル)
対岸の浦東側の金融街 青く高いネオンが付いた
森ビル490メートル以上あります。
上海市内は東京と変わらない風景です。高層ビルに関しては
東京を抜いて世界一多い数になっているでしょう。

















