バングラデッシュ、ダッカの夜店視察で感じたこと
ホテル内の食堂以外では一般庶民の町中には行っていません。
私はせっかく最貧国のバングラデッシュ・ダッカまで行って
市場経済を見ないで帰るのは心残りがするので現地の添乗員と
Jさん、Sさんを連れて強引に町中に繰り出しました。
理由は強盗、恐喝に合った時には彼らを残して素早く逃げる
心つもりをたくらんでいたからです。しかし最貧国になるまで
だまし続けられた民族には向上心はあまりありませんし
お人好しばかりでした。
日本の大学卒業しても就職が出来ないと判った時には
5年ちかく現地に溶け込ん言葉、習慣、商取引などを覚えて
現地と日本でとの交流を深めて商売のイロハを覚えて
輸出入の取引をしたいと思いました。大手も商社の出来ない
グレーゾーンはかなりたくさんあります。
中古自転車、中古軽自動車、厨房器具、製パン機械、オートバイ、
全ての中古を目方で買ってダッカかで数十倍で売って
一旗あげると思いました。商売のやり方はたくさんあります。
チャンスはいくらでもころがっています。若ければ私も一旗上げに
行っていると思います。ただし体力と汗をかきながら人の数倍
働きながら成功するまで頑張り現地に骨を埋める(現地妻をめとり)
つもりでやりとっげます。
博打で大儲けも世間では尊敬されませんし相手にもされませんし
最後は必ず警察か又は国税庁のお世話になるだけです。
事業で成功すれば、仕入業者、従業員、お得意様、地域住民、政府
現地の行政など多くの人達に尊敬されますし社会にも貢献できます。
知恵のある人にとってはバングラデッシュはチャンスの多い所と
思いますが、一度訪問すると考え方がかわりますよ。
ダッカの夜店街を視察した時の動画です。
途中、屋台でベンガルカレーを食べました。
子供のころから食生活を無菌状態で育った
ボンボンでは翌日から下痢をしてしまい当分は
苦しむでしょう。
バングラデッシュウ・ダッカでの屋台料理
バングラデッシュ・ダッカ滞在三日目になりました。
今回の食事はホテル内の食堂又は観光客専用レストランだけの
食事で肝心のベンガルカレーは一度も食べていません。
最終日のダッカでは現地添乗員の案内で一般庶民が利用している
屋台料理を利用する事にしました。そのために夕食の不味い
屋上のホテルレストラン料理をほとんど食べず町中に行きました。
入った屋台は衛生的とはいえませんが加熱しているので
雑菌は無いと思いベンガルカレーとその場で焼いてくれるナンを
食べながら地元料理を楽しんできました。
家内も友人も付き合いが悪く敬遠していましたが世界中を見る視野の
せまさにはスケールの狭さにはイヤになります。
現地の屋台料理の厨房と一般庶民のカレーの
食べ方を動画でおみせします。
厨房は決してきれいとはいえませんが食中毒が起きないのが
不思議なぐらい汚い感じがしました。
ナンは横浜関内のインドレストラン「ムハン」方が美味しいです。
本場のベンガルカレーを体験できて良かったです。
多いせいか牛肉はどこの店でも使用しています。
バングラデッシュ・ボクラ世界遺産見学前に一休み
昨日の続きでパンパラの話をかきます。
ダッカ二日目、ボクラ世界遺産見学の途中にインドで
噛んでいたパンパラを売っている爺さんにつかまりました。
パンパラは台湾ではビンロウににた噛みタバコにちかい嗜好品です。
東南アジアの市場では似た商品を見かけることが多くあります。
久しぶりなので10タカ(12円)で3袋買って噛んでいましたら
口の周りが赤くなり噛んでいるうちに気持ちよくなってきました。
覚醒効果とは違って常習性はありません。したがって麻薬とは
違って堂々と噛んでいられますが、家内からみっともないし
赤い口が気になってしまい「やめなさい!」と言われ残りの
2袋がムダになってしまいました。
今回参加した方達はパンパラの食べ方効能については全く無知で
私に同情する方が一人もいなく寂しい思いをしました。
ダッカにきて夜店、屋台料理を一度も経験しないで
バングラデッシュ国に来たとみんなの前では恥ずかしくて言えません。
今晩はどんな事があっても夜のダッカを楽しみたいと思っています。
パンパラの造り方を動画でうつしています。
現地に行ったら一度経験してみてください。
インド、ネパール、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、
カンボジア、バングラデッシュでは噛みタバコ代わりに
常用する人が80%ちかくいます。
日本では絶対に食べれない嗜好品です。
世界遺産「ボグラ遺跡」観光に一日かけて訪問
バングラデッシュ到着二日目ダッカより片道8時間かけて
ボグラ遺跡まで行きました。初めて知りましたがパーラ王朝8世紀の
僧院で177の個室で優秀な指導的僧侶を育成教育したそうです。
当時の赤レンガの僧院跡や個室あとの壮大さがしのばれます。
私はなんの知識もなく行きましたのでなんの感激もなく後にしました。
8時間もかけて行くと分かっていたらダッカの一般庶民の生活
習慣、食事を現地で体験したかったですが団長をはじめ
個人行動は原則禁止になっていましたのであきらめました。
ダッカでの屋台料理は日本人には腹痛を伴う危険があるので
禁止され名物料理ベンガル激カレーも食べられずストレスがたまっています。
したがって観光客専用のレストラン・ホテル料理を写真、動画で撮っても
A級グルメの参考にもなりません。
私はインドで はまってしまったパンパラを屋台で売っていました。
一袋4TAKA(3円)を3袋10TAKA(12円)にねぎって買いました。
夫婦生活にも効き目があると聞いていますが歳が歳なので
必要はありません。こちらの人たちはタバコ代わりに噛んでいます。
店によって特徴をだし目的によって調合を変えています。
噛んでいる内に口の周りが赤くなりますが高揚感がでて
体が引き締まる感じがします。台湾でのビンロウとちがって
習慣性はなく現地の男子の80%以上は噛んでいます。
今回の考察団の参加者は誰一人も知らない方ばかりでしたので
バングラデッシュ到着、翌日長時間のバス移動
2時間遅れでダッカ到着後日本時間、真夜中の(0、50)夕食
食べ終わった現地時間11:30になりました。
ダッカで食べた最初の料理はインド料理専門店でした。
現地のインド人も会食にきていました。
私が中学生の時にはインドを中心に西パキスタン、
東パキスタン(バングラデッシュ)と分かれていましたが
宗教の違いを含めて名称も変わってしまいました。
現地ガイドさんの説明ではインドとさほど敵対関係はなく
平穏に生活しているそうです。イスラム教が85%
ヒンズー教15%です。
ただしオリンピック以上に盛り上がるクリケットについては
インド対バングラデッシュ戦は盛り上がると話していました。
今回はその対戦でホテル予約が大変難しく佐藤、徐さんは
大変だと話していました。
たかがクリケットごときで大騒ぎしてもらっては困ります。
バングラデッシュ2日目になりましたがバス移動の連続で
持ち病の痔が痛く途中で少しはみ出して
持ってきたパンツの枚数が不足しだしました。
バンコックでパンツとステテコを買いまして長旅を続けます。
ダッカでのタクシーは人力車が普通で乗る前に値段交渉をして
目的地まで行くことが普通です。
街道筋のバス停付近は市が開かれていて人だかりが多くなっています。
途中ガソリンスタンドでトイレ休憩はありました。
トイレ事情は想像を絶する使い方で排泄物には湯気が立ち上り
小ハエがブンブンと勢いよく飛んでいて、さすがの家内も
ひるんでいました。
バスのちかくでは大型箱の中でパンを無造作に売っている
行商人がいましたがトイレを出た瞬間なので誰も
見向きもしないでバスに乗り込んでいました。
一般庶民の生活状況は日本の終戦直後と変わりない
常態と判断しました。
ハロン湾での美味しい海鮮料理と舟の転覆事件報告
今の日本時間は午前3時50分を過ぎました。
ハノイ発バンコック経由ダッカ行きでしたが予定通り出発できず
クタクタになってホテルに到着しました。
昨日ハロン湾で舟が座礁して日本人を含む観光客が多く
死亡したニュースを添乗員のSさんから聞きました。
数人の方の息子さん身内から携帯電話で安否の確認が
きていましたが、うちのセガレからは音沙汰なしで電話もきません。
ハロン湾でSさんはじめ心配していた顔を動画で映していますが
ダッカでのネット状況が悪く送信がうまくいきません。
明日はもっとネット事情の悪い世界遺産のある「ボクラ」まで
バスで6時間の移動がありますので後日バンコックの
オリエンタルホテルで送信予定にします。
2月19日午前4時10分 おやすみなさい!
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動画投函が気になり途中で目が覚めました。
無線ランがやっとアメブロに届きましたので公開いたします。
美味しい海鮮料理も出ていますが、あわてふためいている
佐◎さんの説明をお聞きください。
バングラデッシュのダッカに到着しました。
今の日本時間は午前3時50分を過ぎました。
ハノイ発バンコック経由ダッカ行きでしたが予定通り出発できず
クタクタになってホテルに到着しました。
昨日ハロン湾で舟が座礁して日本人を含む観光客が多く
死亡したニュースを添乗員のSさんから聞きました。
数人の方の息子さん身内から携帯電話で安否の確認が
きていましたが、うちのセガレからは音沙汰なしで電話もきません。
ハロン湾でSさんはじめ心配していた顔を動画で映していますが
ダッカでのネット状況が悪く送信がうまくいきません。
明日はもっとネット事情の悪い世界遺産のある「ボクラ」まで
バスで6時間の移動がありますので後日バンコックの
オリエンタルホテルで送信予定にします。
2月19日午前4時10分 おやすみなさい!
ハノイ滞在3日目はハロン湾終日観光
ハロン湾観光は数回行っています。前回は不参加にして
ハノイ市の街中を探索してきました。食品市場、骨董品店
足マッサージで楽しんでいました。
市場での青空食堂(屋台)では珍しい食材が多く食べたり
買ったり時間の経過も忘れた思い出がありました。
今回は家内同伴もあり団長の意向も無視できない雰囲気で
外堀を埋められてしまい往復7時間かけて体力消耗のバス移動
になってしまいました。
小雨が降り続いていますので景色を楽しむ事も出来ません。
今回の旅行は上海以外は半袖短パンで行動できると思っていましたが
ハノイでの服装は長袖、セーター、ジャケット着用で日本の
11月ごろの季節だと感じました。
ハノイでの街中は前回に比べて自動車が多くなり一般の人の服装も
お洒落になっていました。30歳代の若者の多くは英語で会話できる
人たちが多く英語のしゃべれない私などは困ってしまいます。
昨日は一日中経済セミナーがあって自由時間が制限されストレスがたまり
困ってしまいましたが深夜の部にやっと自分の時間が取れました。
ハロン湾では急に天気がよくなり皆さんご機嫌でした。
船内での海鮮料理も一般観光客の並みの料理と違って最上級に
指定されていた料理でマズマズの美味しい味でした。
一般ツアー客の料理と違って金さえ出せば満足できることが分かりました。
世界遺産になっているハロン湾の絶景は一度は見る価値があります。
前回訪問した時より海水の透明度がよくなったと感じました。
ベトナム初日のメトロポール・ハノイに滞在中
2月15日に成田国際空港より上海経由にてハノイに日付が変わり
2月16日早朝3時にホテルに到着しました。
今回のホテルは1911年創業の伝統あるホテルメトロポリタン・ハノイ
(The Metropole Calendar)です。
フランスがベトナムを植民地にしていた時代の雰囲気が今でもあります。
シンガポールのラッフルズホテル、香港のペニンシュラーホテル、
日本のホテル・ニューグランドの雰囲気が残っている感じでした。
今回で2回目の宿泊ですがやはり次回来る時も資金に余裕があれば
メトロポリタン・ホテルにしたいと思います。成田を出てから睡眠不足に
なっているので今日は(2/16)食後の人形劇をキャンセルして
早く寝ることにしました。
今回で二回目の宿泊ですが設備に関しては満足、
サービスについても満足しています。新設の大型ホテルと違って
歴史の重さは別格と感じました。
動画で外観、フロント、中庭を見てください。
ホテル玄関にはクラッシクカーが二台展示されていて独特の
雰囲気をかもし出しています。
部屋の内部も広く高級ブランドメーカーの化粧品が置かれていて
ビックリしました。
中庭の左側はプールになっていて子供、若者が楽しんでいました。
正面フロント前におかれているクラシックカーはフランス製(?)かと
思われますが今でもエンジンが掛る状態に見えました。
夕食後には人形劇を見るために劇場まで団体行動で行きましたが
私は見たことがあるので参加取消しをして家内と別れて友人と夜の
ハノイの別世界探訪し若くて美人が多いスナックで楽しんできました。
お陰で羽を伸ばしすぎて午前様で帰宅しました。
真夜中にハノイに到着しました。
MU522便 上海経由ハノイ着は真夜中の1時予定でしたが
大雪(?)の為にダイヤが混乱してホテル着は翌日16日の
午前3時ごろになりクタクタになってしまいました。
午前3時といっても日本時間で2時間時差があるので
朝の5時になりました。
今回トランジットがあるので好きな白州12年は乗換便では没収
になりますので買ってません。最初から遅れることは
予想されていたので上海でのトランジット
待ち時間中にスコッチウイスキー・マッカラン12年ものを
買って睡眠薬代わりにチビチビのんで熟睡し気が付いたら
ハノイに到着しました。
お蔭で睡眠不足状態にならず真夜中の移動も苦にならず
過食快便で早朝近くの青空市場まで散歩がてら有酸素運動を
予定しています。
午前中は休息時間になっていますので
出発前に床屋に行く時間がなかったのでハノイの道端で
椅子一つで個人営業している青空床屋に、これから行ってきます。
考察団には団長をはじめハゲている方もいらっしゃいますが
散髪代がかからない人はうらやましいかぎりです。
青空床屋の散髪代がいくらかかる気になりますが・・・




















