下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -112ページ目

上海花園飯店(上海ホテルオークラ)近くの理髪店に行きました。

今回の旅行は4ヶ国訪問の考察団でした。

出発前に伸びきった髪が気になりましたが床屋に行く時間がなかったのです。
普段国内の理髪店は安ければどこの店でも気になりません。行く時は
時間があいたその場所で散髪することにしています。

よく行く所は蒲田西口のラブホテル街に近い場所にある1800円の床屋です。
自宅の近くはあざみ野駅構内地下にある1000円理髪店ですが髭剃りナシ
洗髪ナシ、ドライヤーで切った髪を吹き飛ばすだけで10分間で仕上げてくれます。
しかし何時も込んでいて待ち時間が多く気恥ずかしい思いをします。

そこで仕上げてもらう時には、直ぐに自宅の風呂で洗髪しなければなりません。
理由は残っている髪の毛が肩から入ってかゆくてなりません。風呂に入る前に
洗髪していると洗面器にたくさんの短髪がいっぱい溜まってしまいます。

今回長髪になって旅行に参加しましたがハノイで時間があれば公園、道路はしで
椅子一つ持ち込んで散髪しているオジサンにしてもらうつもりでしたが
スケジュールが詰まっていてダッカ、バンコックでも散髪する機会がありません。

ホテル内の理髪店は値段が高いので利用したことがありません。
上海での二日間午前中に自由時間がありましたので上海オークラホテルから
徒歩15分近くの庶民的な町並みの一角にある美容院に入りました。

日本人は散髪に来たのが珍しいらしく私にとても興味があったみたいです。
店で朝食をしていた女主人が上海語で私の人相について何かしゃべっていますが
意味がわかりません。髭剃り前の温めたタオルが雑巾色していていました。
鼻の周りが雑巾の生乾き臭く嫌になりましたが我慢してこらえました。

上海の物価高騰でしょうか50人民元(650円)も請求されました。
予想は30元ぐらいと思っていましたが北京に比べて高くつきました。
家族で店を営業しているので私に対してとても親切に対応してくれたのが救いです。

北京の三全公寓近くの美容院は一年前には度々利用した店で髭剃りナシですが
洗髪二回して20元で仕上げてくれました。

考察団参加者の中には散髪不要の方も数人いますが経済的出費が無くて
うらやましいかぎりです。



美容院の女主人と思われますが顔は別にして愛想がよく
上海語で私に話しかけてくれました。
動画中でしゃべっている上海語がわかる方がいたら通訳してください。

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上海の高層ビル群の周りと違って庶民的な店が並んでいる一角です。
近代都市上海も下町的な雰囲気のある町は取り壊さないで残してもらいたいです。

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次回訪問したときには女主人に写真をプレゼントしたいと思います。
写真好きの上海人でしたら、もしかしたら次回の散髪代を
まけてくれるかもしれません。

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店の雰囲気ですが女主人の娘又は孫と思いますが母親に似つかわず
中々の美人で愛嬌があります。次回はメモ紙に中国語で書いてもらい
彼女に髭剃りをお願いすることにします。

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家内は「あざみ野」の美容院で高額紙幣を支払って行っていると
思われますので次回は上海の庶民的なこの店で一度セットさせてみます。




バンコック郊外の水上バスと水上市場見学

タイのバンコック市内郊外には多くの水上バスが運行しています。

メナム川の支流には必ず舟で行き来できる交通手段があり
食料品も舟で運ばれ水上マーケットがいたるところにあります。
私は過去バンコック訪問は観光を含め7~8回ちかく来ていると思います。

今回の水上バスも観光客用の為にできていて両側の家々は豊かな暮らしを
している様に感じました。家は川に向かってデッキがあり花壇には
色とりどりの花が咲いていました。

小舟に取り付けられているモーターはいすゞエルフ、ホンダ、スズキ
ヤマハのエンジンです。ヤマハ以外はすべて自動車用エンジンで
ラジエターはついていませんが川の水を垂れ流しにして
高回転を出していました。



観光客専用小舟で島の周りを一周して水上市場を兼ねた
お土産屋で30分近く休んでいました。動画はエンジンの音だけは
たくましく聞こえますが変哲もない編集になっています。

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水上市場でモンキーバナナ、ドリアンなどの果物やバナナの揚げ物。
魚のすり身の薩摩揚げは酒の肴にはぴったりです。

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観光客用専門の水上マーケットと思っていましたら生の豚肉ひき肉など
小舟で売っている肉屋専門店が出てきました。もしかしたら
島の人達の生活市場がその後観光客用になったのでしょいう。
まさか観光客が生肉を買う人はいないでしょうから

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バナナのフライの揚げたてはとても美味しくビックリしました。

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のんびりしていても生活できる環境には羨ましく思いました。
がマンダリン・オリエンタルホテルに着くとまずパソコンを開いて
今日の香港株式市場の株価を調べ一喜一憂はしていませんが
現実に戻り株価が下がっていれば持込みのウイスキーの量が増え、
上がれば気持ちがハイになり増えることもあります。



バンコック・マンダリン・オリエンタルホテルに到着しました。

旅行中の画送信ができなかった分を今回公開します。
バングラデッシュ・ダッカからバンコックへ移動しました。
考察団でのバンコックはマンダリン・オリエンタルホテルが
定宿になっています。

過去には世界のホテルランキングNO1になったこともあり
格式の高いホテルです。設備、サービスにおいては他のホテルに
比べても格段の差がありましたが最近は有名ホテルも進出しています。
しかし歴史のあるホテルと近代設備だけが自慢のホテルとでは
比較の対象にはなりません。

ダッカのホテルから移動したこともありますがやはりバンコックは
東南アジアではハブ空港を含め発展がいちじるしい国です。



上記の動画は部屋の中の設備だけを映しています

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マンダリン・オリエンタルホテルは気になることが一つだけあります。

朝食には二ヵ所のレストランがあります。双方メナム川の流れが見える
素敵なガーデンレストランです。

初日に入ったリバーサイド・カフェテリア「ザ・ベランダ」の
オーダーセットメニューでパン、コーヒー、サラダ、メイン料理、スープ、
デザートすべて一つ一つボーイ・ウエートレスが運んでくれます。

8時集合出発に間に合うように7時3分に席に着きました。
最始にパン・フルーツが運ばれ、少し時間がかかりましたがコーヒーと
友人が頼んだ紅茶が運ばれて来たものの、次に頼んだ料理が催促しても一向に
出てきません。集合まで15分を切ってしまいましたので
とうとう出てきたパンとコーヒーだけの朝食で済ませ
集合まで時間がないのでその後の料理を食べずにバス移動になりました。

大型バスで旗をたてて集合、移動する団体客のホテルには向いていません。

若いウェイターに町工場のオヤジ族と客種を見抜かれていたのかもしれません。
確か朝食料理値段は日本円で3500円ちかくかかるはずですから
高い朝食代になりました。

翌朝はもう一カ所のリバーサイド側のレストランでバイキング形式で
自分の好きな料理を自分でテーブルまで運んで食べました。いつものホテル朝食と
変わらない方法です。昨日の朝食は散々だったのでいつもの癖で栄養バランスを
考えずにあれやこれやとチョイス。幼少のお育ちとセッカチはこの年になっても直らず
テーブルが皿で一杯、品格がいまいちマンダリンに向いていないかもと実感。











バングラデッシュ首都ダッカでのバスで追い越し競争

昨日に続いてバングラデッシュ・ダッカで動画送信不可能になり
今回迫力のあるバスの追い越し競争を動画でお見せします。

ダッカ宿泊の翌日25人乗りの中型バスでボクラまで4時間かけ
ホテル昼食後世界遺産「バハルプール」観光に2時間かけていってきました。
片道6時間ちかくかけての移動になりますのでボクラで一泊しました。

世界遺産「バハルプール」は前回ブログ写真で公開したので載せません。
バスでの移動には乗っている全員驚くほどビックリしました。
猛スピードで追い越し合戦をハラハラしながら手に汗をかきながらの
カーレースさながらのスピードでした。

信号機が付いている場所は滅多にありませんしロータリー式交差点の
少なく人より車優先の道路でした。



迫力のある動画でカーチェイスを見ることができます。終わりごろ
我々の乗っているバスを大型バスが追い抜くシーンもあります。
フロントガラスの汚れは泥が飛び散って付いた物です。

オカマをほる寸前急ブレーキでかわした時には私を含め数人が
アァー!ぶつかると大声が出ました生中継を動画で見てください。
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日本と同じ左側通行はイギリスの影響なのでしょう。
ガイドさんに自動車事故は無いのですか、と聞きましたら「時々ある」
との説明でした。ガイドさんが乗った車が過去に牛をひき殺して
1万5千円(円換算)払って解決したと話していました。
ダッカでは1万5千円高額金ですが死んだ牛は食べてしまうそうです。

ダッカはイスラム教なのでインドと違って牛は金で解決できたのでしょう。

「人身死亡事故の保証金は相手にもよりますが牛の十倍ちかくかかるでしょう」
と簡単に話していました。しかし警察の捜査能力がないのと字の読める人が
少ないのでひき逃げする人が多いそうです。
理由は事故に立ち会ている内に殴られたり蹴られたりするからです。
ガイドさんが話しているので間違いないでしょう。

そんな理由で一車線道路でも追い越しは当たり前、事故になっても
牢屋に入れられることもないでしょう。
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下記の写真は参加したOkaさんの動画の一部をプリントして
イン・ファン・ビューで貼り付けました。

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対向車線をはみ出していますが対向車が路肩に寄ってかわしてくれます。

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大型トラックと大型トレーラーの2台を前を走るワンボックスカーと
我々の乗っているバスがいっきに追い抜きました。

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対向車のバスと走行中のバスの間を追い越していくワンボックスカーと
我々のバス。

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左側通行ですが道幅いっぱい追い越し車線に関係なくフルスピード。

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路線バスの屋根の上にはパイプで仕切った特別席があり
大型荷物、長尺パイプなどを載せて走っていました。
振り落とされても自己責任になるのでしょう。





バングラデッシュ・ダッカ国際空港の警備状況

帰国して数日経ちましたが現地で送信できなかった動画を
ブログにして公開いたします。

バングラデッシュ・ダッカ国際空港到着したときの警備状況は
とても厳重で軍隊、公安と思われる組織の人達が大勢いました。

私の推測ですが同じイスラム国なので中東の不安な情勢が
原因しているのかと思いました。
同じイスラム教なのでシリア、イエメン、ドバイ、サウジアラビア
などに労働者として出稼ぎに行っているはずです。

ダッカでのネット回線は今回訪問した4カ国のうち一番悪く
動画送信は出来ませんでした。二箇所のホテルでも
有線ケーブルはなく無線ランケーブルのみでした。
停電も多くインフラ設備もほとんど手をつけていません。

一般庶民はPCの使用率は低いと思います。理由は世界でも
イスラム系の最貧国にあたり出稼ぎで国が持っている感じがしました。
しかし自動車の運転はインド人に負けないほど上手く驚きました。
特に大型バスの運転手は神業を使たように他の小型中型のバスや
トラック、乗用車を追い抜いていくのにはハラハラしました。




シリアをはじめ中東に出稼ぎに行った人達の帰国を確認するために
家族が迎えに来ていると思いますが通信の悪い国なので
連絡方法も大変だと思いました。

しかし空港内の警備体制は見ている観光客でも近寄りがたい雰囲気が
有りますが公安警察の人達は顔と目が合うと挨拶されたのみはビックリしました。
国民全体にいえることは人なつっこく悪賢い悪党が少ない国と思いました。
その分のんき者が多い国民がと感じましたが・・・

帰国して読んだ新聞では中東で働いている東南アジア地区のシリア国の出稼ぎは
中国、フイリッピン、バングラデッシュ人が多いと書かれていました。

中国は大型客船を出して多くの人を救出した写真が掲載されていましたが
他のの最貧国は迎えに行く船、飛行機は当分ダメでしょう。

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東京成田国際ローカル空港で今晩の野菜をかいました。

上海から成田国際空港に16:30ごろ到着しました。

シャトル電車に乗って入国手続を終わりエスカレータを降りて
5番の荷物コンベアーのところで自分と家内のスーツケースを受け取りました。
後は税関での検査を過ぎれば直行バスの手配をするだけです。

飛行機を降りる時に家内が孫の土産物をエコバックに入れ両手に持っていました。
私は土産物についてはめんどくさいのでここ数年買ったことがありまっせん。
重そうにしているので、ついうっかり仏心をだして私が持って降りました。

ところが私がシャトル電車内の椅子に座った際に置き忘れてきました。
忘れた場所を思い出すまで時間がかかり記憶も薄れていました。
仏心をだして余計な土産物を持ったのがいけなかったようです。

家内は私に「自分が持つ!」といったくせに無責任だと鬼顔で
なくなれば1週間は言われぱなっしでしたが案内所で
説明していると税関検査の落し物コーナーで預かってくれていました。

たかが孫の土産物(チョコレート6ケース内1ケースおまけ・クッキー・ナッツ)
ぐらいで血相を変えて言われぱなしで参ってしまいました。

S添乗員やJさんも最後まで残って心配してくれました。
税関事務所で忘れ物確認後サインしてやっと返してもらいました。

税関検査も終わりやっとタマプラーザ行き直行バス手配も済みました。

ターミナル出口わきに「空の駅」と書かれた八百屋があり千葉産の
安い野菜、果物、乾物、卵を売っていましたので家内は早速スーパーに
行ったつもりで数点の野菜を買って直行バスに乗って帰宅しました。

女は海外旅行中でも安い野菜を見つけたら買って帰るところは
男には出来ません。ほうれん草150円、小松菜100円、春菊100円
ゴボウ250円、ミニトマト250円 海外旅行の帰りに即実生活に戻り
今晩の料理のおかずを飛行場で買う人は滅多にいないと思います。



第二ターミナル中央出口付近にある5坪ほどの「空の駅」には
千葉産の野菜をはじめ農家の取り立てのイチゴ、メロンなど
たくさん売っていました。さすが成田ローカル国際空港だけのことはあります。
是非動画で観てください。

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上海外灘にあった旧上海クラブのロングBARに通いました。

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上海の外灘=バンドの中山東一路にあった上海クラブは1911年
今から100年前からありました。64年ぶりに再オープンしました。
ヒルトンホテルグループの高級ホテルWaldorf Astoriaです。

旧上海クラブがあった時代のロングBARが同じ場所にあります。
但し当時37メートルあったカウンターが今は33メートルに短縮
されていますが雰囲気は当時の租界時代を再現していました。

玄関を入ると扉をドアボーイが開けてくれて当時のままの階段を上がり
中段フロアーに又別の扉があり別のドアボーイが開けてくれました。
とても一元客には入りずらい玄関になっていました。

初日に家内、女性ガイドの3名で来店した時に当時の
(100前)ジャーデン、HSBC頭取が座る位置を教えてもらいましたが
先約で断られましたので翌日8名で再度訪問する約束をして
二日間通いました。
お蔭で顔も覚えてもらい次回からは常連客並みに扱われると思います。

当時の上海クラブは租界を牛耳っていた領事、大班、銀行家、
貿易商が設立したクラブで上海の工部局(経団連)高額納税者が条件でした。
ここを知ったのは歴史大河小説クリストファ・ーニュー著者「上海」上下巻でした。

ノンフェクションと思われる小説で登場人物は実名でサッスーン財閥
ジャーデン・マセソン、スワイヤー、HSBC頭取、周恩来、蒋介石、
孫文、多種多彩の搭乗人物でした。主人公はション・デントン氏です。

残念なことですが上海ホテル・オークラのコンシェルジェをはじめ
タクシーの運転手、上海人にも知られていないことです。
仕方がないので外灘の「上海浦東発展銀行まで」と言って行きました。



7分間の動画ですが上海クラブの雰囲気がよく出ていて今回の
動画はYou tube初めての公開になります。
内部は中国上海とは全く思えない租界時代の雰囲気です。

<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110225/08/tozando/8a/00/j/o0400030011073158937.jpg">下丸子ではたらく70歳社長のblog
ロングBAR 1911年と書かれている入口

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ロングBARのマネージャーはオーストラリアヒルトンホテルから
転勤して来たベテランです。

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とても上海で飲んでいるとは思われない雰囲気で初めて連れて行った
人達は感激していました。

一日ゆっくり休息日。

帰国、翌日の土曜日は会社に出勤して事後報告を聞き

入れ違いになった北京の総経理来日の話を聞きました。


パン菓子機械展(モッパクショー)が千葉の幕張メッセで

開かれていたためです。研修生で3年間当社に勤務していた

周君、旧正月にも来日していた馬君の3名でした。


彼らは勉強熱心で新宿の伊勢丹をはじめ各ベーカリーを

視察してすれ違いで北京に帰国しました。


異業種からパン業界に進出した特殊パン工場も

視察の中に入っていました。中国と日本の格差もしだいに

少なくなりました。日本のスーパー・デパートも間違いなく

中国にシフトしている現実を目の当たりにしてきました。


一店舗の売上も単価の低い中国進出店の方が売上・利益も

多くなった現実を一般の日本人には意識を持っていません。


人口減少の現実がこれほど消費減退につながるとは

想像していませんでした。大学卒業しても就職できない

若者は東南アジアどこの国でも5~7年間現地で仕事と

言葉を理解出来れば一攫千金を手に入れる仕事は

ゴロゴロあると実感した11日間の視察旅行でした。


今日は風邪気味なのでゴルフもお休みして一日自宅で

安静します。




勝谷誠彦・亀田、内藤戦 ネットが暴いた不正

昨日、上海から帰国しました。

上海では連日 真夜中の2時ごろ
花園飯店(ホテル・オークラ)に戻ってからブログを
書いていました。上海ではいつも寄るBARで
飲み明かしていました。旅の疲れが回復するころ
その時の動画をアップします。

今日は話題を替えて過去に対戦した内藤・亀田戦した
面白い動画をYou Tubeから借りてきました。



55年間ボクシング試合を見てきましたがこれほど
きたない、嫌な試合は過去記憶のない試合内容です。

その後、亀田三兄弟の試合はテレビ中継があっても
一度も見ていません。

バングラデッシュ、ダッカからバンコックに到着しました。

バンコック初日はオリエンタルホテルで宿泊をしました。


バンコック市内のカラオケ、足マッサージは何回も経験しているので

一人で何処でも出かけることができますが今までの体力消耗が

激しくくたびれたので早く寝る事にしました。


2008年にマダガスカルの帰りにオカマショーを見に行きましたが

今回のオカマショーは迫力がなく参加者の中には

オカマが気取っていて前回に比べてつまらないと言っていました。


私はハノイからダッカでの間で散髪する予定でしたが時間が

閉店時間30分過ぎて出来ませんでした。


今回はウイスキーの量が多くなり周りからのご忠告が

多くてちょっと品格に欠けていたようです。旅行中にアップした

ブログは全て泥酔して深夜に書いていますので意味不明瞭があった

と思います。


下記の写真は上海到着後に二日間通いつめた旧上海クラブと

旧キャセイーホテル内のジャズバンド演奏のBAR風景です


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昨年リニューアルオープンした旧上海クラブに2日間

通い顔を覚えてもらい次回から予約なしで通える様になりました。


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上海クラブは1911年(100年前)に創設された

名門クラブでした。



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上海クラブのBARのカウンターは創設当時は

37mありましたが今は33mになったそうです。

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   同行した中国語、英語の堪能な美女です。

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ニューヨークにある高級ホテル系列ホテルで

入りづらい格式の高い雰囲気をもった正面玄関です


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二軒目に入った旧キャセーホテルのBARで快く

迎えてくれた友人のバンドマン・ドラマーのチャーリー君26歳です。