下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -110ページ目

4月は一般企業の新年度になりましたが・・・

4月1日は当社でも新年度の初日になります。


平成22年度決算にあたる3月31日の銀行は大変込みあっていました。

50年間同じ製パン事業にたずさわっていたのですが

今回の東日本大震災は世界の歴史にのこる一番大きい大災害になるでしょう。


昨年11月に大田区の中小企業製造業の下丸子工和会協同組合主催で

東京電力契約の観光バスでアゴアシ付き福島原子力発電、地熱発電の

二箇所を見学し磐梯熱海温泉で宴会を開いて一泊したのです。


福島原発の敷地は2町村にまたいだ広大な敷地にあり入口のゲート検問は

服装、ヘルメットをはじめ米軍基地と間違うとほど厳重なシステムでした。

敷地内での撮影は禁止で広大な敷地内の道路はグーグルで検索しても

出てこないシステムになっていたのです。


理由は9.11事件のようにテロ対策の一貫として目標とさせない為でしたが、

今回は自爆にちかい事故になりました。


二箇所の発電所見学が終わる午後3時ごろまで車内でのアルコールは禁止で

とても緊張感のある視察だと記憶しています。


新年度に入って原発事故の後遺症が早速でてきて困っています。

私は参加していませんが3月31日の早朝会議での議題は

包装紙のフイルムの納入が止まってしまいました。

東北地方でのフイルム製造会社が工場の一部破損のためにストップしています。

三方シール、キャラメル式包装できなければ市場に出荷できません。


東北地方には白河の信越化学をはじめ製造業の工具、金型、薬品、包装資材の

工業地区で集中して生産されていました。今後の対策で打つ手がありません。


新年度には、これからは思いもつかない出来事の連続が予想されます。

製造業は部品、材料の一つでも不足しますとラインはストップしてしまいます。

            

              新年度から困った問題です。


















横浜中区山下町のBARで出合ったエディー藩

横浜山下町「スリーマティニー」で一杯飲んで下地を作って隣の
ラッキーに寄りました。途中から横浜ではジャズマンとしては
ちょっと知られたエディー藩に合いました。
           ↑
http://isomaga.com/topics/070622_eddie_blitz.htm

エディー藩は中華街メイン通りの繁盛店「鴻昌」の息子で(華僑)
関東学院大学卒業後アメリカに渡りシカゴをはじめジャズの勉強をして
バンドリーダーになりました。

横浜ホンキー・トンク・ブルース作曲し、俳優・藤竜也さんが作詞をした。
横浜を代表するブルースの名曲。

歌詞には横浜の有名なレストランやホテルの名前が登場します。
横浜のテーマ曲として、松田優作、宇崎竜童、石黒ケイなど
多くのアーティストに歌い継がれています。

ヨコハマで飲むときのBARは原則一人で行きますが店に女性はいません。
一限のお客でも常連客でも同じ扱いで料金も同じなのは
港町の出船入船の船長、航海士、船客が多い時代の名残です。



You Tubeで借りてきた動画ですが店の雰囲気は私と飲んだ方には
直ぐに分かる所です。他の動画でも行きつけの「ラッキー」も映っていました。
横浜中区は思ったより狭い町なので行きつけの店は同じところになってします。

演歌の好きな私ですがヨコハマはやはりブルース・ジャズの雰囲気の合う町です。

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雑誌の表紙にエディー藩「YOKOHAMAの男」と書かれています。


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左側はエディー藩、中央ラッキー(スリランカ人)ラッキーの店で
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一度は断りましたがラッキーが酔っている私を引っ張りだして

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気になる女優が貼られているトイレ

左翼系週刊雑誌「AERA」の危険先導写真

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東日本大震災中に朝日新聞グループの週刊誌「AERA」の

表紙の写真には驚きました。


「AERA}のコラムを執筆しているな野田秀樹 氏の「ひつまふし」

                      ( ↑クリックできます)

を自ら連載打消しにしました。誰が見てもセンセーショナルな写真です。

怒り心頭した野田秀雄氏の心境は良く分かります。

3月29日の産径新聞にも取り上げられていました。


毒マスクをしたショックのある写真が中刷りの記事として

載せられていたらここまで大騒ぎにはならなかったでしょう。

放射能がくる」と書かれていたら北海道から沖縄までと

人体に大被害があると勘違いする方も多いと思います。


マスコミ報道にも被害者に不安を与える悪質な「AERA」には驚きました。


「AERA」の編集長も今回の大騒ぎが気になって心にもない

言い訳をしながら謝罪したそうですが左派寄りの集団は国家転覆

するまで批判し続けるのでしょうか。


この雑誌が世界各国々の人達が見たら日本製品、日本観光も多大な

影響がでます。これで秋葉原、銀座、各デパートの売上減に

間違いなくつながります。


朝日新聞社自体も中国、ロシア好きの左翼系新聞と思っていましたが

今回の表紙には怒り心頭です。日本では報道の自由が

保障されていますがこれが中国、ロシア、北朝鮮でしたら

責任者をはじめ数人は牢屋にぶち込まれて15年は出所できないでしょう。


国家転覆の罪に問われて一貫の終わりです。

もちろん雑誌社も解散させられ関係者には数年間は公安に

尾行され人生設計が台無しにされたでしょう。










花粉症をとめる対策をとりました。

3月11日に花粉症と50年ちかく、とりつかれていた話を書きましたが

今は花粉症で苦しむこともなく毎日好きな酒を飲んでいます。

酒を飲むと体が温まり血圧も上がるせいか目が充血して、

かゆくなっていました。


次男も3年前から花粉症になり2月末から4月末まで好きな

ゴルフも減らしていました。

私が毎年治療に行っている知合いの整形外科を紹介しました。

背に腹が変えられず、だまされたつもりで診断してもらったら、その帰り道で

さっきまで鼻水、目のかゆみが一変に治り快適になったと言っていました。


今は市販の花粉症専門薬もあるそうですが治りが遅く完璧ではありません。


整形外科クリニックで花粉症の治療に効く注射があるのが不思議ですが

バイアグラが本来の治療に使われるよりも目的外の・・ナニ・・にきく効果が

あるのと同じだと思います。バイアグラも治療目的外の方が使用量が

多くなって株価も高くなったというニュースも聞いたことがあります。


眼科、耳鼻科のお医者様は副作用があるので使わないといわれていますが

それはウソだと思います。どんな注射、薬にも副作用は必ずあるはずです。

副作用のない薬などは漢方薬以外は無いと言い切れます。


妊婦又はこれから子供でもつくるか、と思っている人は別ですが

70歳になれば今からエイズになっても生きている年数には関係ないはずです。

今は開き直って放射能を浴びても発ガンするまでには10~15年ちかくかかります。

怖がらずに水道水でも東北地方の野菜でもなんでも食べられる心境です。


眼科も耳鼻科も本音は(商売)ですから一回で治ったら商売あがったりになります。


大多数(90%以上)の弁護士が弁護する民事訴訟をながく時間掛けて

解決すれば顧問料が多くなる理屈と同じだ、とふんでいます。


場所はJR蒲田駅又は京急蒲田駅 徒歩10分芦田整形外科クリニックです。

ラブホテルの隣ですから男女二人連れでだと勘違いされかねない所です。

ネットで調べたら住所も確認できると思います。


何時も混み合っているので待たされますが一回で治るので我慢が必要です。










東日本大震災後の横浜中華街事情

3月11日大地震発生後横浜中華街への客足はピッタリととまりました。


3月16日水曜日 普段はセガレに出席させていましたが大震災で

動きがとれず代理出席でホテル・ニューグランドでの懇親会に参加いたしました。


普段でしたら豪華な料理、ワイン、ビール、ウイスキーが

振舞われるはずでしたが時節柄コーヒー、紅茶、クッキーだけの

説明会で終始しました。


帰宅途中、中華街を通り抜けて重慶本館売店で焼きたてのチャーシューを

買って帰りました。顔馴染みの好きなタイプの従業員との話で、

「今はすっかりゴーストタウンになってしまいました。昼間から

ゴミ置き場にカラスが餌あさりにくる様ではダメです」と話していました。


話はかわって

その後 3月25日池袋方面の椎名町で業界の会合がありました。

会合は午後5時に終了して自宅に帰る予定でしたが渋谷駅まで来た時に

帰宅には早すぎるので東横線で終点の元町中華街駅まで行きました。


理由は数件のBRAに白州12年物をボトルキープしている保存期間が

気になり一杯だけ飲むことにしました。場所は山下公園、ホテル・ニューグランド

近くにある行きつけの「ラッキー」で飲むことにしました。

先週の中華街の話をしたらラッキーがそのことを詳しく説明してくれました。

   (ラッキーはスリランカ人 旧セイロン)


横浜市中区では大地震、原発、放射線等で中華街の料理人を含め慌てて

2000人以上帰国したそうです。その為に店のオープン出来ず

休業中が増えたそうです。数杯飲んだ後にいい気持ちになり店を出て

帰宅途中、中華街視察にしました。


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金曜日20:15ごろの中華街メイン通り入り口「善臨門」は人影がなく

空のタクシーばかりが目立ち節電の為かうら寂しいかぎりです。


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メイン通りのお店も休業中が多くありました。

お客が少ないこともありますが中国人コックが一時避難を目的に

本国に帰った為に臨時休業ということもあるでしょう。

会合、飲み会、懇親会の多い金曜日の午後8時台にこれでは困ります。


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いつも賑わっている通りがこの状態では困ったことです。

メイン通りよりも横道に入った間口2~3間の個人営業店のほうが

照明がついていましたが、果たしてお客様が入っているか疑問です。


この機会に二日に一回は横浜中区の知り合いの店、BARでお金を落としたい思っています。






日本広告機構の面白くないコマーシャル

今日は日曜日で普段でしたら朝早くからゴルフ場に行き
プレー後風呂に入りその後は食堂でビールを飲みながら
雑談を交え自宅にはなるべく遅く帰り、寝るだけにしていました。
今回は大震災の後遺症もありゴルフプレーする気持ちになりません。

昨日ネットから面白いパロディーを見つけました。

ほうれん草をはじめ葉物野菜は中国産が安全とは(?)参ってしまいます。
一昨年と違ってスパーでは「安全な中国野菜、冷凍餃子」が復活かも?
「食の安全は中国産」が広告になってしまったらどうします。

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ACジャパン(旧公共広告機構)の見たくない広告をパロディーに
した枝野官房長官、管首相の写真です。
下記の公共広告機構の動画をもじった文章が元になっています。

こんなクダラナイ無味乾燥な広告を作っているのは役人上がりの
天下り団体だと思えますが、間違いならばお許しください。



見たくない聞きたくない旧公共広告機構のコマーシャルです。
ひまな方はこの動画を見てひまつぶしにしてください。



民主党の左翼政権では大震災はのりきれません。

東日本大震災は地震、大津波、放射能の三重苦になっています。

民主党政権下の対応には多くの疑問があります。

昨日の産経新聞の「正論」にも書かれていましたが管総理が
横須賀市の防衛大学校卒業式で訓示し、自衛隊の決死の活動について
「危険を顧みず資力を尽くして救援活動を感謝し、ご家族に心から
敬意を表したい」と述べた。


未曾有の大災害を受け、今や首相は自衛隊に「おんぶに抱っこ」と
なっている。自衛隊を称賛することは当然だと言えよう。


「私もかつてカンボジアを訪れ、自衛隊のPKO活動を視察し
全治のかたがたが自衛隊のしんしな活動と規律正しさを称賛するのを
目にした」こうも述べた。それならばぜひ聞きたい。


なぜ辻元清美衆議院議員を震災ボランティア担当の首相補佐官に
起用したのか。


カメラマンの宮嶋茂樹氏の著者によると、辻元氏は平成4年に
ピースボートの仲間を率いてカンボジアでの自衛隊活動を視察し、
復興活動でへとへとになっている自衛官にこんな言葉をぶつけたという。


「あんた!その(胸ポケット)にコンドーム持っているでしょう」

辻元氏は自身のブログに「軍隊という組織がいかに人道支援に
適していないか」
とも記している。こんな人物がボランティア部隊の
指揮を執るとは、被災地で命がけで活動している自衛隊員は
一体どんな思いで受け止めているだろうか。


いかに民主党が人材難とはいえ、自衛隊を「暴力装置」呼ばわりした
仙石由人代表代行を被災者支援担当の官房副長官に起用したのも理解できない。


「どれほど自衛官が傷ついたか分かるか。自衛官の子供たちが学校で
いじめられる可能性がある・・」自衛隊出身の自民党佐藤正久氏が
昨年11月22日の参議院予算委員会で、言葉を詰まらせながら
仙石氏を指弾したことを、首相はすっかりお忘れのようだ。

以下省略


社会党村山総理大臣が現役のときの神戸市長を含め阪神大震災で

自衛隊出動遅れで6000名以上のの死亡者にふくれあがりました。


その時の記憶で

ピースボート時代の辻元清美氏は災害者達に自衛隊が市民の敵と思ったのか

「自衛隊から食料物資その他の援助をしてもらわないように!」

運動していたことを思い出しました。全く反省をしていない

可愛げのないブスの辻元清美氏にはガッカリした記憶が鮮明に残っています。







一年で稼いだ額、150億ドル(一兆二千億円)

セガレが読み終えた「市場最大のボロ儲け」を貸してくれました。

ベストセラーでニューヨークタイムス紙の解説でも絶賛しています。


長男はパン屋のくせにグローバル経済の金融、株式にも興味があり

時々思いもよらない面白い本を提供してくれます。

普段の会話では株式売買、為替などは一切話しませんのに・・・?

かげでかくれて博打(株式取引)に手を出していないか心配です。


今年になってスイスのプライベートバンクの内幕を書いた「匿名口座」上下巻

曽野綾子著「老いて才覚」と面白い本をたて続けて読んだあと

「市場最大のボロ儲け」です。読み始めの中途に東日本大災害が

起こって中断していましたが、やっと読み終わりました。


ウォール街の話は我々には理解しにくい金融専門用語が度々出てきますが

「市場最大のボロ儲け」は判りやすく書かれています。

たとえば専門家がよく使う「ショート」「ポジション」と言う言葉は使わず

ヘッジファンドの説明も簡単明瞭で理解しやすく書かれていました。


ジョン・ポールソンはいかにしてウォール街を出し抜いたか

サムプライムローンの破綻に賭け、巨万の富を築いた驚くべき

舞台裏はまるで推理小説です。ジョン・ポールソンはウォール街では

全くの素人で不動産サムプライムローンについても全くの初心者でした。


150億ドルは当時仮にUS1ドル100円と計算して1兆5000億円の利益を

出すまでのサクセスストーリーです。読んでいて逆張りの

CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)についても解りやすく説明されています。



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「史上最大のボロ儲け」の初版は2010年12月2011年1月 初版

2011年1月27日 初版第4刷


表紙の写真のUS100ドル札のは金融関係者または株式売買、

為替取引の経験のある方ならば何百万ドルになるのか見当がつくはずです


ジョン・ポールソンは単に取引を成功させたというだけではないのです。

不動産投資に全く縁のなかった無名の投資家が、金融史上最大の

取引を成功させたのです。


思い上がったウォール街の金融家たちの失敗を尻目に、金融破滅の

真っただ中で大成功を収めた。なぜ政府やFRB、投資銀行はバブルに

気がつかなかったのか?なぜポールソンはそれを見抜いたのか?


テレビを見る時間がむだに感じるほど面白く読み終わるまでの

ストーリーには満足いたしました。


大災害後少しづつ食料品が出回りました。

3月11日の東日本大震災の修復はまだまだ回復のめどは立ちません。


しかし東京、横浜地区の食料品は少しづつ店に出回ってきました。

今回パンの需要は得意先によっては普段の20倍近くの納品


しかし川崎駅ラゾーナ(大型ショッピングセンター)内の天井が落下で休業

浦安のホテル数か所は液状化現象で完全休業になりました。

ホテル関係は宴会キャンセルの続出で注文減少


新規開拓営業中の会社から突然注文が入り、納品させてもらいましたが

ピンチはチャンスの裏返しの典型です。社員に徹夜させても応えられました。

今回の大震災はいろいろな経験ができました。


そんな中で「災害に売りない」を前提に香港株式市場の暴落中の先週に

北控水務2.5ドル雨潤食品22.5~23.5ドル買い増ししました。


もともと株を買うための資金ではありませんでしたが、少しばかりの

老後の生活資金と思って家内に渡していましたが「まだ早すぎたから返せ」

と言って勝負にかけたのです。



これで手持ち資金は、ほんの少しの生活費以外はすべてなくなりましたが

被災者の方たちには悲惨です。

明日からは商品価値のない、でき損ないのロスパンでもかじって

生活の糧にしたいと思っています。


老後の生活費だけは世間並みにしておきたいと願っていましたが

多少の余剰金ができたら社会貢献をしたいと思っています。

東日本大災害の対応

大震災で考え方取りくみが変わりました。


まず、パン製造、納品についての仕事への段取り

納品、数量は普段と違ってパニックになってしまいました。


主力の強力粉が当日不足になり横浜鶴見埠頭近くの製粉会社に

セガレがトラックで製粉商事社員と同行で引取りに行きました。

通常は前もっての仕入で搬入をして貰っていますがこの日は特別。


素人は一袋25kgの粉袋をプラットホームからトラックに積み込むのは

大変な力仕事です。その後自社の倉庫に移動搬入します。


私も19歳ごろ会社が棚上げした数年のあいだ現金持参で

毎日浅草田原町の問屋倉庫に配達の帰りに22.5kgのパン用粉を

積み込んできた経験がありますがセガレも大災害対策の

処方せんには、よい実経験が出来たと思っています。


副材料についても欠品しそうな業者から電話連絡があり、

その業者の納品努力を感じない故に即決で二社購買に切り替えた。

その間一番大変な肉体労働をした社員従業員には感謝しています。


それにしても民主、自民全ての政治家のなかで力強いリーダーが見えないのが

残念です。総理大臣を勤めた吉田茂、田中角栄、小泉純一郎でしたら

どのような行動を取っていたでしょうか。赤軍派ダッカ事件に「超法規」で

犯罪者に20億円のお土産付で開放して「人命は地球より重い」と

言った群馬の総理大臣並では困りますが。


今回の大災害に「超法規」で東北地方の災害非難民を一時的に

一般家庭で受け入れ義務を出しても困らない家庭はいくらでもあるでしょう。


例えば近辺の横浜市青葉区、大田区田園調布、雪ヶ谷、久ヶ原、世田谷地区には

大きな家に年寄り夫婦だけしか住んでいない家庭はたくさんあります。

子供達は独立していますから受け入れには一向に困らないはずです。

3万住宅ちかくは間違いなくあるでしょうか。3万×4名=12万人

3~4ヶ月たてば地元県にそれなりの仮設住宅施設は完成できるはずです。


復興庁など立ち上げる事より「決断と実行」がまず先にすることだ。


テレビを見て大変だ、大変だと思うだけではいけないと思っています。

器に相当した出来るだけ多くの義援金を公的機関を通じて助けあいましょう