下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -109ページ目

北京パン工場はISO 22000を取得しました。

北京滞在中ですがアメブロ、ユーチュウブは入力しても見れません。

理由は中東問題を含め水面下には複雑な問題があるのでしょう。

裏ソフトを使ってブログを書くことができました。

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北京滞在一日目は金馬食品工業地区に建設したQカフェーパン工場

視察をしました。3年がかりで申請していた国際衛生基準「ISO 22000」

環境、設備等の「ISO 9001」を取得できました。

基本は毎日の作業の記録、点検、報告が基本になっていますが

工場設備改善も大幅に実行しました。


北京での数多い製パン工場で「ISO」を取得している工場は3社ありません。

7年間かけて中小企業でここまで成長したことは総経理をはじめ

片道切符で帰国が出来ない数名の社員の努力があったからです。


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総経理はパン工場見学のお得意先には必ず「ISO」の説明しています。


金馬食品工業地区にあるQカフェー製パン工場の一部を

動画公開いたします。日本の経済状況と違って工場内部は

行くたびに増設、改善、変更を繰り返しています。


荒○総経理は日本の大株主、下丸子社長の会社を3年以内に

追い越してみせますと大口を叩いて私を脅かしました。


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今回驚いたのは主材料、副材料倉庫の整理整頓が徹底されていて

製造年月日、購入順を徹底して記録点検していました。


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改良材、酵母菌、などの種類別にカード方式で管理されていて

東京下丸子工場よりも一歩先に進んでいました。


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都心の工場と違って敷地が広いので計画が思いどおり出来るのがうらやましいです。


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本社では取り扱っていない洋菓子部門は人海戦術で若い女性中心になっています。


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今回導入されたトレーオープン同じオープン2台、同時に導入した

大型ラックオープン、したがってデッキオープン4台は使用回数が減ってきました。

次回導入のトンネルオープンは近い内に導入することになるでしょう。


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今回新設したオシキリ機械ラインは中国では始めての新製品です。

主要機械をコピーされない対策はお得意先の視察にかこつけて

まぎれこんで来る手がありますので近くに寄せない方法を考えていました。

次に導入予定リストにレオンHMラインを考えています。


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新築した建物内は広いので理想通りの設置ができました。

工務課には常時2名の社員が待機していますので板金、溶接、製パン機械の

修理には事欠きません。


工務室は機械工2名が常駐、自動車修理工場並みの道具がそろっています。





成田国際空港はローカル飛行場になってしまいました。

4月10日日曜日家内同伴で成田国際空港から北京に到着いたしました。


最近、海外旅行は羽田を使用することにしましたが、今回は特別な理由で

成田を使用しました。成田空港の朝一番機は8時過ぎに飛び立ちます。

したがって出国の手荷物検査も7:30分前には絶対に出来ません。

これではアジアのハブ空港には絶対になれません。


パスポートの出入国検査のスタンプ押しも7:30前には出来ません。

両手指紋スタンプ機も一回でスムーズに通過する事も滅多にありません。

スムーズに通貨出来ると入国管理事務所の役人がリストラ対象になるからでしょう。


2500キロ以内の海外出張はエコノミークラスを毎回利用していますが搭乗前の

時間待ちの間にはラウンジが利用出来ないのでスターバックスでCPを見ていました。

ところが成田ローカル国際空港第一ターミナルのスタバが撤退しました。

羽田国際空港を主力にする為の移転は営業政策では外資の本領を丸出しにしていました。


昨年羽田国際空港オープン前は混雑していましたが今がガラガラになっています。

地震、放射能汚染の原因で日本に来る方が少なくなったのも原因でしょう。


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出国のスタンプを押してもらう入国管理事務所のゲートもごらんの様に

ガラガラで並んでいる搭乗者より職員の数の方が多く感じられました。


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ANA北京行きNH905便行き通路も搭乗者が少なくごらんの通りです。


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ANA売店で寝酒用「白州」を買いましたがお客よりも店員の方が多く感じられました。


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各売店もなんとなく裏寂しく人影も少なくて様変わりしていました。

北京滞在中、パン工場増設機械ライン試運転中

今日、北京パン工場の増設ライン設置状況を確認してきます。

今回はチケットの関係で不便な成田発にしましたが、やはり羽田発に

するべきでしたが仕方がありません。


旧正月の終わった2月20日オシキリ機械新設ラインを天津港経由

北京に輸出できラッキーでした。東日本大災害後でしたら天津港の

税関で当分保税倉庫から出されなかったと思います。


いつもの事ですが今回も税関でブログに書けない因縁をつけられましたが

総経理の仲間の電話一本で解決できました。

今は日本からの輸入品は放射能検査を含めて厳しい取り扱えを受けて

当分置き去りにされる可能性もありますから運が良かったのです。


役人相手の交渉は身内の手慣れた幹部の手練手札の話し合いで

直ぐに解決しています。日本人はこのような交渉術が苦手というより

発想が出来ないのです。金のかかる特別出費賄賂もなく安心しました。


増設ラインは製パン製造機械 8機を含む最新式で一部の機械には

中国には初めて導入されるプルーファー(発酵機)も含まれています

税関でいんねんを付けられたのもその発酵機でしたが問題解決。


7年間、試行錯誤を繰り返しながらきましたが片道切符で送り出した

社員を含め優秀な総経理には頭が下がります。


今回も家内同伴で行ってきますが途中から考察団に参加して

中国各地の見聞を広げたいと思っています。

ネット回線状況がよければ動画、写真をブログに貼り付け近況をお知らせします。







大震災後の経済状況はとても深刻になってきました。

3月11日東関東大震災が起こって都心での買い物、横浜中華街での

深刻な状況は観光客が来ないだけではなく、料理人就労ビザ

技能実習生ビザ、研修生ビザを取得している中国人が一斉に帰国しました。

そのお蔭で寂しい飲食街になって活気がなくなりました。


東京パン連盟協同組合が受入機関として百数十人受入れていましたが

放射能汚染問題が日に日に広がって、本国の両親からの連絡で

帰国指示にしたがって40名ちかく帰ることになり、受入企業も

人出不足になり困ってしまいました。


私をはじめ担当者は毎日、先方の企業訪問をしながらお

詫び訪問をしています。中国側のマスコミ(PC含む)報道は日本側の

政府発表と大きな隔たりがあり、受入側の言い訳に大変です。


日本人は数百年前からお上の(役人、政治家)発表は正しいものとして

受けとめていますが、彼ら中国人はお上の発表は信じていません。

一番信頼するのは①家族②親戚③信頼している友人、

一番信頼していない①政治家②官僚③役人④権力者⑤勤務先関係


例外もありますが今回の大災害では、いくら引き止めても言うことを

聞いてくれません。彼らに違いをいくら説明しても納得してもらえません。


次に包装資材のフイルム、食パン、菓子パン包装にも事欠きます。


これからの計画停電日は製造業にとって最悪の選択になるでしょう。

毎年続くようならば海外企業にノウハウを教えて注文するか

日本の中企業、小企業も海外移転に加速が早くなり

日本には年寄りと子供だけが残り雇用も少なくなります。


東京パン連盟の外国人研修制度については今回の大災害の出来事は

大ピンチになりますが対策は書けませんが必ず成功に変えるきっかけにして

パン業界では日本でナンバー1の受入機関にして見せます。






昨日は二日酔いでノックダウン

4月6日東京パン連盟事務所で例会が終了後会食をしました。


大震災後、当組合も4月の新年度からは予算縮小を余儀なくされました。

普段,例会後の飲み食いは金額無制限で追加、追加の連続でした。

今回からは追加無しビールと紹興酒少々で早めの切り上げにしました。


帰宅途中乗換えの九段下駅で半蔵門線が事故で数十分間運休

新橋組、等々力組の3名で近くで呑みなおすことにしました。

彼らは二人は底なしの大酒飲みで直ぐに意見が一致しました。


運休にため(?)か最初の居酒屋も満員、次の焼き鳥屋も満員、

3番目はビストロタイプのイタリアレストランにしました。


周りは帰宅前の若い男女で込み合っていましたが無粋な男3人で

ヘンテコな見たことのないソーセージ、ハム数種類をつまみに

赤ワイン3本を空けて帰宅しました。地下鉄が運休して繁盛するのは

飲食店にとっては大歓迎なのですね。


三軒目はあざみ野駅前の立ち飲み屋で仕上げして帰宅しました。


普段ワインは飲まないので最後はやはり蒸留酒で仕上げることになりました。


普段は2.4KM30分かけて有酸素運動のつもりで歩いて帰っていましたが、

ふらふらになってしまいましたがタクシーに乗らず持っている

バスの特別老人優待パスを利用し金をかけずに帰宅しました。


酔っ払って風呂にも入らずブログ設定も出来ずノックアウト状態で

ダウンしてしまいました。


ワインはイエス・キリスト「神様が与えてくれた最大の贈り物」と

言った人がいますが、私にとっては

「赤でも白でも直ぐに悪酔いする飲みなれない酒」になってしまいました。








富坂聡著者の「中国の地下経済」

4月3日日曜日 テレビ東京午後7時、「池上彰の世界を見に行く」


学校で教えてくれないアメリカ、中国、ロシア・・・夕食前一杯飲みながら

見ていました。中国の話に切り替わった時に今読んでいる

著者 富坂聡氏「中国の地下経済」を読み終わるところでした。

テレビ出演しているゲストに彼が出ていてビックリしました。


今日4/6(水曜日)ニッポン放送 早朝ラジオ番組高嶋ひでたけアナの 

あさラジで中国の話題で同じく富坂聡氏が出演していました。

最近は中国の公表されていないグレーゾーンの話題にはよく出演されています。


当社も北京パン工場に社員を派遣して7年目になりますが日本では

考えられないたくさんの出来事がありました。失敗は授業料として

処理してきましたがそれを上回るチャンスも増えて

「ピンチの後のチャンス」としています。「中国の地下経済」を読んでいて

「なるほどだなぁ~」「本当だなぁ~」と判りやすて勉強になった一冊でした。


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中国での地下経済の金の流れは中国人にとっては当たり前の

金の流れと思っています。たとえば現金収入にしても3種類の収入が

あります。「白色収入」「灰色収入」黒色収入」特に灰色収入については

一般市民では当たり前の経済と思っています。


本にも書かれていますが「地下金融」の話が詳しく書かれていますが

中国経済の50%ちかくは地下金融なしでは発展しないでしょう。

GDPの数字にも含まれているでしょうが地下金融あっての経済発展です。


地下金融=地下銀行=庶民銀行=相互銀行(日本でも昭和50年代)

預金は禁止されていますが貸付は政府も見て見ないふりを

しているだけで解体すれば中国経済は大混乱して

これからの経済発展はできないでしょう。


中国銀行、中国建設銀行、中国工商銀行、交通銀行にいくら積立預金

定期預金をしても一般市民への独立資金は貸付はしません。

外資系企業に対しても借入金を申し込んでも無理です。

増資以外には方法はありません。


小さな商売、食堂、小売店をはじめる資金調達は地下銀行以外は無理です。

日本人の言葉の意味で「地下」ではなく庶民銀行の方が感じよく聞こえますが。


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中国紙幣は100人民元(1300円)が高額紙幣になりますが

賄賂によく使われるのが高額タバコ一箱日本円で3000円します。

10箱30000円ちかくしますから贈答品にはよく使われます。


街中には両替商を兼ねた換金もあり日本のパチンコ両替所と

変わらない風景だと感じるでしょう。


「池上彰の世界を見に行く」に著者も解説していたのでブログにも

書いた次第です。中国経済事情、中国進出、中国留学する方達には

とても参考になる一冊でした。

「丹沢あんぱん」は町おこしのブランドになっていました。

昨日、業界のコンペを長竹カントリークラブで開催しました。


長竹カントリークラブで開催する建前は業界視察を理由にしていました。


ゴルフプレーが目的なのか業界視察が目的なのか視察するまでは

「どっちでも良い」という印象しかありませんでした。私はゴルフ以外の

目的はありません、と腹をきめていました。


理由は相模原の山奥はゴルフ場以外に雇用の出来る産業はないと

思っていましたし、たいした名物もない散村でラブホテルもない地区です。

タヌキかイノシシが住んでいるケモノ道、山岳地帯とたかをくくていました。


東名高速道路のサービスエリア、パーキングエリアでパン箱を重ねて

「丹沢あんぱん」を売っているのを見かけることがありました。

その丹沢アンパンを製造販売している会社が長竹カントリークラブの

地続きにありました。6番ホールから見える距離ですから驚きました。


同伴者の一人が「オギノパン」の二代目社長と聞いて又驚きました。

敷地の隣に工場、売店があるのに長竹CCの会員になっていないと

聞き更に驚きました。私ならば即決即断で市場から会員権を買って

入会していますが、彼は残した金と財産は墓場まで持っていくのでしょう。

とジョークを言ってからかいました。


彼はゴルフも上手で県アマ選手権予選にも出ていると話していました。

それならばゴルフ好きで隣りのゴルフ場の会員にならない事が不思議です。


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上記の写真を見て判るように数千坪の敷地に売店と工場があります。

郊外店の模範になる店で2台レジに4名の店員が付いていても

長い行列ができていました。私の感では一日60万円以上売っていると思います。


工場は見学通路があって近代設備のラインが見えるようになっていました。

この設備はフル回転したら年商12億円以上の売り上げは間違いなし。

昨年8月に完成されいただけにピカピカ光ていました。


中小企業では手続が複雑で難しく100社に一社も借入出来ない

「経営革新事業資金」を18年均等支払1.65%の低利で

日本政策金融公庫で融資を受けていました。


私の知っているかぎり全国のパン業界では3社しか聞いたことがありません。


相模原市の設備に対して特別助成金制総額の10%、

原価償却資産の税金は50%安くなり地元雇用にも貢献していました。


タヌキやムジナが出てくる不便な山村地帯は間違いでしたむっ


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町興しの「丹沢あんぱん」は都心のデパートでも催事依頼が絶えないそうでしす。


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家内の誕生日と重なっていましたが、所帯を持ってからはお祝い事は

一度もしたことがありません。今回はゴルフ帰りに4種類の丹沢あんぱんを

誕生祝いのつもりで、おみやげにしましたが自宅に遊ぶに来ていた孫2人が

パクパク食べたらしいです。



業界視察をお題目に長竹カントリークラブでゴルフコンペ

先週「自粛ムードが行きすぎると不景気になりかねません」の

ブログを書いたばかりです。東日本大震災前にパン業界のゴルフコンペ

案内がきていましたので4/2土曜日ですが参加することにしました。


しかし今回のゴルフ参加は時期が時期で世間体が悪いので

隣近所に見つからない様に静かに家をでました。

時節がら参加人数8名の少人数でした。


37年前にプレーしていた神奈川県相模原市緑区長竹の「長竹カントリークラブ」

です。当時はオープンして間もない時でコースの印象は記憶に残っていません。


府中CCのメンバー中島敏之、吉田八郎さんがクラブチャンピオンに

なったことは知っていました。彼らがメンバーになっただけの優良コースで

ホールごとのレイアウトもよくフェアーウェイーも広く丘陵コースとしては

神奈川県は上位ランクされてもよいと思っています。


津久井湖、相模湖、中津井川付近には多くのコースがありますが長竹CCが

ナンバー1です。クラブハウスも今はやりの豪華絢爛ではなく創設当時の

落ち着いたクラブハウスで手入れもよくメンバー数も多くありません。


創設当時、三菱銀行の田淵頭取が湘南CCに入会待ちの

三菱グループ幹部社員を数大勢入会させたはずです。理由は資金繰りに

苦しんでいた当時の発起人戸田CC会社が頼み込んだと聞いています。

したがってビールはキリンビールのみの銘柄で徹底していました。


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最終ホールはマッチプレーには逆転がありうる難しいホールになっています。

飛ばし屋にとっては右ドッグレックでショートカットの誘惑に誘い込まれるはずです。


コース内は電動カート使用になっていましたが今年71歳になる私は

カート乗車拒否をして淡々と歩いて丘陵コースを戦略しながらプレーをしました。


しかし私のセガレより若い30代、40代の3名は最初からカートに乗って

プレーをしています。3名共に今は社長になっていますがパン屋の二代目

僕ちゃん育ちのボンボンとみえて楽する事ばかりが優先していてゴルフは

「歩てプレーが基本」を忘れているか、ゴルフを覚えた最初からカート使用、

70歳の私一人だけ16ホールを歩いてプレーしました。


歩いてプレーしているので電動カート使用料1000円は取られないと

思っていましたが2ホール残した時にキャディーさんが乗っていなくても

使用料1000円は取られますよ、と言いだしました。

途端に疲れがドットでて残り二ホールは乗ってしまいました。


それにしても最近の若者はスタイルシングルのお洒落を気にしていて

年寄りの面倒見は後回しになっています。プレー後の風呂では先輩の背中を

タオルでゴシゴシ洗ってもらってもバチは当たりませんが・・・


彼らは今日のブログを見ていると思いますが次回プレーの時には

一言多い高齢者パートナーには気をつけてください(笑)


ゴルフ場から800mの近さに新設したオギノパン工場、店の視察を

してきました。オギノパンはブランドになった「丹沢アンパン」が大ヒット

した、こだわったパン屋さんでした。明日も続きを書きます。



【超伝説】歴史に残る伝説のボクサー大場政夫

1973年WBA機構のフライ級世界チャンピオン大場政夫の記憶に残っている
ボクシングファンは少ないと思いと思います。当時のボクシング界では
WBA機構からWBC機構が出来てまもない時期でした。世界チャンピオンは
WBA,WBC含めても14名しかいません。今と比べて値打ちも違います。

今現在は重量別階級、機構が多くなり世界チャンピオンだけで70人以上います。

1973年(38年前)1月2日稲妻小僧」の異名を持つベテラン、
チャチャイ・チオノイ(タイ)をノックアウトした動画です。


You Tubeで迫力のある試合見応えがあります。
解説者は日本で初めて世界チャンピオンになった白井義男です。


大場政夫は中学卒業後、御徒町の「二木の菓子」に就職
働きながらボクシングジムに通いチャンピオンまでのぼりつめました。

1973年1月25日愛車シボレー・コルベットを運転中に、
首都高速5号池袋線・大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越えて
反対車線に出たところで大型トラックと正面衝突。
現場はトラックの下に車がめり込んだ状態でつぶれており、
駆けつけた救急隊も生存の可能性がないものと判断
せざるをえないほどの惨状であった。

この事故で現役世界王者のまま死去した。23歳没。
その結果、日本のジムに所属するボクサーで現役の世界王者で引退
する結果に衝撃をうけました。

タイの英雄チャチャイ・チオノイの試合もテレビで多く見ましたが
私の好きなタイプのボクサーでした。彼は日本でデビュー強打者で
「稲妻小僧」といわれ名ボクサーでした。

自粛ムードが行きすぎると不景気になりかねません。

4月になっても景気のよい話は聞かれません。

取引先のホテル、会館、コーヒーショップチェーン、などの売上げは

大幅に前年同月比を割っています。大震災後の自粛ムード

節電の影響から気持ちもふさぎがちになります。


上野の夜桜も裸電球点滅中止では盛り上がりもなくなります。

飲む、食べる、歌うことも出来なければ消費も冷え込んで周りの飲食店も

デパートも困っているでしょう。


自宅の電気使用量もすっかり変わり、門灯、玄関の照明、トイレ暖房なし

風呂の使用、シャワー垂流しまで変わってしまいました。


節電は実行に移すとしても、消費の節約がいき過ぎると不景気に

なりかねません。「災害に売りなし」で再建にお金をジャブジャブ使って

我々にも、ほんの少しだけ食品の消費に回って来てもらいたいです。


食料品を扱っている店に週に3回来ていたお客様が2回になっても

一回で5個買ってくれたお客様が4個になれば大減収になります。


この際は政府も日銀も思いきってお札の印刷輪転機をフル回転させて

設備資金、増設、運転資金を低利で思い切って貸し付けてください。

ただ同然の金利だと使い道はいくらでもありますが・・いかがですか。


いくら金利が安くなっても日本株、香港株式投資の資金には流用いたしません。


しかし計画停電は製造業にとっては最悪の方法です。

行政指導でソープランド、風俗、パチンコ店、遊戯関係、ラブホテルなど

生産性のない業種から実行にうつしてもらった後にどうするか

考えてもらいたいです。実行されて一番困るのは暴力団の組長かも・・