北京市経済技術開発区にあるピザレストラン
北京市経済技術開発区にある一角に「上海沙龍商業中心」のピザレストランで
夕食をしましたら北京流食べ方にビックリしました。
北京朝陽区環状3号線内にある三里屯地区は世界中の大使館が集中している
地区にある飲食街です。各国のレストランも多くあり美味しいレストランもあります。
ピザレストランも数店舗あり欧米人で賑わっています。
同じ北京市内といっても環状5号線外側の経済技術開発区は田舎者の
集まった場所です。何しろ男同士裸で宴会ができる場所でマナーも
へったくれも全く気にしなくてすみます。
集合住宅地区にある「上海沙龍商業中心」にピザレストランをみつけました。
ピザレストランへ早速、家内と夕食をすることにしました。
上海沙龍商業中心には珍しい近代的なピザレストランでした。
店構えは美味しそうなピザが食べられる雰囲気がありました。
冷凍生地を伸ばして出来上がったピザはそれなりのピザでしたが
イマイチ引き付ける香りはたりないように感じました。
店員にタバスコをお願いしましたら、なんとトマトソースを皿に載せて持ってきました。
どちらも英語が話せないので絵に書いたりしましたが、彼らは全く反応しません。
気が短いのでテーブルから見える厨房付近やその周りを調べましたがありません。
仕方がないので粉唐辛子をくれ、と漢字で書いてみましたが唐辛子もありません。
この付近は同じ北京といっても、しょせん田舎者の集まりです。
唐辛子の代わりに持ってきた胡椒を仕方なしに振りかけて誤魔化しました。
ピザにトマトソース、胡椒をスパイス代わり使ったのは初めての経験でした。
北京経済開発区の住居地区「上海沙龍商業中心」
昨日ブログに「上海沙龍商業中心」の刀削麺を取り上げましたが
町の様子を詳しく書きます。北京経済開発地区の一角にある
住宅地区にス-パーマーケット、レストラン、商店が軒を並べて多くあります。
昼食に食べた刀削麺が美味しかったので夕食も家内を連れて食べに行きました。
一日二回も食べに行く理由は顔を知ってもらって常連客になるつもりです。
一流店、福臨門酒家では常連客と観光客では料理内容、席、サービスは
相違があり顔を覚えれもらえば気分も違います。
場末の一膳飯屋(刀削麺)で顔を覚えてもらっても一文の得にもなりませんが
美味しい店は大事にしたいからです。バカバカしいことですがこだわりなのです。
夕食には家内を連れて刀削麺と餃子を一品注文しました。
味もよく満足できましたが一人前24個もあり二人では食べきれません。
「上海沙龍商業中心」の商店街、屋台が多くでて
活気がありました。中国の若い女性達の立ち食いも多くみられます。
「上海沙龍商業中心」の一角にあるビルとビルの谷間の広場では
周りのレストランから持ち出したテーブルで酒盛りが多く見られました。
昼間は経済開発区にある大手企業又は関連会社の社員、従業員と
思われますが北京は中国の田舎者の一番多い所で裸で酒盛りとは
下丸子社長もビックリしました。
北京の今頃は日本と違って乾燥しているので蒸し暑くなく過ごせ
数字上の温度とは体感温度差はかなりあります。
北京郊外で美味しい削麺を食べてきました。
北京市環状五号線郊外南側の北京経済技術地区に沿ってある
住宅地区「上海沙龍商業中心」で美味しい削麺を食べてきました。
郊外の大規模住宅地の中心に日常生活用品スパーマーケット、
大小のレストランが密集している地区です。
昼食をどこで、なにを食べるか迷っていましたが看板に「山西刀削面」に
気がついて、迷わず食べることにしました。日中の暑さに我慢できず
燕京ビールとトマト、タマゴスープ刀削麺を注文しました。
冷たいビールに熱い汁そばだけの昼食でしたが大満足です。
いつもは不味い燕京ビールも今回の泡の量もキメ細かくよい方でした。
刀削麺は大型レストランでは食べることは滅多にありません。
手作業がポイントになるので三チャン食堂向きなのでしょう。
三チャン企業又は食堂とは夫婦子供三人で営業している零細企業のこと
メン棒に強力粉で練りこみした生地を巻きつかせて、いったん冷やし
固まった生地を包丁で薄く削いでウドンと同じ太さにして熱い鍋に
剃り落として湯でた麺です。とても大企業向きの仕事ではないです。
麺は歯ごたえがありウドンにちかい感じでした。
包丁で剃り落とした長さなので、太さ、幅、長さは不一致ですが
それが又一段と手作り状態を表して美味くできていました。
トマト、タマゴだけの刀削麺はさっぱりしていて家内も喜んでいました。
北京市 経済開発地区にある王振国医院潜入
北京市南方地区 環状5号線から経済開発ちくにある王振国病院にいきました、
知人のツテがあって患者でもない私が病院内を探索する機会をもちました、
病院内に入ると漢方の独特の匂いが院内に漂っています。
私は子供のころお腹が痛いといえば正露丸、便秘といえば毒掃丸を
飲んでいました。今でも海外旅行には必需品ですが家内は別として
ここ20年間お世話になったことはありません。
そんな漢方薬の匂いがいまだに忘れられない生活の一部で育ちました。
西洋医学で人間ドックをはじめ知り合いの整形外科にも
お世話になっていますが東洋医学も数千年の歴史があるので漢方を
主とする専門病棟にも関心がありました。
北京王振国病院の外観から病室の状況を動画撮影しています。
個室は五つ星ホテル並みの設備でびっくりしました。
中国ヤミ社会(?)にあるソフトを100元で買って、いきなり
アメブロ、You Tubeが見れる様になりました。
しかし動画投函が上手くいきません。アメブロ動画より
You Tubeで作成するほうが楽なのですが困ったことです。
東南アジア各国の華僑、ヨーロッパ在住の華僑もわざわざ入院している
方もいるそうです。びっくりする高級車でお見舞い(?)に来ていると
思われる人たちもいます。
北京滞在二日目ですが鵜の木のインドカレーの話
北京滞在二日目になりました。
北京市内はスモックが多く町全体が灰色に見え昭和45~55年当時の
四日市スモッグ、川崎公害を思い出す感じになりました。
日中の温度は33度ちかくありましが湿度がないので東京よりも
蒸し暑くなく過ごせます。
今回のブログは先週土曜日(7/9)東急多摩川線、鵜の木駅から徒歩3分
本格的インドカレーと書かれたCHAI(チャイ)でランチを食べてきました。
東京、横浜に数店舗営業しているお店で私のブログにも時々コメントが書いて
くれる方がいます。
インドカレーと宣伝していますがネパール地方、又はインド北部地方のカレー料理
だと思います。日本人スタッフがいないので会話はできませんでした。
松屋のカレーをブログで取り上げるには美味しさには格段の違いがあり
CHAI は問題なく美味しいです。特に焼きたてのナンは抜群に美味しいです。
次回北京から帰国したら家族同伴で夕食を食べに行く予定を計画したいと思っています。
ランチタイムのカレーは鶏肉とナスのカレーでした。隣の若夫婦は
最初はナンを頼んで食べ終わってからサフランライスを注文していました。
ライス、ナンは食べ放題(?)でサービスしているのかわかりませんが
ビールはネパール産(?)のムスタンと書かれたビールでした。
小瓶一本520円は高いですが製造年月日12月と書かれていましたが
泡のキメ細かさ飲み口は美味しく気に入りました。
生ビールも取り扱っていましたがネパールビールも捨てたものではありません。
それに比べると中国のビールはどれを比べてもまずいです。
見た目のラベルはさわやかなラベルで素敵です。
飲んで納得できる一品でした。
株)キャラバンサラバが輸入商社になっていましたがネパール
ビールがこんなに美味しいとは驚きました。
客席は20席ほどの小さな店でしたが常連客、特に女性が多く来ている
繁盛店でした。次回は家内同伴で、夕食にタンドリーチキンを含めた
数種類のカレーをオーダーしてみる事にします。
とにかく旨い!
今日から北京出張です。
7月10日 日曜日梅雨明けの初日友人と大利根CCでプレーしてきました。
午前中は湿度も少なくプレーに差支えなく楽しんできましたが
食後のプレーは芝生の照り返しで体感温度45度ちかくに
感じクタクタになってしまいました。
今回のスコアーは芝生の照り返しの暑さの為に非公開とします。
しかしストローク90台でまとめたので良しとします。
帰宅してから頭の中の神経が少し狂って思考能力が正常に動きません。
年と共に老化現象が進んでいることが自分自身わかる様になりました。
今日から北京出張になっていますので無理してでもゴルフがしたかったのです。
海外でゴルフをする気持ちには成らないのでこれで当分お休みします。
北京は東京と変わらない暑さですが湿度は少なくてしのぎやすいです。
7月下旬には恒例の箱根神社参拝の行事が控えているので
一旦帰国いたしますが再度北京に行くことになります。
北京滞在中はアメブロを書くことは出来ますが見る事は出来ません。
もちろん動画送信も思うようにできないと思っています。
家内同伴なので行動には制限がつきまといますが
誘われたら断らない性格なので夜の行動は無制限です。
羽田発で北京、上海に行くのは国内旅行と変わらない時間なので
気楽なものです。
産経新聞「産経抄」に書かれていた拉致に関して
7月8日 産径抄に書かれていた問題提起
産経新聞はハイジャック犯、田宮高磨の長男が所属する「市民の党」
について度々報道していますが日経をはじめ他社は取り上げていません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
張付け始め
ハイジャック犯は、日本刀を振り回す若者だった。空港に金属探知機が
備えられていないから、飛行場への武器の持ち込みは簡単だ、
などというと、若い人は「まさか」と笑うかもしれない。
昭和45年(1970)年3月31日、羽田発福岡行きの日航機「よど号」
(乗員乗客129人)を乗っ取った赤軍派メンバーの9人は、ソウルを
経由して北朝鮮の平壌に入った。グループのリーダーが田宮高麿だ。
田宮はそのままそ故国の土を踏むことなく、平成7年に52歳で死亡する。
数年後その存在が再び注目されたのは、グループの日本人妻と
北朝鮮への日本人拉致事件との関わりが、明らかになったからだ。
田宮の妻の森順子容疑者は現在、国際手配されている。
夫婦の長男(28)は、今年4月の東京都三鷹市議選に立候補して
落選した。この長男が所属する「市民の党」から派生した政治団体に、
管直人首相と鳩山由紀夫前首相の資金団体が、計7250万円もの
政治献金をしていたことがわかた。拉致被害者の家族が怒りの声を
上げるのは当然だ。
拉致事件の実行犯である北朝鮮工作員の釈放嘆願書に署名した
「前科」がある首相に対しては、もともと不信感が強い。
拉致問題ではほとんど進展が見られない。一方で、長男同様に
北朝鮮から帰国したグループの子女は、両国の行き来が可能だ。
被害者家族はやりきれない思いだったろう。
拉致問題対策本部長である首相には、くわしく説明する義務がある。
法的に適正な献金、では済まされない。それにしても昨日までの新聞を
見るかぎり、小紙以外はほとんどこの問題を報じていない。
世間は最近、拉致問題に冷淡すぎないか。
張付け終わり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はケーブルテレビの「朝日ニューススター」で左翼番組の代表
「愛川欽也パックインジャーナル」を時々見ていますがゲスト、出演者は
全員左派よりの人たちばかりです。したがって話の内容は一方的に
左翼に片寄っています。
数年前に間違って金美麗女史をゲストに迎えたときには番組が
荒れに荒れて面白かったことを思い出しましたした。
問題は日本赤軍の代表、重信房子は飛行機爆破テロ実行指示者で
重信房子の娘が度々ゲスト出演をしています。母親と思想信条は
同じでイスラム原理主義にちかいイデオロギーの考え方です。
娘は関係ないと言われても多くの犠牲者のことを考えると
朝日系以外は出演できないでしょう。
会計事務所のセミナーに参加
7月7日七夕の日に「むとうフォーラム2011」と大げさな名称で
会計事務所のセミナーが品川プリンスホテル 31階の会場で開催されました。
第一部から第三部までの2時間30分勉強会がありました。
勉強会の題名を見ただけで眠気がします
第一部 「平成23年度 税制改正」
第二部 「夢をかなえる経営計画」
第三部 「マーケット縮小時代における経営戦略」
参加者の半数以上は顧問先の先生の義理で参加していますので
暇つぶしの昼寝と決め込んで参加している会社が多いのです。
題名を見ただけで昼寝と決めつけた顧問先も多いです。
私もその中の一人でしたが昼寝のお休み時間として決め込んでいましたら
敵もさるもの電力不足で室内温度28度が常識になっていますが
この時間帯だけは強風25度に冷やして昼寝防止策をとっていました。
参加者の中には寒くてホテル従業員に簡易毛布をもらって
寒さを防いでいた人も数人います。
私はスーツで参加していましたので何とか寒さには耐えましたが
半袖シャツを着ている皮下脂肪の少ないおじさん達は参っていました。
中小企業経営者のほとんどは貸借対照表、損益計算書の
真の読み方は解っていません。自社の製品が売れているか
注文が多いかで儲けているかを判断しています。
例としてトヨタ、JR東海、ユニクロ、餃子の大将、セブンイレブン
優良企業の決算書で説明していましたが、半年先の見通しが
読めない中小企業のオヤジには「釈迦に説法」「馬耳東風」でした。
当社も同じ仲間の会社にはいります。
下記の三枚の写真は早口が得意の蒲田の会計事務所代表社員です。
先代の所長とは会う度に簿記仕訳方法で口喧嘩していましたが
2代目所長とはすれ違いが多く滅多に会う機会がありません。
全国どこの会計事務所でも顧問先の言うことより税務調査で
指摘されない税務署寄りの判断を優先して高い顧問料を払っています。
理由は再調査に時間がかかり金にならないからです。
会計事務所は税務相談するだけではムダ金を使うだけです。
さじ加減を有利にするためには自分自身が簿記勉強することです。
特に減価償却、公的手続関係、資産計上などは先生任せではいけません。
懇親会での代表挨拶は3分以内にまとめる様に釘をさしてください。
話の内容は誰も聞いていませんし覚えていません。
会計事務所もやっとコンパニオンを採用したのかと思っていましたら
ベトナムから会計簿記の勉強に来日してきた越南貿易大学の大学生でした。
私服でしたら日本人と変わらない服装の女学生です。
ホテル・ニューグランドのコーヒーショップで食事
先週の日曜日横浜の山下公園前のホテル・ニューグランド で昼食をとりました。
家内と嫁が有楽町の帝国劇場で観劇をする前に昼食だけ付合いました。
私は「風と共に去りぬ」と聞いただけで金を払ってわざわざ行く気には
とてもなりません。クソ暑い中「観劇」・・?そんなガラではありません。
余りの蒸し暑さにゴルフの約束もないので昼食だけは付合うことにしました。
最近「松屋」の安いカレーや「CoCo壱番屋」によく行っていますが
たまには値段が張っても美味い店に行きたいと考え直し
ホテル・ニューグランドの1階にあるコーヒーショップで昼食をしました。
前料理長 高橋清一著者が書いた「横浜流 」を読み直ししていた事も
行く気になりました。
ホテルのBARには時々時間つぶしと好きなアルコールをたしなみに
行きます。雰囲気が好きで同じ白州でも自宅で飲む味とはまったく違います。
自宅で飲む酒は外野席からの小言も多くオチオチできません。
にがい酒になることも度々あります。
今回はニューグランドが初めて考案したナポリタン、ビーフカレー、
デザートのプリンアラモードなどを注文しました。注文した三品は
全国のレストランどこにでもある一品ですが横浜生まれの食べ物です。
スパゲッティーナポリタンは終戦直後GHQマッカーサー元帥時代
考案された一品です。その後日本全国に広まったスパゲティー料理です。
江戸末期明治時代は横浜市関内は居留地で外国人も多く
その中でイギリス系インド人も多くホテルカレーとしては発祥地です。
カレーについてきた 何とかヨーグルトは食べ終わった後は
サッパリした口当たりでした。
うれしい贈り物を頂きました。
栃木県宇都宮市の友人からたくさんの野菜を頂きました。
三種類のじゃがいも、二種類のたまねぎ、インゲン、ニンニクを
お送りいただきました。自宅の畑で精魂込めて作った、
趣味の世界の野菜ですが有名店で販売しても遜色なく
いつも出来栄えにとても感謝感激しております。
食べ物は自家製にまさる食品はありません。
家庭で作ったケーキ、パンにしても
大量生産した商品とは美味しさは間違いなくちがいます。
作り手の愛情と機械の相違でしょうか?
子供のころからジャガイモは大好きで今でも家内が作ってくれた
ポテトサラダは大好物です。
但し昭和20年代の食料不足に育った為に味付けにはなんでも
ブルドックソースを掛ける習慣があり自家製カレーにも
味みする前にソースを掛けて叱られることもあります。
昭和20年代のカレールーは今と違って各種スパイスなど使わず
メリケン粉が多く入っていて味も素っ気もない代物なので
ソースをかけて味を誤魔化していたのです。
同じくポテトサラダにもブルドックソースを掛けるクセはやめられず
困ったことです。自分で美味しく食べられるならば食べ方まで
指導されるユワレはありませんので、全て自己流で済ましています。
北アカリ・・・・・ジャガバター向きでホクホク感があります。
トウヤ……料理にむいています。
インカのめざめ・・・・・別名栗ジャガと言われています。
素人の私達のために丁寧な説明が添えられていて
迷わず調理ができています。
あとは、家内のお手並み拝見となるのですが、
家内はケチな性分なので決して無駄をせずに
最後まで使い切っています。
農作業の大変さをかなり知り尽くしているようです。
わたしは料理を残さず食べつくし全ての作り手に
「心込めてご馳走さま」といいましょう。


























