3分読書、読んで頂き、ありがとうございます。
これまで書いた作品も、読んで頂ければと思います。
では、「顔のない同僚」を読んでみてください。
霞華は、平凡な会社員だった。毎日、同じ電車に乗り、同じデスクで仕事をこなす日々が続いていた。特に変わったことはなく、日常に埋没した生活を送っていた。
ある朝、霞華はいつも通り会社のオフィスに到着した。しかし、ドアを開けた瞬間に異様な光景が目に飛び込んできた。全ての同僚が顔全体を覆う白いマスクを着けていたのだ。それは通常の防護マスクとは異なり、顔全体を隠す不気味なデザインだった。
「おはようございます、皆さん。何かあったんですか?」
霞華は戸惑いながら挨拶をしたが、返事はそっけない「おはよう」だけだった。普段なら笑顔で応じる同僚たちの態度は冷たく、どこか機械的だった。彼女は自分のデスクに向かいながら、周囲の様子を観察した。
午前中の仕事は普段と変わらない業務内容だったが、オフィスの雰囲気は異常だった。同僚たちは全員、無表情で黙々と仕事をしていた。マスクのせいで彼らの表情が読み取れず、まるでロボットのように見えた。霞華はその光景に不安を覚えながらも、仕事に集中しようと努めた。
昼休みになり、霞華はカフェテリアに向かった。ここでも同じ光景が広がっていた。全員が顔を隠すようにマスクを着けており、無言で食事をしていた。いつもなら賑やかな笑い声や会話が聞こえるはずの場所が、まるで異世界のように静まり返っていた。
「どうしてこんなことに…」
霞華は胸の中で呟きながら、自分も食事を終えて席に戻った。午後の仕事も同様に無言の中で進められ、時間が過ぎるのが遅く感じられた。彼女は何度も時計を見ながら、一日が終わるのを待ちわびた。
夕方になり、ようやく仕事を終えた霞華は、オフィスを後にした。しかし、心の中には違和感と不安が残っていた。彼女は電車に乗りながら、一日の出来事を振り返った。同僚たちがマスクを着け始めた理由も、その背景にある真実も全くわからないまま、霞華は自宅へと帰った。
翌朝、再び会社に向かった霞華は、同僚たちが引き続きマスクを着けていることに気づいた。奇妙な光景は続いており、ますます不安が募る。霞華はこの謎を解明しようと心に決め、行動を起こすことを決意した。
霞華は、同僚たちがマスクを着け始めた理由を解明するために、調査を始めることにした。彼女はまず、同僚たちの行動を注意深く観察することにした。マスクを着けている彼らは、普段通りに仕事をこなしているように見えたが、どこか異様な冷たさを感じた。
昼休み、霞華は同僚の一人である山田に声をかけた。
「山田さん、どうしてみんなマスクを着けているの?何か特別な理由があるの?」
山田は一瞬、マスク越しに彼女を見つめたが、すぐに視線を逸らし、小さな声で答えた。
「特に理由はないよ。ただ、これが新しい規則なんだ。」
その答えに納得できなかった霞華は、さらに質問を続けようとしたが、山田は急いでその場を離れてしまった。彼女は自分のデスクに戻り、インターネットで会社の新しい規則について調べてみたが、マスクの着用に関する情報は見つからなかった。
その夜、霞華は家に帰り、さらに調査を続けた。彼女は会社の過去の記録や内部文書を調べ、マスク着用の理由を探ろうとした。しかし、何も手がかりが見つからず、ますます不安が募るばかりだった。
次の日も、同僚たちは依然としてマスクを着けていた。霞華は彼らの行動に異常がないか注意深く観察し続けた。ある日、彼女は休憩室で同僚の一人がマスクを外す瞬間を目撃した。その瞬間、彼女は恐怖に凍りついた。
同僚の顔には、目や口、鼻といった通常の顔のパーツがなかった。代わりに、滑らかな皮膚が広がり、まるで人形のような無機質な表情だった。霞華は思わず後ずさり、声を出せずにその場を離れた。
「どうして…彼らは一体何者なの…?」
その夜、霞華は眠れずに考え続けた。次の日、彼女は一大決心をして、真実を突き止めるために行動を起こした。彼女は早朝に会社に到着し、誰もいない時間に社内の重要な書類が保管されている部屋に忍び込んだ。
霞華は書類を探しながら、マスクの背後にある真実を解明しようと必死だった。やがて、一つのファイルに目を留めた。それは「プロジェクトZ」と題された極秘の報告書だった。彼女はそのファイルを開き、驚愕の事実を目の当たりにした。
「これって…人間を改造する計画…?」
報告書には、会社が極秘に進めていたプロジェクトの詳細が書かれていた。プロジェクトZは、人間の顔を消し去り、感情を抑制することで効率的な労働力を生み出すことを目的としていた。同僚たちは実験対象となり、顔を失い、無表情で働く存在に改造されていたのだ。
「こんなこと、信じられない…」
霞華は恐怖と怒りで震えながら、報告書を手に取った。その時、背後から足音が聞こえた。振り返ると、マスクを着けた同僚たちが無言で立っていた。彼らの目には、冷たい光が宿っていた。
「君も、仲間にならないか?」
同僚の一人が冷たい声で言った。霞華は報告書を握りしめ、必死に逃げようとしたが、彼らに捕まってしまった。無表情の顔が近づき、彼女の意識が遠のいていく。
霞華の意識が戻ると、彼女は暗い部屋の中にいた。手足は拘束され、動くことができない。目の前には、無表情の同僚たちが立ち並び、その中心にはプロジェクトZの責任者と思われる男が立っていた。彼は冷たい笑みを浮かべて、霞華を見下ろしていた。
「君がプロジェクトZの真実に気づくとは思わなかったよ、霞華さん。しかし、もう逃げられない。君も新しい労働力の一部となるのだ。」
霞華は恐怖に震えながらも、必死に抵抗しようとした。「なぜこんなことをするんですか?人の顔を奪うなんて…!」
男は冷静に答えた。「感情は効率を妨げる。無表情で無感情な労働者は、完璧な労働力だ。君もその一員になれば、すぐに理解するだろう。」
そう言うと、男は指を鳴らし、同僚たちが霞華に近づいてきた。彼女は必死に抵抗したが、数人がかりで押さえつけられ、顔に冷たい液体がかけられた。液体が肌に浸透する感覚と共に、霞華の視界がぼやけていく。
「やめて…!」
彼女の叫び声は次第に小さくなり、意識が遠のいていった。その瞬間、彼女の顔の感覚が消え去り、滑らかな皮膚に覆われていくのを感じた。霞華の意識が再び戻った時、彼女は無表情で無感情な存在となっていた。
「これでいい。君は新しい労働力の一部だ。」
男の言葉が霞華の耳に届いたが、彼女はもう何も感じなかった。感情は完全に消え去り、彼女の中に残ったのはただの空虚な存在だけだった。彼女は静かに立ち上がり、他の同僚たちと共に無言でデスクに向かった。
数日後、霞華の周囲の人々も異変に気づき始めた。彼女の変化に驚いた友人たちは、彼女に何が起こったのかを問いただそうとしたが、霞華はただ無表情で仕事を続けるだけだった。
ある日、会社の外部監査が行われ、プロジェクトZの実態が明るみに出た。警察が介入し、責任者たちは逮捕されたが、改造された労働者たちは元の姿に戻ることはなかった。霞華もその一人として、無表情で無感情なまま働き続けることを余儀なくされた。
彼女の運命は、完全に変わってしまった。人間らしい感情を失い、ただの機械のように働き続ける日々。彼女が感じていた恐怖や不安は、もう二度と戻ることはなかった。
この事件は社会に大きな衝撃を与え、労働者の人権についての議論が巻き起こった。しかし、霞華にとっては何の意味もなかった。彼女はもう、自分が何者であるかすらわからないまま、無機質な日常に囚われてしまったのだ。
そして、彼女が最後に覚えているのは、自分の顔が消えていく瞬間の恐怖だけだった。
こうして、霞華の運命は闇に飲まれ、彼女は永久に無表情のまま、他の同僚たちと共に労働し続けることとなった。その背後には、顔のない同僚たちの無機質な存在が、永遠に続く地獄のような風景が広がっていた。