翼
目覚めた時、喉が痛かった
きっとまた夢で魘されたのだろう。
…なんてことはない、いつものことだ。
洗面所へ行き微かについた涙の痕を洗い
陽射しの差し込む大きな窓を開けた。
そんな刹那とも永遠とも言える日常の渦の中に
涙の理由は儚くも消えてしまっていた。
一体何に涙をしたのか
今となっては分からないでいる。
考えてみれば現実も幻想も残酷だ。
取り戻しのきかない現実と
取り戻すために作り上げた幻想
そしてその境界線の曖昧さ…。
幻想が現実のように思えてしまったり
現実が幻想のように薄れてしまったり
しかしそれらは決して混じり合うことはない
…まるで水と油のように。
君と会うのはしばらくの間
夢の中だけになっている。
もう思い出せなくなっている私に
もう一度君の声を聞かせて欲しい
夢の中じゃない、本当の君の声。
例えそれが繰り返される夢の終止符になったとしても
そうすることで違ったカタチで君と向き合えるような
…そんな気がするから。
求める答え
『もしかしたら、どんなに彷徨ったとしても
最終的に辿り着く場所というのは同じなのかもしれない』
そんな風に思ってしまうのは、
ついつい同じことばかり繰り返してしまう自身に
どこか諦めてしまっているんじゃないか と最近感じている。
最初に心を記そうと思ったのは、TOPにもあるように
[自分のことを書くことで自分を知ることが出来たならステキなことだと思う]
そう思ったからだった。
記録としても記憶としても、確かに "それ" が存在したことを示すものが欲しかった
この言葉に偽りはなかったし、今もそう思っている。
こうやって半年以上も書いてくると いろんな面が見えてきたと思う。
ただ、そうやって「知りたい」と思う自身が見えてくるのと同時に
「知りたくない」と思う像も薄っすらと見えてくるのも事実だった。
この数ヶ月の休止が物語っているのは
そういった「知りたくない自分」への恐れがひとつあるのだろう。
目を背けてしまったわけだ、自分自身から。
傷付いたり、戸惑ったり、逃げ出してしまったりすることもあると思う
人間なんて不完全な 弱いモノなのだから。
ただ、どんなに道を踏み外したとしても
一筋の道標がそこにあるから
還るべき場所がそこにあるから
人は歩き続けられるのだ。
私がこうしてまた書いているのは、この言葉のお陰なのかもしれない。
"答え" なんてものは最初からそこにはなくて
最初からそこにあるのかもしれない。
だからこそ私たちは、捜し求めるために歩いているのではなく
歩き続けるために歩いていくのだろう。
溶けない雪だるま
この便利すぎる世界が煩わしくて仕方がなかった
そこにはいないはずなのに そこにいて
手が届きそうなのに どんなに伸ばそうとも届かない
例え "消えてしまいたい" だなんて思ったとしても
向こうが忘れてくれない限り それも叶わぬ願いだった
約束を交わすには その相手が必要だし
約束を貫くには 私ひとりではダメなんだよね
そんな当たり前のこと 今更ながら思い出した私がいる
見返り
どんなキレイ事を言っても、人は何かしら見返りを求めている
お金だったり、達成感だったり、または自己満足だったり…
価値観なんて人それぞれだ。
私も少なからず、こうして書いてきたことで
何かしらの見返りを得て ここまで続けてこれたのだと思う。
けれども、それが今となっては違うことに気づいてしまった。
「書かない」のではなく「書けない」
何の見返りが欲しいのかが分からない
だから書こう としても書けないでいる。
見返りを求めて しばらくBlogを閉鎖しようと思う。
今まで付き合ってくれた人達、どうもありがとう
また会える日まで…。
ルール
先週あんなことを言っていた
のに
彼女を街で見かけてた。
ルール違反だとは思ったけれども
向こうも私に気付いていないようだったので
私はそのまま通り過ぎた。
私はよくこれをやってしまう。
例えば喧嘩したとき、どちらが悪かろうと
先に見つけたならまずは接触しないことを考えてしまう。
まったく意地っ張りというか、何というか・・・ヒネクレている。
もう迷わないって決めたのに
どうして忘れさせてくれないのですか?
・・・ついついそんなことを考えてしまう週末の夜。

