理性
もし何かを口にすればその瞬間に
周りにある全てが音を立てて
砂のように崩れ去るような
そんな恐怖を感じることがある。
積み上げるのも崩すのも簡単で
難しいのはそれを保つということ。
一度崩れてしまったものを、同じ形に再び
積み上げることなんて不可能に等しいから。
…だから
言葉を選んでは飲み込んで
言葉を選んでは飲み込んで
本能と理性とが壁の中で
終わらない争いを続ける。
素直になれだなんて簡単に言えないのは
きっと崩れゆく痛みに、他の誰でもない自分自身が
耐えられないと思うからなのでしょう。
心の壁
「例え何があっても傷付いていないふりは出来る。
そしてそれは誰にも見せないでいられる。
…私の心には壁があるから。」
そんな言葉が痛々しくも感じられるのは
きっと私と彼女が近いところにいるせいだろう。
壁を作り出す理由も、そしてその辛さも分かる
私自身も同類で、自分に嘘をつくのが得意だから。
心に壁を張り、自分の内側と外とを隔てれば
周りに合わせて波風を立たなくすることも可能で
自分を押し殺すことが全く苦じゃなくなるし
そして何より自分自身が傷付きにくくなる。
時々「強い人だね」とか「悩みなさそうだね」なんて
勘違いされても、まったく動じない程に。
ただ、偽りの自分を演じるには勿論限度があって
取り繕えば取り繕う程に、自分一人になったときに
その虚しさが一気に押し寄せてきて
そんなどうしようもない自分に嫌気がさしてしまう。
それでも壁を張り続けてしまうのは、一人で嘆く方が
心をさらけ出すより楽なのだと悟ってしまっているから。
気持ちを偽ることが楽だと思えているのだから
心底病んでいるとしか言いようがない気がする。
もっとも、壁は自身の経験とトラウマとが作り上げたもの
だから簡単に変われるものじゃないのだと思う
もう性格の一部として自分の中で固まってしまったのだ。
蝋燭やガラスと同じで、一度固まってしまったものは
壊さない限り、ずっとそのままなのだから。
人が忘れることで自分を保とうとするのと同じで
自身を偽ることで自分を保とうとする、
言ってみれば自然の摂理に近いのかもしれない。
『ただ、そういう風に心に壁を作る人って
いつか心許せる人が現れたときに
本当に弱く、素直になりそうだなって
…そんな風に思うんだよね。』
そんな傷付いた彼女に向けたはずの言葉が
自分自身に言っているように感じるほど
このときから自分を重ねていたのかもしれない。
貪欲
どうしようもないどん底にいるときこそ
他人の温かさに触れることが出来る。
もっともその温かみなんてものは
いつも自分のすぐ傍にあるのに
日々の忙しさに追われているせいで
気付かないだけなのだけれども。
優しさでからだを満たしては
また慌しい世界に身を投じる。
まったく人間という生き物は
実によく出来ているものだ。
期待
期待されることをこんなにも苦しいと
感じたことはなかった。
目には写らないそれに縛られて
身動きが取れなくなってしまう。
たった一言伝えてしまえばいいのに
なかなかそれが言い出せずに。
言えば傷付けると思った。
言えば裏切ると思った。
…今こうしていることが
一番の裏切りなのにね。
妥協
追いつめられる程に
「やはり私と君は別のものなんだ」
と再確認させられる。
分かりきっていた事なのに
それに直面すると何とも虚しい。
互いの欲求を満たすのは難しい。
意思を主張しあえば反発するし
意思を譲り合えば何も変わらない。
企業だとか政治だとか経済だとか
ある程度同じ向きのベクトルとは違い
人間関係のそれに置いては
話し合いという名の妥協点探し。
それぞれの表と裏とが入り混じって
混沌とした音を奏でる。
仮面
想ってくれる人の元へ行くのは
確かに楽なのかもしれない。
例え自分の心がそこには無くとも
少なくても その瞬間だけは
自身を委ねることが出来るから。
「自分の気持ちを押し殺してしまうのが
歳をとるっていうことだよ…」
なんて寂しそうに呟く彼女の肩が
何とも弱々しく見えたものだった。



