やっぱりこの人はいいですね。
こんにちは、渋谷です。
「蜜蜂と遠雷」はやっぱり読むのやめにしました……。
なんか、多分途中で飽きるだろうなと思って。読んでもないのにえらそーな話なんですが。
こういうのってフィーリングなんだよねえ。直観。どんなに周りの評価が高いものでも、自分に合うかどうかって自分にしか分かんないし。読んでみて面白かった!ってなる可能性もあるけど、それは多分今じゃないんだよね。その時に必要なものっていうのは自分でなんとなく分かるもんだから、その時が来たらきっと「蜜蜂と遠雷読みたい!」ってなるんでしょう。
で、今の私が「読みたい!」ってなったのは中村文則さん。「掏摸」も「土の中の子供」も面白かった中村さん。ドゥマゴ文学賞受賞作の「私の消滅」を読んでみました。
でさあ……。もうねえ、めっちゃんこ面白かったのよこれが。私の勘ってすごいなあと思いました。まあぐっちょぐちょに暗いやつなので、こういうのが読みたいときに「蜜蜂と遠雷」なんて読んだって面白く思えるはずがないわな。
私、やっぱりこういう人間の頭の中身を掘り起こすみたいなやつが大好きなんだわ。今回は人間の心情だけでなく、記憶までを掘り起こす、深い深ーいお話でございました。
話はとある山荘で「僕」が目覚めるところから始まります。その部屋には「誰かの死体が入ったスーツケース」と机の上に置かれた一冊のノートがあります。そこには「このノートをめくれば、あなたは今までの人生を失うかも知れない」という文章から始まる手記が綴られている。
「僕」はその手記を綴った「小塚」という男と入れ替わって生きて行こうと考えていますので、この手記を読み進めていきます。そこに綴られていたのは、小塚という男の辛い半生でした。
小塚というのは精神科医なのですが、不遇の少年時代を送っているんですね。母の再婚によって新たな家族と共に暮らしているんですが、父親は暴力的で妹はわがままで、小塚くんは義父の母親への暴力を目の当たりにして成長します。暴力には性的な色合いも含められていて、彼は性的にちょっとひねた少年に育っていってしまうんですね。
のちに母親と小塚くんは家を追い出され、スナック勤めの母親は変な男を家に引き入れるようになっちゃいます。よくある話ですね。子供が見てるところで始めちゃったりするようなやつですね。どんどん変な性癖になっていっちゃう小塚くん。結局は母親に暴力を振るい捨てられ、施設で過ごしたのちに精神科医の養子として迎えられます。それで跡を継いでお医者さんになったわけですが、心は晴れず孤独を愛する大人になっていったんです。
さて、「僕」が小塚の手記を読んでいる山荘に、いきなり現れる謎の男。「僕」を小塚と呼び、そこを連れ出し病院へ強制連行するんですね。「僕は小塚じゃない」と主張する「僕」。そんな「僕」に謎の男は一通の手紙を渡します。そこには「君は今小塚の身代わりとして妙な男に連れ出されているところだろう。ひとまずここは従ってくれ。君が小塚でないことは病院でDNA鑑定すればすぐにわかる。これはある長い物語の一部なんだ」と記されているのです。
「僕」を連れ出す謎の男の目的とは何なのか。「僕」が巻き込まれた長い物語の全貌とは。そして、小塚という男は一体何なのか……!
と、いうのがこの話のとっかかりの部分。とっかかりです。まだ話はほとんど始まってないにも等しい状態。
主人公はこの「僕」ではなく、小塚という精神科医なんですね。彼は宮崎勉について、手記に長々と考察を記しています。あの幼女連続殺人の宮崎ですね。彼は幼少期から性的ないたずらを受けていたのではないかとして、それにより彼の中にいくつかの人格が生まれ、そのうちの一つが殺人を犯したと。だから宮崎本人は罪を犯した実感すらないのではないか。そう書き記した手記を「僕」み読ませるのも小塚の作戦のうちの一つだったんです。
精神科医である小塚は、人の記憶を操作することが出来ます。薬物を使った催眠、ECTと呼ばれる脳に電流を流す手法。そういったものを駆使して、小塚は自分の中に巣くっている苦しみを吐き出そうとします。母を守れなかった後悔を、愛する女を奪われた憎しみを、彼なりの手法を駆使して吐き出すのです。
詳しいことはここに書ききらんぐらい複雑なので端折ります。複数の登場人物が、記憶の操作をされた状態で動き回るのでものすごく話が複雑なんですよ。これが話に厚みを作ってるんだけど。ほんとにめんどくさい構造で描かれた作品です。一回読んだだけじゃいまいち理解するのが難しく、私は何度もページを遡って読み返しました。
しかし人間の精神の構造って面白いものですね。記憶の操作って案外簡単にできるものなんだ。これ、私も日常でやるんですよ。昔の嫌な出来事を思い出して、バッドエンドをハッピーエンドに変えちゃう。それだけで胸のつかえがすっと降りるんですね。もちろん一回じゃ完璧に書き換わらないのですが、思い出すたびに繰り返せばそのうちそれ自体を思い出すこともなくなります。
小塚くんは精神科医ですし、薬物なんかも使い放題ですので、根本から人の脳をいじることが出来るんですね。それによって遂行される復讐劇。ううう……重いわ。面白い。人間が本気になったら大概のことはできるんやな。そして善の心を捨て去った人間っていうのは、どんな非道なことにもにっこり笑いながら手を染めることが出来るもんなんだ。
人間ってものを掘り下げて書いていくと、こんなにも面白い話が書けてしまうものなんですねえ……。
内容をちゃんと書いてないので、何の話だか分かんないかと思いますが、とにかく人間の中身は宇宙だという話ですね。外に起きていることに一喜一憂するより、自分の中身をのぞいてみた方がよっぽど面白いということです。
ミステリーであり、人間ドラマであり、サイコホラーであり、最後には真っ白な未来が描かれたこの作品、良かった……。読んで良かった。しかしやっぱり私が読んでみて面白いってものって、やっぱりセックスが絡んでくるんよね。ただエロいのがいいっていうんじゃなくて、人間の根本がそこにあるんだと思うのよ。
人を幸せにも不幸にもするもので。結局それによって命が出来上がるわけですし。
だって、世界中のどんなえらい科学者が集結したって、命は作ることできんからね。種から芽が出てまたたくさんの種を残すってすごいからくりやからね。セックスって植物が花を咲かせることと同じ意味合いで、植物は花を咲かせるために存在しているようなもんなんやから。
うーん、面白い。中村さんも面白い。他のも読もう。というわけで。
またっ!