タイトル:栞と嘘の季節

著者:米澤穂信

発行:集英社

発行日:2022年11月10日

 

 

 

 

 

 

 

あらすじ 

猛毒の栞をめぐる、幾重もの嘘。

高校で図書委員をつとめる堀川次郎と松倉詩門。

ふたりは図書室の返却本の中に、トリカブトの花の栞を見つける。

校舎裏でトリカブトが栽培されているのも発見し、そしてついには被害者が……。

「その栞は自分のものだ」と嘘をついて近づいてきた女子・瀬野とともに、ふたりは真相を追う。

殺意の裏にある思いが心を揺さぶる、青春ミステリ長篇。

 

 

【155】本と鍵の季節(米澤穂信) | 秋風の読書ブログ (ameblo.jp)

↑こちらの続編ですね。

一作目に出てきた人物がしれっと登場するので、

先に『本と鍵の季節』を読んでいないと、よくわからないと思う。

 

 

 

いやぁ…

今回も素晴らしかったです。

ただ、前回の短編連作とは違って、今回はがっつり長篇。

おもしろドリンクが1回しか登場しなかったのは、ちょっと残念だったねぇ~

 

 

本編を通して、『嘘』の使い方がとてもうまい。

誰が誰に宛てての、何のための嘘なのか。

入り乱れる小さな『嘘』は、僅かな違和感から。

この物語で『嘘』をつかなかった登場人物は、果たして何人いたのか。

そういうレベルで『嘘』が蔓延していた。

 

 

 

 

 

P12

振り返ると、貸出カウンターの内側に男子が座っていた。(省略)

カウンターの内側が定位置だと言わんばかりにくつろいで、新しく納入された本をぱらぱらとめくっている。

彼は僕の視線に気づくと本を閉じ、軽く手を挙げた。

「よお、堀川次郎」

僕も片手を挙げ、それに応じる。

「やあ松倉詩門。ずいぶんな遅刻じゃないか」

 

松倉ァーーーーー!!!

お帰りーーーー!!!

待ってたよ~~~~!!!

 

前作があまりに気になる終わり方をしたのでね。

一読者として心配していました。

本編の時間の流れ的に、松倉が返ってきたのは約2ヶ月ぶりくらいのようだ。

(前作最後11月末。今作は2月)

 

 

 

 

あらすじにもある通り、堀川と松倉は図書室に帰ってきた本の中に忘れ物を発見する。

トリカブトでできた栞。

ご存知の通り、トリカブトはアコニチンを含む猛毒の花。

ラミネートフィルムに挟まれた毒花を、まさか忘れ物入れに入れて放置するわけにもいかず、

ふたりは持ち主を探すことに。

時を同じくして、廊下に張り出された賞を受賞した写真<解放>の中で、跳躍する女学生の背景には、どこで撮影したのかトリカブトの花が写り込む。

これは果たして偶然か?

辿り着いた校舎裏で、密かにトリカブトを始末する瀬野と出会い、謎は更に深まり――。

 

 

P50

この学校の校舎裏には、特に施設がないのだ。いや、もしかしたら何かあるのかもしれないけれど、少なくとも今日まで校舎裏には用事がなかった。

(省略)

「社会の裏側を覗きに行くんだ。何があってもおかしくない」

なるほどたしかに、学校も社会の一部だ。僕も深刻な顔で頷く。

「気を引き締めて行こう。武器は持ったか?」

「ペンを持ってる」

「剣よりは強そうだ」

 

ユーモアの利いた掛け合いが最高だ…。

 

 

 

 

 

 

P65

「寒い」

「やっぱり寒いのか。何か着ろよ」

「意地ってもんがある」

「誰の何による何のための意地だよ」

「of the people,by the people,for the people」

「発音が流暢だなあ、おい」

松倉は自動販売機に近づいて、売られている飲み物を一瞥し、ポケットから小銭を出した。やがて、がたんと音を立てて飲み物が出てくると、誇らしげにそれを僕に見せる。

「見ろ堀川、珍品だ」

たしかに珍品だ。松倉が持つ缶には、「ホットガスパチョ」と書かれている。「スープ界の大革命!」という宣伝文句が躍っていた。

「……ガスパチョって冷たいスープじゃなかったか」

「それがホットだから大革命なんだろう」

その革命を成し遂げたのが自分であるかのように、松倉は胸を張る。僕は少し考え、松倉を傷つけないように、慎重に言葉を選ぶ。

「松倉。こう言っていいのかわからないけど、カスパチョがホットだったら、割とその、なんだ。それは一般的に言うところの、トマトスープじゃないかと思うんだが……」

配慮もむなしく、松倉は明らかにショックを受けていた。缶を見て、僕を見て、また缶を見る。

「いや、そんなはずないだろ。だったら、いちいちそんなもの売らないはずだ。トマトスープとは一線を画しているからこその大革命に決まってる」

 

面白すぎて引用が長くなった。省略もできなかった…

一文字あまさず面白いのだから仕方がない。

 

「of the people,by the people,for the people」がなんだかわからない人は下記のリンクへ。

リンカーンの有名な演説の一節である。

人民の、人民による | もの知り雑学事典 ミニダス | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス

 

私はガスパチョがなんだかわからなかった。

ガスパチョ - Wikipedia

 

 


 

 

 

P133

「たぶん、図書室は、っていうか図書館は、偉大になれる可能性の担保なんだと思う、それがどれぐらい使われるかはあんまり問題じゃなくて、あるかどうかが問題になる」

「偉大にって、誰が、どんなふうに」

「誰でも、どんなふうにでも。だからこれだけの本が必要だし、こんなもんじゃ足りない」

 

利用者が少ない図書室に、もっと人を呼び込む何かをしたほうがいいのではないか、みたいな話になったときの堀川の言葉。

いいね、担保。しかも、『可能性』の担保だからね。

ロマンがある。

 

 

 

 

 

ここから先、若干のネタバレが含まれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P194

「じゃあ、『R』の本当の意味は?」

こちらは、瀬野さんにためらいは見られなかった。その意味を再確認するように、瀬野さんはゆっくり、力強く言う。

「『Resist』。『Refuse』。……『Rebel』」

抵抗、拒絶、そして反逆。

 

中学時代に作った栞に刻まれた『R』……。

中学生時代の英語の語彙力すごすぎるな。

 

 

 

 

 

 

P173

「そして、お前が捜していた、栞の持ち主だ」

瀬野さんが凍りつく。東谷さんが後ずさる。松倉は僕を見て、どこか憐れむように言う。

「嘘が下手なんだよ、堀川」

 

 

P253

「松倉、お前は、あの日図書室で見るよりも前に――どこかで栞を見ていたんだ」

松倉は何も言わず、ただじっと僕を見ている。(省略)

こいつにはこいつの、栞を追う理由があるのだと、もっと早く気づいていてもよかった。

松倉から言われた言葉を、返す時が来たようだ。僕は言った。

「嘘が下手だなと、言えばいいか?」

 

 

ここの対比めっちゃ素敵~~~~!!!!

堀川の一人称で語られるこの物語で、

まさか主人公の嘘に読者も巻き込まれるとか凄すぎる!!

 

 

 

 

 

 

 

P268

たしかに、そうだろう。けれど、言いたいことは終わっていない。

「松倉」

と、僕は呼びかけた。

「ん?」

振り返った松倉は、怪訝そうな顔だ。僕は言った。

「割のいいバイトを始めていたんだな」

なんの話か分からなかったらしく、松倉はしばし戸惑っていた。やがてその顔に、皮肉な笑みが浮かぶ。

「ああ。金がいるからな」

それだけで、十分だった。松倉が欲した「お守り」がどうなったのか、それでわかった。

僕は松倉にこぶしを差し出す。

松倉は、こぶしを合わせてくる。

それで話は終わり、後はもう、何を言う必要もなかった。

 

 

 

 

 

 

一切の無駄がなく、洗練された物語だった。

前作の登場人物もうまく使い物語は進み、

尚且つ松倉がしばらく姿を消していた事件に関する結末も、我々は知れて。

また、「このあとどうなったんだろう?」という読者への想像の余地を与える終わり方。

完璧だった。

謎は全て解決された上での、余地のある「どうなったんだろう」が最高すぎる。

 

 

 

P364

松倉が、僕の肩に手を置く。

「行こう、堀川。俺たちの出番は終わった」

ここから先は、瀬野さんの問題だ。(省略)

それはたしかに、瀬野さんの物語だ。僕たちのではない。

僕は松倉に言葉を返す。

「行こう」

(省略)

――そして、夜は明けた。

瀬野さんがあの毒花をどうしたのか、僕たちは知らない。

 

最高でした。

 

 

まぁ確かに、「結局ここの部分なんだったの?」というのはある。

けれども、その部分を『ここから先は僕たちの物語ではない』

『これ以上は本題には関係ない』というのを、

本作中に何度か表現してきていたので納得もできようものだ。

伏線の張り方が上手すぎる。素晴らしいね。

 

 

 

TOP画は以下からお借りしました!

秋の花と洋書 - No: 3801949|写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOK (photo-ac.com)

トリカブトの花ではないよ。

 

 

 

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言わずもがなの、前作。

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この作品も伏線回収が見事だった。

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同著者の別シリーズミステリ。

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私、米澤さんの作品大好きだわ。

他のも読もう。

 

 

 

他にもおすすめの本があればコメントで教えてくださいね!

それでは素敵な読書ライフを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追伸。

 

本編に登場したトリカブトの花を使った栞は、毒性を維持し続けられるのか。

トリカブトの毒はアコニチン。

アルカロイド系の毒で、熱で無毒化することは可能だが、

どうもそこそこの温度と時間が必要らしい。

ラミネートの過程で毒が飛ぶこともなく、

乾燥させる過程でも毒は飛びそうにない。

これを検証するにはどうすればいいのだろう。

栞を作ること自体は簡単だけど、実験方法が思い浮かばない……。