“背骨が動かない”のは、筋力の問題ではない──重力と中枢神経の見えない対話

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✨リード文

こんにちは、奥川です。

整体や運動指導の現場で、こんな経験はないでしょうか。

「ピラティスやヨガのセッション中は背骨がとてもよく動くのに、日常生活ではその動きが活かされていない」

この現象は、単なる筋出力や柔軟性の問題ではありません。

もっと根本的に、**“重力との付き合い方”や“運動の再学習”**に目を向ける必要があります。

そして、この話の核心には──

人類が赤ん坊の頃に通る“発育発達の地図”が深く関わっているのです。

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🪶本文

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1. 「マットの上」では動く背骨が、立った瞬間に沈黙する理由

ピラティスのロールアップやヨガのキャット&カウでは、背骨が驚くほど滑らかに動く。

しかし同じ人が、立って動こうとした瞬間に、背骨が硬直するような感覚に陥る。

なぜか?

答えは、「筋力が足りないから」ではない。

それは“重力”の影響を受ける環境で、身体が再適応できていないからだ。

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2. 重力ベクトルの変化と、中枢神経系の再構築

仰臥位での運動は、重力のベクトルが身体を垂直方向には圧迫しない。

脳と脊髄は、**“重力がかからない中での運動”**を制御している。

しかし立ち上がると、状況は一変する。

頭部〜体幹〜骨盤にかけて垂直方向に荷重がかかり、中枢神経系は姿勢の制御と運動の制御を同時に処理しなければならない。

この環境変化こそが、“マットの上ではできることが現実世界ではできない”というミスマッチを生む。

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3. 「伸びながら動く」ことの本質──抗重力と脱力の両立

立位における動きで重要になるのは、単に動けることではない。

**「抗重力的に伸びながら、滑らかに動く」**ことである。

これは、筋出力だけでなく、軸方向の張力(tensegrity)と自律神経系の協調が問われる課題だ。

つまり、「安定の中に動きがある」状態。

この感覚を獲得しない限り、どれだけ可動域があっても、立位での動きには活かされない。

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4. 支持基底面と重心高──“タワーマンション”に学ぶ動的安定性

仰臥位では、背中や骨盤、脚など複数の部位が床に接し、支持基底面が広く安定します。

重心も低く、揺れてもすぐに中心に戻れる──つまり、姿勢制御がほぼ不要な環境です。

一方、立位では支持基底面は「足裏」のわずか数十平方センチ。

しかも重心は高く、動作によって絶えず前後左右に揺れ動きます。

ここで重要なのは、重心が高いほど、少しの揺れでもその重心が支持基底面から外れやすくなるという事実です。

その結果、転倒リスクが飛躍的に高まります。

これはちょうど、タワーマンションの高層階で地震が起きたとき、長時間にわたって大きな揺れが生じる現象と同じ理屈です。

下層階と違い、重心が高い構造物はわずかな揺れでも共振が起きやすく、制御が難しくなる。

身体も同じです。

高い重心・狭い支持面・揺れやすい構造という3点セットのなかで動作するには、それだけ精緻な姿勢制御と“使い慣れた身体”が求められます。

だからこそ、立位での動作には、仰臥位とはまったく異なる神経学的対応が必要になるのです。

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5. 踏ん張る vs. 踏ん張らない──CKCとOKCの再定義

動きの違いは、キネティックチェーンにも及ぶ。

仰臥位での体幹運動はOKC(オープン・キネティック・チェーン)となり、

足で踏ん張らない分、末梢から中枢への求心性入力が少ない。

一方、立位での体幹運動はCKC(クローズド・キネティック・チェーン)であり、

足底からの入力が体幹の収縮パターンに強く影響を与える。

この入力の差が、脳内で“まったく別の運動”として処理されてしまうのだ。

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6. 発育発達過程──人類が最初に学んだ運動学習プログラム

赤ん坊は、仰臥位から寝返り、うつ伏せ、四つ這い、立位へと進む中で、

重力との対話を一歩ずつ学んでいく。

これは文化や人種に関係なく共通している“マイルストーン”。

つまり、「運動学習の共通言語」と言ってもいい。

この過程には、無数の支持面・重心の高さ・CKCとOKCの反復練習が内包されている。

そして何よりも、すべての人間が“成功済み”の方法だ。

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7. 施術で動けても、立位で再現できない人へ

施術後、ベッドの上では可動域が出ていても、

立ち上がった瞬間に元に戻るような感覚がある──

それは、「治っていない」のではない。

重力環境への神経系の再適応が、まだ終わっていないだけだ。

だからこそ、施術だけで終わらせず、

発育発達をなぞるような段階的な運動学習プロセスが必要なのだ。

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8. 重力と協調する身体へ──次世代の運動学習戦略

ヨガやピラティスで獲得した感覚を、現実世界で活かすには、

重力・安定性・支持面・CKC/OKCを統合した再学習が必要だ。

私が行っている体幹トレーニングは、

この“ヒトの進化と発達の記憶”をベースにした、重力対応型の運動学習プログラムである。

言い換えれば、

「立ったまま動ける背骨」への、脳と身体の再教育とも言える。

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🔚まとめの一文

背骨が動かないのは、構造のせいでも筋力のせいでもない。

それは、環境が変わったのに“使い方”が変わっていないから。

もう一度、ヒトとして歩き始めたあの頃の身体を、静かに思い出してみてほしい。

そこに、あなたやクライアントが“動ける身体”を取り戻すヒントが眠っているかもしれない。

こんにちは、奥川です。

 

前回のコラムでは、整体施術の効果が持続する人と元に戻ってしまう人の違いを、運動学習理論と「身体の変化に気づく力(アウェアネス)」の観点から解説しました。

今回は、運動学習と制御の進化的な背景を深掘りし、最新の神経科学的知見を基に、理学療法士やトレーナーの皆様が臨床やトレーニングに活用できる視点を紹介します。

 

運動制御と学習の進化:単純な反射から複雑な予測へ

運動制御の理解は、かつての「刺激→反射」の単純なモデル(例:脊髄反射)から大きく進化しました。

ニコライ・ベルンシュタインの「デクステリティ(器用さ)」理論(Bernstein, 1967)では、感覚器の進化に伴い、外部環境の情報を正確に把握する能力が高まり、「記憶」「文脈」「思考」を処理する大脳皮質が発達したとされています。これにより、運動制御は以下のプロセスに進化:

1. 予測→計画→行動:大脳皮質が文脈や過去の経験に基づく予測を生成。

2. 結果の効果測定→計画の修正→新しい運動記憶:小脳が感覚フィードバックと予測の誤差を検出し、学習を更新。

 

この進化に伴い、強化学習も単純な刺激応答から、予測や文脈に基づく複雑なシステムへ変化したと近年考えられています。

以下で、このプロセスを支える脳のメカニズムを解説します。

 

ドーパミン報酬系の進化した役割

伝統的に、運動学習理論では「教師無し学習」「教師あり学習(小脳の誤差修正モデル)」「ドーパミン報酬系」が別々に議論されてきました。しかし、近年、これらが統合されたネットワークとして機能し、運動学習を強化・弱化することが明らかになっています(Bostan and Strick, 2018 https://www.nature.com/articles/s41583-018-0002-7)。

 

また、前回のコラムでは直感的に分かりやすく「階層的」な学習システムでドーパミン報酬系のシステムの説明を試みました。

 

つまり、大脳皮質で「意図を持った運動が企画」され運動野に筋収縮の指令が出されます。

その運動の結果は小脳にある「内部モデル」との誤差によって評価されます。

誤差が少ない感覚情報がフィードバックされた運動は「成功」とみなされ、ドーパミン報酬系の報酬システムを促通する事で運動学習が強化されると考えて階層的に説明しました。

 

ですが、実際の生体内では「マルチモジュール」的に運動学習が進み、また学習強化がされると考えられています。

 

つまり「階層的」であり「並列的」「再帰的」と言う事です。

それを理解していただいた上で、今回も前回に引き続き「階層的」に運動学習システムと神経的な働きについて説明していきます。

 

まず、各運動理論について概要を説明します。

「ドーパミン報酬系」は、報酬予測誤差(Reward Prediction Error, RPE)を計算し、期待された報酬と実際の報酬の差を学習に利用します(Schultz, 1998)。具体的には:

-基底核:中脳(腹側被蓋野:VTA、黒質緻密部:SNc)のドーパミン神経が、報酬の価値評価や行動選択を調整。

「小脳内部モデルによる誤差評価学習」:内部モデル(フォワードモデル)を通じて、運動や報酬の予測を生成し、実際の結果との誤差を検出(Wagner et al., 2017 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28321129/)。

-「大脳皮質による意図を持った運動企画」:前頭前皮質(特にOFCやDLPFC)が意図、目的、動機に沿った運動を社会的文脈に沿って企画、補足運動野、運動前野でイメージ(予測シナリオ)を生成し、一時運動野に指令を出し、筋骨格系に実行指令を出す、

 

これらの領域は、前回お話したように階層的にも働きますし、視床や橋核を介した双方向接続により統合ネットワークを形成し並列的、再帰的にも働いているのでは?と近年は考えられています。(Bostan and Strick, 2018)。

たとえば、小脳の深部核(歯状核)からVTAへの投射が、報酬期待をドーパミン系に伝達し、学習を強化します

The Cerebellum Directly Modulates the Substantia Nigra Dopaminergic System and Striatal Dopamine Release (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11441724/)。

また、大脳皮質による意図を持つ運動の企画プロセスはドーパミン報酬系に認知情報として提供されます 

 

感覚アウェアネスと運動学習の強化

前回のコラムで強調した「身体の変化に気づく力(アウェアネス)」は、この統合ネットワークの鍵です。研究では、感覚フィードバックに注意を向けることで運動学習が向上することが示されています。https://bunkyo.repo.nii.ac.jp/record/2240/files/BKK0002047.pdf

具体的には:

- 施術やトレーニング後の「動きの変化」に気づくと、小脳が誤差を検出し、ドーパミン報酬系が「成功体験」を強化。

- このプロセスは、大脳皮質(島皮質や体性感覚皮質)が感覚アウェアネスを処理し、基底核にフィードバックすることでさらに強化される(Naqvi et al., 2007)。

 

臨床への応用:アウェアネスを活用した介入

理学療法士やトレーナーとして、クライアントの運動学習を最大化するには、以下のアプローチが有効です:

1. **感覚フィードバックの強化**:施術前後の動画や触覚フィードバックを用いて、クライアントに「感覚の変化」を気づかせる

2. **成功体験の強調**:小さな改善(例:スムーズな動作)を強調し、ドーパミン報酬系を活性化。これにより、運動記憶が強化される。

3. **文脈の提供**:大脳皮質の予測機能を活用し、動作の目的や文脈を明確に伝える(例:「この動きで姿勢が安定する」)。

 

 ドーパミン報酬系のコンセンサス

現在の神経科学では、ドーパミン報酬系は以下のように理解されています

- **機能**:中脳のドーパミン神経(VTA、SNc)が、報酬予測誤差(RPE)を計算し、行動の価値を評価。予測(期待)と実際の結果の差を基に学習を調整。

- **統合ネットワーク**:小脳(報酬期待のコード化、誤差検知)、大脳皮質(文脈やイメージの生成)、基底核(行動選択)が視床や橋核を介して協調

- **進化的な背景**:原始的な内部環境応答(例:空腹→食料)から、予測や文脈に基づく強化学習へ進化。小脳や大脳皮質の機能が「上書き」され、複雑な学習を可能にした。

 

まとめ

運動学習は、単純な「刺激→反射」から、予測・文脈・感覚アウェアネスに基づく統合システムへ進化しました。理学療法士やトレーナーとして、クライアントの「気づく力」を育て、ドーパミン報酬系を活用することで、施術やトレーニングの効果を最大化できます。最新の研究を参考に、感覚フィードバックと報酬系の統合を臨床に活かしましょう。

 

 施術効果の持続に影響を与える“脳内因子”──アウェアネスと運動学習の関係性

 

徒手療法やエクササイズ指導において、介入の効果が長期的に維持されるかどうかは、単に技術や頻度の問題にとどまりません。


臨床現場では、同様の施術、エクササイズを提供しても「変化が定着する人」と「すぐ戻ってしまう人」が明確に分かれるという事実があります。

 

本稿では、その違いの根底にある「身体への気づき(アウェアネス)」と、
運動学習・報酬系神経回路との関係について、実際の臨床経験と既存研究を交えて考察します。


■施術効果の持続に影響する3つの要因

【1】日常生活ストレスによるオーバーライド

高負荷な姿勢習慣、精神的ストレス、身体的負担などが「回復プロセスを上回る」場合、
施術直後の良好な状態も短期間でリセットされてしまうことがあります。
この場合、アプローチとしては施術頻度の調整、セルフケア指導、ライフスタイル修正が有効です。

 

【2】運動パターンの自動化されたエラー

慢性的な身体の使い方の誤り(例:過剰な骨盤前傾や胸椎過伸展など)が背景にあると、
施術で一時的にバランスが整っても、学習された運動パターンの再実行によって元に戻るケースがあります。
このような場合、ボディワークや動作再教育が必須となります。

 

【3】身体感覚への気づき(アウェアネス)の有無

そして最も重要な因子のひとつが、施術後の変化に対してどれだけ自覚的に気づけるかという点です。
これは、運動学習および記憶の定着において、中枢神経系の「報酬系」と密接に関係しています。

 

 


■脳内報酬系と運動学習──「気づき」による強化学習メカニズム

運動学習における報酬系の関与については、以下のような神経メカニズムが報告されています。

  • 運動遂行に対するポジティブな結果(動きや痛みの改善など)を「予測通り」として評価したとき

  • 中脳腹側被蓋野(VTA)および黒質緻密部(SNc)からドーパミンが放出

  • このドーパミンが線条体に作用し、動作に関連する神経回路に可塑性(LTP/LTD)を生じさせる

この一連の流れは、報酬予測誤差理論に基づく「強化学習モデル」における中枢機構に一致します(Doya, 2000; Schultz et al., 1997)。

したがって、「身体の変化を自覚できたかどうか」は、
脳がその経験を学習すべき“成功パターン”として刻むか否かを決定する分水嶺となるのです。

 


■臨床観察:変化に“気づける”人ほど定着が良い

実際、当院でも以下のような事例を多数観察しています。

  • 施術前後で明らかに動作が改善していても、本人がその変化に気づかない場合は効果が定着しにくい

  • 一方で、微細な姿勢や荷重感の変化に敏感な方は、セッションごとに自律的に修正が進みやすい

この傾向は、プロアスリートやボディワーカーによく見られる身体感覚の鋭さ(高次固有感覚)とも関連しています。


■実証研究とアウェアネスの効果

以下の文献は、アウェアネスと運動学習・感覚再学習の関係を支持しています。

  • Manley et al. (2014, PLOS One)
     Relevant dimension(運動における意識の向け方)が学習速度を規定
     > “Conscious awareness of the relevant dimension during motor learning enhances performance.”

  • Neuropsychologia (2021)
     モーターシーケンスの滑らかさを意識的に捉えた場合、学習効率が上昇
     > “Conscious awareness of motor fluidity improves performance…”

  • Kuppuswamy et al. (2020)
     脳卒中リハビリにおいてボディアウェアネスの再構築が運動機能回復の鍵となる

  • Systematic Review (2019)
     固有感覚トレーニングとアウェアネスの関連性、運動精度の向上に寄与


■施術者としての実践ポイント

  • 施術後に「変化があったことを自覚できる」よう促す:動画確認・動作前後の比較・感覚に対する問いかけ

  • 「正しいかどうか」への評価執着よりも、「何が変わったか」に意識を向けるよう指導

  • セルフモニタリングの訓練(ボディスキャンや呼吸観察など)によって感覚の解像度を上げる

著名なボディワーカーEdward Maupinは以下のように述べています:

 

  

「アウェアネスが変化を起こす」

 

クライアントの内にあるボディ・アウェアネス(身体的気づき)が、筋膜が緩むこと・移動・再編成することを最終的に「決定する」のです。ある意味、ボディ・ワーカーは身体をタッチしているというよりむしろ、身体の中にあるアウェアネスに触れているのです。一度コンタクトが確立されると、私達がいう 「タッチ・コミュニケーション」という身体とボディ・ワーカーとの間に深い一連の交流が生み出されるのです。

  


■まとめ

  • 「気づき(アウェアネス)」は単なる感覚の鋭さではなく、施術効果の定着・再現性に関わる中枢的因子である

  • 中脳報酬系の活性化と運動学習の記憶定着は、自己の変化に気づけたかどうかに大きく依存する

  • 臨床では、変化を実感できる経験を意図的に作り出すことが、施術成果の持続を左右する


 

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