TC研究会 姿勢制御を考えるコラム|第2回

人は「姿勢が崩れてから」
立て直しているのか?

前回のコラムでは、「動きを良くしたいなら、動きだけを見てはいけない」という話をしました。

私たちはつい、走る、投げる、蹴る、跳ぶといった「目に見える運動」に注目します。

しかし、その運動が成立するためには、身体を空間の中で適切に保つ姿勢制御が必要です。

そして、ここで前回の内容をもう一つ思い出してください。

姿勢制御は、単に「この筋肉が強いから姿勢を保てる」といった単純な仕組みではありません。

Horakらが示したように、バイオメカニクス的制約、感覚戦略、空間定位、運動戦略、動的制御、認知処理。こうした複数の要因が相互作用しながら、私たちはその場、その課題に応じた姿勢をつくっています。

姿勢制御とは、「正しい姿勢を維持する能力」ではなく、状況に応じて適切な戦略を選択し続ける能力とも考えられるのです。

では、実際に私たちはどのように姿勢を制御しているのでしょうか。

姿勢が崩れたとき、人間はどうやって立て直すのか?

たとえば、立っている人を後ろから軽く押したとします。

身体の重心がわずかに動けば、足関節を中心とした調節によって姿勢を保つことができます。いわゆる足関節戦略(ankle strategy)です。

外乱が大きくなったり、支持面や課題の条件が変化したりすれば、今度は股関節を大きく使う股関節戦略(hip strategy)が選択されます。

さらに、それだけでは支持基底面の中に重心を保てなければ、一歩踏み出すステッピング戦略(stepping strategy)が必要になります。

「足関節戦略が正解で、股関節戦略は間違い」という話ではありません。

そのときの外乱、支持面、身体機能、感覚情報、過去の経験などに応じて、適切な戦略を選択できることが重要なのです。

ところが、この「戦略の選択」は誰でも同じように行えるわけではありません。

高齢者が小さな外乱でも股関節を大きく使うのはなぜか?

たとえば、高齢者の姿勢制御を観察すると分かりやすいでしょう。

若年者では比較的小さく緩やかな外乱に対して、足関節を中心とした戦略によって対応できる場面があります。

一方、加齢や身体機能、感覚機能などの変化によって、より早い段階から股関節を大きく使う反応がみられることがあります。

ここで重要なのは、「股関節を使ったから悪い」のではないということです。

問題になるのは、本来なら複数の選択肢を持っているはずなのに、状況に応じた柔軟な戦略の選択ができなくなることです。

小さな外乱にも大きく反応する。あるいは逆に、大きな外乱なのに十分な戦略変更ができない。

姿勢制御能力とは、単に「グラグラしない能力」ではなく、環境や課題の変化に合わせて、適切な戦略を選び、切り替えられる能力でもあるわけです。

実は、もっと古くから「姿勢を保つ戦略」は考えられていた

ここで少し別の角度から見てみましょう。

姿勢制御を考える古典的な概念の一つに、Klein-Vogelbachによる考え方があります。

カウンターアクティビティ(CA):筋活動によって身体を安定させる
カウンターウェイト(CW):身体各部の質量配置によって釣り合わせる
カウンタームーブメント(CM):目的動作とは反対方向への予備的な動きを利用する

カウンターアクティビティ(CA)

カウンタームーブメント(CM)

カウンターウェイト(CW)

*イラストは資料①より引用改変

簡単にいえば、人間は身体の一部が動いたとき、それによって生じる重心変化に対して、別の身体部位や筋活動を使ってバランスを取ります。

たとえば上半身が一方向へ移動すれば、下半身を反対方向へ移動させる。そうすることで、身体全体の重心を支持基底面の中に保とうとする。

これは非常に合理的な戦略です。ただし、ここでも大切なのは、「その戦略しか使えない」となると話が変わってくるということです。

スウェイバック姿勢を「姿勢の形」だけで見ない

では、この3つの考え方を実際の姿勢に当てはめてみましょう。

たとえば、いわゆるスウェイバック姿勢です。

骨盤が前方へ移動し、上半身が後方へ位置する。一般的には「不良姿勢」の一つとして捉えられる姿勢ですが、単純に「腹筋が弱い」「臀筋が弱い」「骨盤の位置が悪い」といった筋力やアライメントだけの問題として見てしまうと、なぜその人がその姿勢を選んでいるのかが見えなくなります。

この視点からスウェイバック姿勢を見ると、少し違ったものが見えてきます。

骨盤を前方へ移動させ、上半身を後方へ配置する。つまり、筋活動によって積極的に身体を支えるCAへの依存を小さくしながら、身体各部の配置によるCW(カウンターウェイト)を利用してバランスを保っている、と捉えることができます。

さらに、股関節周囲では筋による能動的な支持だけではなく、関節包や靱帯などの受動的組織にも依存しやすい姿勢になります。

「筋肉で支え続けるより、骨格や受動的組織、身体の配置を利用して立っていた方が楽」

そう考えると、スウェイバック姿勢も、その人の身体が何も考えずに崩れた結果というより、その時点の身体条件の中で選択している代償的なバランス戦略として見ることができます。

ただし――

「合理的な代償」であることと、
「機能的に優れた戦略」であることは同じではありません。

CWや受動的組織への依存が大きくなり、CAによる能動的な安定性を十分に利用できなければ、次の運動へ移るときに使える戦略の幅が狭くなります。

その結果、動き出すために身体を一度大きく揺らしたり、反対方向への予備動作を利用したりするなど、CM(カウンタームーブメント)への依存が大きくなることも考えられます。

また、特定の関節や受動的組織への負荷が集中したり、別の筋群が過剰に働いて安定性を補ったりする可能性もあります。

つまり問題なのは、「スウェイバックという形をしていること」だけではありません。

なぜCWに頼らなければならないのか?
なぜCAを十分に利用できないのか?
必要な場面で別の戦略へ切り替えることができるのか?

臨床やトレーニングの現場で大切なのは、単に「姿勢を良くしてください」と見た目を修正することではありません。

なぜ、その人はその姿勢制御戦略を選ばざるを得なかったのか。

そこまで考えて初めて、その人に必要な介入が見えてきます。

そしてこれは、先ほどお話しした高齢者の足関節戦略・股関節戦略の話とも共通しています。

どの戦略を使うことが「正しい」「間違い」ということではありません。問題は、特定の戦略に依存し、状況に応じて柔軟に戦略を切り替えられなくなることです。

「崩れてから立て直す」だけが姿勢制御ではない

ここまでの話は、主に姿勢が変化したときに、人間がどのような戦略を使って対応するかという話でした。

しかし、人間の姿勢制御には、もう一つ非常に重要な仕組みがあります。

実は私たちの身体は、姿勢が崩れてから、初めて対応しているわけではありません。

たとえば、立った状態から素早く腕を前方へ挙げるとします。

腕という質量が前方へ移動すれば、その反作用によって身体の重心も影響を受けます。

「腕が動いた」
↓
「身体が揺れた」
↓
「まずい、姿勢を戻そう」

もし身体がこの順番でしか制御できなければ、私たちの動作は非常に不安定で非効率なものになってしまいます。

実際の身体は違います。

「これから腕を動かす」ことによって起こる姿勢変化を予測し、腕が動き出す前から身体を準備しています。

予測的姿勢調節

Anticipatory Postural Adjustments:APA

*スライドは資料②より引用改変

一方、実際に外乱が生じた後や、予測しきれなかった姿勢変化に対して身体を立て直す反応は、代償的姿勢調節(Compensatory Postural Adjustments:CPA)と呼ばれます。

もちろんCPAも必要な姿勢制御です。予測できない外乱は日常生活にもスポーツにも存在しますから、CPAそのものが「悪い」という話ではありません。

しかし、もし本来予測できるはずの運動に対して十分な準備ができず、常に姿勢が変化してから大きな反応で立て直しているとしたらどうでしょう。

そこで先ほどの「運動戦略」の話につながります。

柔軟な姿勢制御ができなければ、柔軟な運動制御もできない

第1回でお話ししたように、運動制御は姿勢制御と切り離して考えることができません。

状況に応じて柔軟な姿勢制御戦略を選択できないということは、その上で行われる運動制御もまた、柔軟性を失う可能性があるということになります。

小さな外乱なのに、大きく股関節を使わなければ対応できない。

身体の一部を動かすたびに、別の部分を大きくカウンターウェイトさせなければ姿勢を保てない。

本来なら動作の前に準備できるはずの姿勢制御を、動作が始まってから大きな反応によって補わなければならない。

これらを単純に「筋力が弱い」「フォームが悪い」という一言だけで説明してしまうと、その人の身体で実際に起こっていることを見落としてしまうかもしれません。

どの戦略を使ったかだけではなく、なぜその戦略を選ばざるを得なかったのか。

そして、動く前に、その運動に必要な姿勢を準備できていたのか。

という視点が重要になります。

では、この「動く前の準備」は、身体のどこで、どのように行われているのでしょうか。

ここから、ある非常に興味深い研究の歴史につながっていきます。

それが――

体幹深部筋の事前活動です。

そして、この現象が大きく注目されるようになった背景には、意外にも腰痛リハビリテーションの歴史がありました。

※本コラムは教育目的の一般的な解説です。個別の評価・治療・運動処方を目的としたものではありません。

資料① スポーツPNFトレーニング 覚張ら著 大修館書店

資料② 脳卒中の動作分析 金子著 医学書院

TC研究会 姿勢制御を考えるコラム|第1回

「動きを良くしたい」なら、
動きだけを見てはいけない

トレーニングやリハビリテーションの現場では、「運動制御(モーターコントロール)」という言葉を耳にする機会が増えました。

走る。投げる。蹴る。跳ぶ。

こうした動作を、より効率よく、より正確に行うために、私たちは「どう動くか」を考えます。

しかし、ここには一つ、大きな見落としがあります。

その運動を行うための「姿勢」は、そもそも制御できているでしょうか?

たとえば、ランニングを考えてみましょう。

腰の位置を高く保ち、安定した重心位置で走ることを目標にしている選手がいるとします。そこで腿上げや各種ドリルを繰り返し、「脚をどう動かすか」を指導する。

 

ところが、その選手が片脚を持ち上げた瞬間に、骨盤や体幹の位置を保てないとしたらどうでしょう。

問題は、本当に「脚の動かし方」だけなのでしょうか。

 

そもそも運動とは、空間の中で身体を一定の状態に保ちながら行われるものです。

運動制御の前提には、姿勢制御がある。

ここを抜きにして「良い動き」だけを追いかけても、問題の本質にたどり着けないことがあります。

図1|姿勢制御を背景として運動制御が成立するイメージ

姿勢制御と運動制御は、別々のものなのか?

中枢神経系の障害に対するリハビリテーション領域では、姿勢制御と運動制御の関係が非常に重視されています。

参考として、リハビリテーション領域で知られる「ストロークラボ」の資料を見ると、上肢を挙上するという一見単純な運動の背景にも、姿勢制御が存在していることが示されています。

私自身、以前は「姿勢制御」という土台の上に「運動制御」が乗っている、そんなピラミッドのような関係をイメージしていました。

しかし、この図を見ると少し違った見方ができます。

 

運動制御は姿勢制御と切り離されたものではなく、姿勢制御という大きな営みの中で成立している。

 

私たちが日常的に指導するクライアントの多くは、中枢神経系疾患を有しているわけではありません。それでも、この考え方はトレーニング現場にとって大いに参考になるのではないでしょうか。

「どの筋肉が弱いのか?」という発想

姿勢を考えるとき、私たちは長い間、筋肉を中心に考えてきました。

姿勢を維持するためには抗重力筋が働く。姿勢が崩れているなら、〇〇筋が弱いのではないか。

だから、その筋肉を鍛えればいい。

この考え方は、とても分かりやすいものです。

しかし、人間の姿勢制御は本当にそれほど単純なのでしょうか。

 

まったく同じ筋力を持つ人でも、安定した床に立つ場合と不安定な場所に立つ場合では、姿勢の制御方法が変わります。目を開けている場合と閉じている場合でも変わります。さらに、恐怖を感じているか、別の課題に注意を向けているかによっても変化します。

だとすれば、「この筋肉が働けば、この姿勢が保てる」という一対一の説明だけでは足りません。

姿勢は「筋肉」ではなく「システム」で制御される

知覚、認知、情動、過去の経験、課題、環境。人間の運動には、単なる筋力や関節可動域だけでは説明できない多くの要因が関係します。

 

姿勢制御の考え方も、古典的な反射中心の捉え方から、階層理論、運動プログラム理論、システム理論、生態学的理論などへと発展してきました。

 

現在では、姿勢は単一の筋肉や単一の反射だけで成立するものではなく、複数の要素が相互作用するシステムとして捉えられています。

 

この考え方を姿勢制御へと整理した代表的研究者の一人が、神経科学者・理学療法士のHorakです。

 

Horakらは、姿勢制御には大きく「姿勢定位(postural orientation)」と「姿勢平衡(postural equilibrium)」という二つの機能的目標があるとしています。

 

姿勢定位とは、環境や身体の状態に応じて感覚情報の重みづけを調整しながら、身体各部の位置関係を適切に保つこと。

 

姿勢平衡とは、内外部から生じる不安定性に対して身体質量中心を安定させるよう、運動戦略を協調させることです。

 

そしてHorakらの整理では、姿勢制御には大きく次の6つの要因が関わります。

・バイオメカニクス的制約

・運動戦略

・感覚戦略

・空間における身体の定位

・動的制御

・認知処理

図2|姿勢制御は6要因の相互作用として考える

バイオメカニクス的制約

トレーナーがイメージする姿勢制御は、大きくはここに含まれるでしょう。筋力、関節可動域、支持基底面内でバランスを保つための安定性限界などです。

感覚戦略

主に視覚、前庭感覚、体性感覚です。重要なのは、これらの感覚を常に同じ割合で使うわけではないこと。環境や課題に応じて、どの感覚情報をより重視するかを変化させます。いわゆる「感覚情報の重みづけ」です。

空間定位

重力に対して身体がどのように位置しているのか。身体の向きや垂直知覚なども含まれます。

このほかにも動的制御、認知処理、運動戦略がありますが、ここですべてを解説すると本題から離れてしまうため、詳細は割愛します。

 

大切なのは、この6つを暗記することではありません。これらは独立して働いているわけではない、ということです。

 

身体の構造が変われば、選択できる運動戦略も変わる。

視覚や前庭感覚、体性感覚から入ってくる情報が変われば、身体の位置をどう認識するかも変わる。

さらに、課題の難易度や注意などによっても選択される戦略は変化します。

つまり姿勢とは、「正しい筋肉を働かせれば完成するもの」ではありません。

身体、感覚、環境、課題、認知。
それらの条件に応じて、その瞬間その瞬間に解決され続けている問題なのです。

6つの要因の中でも、臨床で特に注目したい「運動戦略」

Horakのモデルでは、これら6つの要因に明確な優先順位がつけられているわけではありません。姿勢制御は、それぞれの要因が相互作用することで成立します。

 

一方、リハビリテーションの臨床では、機能的な運動を獲得するために、まず姿勢の安定性を確保するという考え方が重視されています。

 

なぜなら、私たちは手足を動かしてから姿勢を整えているだけではないからです。

身体は、これから起こる運動によって重心がどのように変化するかを予測し、主動作が起こる前から姿勢を準備しています。

これが「予測的姿勢調節(Anticipatory Postural Adjustments:APA)」です。

たとえば腕や脚を素早く動かすとき、身体は手足が動いてから慌てて姿勢を立て直しているわけではありません。運動によって生じる姿勢の乱れを見越し、主動作に先行して姿勢を準備します。

 

一方、実際に外乱が加わった後、あるいは予測しきれなかった姿勢変化が生じた後に身体を立て直す反応は、代償的姿勢調節(Compensatory Postural Adjustments:CPA)と呼ばれます。

 

APAが十分に機能しない場合、結果としてCPAへの依存が大きくなり、より反応的・代償的な姿勢制御になりやすくなります。

 

つまり、機能的な運動には「筋力があること」だけでなく、動作が始まる前に、次に起こることを予測して安定性を準備できることが重要なのです。

図3|「動く前」に身体を準備するAPAのイメージ

そして、このAPAの研究をたどっていくと、体幹トレーニングを考えるうえで非常に重要なテーマにぶつかります。

体幹深部筋の事前活動です。

腹横筋、多裂筋、横隔膜、骨盤底筋群など、いわゆる「インナーユニット」と呼ばれてきた筋群は、なぜこれほど体幹トレーニングの世界で注目されるようになったのでしょうか。

その背景には、腰痛リハビリテーションをめぐる長い研究の歴史があります。

そして、その歴史を振り返ると、

「腹圧を高めれば腰は安定する」

「インナーマッスルを鍛えればいい」

「体幹は固めればいい」

という現在でもよく聞く説明が、どこから生まれ、そしてなぜそれだけでは説明できなくなっていったのかが見えてきます。

次回予告

「次回は、この姿勢制御の中でも特に興味深い『動く前に姿勢を準備する仕組み』について、もう少し掘り下げてみたいと思います。」

 

こんにちは!奥川です。

 

今回は私の過去の恥ずかしい経験談から始めます。

 

私は昔からファッションに全く自信がありません。

20代の頃、年頃でもあったのでブランド物の服を買ったり、お洒落にも少し目覚めました。しかし、とにかくセンスがなく、コーディネートも全くダメダメ…

 

お金を掛けた割には「なんかダサい」という結果になることばかりでした(笑)。

 

結局、お洒落で有名だった友人に服を買うたびについてきてもらい、「これを買えば大丈夫」と言われた服をそのまま買うようになりました。

 

その友人は学生の頃から本当にお洒落で有名な人気者でした。

「ユナイテッドアローズ」や「コム・デ・ギャルソン」のようなブランドも好きでしたが、古着屋巡りも大好きで、とにかくファッションそのものが好きな人でした。

 

私のように「モテたい」「格好良く見られたい」という理由で流行を追いかけていたのとは、根本的に違っていたんですよね。

 

社会人になってからは仕事柄スーツを着ることが多くなり、以前ほど悩まなくなりました。

とはいえ、毎回その友人に服選びをお願いするわけにもいきません。

 

そこで私が考えた作戦は、とても単純でした。

「GAP以外では服を買わない。」

同じブランドで揃えれば全体に統一感が出るので、大きく失敗することはありません。

 

当時フィットネスクラブでジム責任者をしていたのですが、ある日後輩から、

「奥川さんって服のタグを見ると、いつもGAPですね(笑)。スタッフみんな陰で"GAP"って呼んでますよ。」

と笑われたこともありました。

 

まぁ、それは今でもあまり変わっていません(笑)。

漏れなく、それは笑い話で済みます。

 

なぜなら私はファッションを楽しむ"ユーザー"だからです。

 

しかし、もしこれがファッションを提供する立場だったらどうでしょう。

ショップ店員がファッションをほとんど知らなかったら。

ブランドのデザイナーが流行だけを追いかけ、素材や縫製、スタイリングの知識を持っていなかったら。

 

きっと私たちは、その人から服を買いたいとは思わないでしょう。

 

実は以前、専門学校時代に知り合った元ファッションデザイナーの女性と親しくしていた時期がありました。

三愛やユナイテッドアローズなどでデザイナーとして仕事をされていた方で、施術の練習にもよく付き合っていただきました。

 

彼女はよく、
「私はファストファッションは好きじゃない。」
と言っていました。

 

もちろん価格の問題ではありません。

素材やシルエット、縫製など、一着の服が出来上がるまでの背景を知っているからこその言葉だったのでしょう。

 

そして私には、
「奥川くんは、お洒落じゃなさ過ぎるから銀座は立ち入り禁止ね(笑)」
とよくからかわれていました。

 

当時は笑って聞いていましたが、今思えばとても印象に残る言葉です。

 

流行を知っていることと、本質を理解していることは全く違う。

そして、その違いは提供する側になればなるほど重要になります。

 

では、私たちトレーナーや運動指導者はどうでしょうか。

流行しているメソッドだけを知っていれば、本当に良い指導者と言えるでしょうか。

 

ユーザーとして一つのメソッドを実践することは何も悪いことではありません。

しかし、指導者として考えた時には、その背景にある生理学や栄養学、そして「なぜその方法が機能するのか」を理解していることが求められるのではないでしょうか。

 

今回ご紹介するコラムは、東京大学大学院で栄養学・生理学の研究活動を行い、その後も現場で数多くのクライアントを指導してきた藤田先生によるものです。

 

研究だけでもなく、現場だけでもない。

自らもトライアスロン競技に取り組み、持久系アスリートからダイエット目的の一般クライアントまで幅広くサポートしてきた、まさに「研究」と「現場」の両方を知る実践者です。

 

だからこそ、流行の食事法やテンプレートを紹介するのではなく、「なぜ人によって結果が変わるのか」「なぜ一律の指導ではうまくいかないのか」という本質を、生理学の視点から分かりやすく解説してくださっています。

 

今回のテーマはボディメイクに携わる方に特に関係する内容ですが、その根底にある「メソッドではなく本質を学ぶ」という考え方は、すべての運動指導者に共通するものだと思います。

 

ぜひ最後までご覧ください。

 

コラム:ピラティスブームの裏に隠れた「痩せない罠」

トータルコンディショニング研究会は、

「教える・教わる」ではなく、育て合う学びをもう一度。
「売られる学び」ではなく、交わす学びを。

をキーコンセプトに活動していきます。引き続き、ご支援ご協力の程をよろしくお願いいたします。

 

メインイメージ

 

現在、日本のフィットネス業界において、ピラティスはかつてないほどの巨大なブームを迎えています。

著名なモデルや韓国のトップアイドルたちが洗練されたスタジオでリフォーマー(専用マシン)を使い、しなやかに身体を動かす姿がSNSで拡散され、お洒落で洗練されたボディメイクの代名詞となりました。

 

従来の「ウエイトを担いで激しく追い込む筋トレ」に対するアンチテーゼとして、あるいは「バキバキにならずに、縦ラインの入ったお腹やスラリとした四肢を手に入れたい」という女性たちのニーズを捉え、スタジオの数は急増の一途を辿っています。

 

しかし、この華やかなブームの裏で、「週に何度もピラティスに通い、食事も気をつけているのに、体重が全く落ちない」「全然痩せない」という悩みを抱えるクライアントが急増しています。

プロであるはずのインストラクターやトレーナーが、ピラティスの持つ本来の効果とクライアントの「痩せる(脂肪を落としたい)」という目的のミスマッチに気づかず、盲目的にレッスンを提供してしまっているケースが少なくありません。

本コラムでは、ピラティスブームの背景にある「痩せない罠」について、解剖生理学的な視点からその根拠を紐解き、指導者が持つべき真の視点について解説します。

 

1. インストラクターが陥る「インナーマッスル神話」の盲点

現場のインストラクターが陥りがちな最大の盲点は、「インナーマッスル(深層筋)を鍛えて骨盤や背骨を整えれば、基礎代謝が上がって自然と痩せる」という理論の過信です。

 

ピラティスは、リハビリテーションを起源とし、腹横筋や多裂筋、骨盤底筋群といった体幹部のインナーマッスルを正確にコントロールすることで、姿勢を改善し、身体の機能を高める優れたメソッドです。

 

しかし、生理学的な事実として、これらのインナーマッスルは「姿勢を維持するため」の筋肉であり、持久力には優れているものの、筋肉の体積(ボリューム)自体は非常に小さいという特徴があります。

 

基礎代謝を大きく引き上げるためには、大臀筋(お尻)や大腿四頭筋(太もも)といった体積の大きい「アウターマッスル(表層筋)」に強い負荷をかけ、肥大させる必要があります。

インナーマッスルをどれだけ緻密に鍛えたとしても、体積の変化が小さいため、基礎代謝の向上によるカロリー消費量の増加はごくわずかです。

インストラクターが「骨盤を整えれば代謝が上がる」という言葉を魔法のように使い、それだけで体脂肪が燃えるかのように錯覚させてしまうことが、クライアントの「痩せない」という不満を生む根本的な原因になっています。

2. ピラティスで痩せない理由を紐解く解剖生理学的根拠

では、理路整然とピラティスを行い、食事のコントロールまでできているクライアントが痩せないのはなぜでしょうか。そこには3つの生理学的な理由が存在します。

 

① 運動量と消費カロリーの絶対的な不足

脂肪を1キログラム減らすためには、約7,200kcalのアンダーカロリー(消費が摂取を上回る状態)を作る必要があります。

 

しかし、ピラティスの1時間あたりの消費カロリーは、体重やレッスンの強度にもよりますが、おおよそ150〜250kcal程度に過ぎません。これは軽いウォーキングと同等、あるいはそれ以下です。

 

ピラティスは「身体の動かし方を学ぶ(脳と筋肉の神経回路を繋ぐ)運動」であり、心拍数を激しく上げて脂肪をエネルギーとして大量に消費するような「エネルギー消費型の運動」ではないのです。

クライアントが「スタジオでこれだけ頑張って動いたのだから、脂肪が燃えているはず」と思い込んでいる裏で、実際のエネルギー消費量は驚くほど少ないという現実があります。

② 「筋肉の慣れ(適応)」による省エネ化

マットピラティスを長期間続けていたり、いつも同じような強度のリフォーマークラスを受け続けていたりすると、人間の身体は驚くべき精度でその動きに「適応(省エネ化)」します。

 

最初のうちは、不慣れな姿勢を維持するために多くの無駄なエネルギーを使い、筋肉痛にもなっていた動きが、上達するにつれて「最も少ないエネルギー(最小限の筋出力)で、効率よく動かせる」ようになっていきます。

レッスン中に「汗をあまりかかなくなった」「以前ほどの疲労感がない」という状態は、クライアントが上達した証拠であると同時に、運動としての消費カロリーがさらに低下しているサインでもあります。

指導者がプログレッシブ・オーバーロード(漸進性過負荷の原則)を意識せず、同じ強度のエクササイズを繰り返させていると、身体は完全に停滞モードに入ります。

③ 「体重減少」と「サイズダウン(引き締め)」の混同

生理学的に、筋肉は脂肪よりも密度が高く、同じ体積であれば約1.2倍の重さがあります。

 

ピラティスによって体幹部の筋肉が引き締まり、骨盤の歪みが整ってポッコリお腹が凹んだとしても、それは「見た目の変化(アライメントの改善)」であって、「体脂肪の減少」とは別現象です。

 

クライアントが「体重」という数値を基準にダイエットを捉えている場合、インナーマッスルが発達して姿勢が伸び、ボディラインがどれだけ綺麗になっても、体重計の針が動かなければ「痩せない」と判断してしまいます。

指導者側が「見た目の引き締まり」と「脂肪燃焼(体重減少)」のメカニズムの違いを明確に説明できていないことが、このミスマッチを助長しています。

3. なぜピラティスは「やってる感」が強いのか?

消費カロリーが少ないにもかかわらず、クライアントが「ものすごく運動した気(やってる感)」になるのは、ピラティスが強烈な「脳の疲労」を伴うからです。

 

ピラティスでは、細かな骨の動き(エロンゲーションなど)や、独特な呼吸法、左右のバランスなどを常に意識し、集中し続けることが求められます。

これは固有受容感覚(身体のセンサー)をフル活用する作業であり、肉体的な疲労よりも「脳や神経系の疲労」が強く出ます。

終わった後に感じる心地よい疲労感を、クライアントは「激しい運動をしてカロリーを消費した」と脳内で誤って変換してしまいがちです。

これが、食事制限への甘えや、日常の活動量(NEAT)の低下に繋がります。

4. ピラティスで痩せないクライアントを救う指導者の視点

ピラティスを頑張っているのに痩せないというクライアントに対して、指導者が取るべき正しいアプローチは、単に「もっとレッスンに来てください」と回数を増やすことではありません。

 

① スタジオの外の「23時間の過ごし方(NEAT)」への介入

ピラティスで得た「正しい骨格の配置(ニュートラルポジション)」を、週に1〜2回のレッスンの中だけで終わらせず、スタジオを出た後の日常生活(歩く、立つ、座る)の動きにどう落とし込ませるかが重要です。

 

正しい姿勢を日常生活で維持できるようになれば、普段の歩行や階段の昇り降りといった何気ない動作における筋肉の動員率が上がり、日常生活全体の消費カロリー(NEAT)を底上げすることが可能になります。

スタジオでの1時間だけでなく、日常の活動量を増やすように行動変容を促すことこそが、真の食事管理をサポートする結果に繋がります。

② 評価基準のシフト(体重からアライメントへ)

クライアントに対して、体重計の数値に一喜一憂するのをやめさせるカウンセリングが必要です。

「ピラティスは体重を落とす運動ではなく、身体のパーツを正しい位置に戻し、服を綺麗に着こなすための骨格メイクである」というコンセプトを共有します。

ウエストやヒップのサイズ測定、あるいはタイトなウェアを着用した写真でのビフォーアフターの比較を行い、「体重は変わっていなくても、体型は確実に変わっている」という事実を視覚的に理解させることが、クライアントのモチベーションを維持し、不満を解消する鍵となります。

5. まとめ:ブームを超えた真の価値を提供する

現在のピラティスブームは、多くの人が自分の身体の「骨格や姿勢」に目を向ける素晴らしいきっかけとなっています。

 

しかし、「流行っているから」「お洒落だから」という理由だけで、脂肪燃焼を目的とするクライアントにピラティスだけを処方し続けるのは、指導者としての誠実さを欠いています。

 

ピラティスは、身体の土台(アライメント)を整える最高のツールです。

もしクライアントの目的が「大幅な体脂肪の減少」であるならば、ピラティスで動ける身体を作った上で、日常の活動量を増やすようにアプローチしたり、マイルドな食事の引き算を行ったり、時にはアウターマッスルを動かす有酸素運動や筋トレを組み合わせるような包括的な提案が必要です。

 

流行の波に流されず、解剖生理学的な事実をベースに、ピラティスの「できること」と「できないこと」を明確に見極めること。

そして、クライアントの本当の目的に寄り添ったロードマップを描くことこそが、このブームの中で一過性で終わらない、本物の指導者に求められる資質なのです。

 

<コラム執筆者紹介>
藤田英継先生

藤田英継(ふじたひでつぐ)先生

・合同会社PROTEIOS代表

・パーソナルトレーニングジムevergreen 代表

・東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境系 身体運動科学 修士課程修了

・2008年よりパーソナルトレーナーとして活動開始

・大学院では脂肪・糖質代謝を研究し、遺伝子・ホルモン・細胞レベルから身体づくりを学ぶ

・都心スポーツクラブで3年連続売上トップを獲得

・延べ1万人以上のセッション実績

・書籍執筆、雑誌監修、通信教育講座のプロデュースなども担当

・現在は健康リテラシー向上やトレーナー育成事業にも取り組む

 

編集後記

藤田先生のコラムは、今回も非常に示唆に富む内容でした。

私たちは、流行しているメソッドをそのまま提供する「ユーザー」で終わるのではなく、目の前のクライアントに合わせて最適な方法を組み立てられる「創造者」でありたいと私は思っています。

 

そのためには、一つのメソッドを信じ続けるのではなく、その背景にある原理・原則を理解し、「なぜ?」を問い続ける姿勢が欠かせません。

 

知識を集めることは大切です。

しかし、それだけならAIはこれからますます得意になっていくでしょう。

 

知識を検索し、整理し、要約することだけなら、AIは人間をはるかに上回る時代になりました。

だからこそ、私たち専門家に求められるのは、知識の量ではありません。

 

目の前のクライアントの身体や生活、価値観を理解し、その人にとって最適な答えを創り出せる力です。

 

AIには「答え」を探すことはできても、「その人に合った答え」を一緒に創ることはまだできません。

そこに私たちの存在価値があるのだと思います。

 

そして、もう一つ。

今は情報があまりにも多い時代です。

SNSを開けば、毎日のように新しいメソッドが現れ、「これが正しい」「いや、こちらが正しい」と様々な情報が飛び交っています。

まさに情報の濁流です。

 

一般のクライアントが、その中で何を信じれば良いのか分からなくなるのも無理はありません。

 

だからこそ私たち専門家は、自分自身がその濁流に流されるのではなく、本当に価値のある情報を見極め、クライアントが安心して進める方向を示せる存在でありたいものです。

私が好きな言葉があります。

 

「勉強とは勉め強いること。学問とは学びて後に問うがあるもの。」

 

ただ知識を集めるだけではなく、「なぜなのか?」を問い続ける。

私は、その姿勢こそが本当の専門家を育てるのだと思っています。

 

And, そのような専門家が増えることが、結果としてクライアントを幸せにし、業界全体の価値を高めることにもつながると信じています。

 

もしあなたが、
「流行を教える指導者」ではなく、
「一人ひとりに合わせた価値を創造できる指導者」
を目指したいのであれば、7月12日に開催する藤田先生のWebセミナーは、きっと多くの学びと気づきを与えてくれるはずです。

 

これは単なるセミナーではありません。

同じ志を持つ仲間と出会い、互いに学び、育て合うための第一歩でもあります。

 

ぜひ7月12日、一緒に学びましょう。
皆さまとお会いできることを楽しみにしております。

 

【セミナー開催のご案内】

7月開催の藤田英継先生の栄養学、生理学 Webセミナー

 

<藤田英継先生のセミナーお知らせ>

 

【7月5日(金) 録画配信】
三大栄養素の基本のき

https://www.okugawaseitai.com/r8-628-fujita

糖質・脂質・タンパク質。すべての栄養指導の土台となる知識を、生理学的視点から体系的に学びます。


【7月12日(金) ライブセミナー】
痩せない原因はクライアントではない ~トレーナーが見落とす代謝と栄養の盲点~

https://www.okugawaseitai.com/r8-712-fujita

クライアントは頑張っている。それなのに結果が出ない。その時、原因はクライアントでしょうか?それとも私たち指導者側の理解不足でしょうか?

 

身体は単純な足し算では動きません。代謝、ホルモン、自律神経、NEAT、栄養。これらが複雑に絡み合っています。

 

もしあなたが、
・メソッド巡りに少し疲れている
・SNSの流行に振り回されたくない
・もっと自信を持って指導したい
・顧客に合わせて本当の意味でパーソナルな提案をしたい
そう思うなら、今回の2つのセミナーは単なる知識習得ではなく、「メソッドを学ぶ側」から「メソッドを評価し使いこなす側」へ進むための第一歩になるはずです。

 

皆様のご参加をお待ちしております。