小さな悟りを求めて -25ページ目

神戸から船に乗って (続・流れを遡って)

2004年の夏から一年、奥さんと二人アジアを回遊しました。

神戸を船で発ち、二泊三日で上海に着きます。

上海からは丸二日、列車に揺られて桂林に行きました。

そこから内陸へ、チベットを目指して雲南省へと入っていきます。

春城と呼ばれる省都・昆明(くんみん)、そして古い街並みの残る大理(ターリ)、麗江(リージャン)を経て、標高3,300メートルの香格里拉(シャングリラ)まで至れば、そこはもうチベット文化圏です。

長時間バスに揺られて疲れ果てていたぼくと奥さんは、バススタンドのそばの少し立派な宿で香格里拉の一泊目を過ごしました。

宿の建物の外壁には、巨大なチベットの仏画が極彩色で描かれています。当時不思議のきのこにはまっていたもので、その絵を見てぼくは「こんな絵を描くとは、何か薬物を使っているに違いない」と見当違いのことを思ったものです。

(続く)


[画像はネットで拾ったチベットのスノーライオン]


流れを遡って

流れを遡って泳いでいた。 
それとも空を飛んでいたのか。 

流れは勢いよく押し寄せてくるが、息を継ぐ必要はなかった。 
その流れの中を、泳ぐように飛ぶように、意志の力だけで遡り続けたのだ。

軽々と遡っていったので、どれだけの時間をそうして過ごしたのかは分からない。 
ほんの数分だったのか、それとも永劫の時が幾度も流れ去ったのか。 

気がつくと流れの源にたどり着き、金色に輝く仏の首と向き合っていた。 
仏像の首ではない。 

仏は首だけなのに生きていた。
肌の上に金色の鱗粉をたたえ、物言わずに何かを語りかけていたのだった。(続く)

バニヤンと夕日

菩提樹というと、お釈迦さまがその木の下で悟りを開いたというお話でして、でも日本でボダイジュと呼ぶやつは、中国から来たまったく別の木だったりします。 

で、本家の菩提樹は、インドボダイジュというのが正式な名前なんです。 

さらにややこしいことには、ベンガルボダイジュという木もありまして、これはバニヤンの木とも呼ばれますが、インドではやはり聖なる木として崇められています。

写真は今日の夕方撮ったお寺の境内のバニヤン樹、垂れ下がる気根が特徴的です。



易占いいたします

ずいぶん前から易占いをしています。

といっても、自分と奥さんのことしか占ったことがありません。

でも今年は新しいことに取り組め、という占いだったので、占ってほしい!という方がいらっしゃったら占います。

オープンでよければコメント欄に、プライベートなことならメッセージで質問をお寄せください。

もちろん無料です。

yoruさんが占いができなかった話を書いていて、流れが来てるなと思ったものでやってみる気になりました。

「もう一人の自分」について

facebookにこう書きました。 

>>
昨日、瞑想的意識の中で、自分の意識の陰に「もう一人の自分」がいるのがはっきり分かった。
瞑想の練習を積むことで、この「もう一人の自分」との齟齬をなくしていくことができるのだな、と理解した。
<<
 

するとある方が「どんな感触だった?」と聞くので、こう答えました。

 >>
「もう一人の自分」は、確かにそこにいるんだけど、何も言わずに黙っているし、姿形も見えないので、動きも感触も感じられません。
ただそこにあって、筋緊張などを通して静かに意志を示しているのですが、ぼくの意識はそこから切り離されているので意味は読み取れない。
今は様子をうかがうのみです。
<< 

今あらためた考えると、「もう一人の自分」は、言葉以前の子ども時代からの「情動としての自分」であり、言葉で認識している自分とは直接的な意思疎通ができないんだろうな、と思います。 
犬などの動物とつき合う場合のように、体やイメージを使ったコミュニケーションでつながりを作っていくことが必要なんだろうなぁ……。

はてなに幻覚剤の記事を書きました。

マジックマッシュルームなどの幻覚剤の医療利用に関わる記事を、久しぶりにはてなに書きましたのでお知らせまで。
→幻覚剤と変性意識・超入門 https://dimofsoul.mitona.org/entry/pollan

ぷち自伝系のエッセイ、書きました。

ぷち自伝系のエッセイ、書きました。
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[00円: 創作的随想] 立ち枯れる人生もまた良し|としべえ2.0β @tosibee #note https://note.com/tosibuu/n/n6bc9d4dbf8b6

思いつき、ぷち自伝、二回分

facebookより転載します。

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思いつき、ぷち自伝。

未だにぼくは、人生において何がやりたいのか分からない。
ただ、会社勤めがいやなことだけは初めからはっきりとしていたので、人生経験として大卒後二年弱就職したのを除いて、非常勤職で食いつないできた。
二年弱で会社をやめてネパールに行ったのが二十六のとき。それがある意味、人生の転機になった。

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思いつき、ぷち自伝、そのニ。

会社をやめてネパールに行ったのが、1990年、26のとき。

翌年、パソコン通信で知り合った彼女とひと月も経たないうちに結婚。
しかも当初三ヶ月は通い婚。

東京・江戸川の専門学校でコンピュータのソフトについて教えたりしてたが、2年半後に仕事を投げ出して、奥さんと二人南伊豆に引っ越し。

一年半田んぼと畑の真似ごとをしながらぶらぶらしてたら、奥さんに愛想をつかされ離婚、東京に戻る。

自分では何かを考えてるつもりだが、人から見たら何にも考えてないとしかいいようのない、いい加減人生。

今日もガンガーの歌

ガンガーの水音ひかりと影をなし憂いの浮世きよめ給わん
#極短詩逍遥 #写真詩


えたいのしれないぼくの文

noteの記事、エッセイのような、詩にはなってないような、得体のしれない文章になってきてます。

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[00円: 心的随想] 過緊張と低覚醒の戯れ|としべえ2.0β @tosibee #note https://note.com/tosibuu/n/n2b1bf2d613ce