3月1日は
◆グレゴリオ暦が導入された日
◆マサチューセッツ州セイラム村でセイラム魔女裁判が開始された日
◆神秘主義団体「黄金の夜明け団」が発足
 
グレゴリオス13世が暦法改正の勅を発して、この3月1日に導入されたのは2月24日にも言った通りで、昨年もブログのテーマにしている
 
さらに『黄金の夜明け団』のクレイスター・クロウリーのことも
アレイスター・クロウリー(https://ameblo.jp/toshidensetsu666/entry-12266266285.html)
ビートルズとイルミナティ、そしてサイコ・アコースティック(https://ameblo.jp/toshidensetsu666/entry-12288301111.html)
 
 
も書いてるので、ネタがほぼ重なってしまうので、今回のテーマは『魔女裁判』
 
 
 
 
ちなみに3月1日は「ビキニデー」でもあるが、それも以下のリンクで
日本は核保有国… プルトニウムとムーミン(https://ameblo.jp/toshidensetsu666/entry-12290002067.html)
 
 
 
 
セイラム魔女裁判───
現在のアメリカ合衆国ニューイングランド地方のマサチューセッツ州セイラム村(現在のダンバース)で1692年3月1日に始まった一連の裁判をさす
200名近い村人が魔女として告発され、19名が処刑、1名が拷問中に圧死、5名(2人の乳児を含む)が獄死したとされている
 
過去にも、マサチューセッツ地域とコネチカット地域で17世紀に12人の女性が処刑されていて、セイラム村、セイラム町、イプスウィッチ、アンドーバーで行われた魔女裁判
最も悪名高い裁判は、セイラム町のオイヤー・アンド・ターミナー裁判所によって行われた
この魔女裁判は、独特な物ではなく、ヨーロッパでも発生した近世の魔女裁判という広範な現象の植民地アメリカにおける例である
ヨーロッパにおける魔女裁判は、以前記述しているので、そちらを参照していただきたい
 
多くの歴史家は、セイラム魔女裁判がその後の米国の歴史において、裁判制度への持続的な影響として非常に有力であったと考えていて、歴史家ジョージ・リンカーン・バーによると、『セイラムの魔法は、神権を崩壊させた』とある
 
 
 
──友人らと降霊会に参加していた牧師サミュエル・パリス娘ベティ従姉妹アビゲイル・ウィリアムズは、その術中に突然暴れだし、奇妙な症状を見せた
彼女たちは腕や足をねじり、交差させ、激しく身体を揺らし、のたうち回り、とりわけ目を引いたのは痙攣だった
この発作は極めてグロテスクで見る者を圧倒させる異様なものだったという
困ったサミュエルは村医に見せるが、二人は医師に悪魔憑きと診断される
 
すぐに近隣のジョン・ヘイル牧師を招聘(しょうへい)して悪魔払いが行われたが、失敗してしまった
サミュエルは南アメリカ先住民の使用人ティテュバを疑い、彼女を拷問してブードゥーの妖術を使ったことを『自白』させ、娘たちを詰問したところ、娘たちはサラ・グッドサラ・オズボーンの女性の名前を上げたため、1692年2月29日、彼女らを始め数名が逮捕されることとなった
 
 
3月1日に収監のための予備審査が行われ、彼女らは当然否認し続けたが、とある女性レベッカ・ナースの番のとき、証人として列席していた娘たちが異様な行動を見せ始めた
娘らがレベッカと同じ行動をし始めたのだ
レベッカが両手をあげれば、娘らも両手を、首をかしげれば首を
 
そう、娘らは
たちの悪い悪戯をはじめたのだ
 
実際、村人の一人が痙攣最中に「おまえらにも彼女らと同じように鞭を打つぞ」と娘らを脅すと止んだという
よもやこの一件で、ようやく、この馬鹿げた裁判も終息を迎えるかと思われたが、最後のレベッカの一言が良くなかった
証人として連れてこられた女性に対し、
「あら、あの方を連れてきたの? あの人は私たちの仲間なのに」
と軽口を言った
この『仲間』というのは『無実であるのに収監されている者たち』という意味で、「魔女の疑惑を晴らすに魔女容疑者の手を借りるおつもり?」という上品なユーモアを言ったつもりだったが、いささか皮肉が強すぎた
 
「仲間、というのは魔女仲間に違いない!」
と、判事たちはそのユーモアを額面通りに受け止め、結局、この一言がレベッカ・ナースを終わらせる一言になってしまった
 
こうして100名を超える村人が告発され、収監施設がパンク状態に陥ったことから、6月2日に特別法廷が開かれ、有罪を宣告された被告は6月10日から順次絞首刑に処せられた
狂気の事態を知った州知事が裁判の停止を命令し、1693年5月、収監者に対し大赦を宣言して事態は収束した
皮肉なことに、魔女であると認めた者は『告白により罪は軽くなる』とするピューリタンの教義に基づいて死刑を免れ、最後まで否認し続けた清廉潔白な者たちはみな処刑された
 
 
17世紀を通じて、アメリカ植民地全土で魔術により処刑された人数の数は50人にも満たず、ヨーロッパに比べると規模も小さい
 
だが、ここにピューリタン特有の信仰の歪みはあったのだ
 
自分が魔女と認めたものは死刑を逃れ、最後の最後まで魔女であることを認めなかった者がオークの木に吊るされた
嘘でも「自分は魔女だ」と言えば助かる
なのに19名の死刑囚は最後まで認めなかった
ここにピューリタンの篤い信仰があった
ピューリタンの社会では『嘘』も許されざる罪悪であり、助かるために嘘をつくことを潔しとしなかったからだ
 
 
のちに裁判にも関与したジョン・ヘイル牧師は、死後に発表された手記の中で「我々は暗雲の中に道を見失った」「最初の2人のうち片方は、死に至るまで悪魔に責め苛まれた」と記しており、この片方がアビゲイルである可能性は高い
 
この事件の原因としては、児童虐待やピューリタン社会独特の抑圧による集団ヒステリー説、少女たちのやりすぎたイタズラ説、麦角中毒症による集団幻覚説などが唱えられている
実際、被害者娘の一人がボーイフレンドに
「私たちは楽しみのためにやったのよ。私たちには楽しみが必要なの」
と言ったことも後にわかっている
最近では、痴漢冤罪などという軽はずみな遊びも増えており、この魔女裁判事件に通ずるものはあるのかと思う
 
『若い女性は危険』ということだろうか
 
何はともあれ、処刑された19名のほとんどが現在では『魔女ではなかった』と認定され、教会によって名誉を回復されている
だが、ブリジット・ビショップと数人はいまだに教会への帰属が認められていないという

本当に魔女はいたのか?

現段階の教会の対応に則せば、『いた』ということになる

まだ、魔女裁判は続いているのかも知れない
 
 
 

ヒステリー性発作──
脚部の痙攣や、突き出た舌の緊張状態が被害娘らの見せた症状と似ている
被害娘の一人、メアリー・ウォレンの脚は交差して絡み合い、無理やりに外そうとすれば骨折するのではないかと危ぶまれたほどだったという
 
 

現在の『絞首刑の丘』
ここでその名の通りの絞首刑が行われた場所
最初の頃は『魔女の丘』と呼ばれていたが、のちに『絞首刑の丘』と呼ばれるようになり、現在では整備されて観光向けの公園になっている
 
 
参考文献───
ビジュアル・ヒストリ アメリカ/アレン・ワインスタイン
セイラムの魔女狩り アメリカ裏面史/小山敏三郎
セイレムの魔術 17世紀ニューイングランドの魔女裁判/チャドウィック・ハンセン
少女たちの魔女狩り マサチューセッツの冤罪事件/マリオン・L・ スターキー
呪われたセイレム 魔女呪術の社会的起源/ポール・ボイヤー
食物中毒と集団幻想/メアリー・キルバーン・ マトシアン
魔女と魔術 (ビジュアル博物館) /ダグラス・ヒル
オカルトクロニクル セイラム魔女裁判―清廉潔白のグロテスク/webサイト
 
 
 
 
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