皆様お久しぶりです。

帰国してから1カ月半が経とうとしています。


ほんとに早いですねー。

新学期も始まり、卒業に向けて絶対に負けられない戦いも始まりましたとさ笑




さてさて、今日の日記では、研修を終え帰国後、つまり大学3年ないし今後の大学生活を

どのように過ごしていくのか、現段階でのプランを振り返りで記させていただきたいと思います。


それと併せて、自分がやらなければならないこととかも並行して書きたいと思います。




【JADYC】

とりあえず、研修中からも再三申し上げていました通り、学生団体を立ち上げることになりました。


名前は「JADYC」(Japan Africa Development Youth Committee)です。


基本的な活動はGreen Africa Foundationへのインターン派遣、ケニアへのスタツアの企画、ラーニングイベントの運営で、この3者を通じて、日本とアフリカの互恵関係を促進する人材の輩出を目標としております。


色々と動き出しはしているんですが、世知辛い世の中、順風満帆に全てことが運ぶわけもなく、色々と試行錯誤の毎日であります。

スタツア運営に関して、HISとの折衝があったわけなんですが、やはり全てがうまくこちらの意向通りに進むわけもないんですよねー・・

特に金銭的リスクが大きすぎて、学生という立場ではそんなリスク負ってられないので、賛助獲得活動でもしようかみたいな話にはなっていますが、どうしたもんかといったところです・・・。

Youthの育成に積極的で特にアフリカ関係にアプローチしている団体にお金出すのが凄い前向きな会社とかないですかね??w


あ、メンバー絶賛募集中ですので、興味ある方は是非連絡下さい笑

インターン生も募集しています。興味ある方、以下のグリーンアフリカのURLから飛んで見てみてくださいー

http://www.greenafricafoundation.org/



【アイセック】

とまあ団体立ち上げの話はこれくらいにしておいて、次はアイセックのことでも書こうかな。



とりあえず帰国後、リインテとしてやらなければならないこと&やりたいことが溜まりすぎているんですが、どれも消化できていない状態です^^;

出国前に模擬授業をさせて頂いた新渡戸小学校でももう一回ケニアの研修に関して授業したいと考えているし、河合塾リインテも考えたいと思っているし、母校(市川高校)でも話させてもらいたいとも考えています。


特にケニアの子供たちに新渡戸小学校の子供たちのために手紙を書いてもらったんですが、全て英語(当たり前だがw)なために翻訳がとても大変・・^^;

しかも読みにくいので、解読にも時間がかかるという・・・笑


しかしながら出国前にアワード取ると豪語していたので、足は止めてられないんですよね・・・


いかにして自分の研修の価値、インパクトを最大化するかってのはこれからの俺の動きにかかっているので、優雅に過ごしてはいられない・・。

まあだから今日の日記の題名は「continuous challenge」なんですけどねw



アイセックの新歓の方も、仮入会申請が70名程度で去年を若干上回るか、といった感じでやっと新歓も終わりが見えてきたかーといった感じです。

この時期TM(人材管理局)は糞忙しくなるので、フットサルの方の新歓と被って4月の終わりとかかなり大変でしたが(特に金銭的な意味で。。w)、なんとか乗り切ったという感じです。


言い訳がましくなっちゃうかもしれませんが、自身のリインテに着手できなかったのはLCとしてのTo Doが多すぎて時間がなかったっていうのもあるんですがね・・。


とまあ、そんな感じでいよいよリインテに向けて動き出す時期が来ましたね。

というか動き出さないとヤバいぞ俺、早く動けチンラタしてんな!!←



【WAVOC(日本ルワンダ学生会議)】

前々から言っていた?と思うんですが、WAVOC(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター)のプロジェクトの1つ、日本ルワンダ学生会議の新歓に行ってまいりました。

どんなことを理念として具体的にどういった活動をしているのか、そして実際にミーティングにもお邪魔してきました。


前々から再三言っていた通り、自身の興味分野としては紛争と平和構築が主なので、そしてルワンダの大虐殺は世界的にも有名な事例であるので、とても興味があります。


活動が毎週木曜日みたいなので、奇跡的に時間の都合が合うので恐らく入ることになるのかな・・?

3年からだけど・・笑


夏に渡航することもできるんですが、金銭面と、他にもやることがあるのでは・・(就活はこの類ではないですw)という直観から恐らく今年の夏はいかないと思います。でも一回は行きたいと思っているので、来年の夏かなー。


ケニアに行って色々と将来のことについて考えたんですが、思ったことは「圧倒的に学術的インプットが足りない」ということ。


もっとたくさん勉強しなくちゃならないし、アイセックの経験だけじゃ色々と不十分だと思うので。

それに今までずっとアイセックをやってきて、違う組織に触れてみるっていうのも重要なのかなーとミーティングに参加して思ったので、アイセッカーとはまた違う学生と交流したいという思いもあります。


なので、多分WAVOC入ります。


【久保ゼミ】

民族紛争と平和構築に興味があるって先述いたしましたが、自分の所属するゼミが正にドンピシャリ、テーマが「現代世界における民族紛争と平和構築」というゼミですw


もう2回の授業が終わり、次回は俺が担当の番なわけなんですが、このゼミも凄く刺激的ですねー。


何で紛争が起きるのかとか、どうしたら紛争を解決することができるのかとか、みんなで議論するわけなんですが、周りの学生のレベルが高くてとても勉強になります。

久保先生も凄く俊邁な方なので、同じくとても勉強になります。


なんか、もっと色々と勉強しないとヤバイっていう焦燥感に駆られますw

でも、同じような志向を持つ仲間達とゼミという貴重な時間を過ごすってとても有益なことであると思うので、頑張りたいと思います。


しかも幹事長になってしまったので、アイセックとかJADYCとか兼ね合いが大変ですが、頑張りたいと思います。

正直まだまだ全然ちゃんとやれていないので、もっとしっかりと勉強します・・・。自戒を込めて。はい。


研究テーマは一応現時点で「民族紛争の原因と解決策(特に教育の観点から)の研究」を挙げていますが、実際まだまだ全然とっかかることすらできていないので、勉強します・・。



【蹴球】

フットサルですね。今まで真面目みたいな活動を記してきましたが、こっちもちゃんとやっています。

やっぱ体動かすことって大事ですし、こっちの交友関係も今の自分にとってとても大切なものなので、これからも大事にしていきたいと思っています。

新歓もほぼ終わりを迎え、25日の最終飲みの次は1日に新入生確定飲みが控えています。


どんくらいの新入生が入ってくれるかなー?

かわいい子入ってくれるかなー??←


夏合宿を終えると俺らは一応「引退」という形になるので、実質あと3か月くらいしか俺らの蹴球ライフは残されていません。

いやぁ、ほんとに早いですねえ。

ま、でも引退後も全然行きますけどね←








とまあ、3年は上述した諸々の活動を主軸に、頑張っていきたいと考えています。




奨学金の申請も完了して、本格的に色々なことをやる準備が整いました。(まだ選考されてないけどwww)

大学生活も半分を切りましたからね、本当に頑張りたいと思います。色々。

悔いの無い大学生活を送るように、乾坤一擲日々を過ごしたいと思います。




「自分にしかできないこと、自分ができること、自分がやりたいこと」



アイセックでの報告会の時もいつも言っていますが、常にこのことを念頭に置いて活動してきましたし、これからもそのつもりです。

周りがだんだん就活を意識しはじめましたが、正直、今の段階で就活とか、よくわかりません←


ていうか3年の今、俺にとって大事なのは就活ではなくて前述した諸々の活動なので、とりあえず今自分がやりたいことを全力でやり遂げたいと思います。

自分が選んだ道を進んだ先に、自ずとそこからの地点でしか見えない先が見えてくると思っていますので、あまり先のことは深く考えないようにしています。



とかいってやりたいこととか予定に入れてたら、5月の現時点にして6月の土日の予定がほぼ全て埋まっているという・・・^^;;

俺バイトやってないのに・・笑 まあでもだから奨学金を申し込んだわけだし、問題はない!!w





あ、あと来月は東北にボランティア行ってきます。3日間の凄く短い期間ですが、自分の目で現地を見てきたいと思います。

少しでも、現地の人たちのためになればと思います。

日本財団が企画しているROAD プロジェクトなるものがあるので、興味ある方は是非一度HPをご覧になると良いかもです。

http://road.nippon-foundation.or.jp/


ちなみに東北大震災に駆けつけた学生ボランティアの数で一番多かった大学が、2位の東大に大差をつけて早稲田らしいです。

それを聞いて、「早稲田生としてこれはいくしかないだろ」っていう思いもあるんですけどねww




とまあそういった感じで、これからも頑張っていきたいと思います。



このブログも研修中の運営だけじゃ勿体ないと思っているので、適宜更新していきたいと思います。



皆さん是非よろしくお願いしますねー。




あ、あとツイッターもやってるんでフォローお願いします!www「Mufasa1216」

日記六十一日目~最後の晩餐~



皆様こんばんは。

日記61日目、マトマイニ滞在二日目です。






気付けば日記も61日目。

日本へのフライトも明日と迫ってきております。




マトマイニは二日目にしてもう去らなければならなかったんですが、短い間ですが様々なことを勉強させていただきました。



特に、NGOの一つの「理想像」を、この目で実際に見ることができたということ。



NGOにとって「持続的な収入」ほど重要なものはなく、そしてそれほど確保するのが難しいものはありません。



それを成し遂げたNGOを見ることができたというのはとても大きな経験です。



マトマイニは子供や親を支援するだけではなく、色々なスタッフも雇っています。



つまり雇用機会も提供していて、本当に地域に根付いた組織なんですね。



英語がそれほど喋れるというわけでもないのにも関わらず、単身マトマイニを立ち上げた菊本さんには本当にただただ脱帽です。



こういうような気概を、果たして今の学生はどれだけ持っているでしょうかね。


見習わなければなりません。




昨日の夜は子供達にスタラトスと一緒に軽い授業をして、ギリシャについて、日本について、ケニアについてなどを子供達に教えました。



完全にMARAで使った資料の使い回しでしたが、ここの子供達もMARAの子達と同じようにとても積極的でした。



笑顔がとても爽やかでかなりマッチョなラグビーをやっている男の子は、学校に行く前に毎朝4時に起きて勉強をしているらしく、勉学に対するモチベーションが相当高い子でした。



もう100人以上の子供達を送り出したマトマイニですが、中にはストリートにいたのに常に学校で一番の成績を取りつづけて今は大学に行っているような子や、勉強は得意ではなかったけど料理がとても得意で、今現在5つ星のホテルで働いているような子達もいるのだそうです。



子供達の可能性はどこに行っても変わらないんだなーと実感して、本当にこういったシェルターを提供することができるNGOが大事なんだと感じました。




滞在中にスタラトスとチェスもしたりして楽しみました。


チェスなんて数年前に携帯ゲームで5回くらいしかやったことなかったので、完全なる素人でしたが一回だけスタラトスに勝ちました!!笑



このブログを見ている方で西洋人と会う機会のあるインターンを控えている方がいらっしゃいましたら、是非ともチェスを勉強することをお勧めします。笑


西洋人にとってチェスって賢さの象徴だそうなので、沢山の西洋人がチェスが好きです。



コミュニケーションと言った意味でも、もしチェスを使えることができれば凄く助かると思います。w





さて、ということで実は61日目にしてあまり書くことがないので(というのも昨日の日記に沢山書いてしまったw)、今日はこれくらいにしたいと思います。



明日書きたいことはなんとなく今頭の中で考えてはいるので、せっかくの最後の日記なので皆さん是非明日の更新楽しみにしててくださいね!(といっても別にたいしたこと書くつもりはありませんが。笑)




これからどうやらハウスメートがグッバイパーティを開いてくれるらしいので、近くにあるバーに行ってきます!!笑



もしかしたら現地のバーでチャンピオンズリーグを見れることができるかもしれません!!



楽しみ!!



でも酔いつぶれて飛行機に乗ることができなかったなんてことはないように気をつけたいと思います・・笑

日記六十日目~マトマイニ「希望」~



皆様こんばんは。

マトマイニに訪問してきました。






正式には「セーブ・ザ・チルドレン・センター」、通常SCCです。


どこにあるのかと思ったら、住んでいたMADARAKAから40分もかからないところで、ナイロビ内にあったのでティカよりも全然近かったです。



モヨに滞在しているときに日本人の方にお会いして、マトマイニのことについて話していたのでどんな建物なのかなーと思っていたら、なんといっても敷地が物凄く広い!!!



あれは300坪は楽に越えるくらいの敷地の広さだろう。



色々な野菜や木が植えてあって、小冒険もできるくらい。


どうやってこんな広大な土地を手に入れたんだ^^;って感じです。




マトマイニは創立して27年目を迎えた物凄く古いNGOで、ケニアにある日本のNGOの中でもかなり歴史のある方なのではないかと思います。



AICADの方にお話をお伺いしたときも真っ先にマトマイニのことを話していらっしゃったので、ケニアにおける日本人コミュニティーにおいてもマトマイニはかなり有名な場所なんだと思います。



そんな歴史のあるマトマイニですが一体どういった活動を行なっているかというと、ストリートチルドレンorになりそうな子供達、孤児などを引き取り、シェルターを提供しています。

どうやら政府のお役人が連れてくるみたいなのですが、17人の子供達が暮らしていました。


先述したように敷地内に広大なマトマイニ農園を持っていて、本当に沢山の野菜が植えてありました。他にも「グァバ茶」の原料となる葉を収穫できる木が沢山あり、これを収集してグァバ茶も販売しています。これらが貴重な持続的な収入源になっているんですね。また、農業を通して子供達を教育するという目的もあるのだそうです。


他には職業訓練工房も持っていて、主に羊毛から作ったキーホルダーやぬいぐるみ等を作っていて、地元のシングルマザー達が労働者です。

これにより一日200kshの収入を彼女達は得ているみたいで、例えば2、3人家族であれば、月収で換算すればある程度きちんと養える収入となります。


このように、マトマイニは子供達へのシェルター提供だけでなくその親にも労働機会を提供していて、本当に現地で活動するNGOのモデルケースとしてその基盤を確立しています。



大使館からの支援金や支援者からの寄付金によって立派な建物も建っていて、マトマイニの代表者である菊本さんは、「このNGOはお金を持っていなくても今ある資源で活動することができる」と仰っていました。




実際にここに住んでいる子供達はどんな感じなんだろうかと思ったら、やはり変わらずサッカー大好きな子ばかりでした。



いつもの通り、コミュニケーションはサッカーから始まる。笑



モヨと違って大きい子はあまりいなかったんですが、みんな海外からの訪問者(特に日本人)に慣れているんですね。

ギリシャ人は流石にめずらしかったみたいで、一緒に来たスタラトスは注目の的でしたが、今まで会ってきた子供達みたいに外人に話しかけるのをそんなに躊躇ったりするような子達ではありませんでした。



どうやら定期的に早稲田の学生も来ているらしく、WAVOCの「植林プロジェクト」の一環で一日だけですが滞在するらしいです。

ビジターブックを見たら、本当に沢山の日本人の方がいらっしゃっていて、本当にマトマイニは有名なんだなーと実感しました。



代表である菊本さんはモヨの代表の松下さんと一つ違いで64歳なのですが、なんとスワヒリ語が喋れるんですね!

子供達とスワヒリ語で会話をしている光景を見たときは、とてもビックリしました。




このようにとても経営が順調に行っているかのように見えるマトマイニですが、やはりどのNGOも色々な困難に直面しているんですね。



特に今の時期は日本がとても大変なことになっているので、今まで期待することができていた日本からの支援金が、これまでほど期待することができくなってしまったんです。



マトマイニはまだ持続的な収入源がありますから影響はそこまで大きくなくて済むかもしれませんが、他のNGOにとってはこれは死活問題なんです。



いくら援助金に依存してはいないとはいっても、日本から一切お金が入らなければ運営が難しくなることは必至で、モヨに滞在しているときにお会いした他のNGOの代表の方も本当に大変だと仰っていました。



また、「緑」がとても多いマトマイニですが、最近は「植林」にも凄く慎重になっているのだそうです。



植物ってきちんと手入れしなければすぐにダメになってしまいますから、手間隙が凄くかかったり、維持費が馬鹿にならないんです。



WAVOCも活動の一環で木を植えて行くらしいのですが、本当に大変なのは植えてからだと仰っていました。



木を育てるって物凄く大変なことで、それこそ何十年のスパンの世界ですから、その間コンスタントに世話をしなければならない。



そして今のケニアは雨期なのでそんなに問題はありませんが、雨期をすぎると本当に一切雨が降らないらしいので、木にやる水を確保するのが本当に難しいのだそうです。



マトマイニのように、仮に外部からの支援金が来なくなったとしても自分達が保有する資源でやりくりできれば良いですが、基本的にそんな磐石なNGOはあまりないのが実情です。



ケニアにあるNGOだけでなく、恐らく世界中の日本のNGOが今現在大変な思いをしていると思います。





ところで今更ですが、「マトマイニ」とはスワヒリ語で「希望」を意味し、「ケニアのスラムの子供達に希望の灯を!」という想いからこの名前がつけられたのだそうです。



始まりはケニア人と日本人のボランティアがスラムで教育支援活動を始めたのがきっかけで、それがケニア政府に承認され、その語マトマイニが開園したのだそうです。





当初の理念通り、マトマイニは沢山のケニア人にとって27年もの間「希望の灯」としての役割を果たしてきており、様々な困難を経ながらも今もなお継続して活動し続けているんです。