民間テレビで面白いドキュメントがありました。それはあるストリッパーとしては57歳まで続けている異例の実話で民間テレビも時々NHKもできないような面白い番組をつくります。彼女は全国のまだ辛うじて残っているストリッパー劇場を2週間単位でたいてい劇場の中の設備で寝泊まりします。彼女は子宮頸がんの手術もししょっちゅう激痛に悩まされます。しかし57歳の今日も日本のどこかで必死に踊っています。彼女のファンクラブもあり誕生日には14,5人が集まって祝います。昔はストリッパーのファンは男に決まっていましたが今は結構若い女性のファンもいます。彼女らに言わせると懸命に踊る姿に元気をもらうそうです。この57歳のストリッパーはそれこそ全身全霊でおどります。腿に水が溜まって本当は踊るのも大へんですがとにかく力を抜かずに踊り切ります。彼女には末期ガンの70代のファンがいて彼女の舞台を支えていますが末期ガンが痛み出し亡くなります。しかし止めずに今も踊り続けています。仲間は娘のような若い娘(こ)たちばかりです。彼女は人柄が良いのでしょう。ファンから沢山の手紙とプレゼントが送られてきます。それに返事やささやかな返礼も送ります。私は今の政治家を見るにつけこのようなこう言っては何ですが社会の底辺にいながら真心こめて舞台に立ちファンと心の通った交流をしファンを元気づけている姿に私も感動します。真剣にそして誠実に生きることが人を喜ばせ勇気づけることをドキュメントを通して実感できます。テレビからしか生きる実感を得られない私にはこにょうな感動的番組は人間信頼を取り戻してくれます。若い時AVの女優もやった彼女が今みんなに慕われる存在になれるというのは人間は過去をいくらでも浄化できるということを知らせてくれます。いろんな人生上の困難を乗り越えて人間は良き境涯に至ることができることを証明しているようなものです。私のアートの目的は精神の浄化、昇華ですが特に今日必要と感じますがアートが人をびっくりさせる方へ向かっていて人間一体どうなっていくのか危ぶまれます。これも文明が変化を好みたとえ極上のものでも変化を好む偏向で消えていきます。またテレビの弊害は昨日と同じことをやっていたらテレビの競争に勝てないということです。テレビの本質を自覚して本当に良いものだけを選択すべきですが人は馬鹿馬鹿しいものに時間を費やすものです。易きにつきやすいものです。真に「朱に交われば赤くなる」の譬え通りです。それでも私が自分なりにそこをうまく通り抜けたのはお袋の教育のせいだったか本のせいだったかはっきりしません。あるいは生得の「聖」なるものかもしれません。私は子供のときからお寺や墓場が嫌いではありませんでした。今でも坊さんにはなってみたいです。今年は元旦に能登大地震があり2日にはJALと海上自衛隊の飛行機の事故があり正月らしい気分になれませんでした。しかしこの気分に負けては1年駄目になってしまいます。良い番組をバネに希望を持ち続けたいものです。
んhk