今日はデイサービスも受診日でもないので家内を連れ出すことにしました。先ず市役所に書類を出し、そこから300メートルばかり歩いたところにバス停がありそこから遠くの小さな農協のスーパーとその800メートル先に食糧の卸店がありその2つに買い物をするつもりでしたが40分待ってそのバス停にはその方面に行くバスは通らないことがわかり近くのモールにいくことに変更しました。そこで買い物をし反対側の路線のバス停にいって30分待って帰りました。結構寒く家内はこたえたようですが私は殆ど寒くはありませんでした。これでリュックにスケッチブックを忍ばせていたら4,50分の待ち時間なんてあっという間に過ぎます。結構歩いたので疲れましたが帰宅後すぐキャベツ丸のまま1ケを4つに割って圧力鍋でトリの胸肉と一緒に炊きました。20分でとろとろになります。こうしないと家内が噛めません。これだけは完食します。もうこの1週間でキャベツ4ケをスープにしました。電気圧力鍋は白飯と味飯など炊飯にしか使っていません。その内ブタのばら肉をとろとろに煮たいと思います。

カロリーを1,600からでないように心掛けたら体重がようやく57キロ台になり少し歩けるようになりました。最近時によって30メートルも歩けないことがありびっくりします。3,4年前高校のクラスで一番成績の優秀だった男が500メートルばかり離れたスーパーに一人で買い物にいって帰り足腰ふらふらになって知らない人に助けられてようやく帰ったと聞いて間もなく家の前で掃除をしていた孫におじいちゃんはときいたらホームに入ったといいました。そのちょっと前彼は私に「俺頭やられているんだ」といいました。頭の良し悪しと認知能力が必ずしも一致はしないようです。

ボケは考えようによっては死への準備で死への恐怖を和らげる効果はあるでしょう。死ぬ時は快感物質セロトニンやエンドルフィンその他がでて苦しまないようにできているらしいです。それが仏教では阿弥陀さまがお迎えにきて下さるというような表現になるのでしょう。

私は死の心配を原則としてはしないことにしていますが、別の意味で日々の微量の衰えを自分でチェックしているようなところがあります。そしてがくっと体力が落ちたとき死のone stepがきたと思うことにしてます。それは不安というより客観的に自覚するだけです。

小説で書かれているように武蔵が死の直前はったと床の間の掛け軸の「無」という字に向かって手裏剣を投げるなんてことはまああり得ないでしょう。私の理想は疲れたからちと休むわといって横になりそれからしばらくして意識が朦朧として呼吸が乱れそして止まる、こんな最後です。原則として葬儀はやらず共同納骨堂に骨を納める納骨式だけで結構と考えています。

私は青春時代から現実に成功したいなんて考えを持ったことの無い最初から負け犬(世捨て人)の人生でした。只一番大切にしてきたものは「自由感」でした。これは「自由」とは本質的に違います。「自由」は死を超えることです。「自由感」はニヒリズムにもかかわりますが常に社会からまた人間の通念からも自由でいるという感覚的なものです。「死」を超え絶対的自由を獲得することは私の力ではかないません。

しかしこの自由感というのは特定の立場というものがないので人間と社会の矛盾を見分ける感覚は身につきます。そして「人間とは何か」という命題が常に額に張り付いています。年取ったから妥協はできません。自己の甘やかしはなりません。結局男の親友は居ません。ただ良い友人は結構います。むしろ女性の友人が圧倒的に多いです。男の人生の友は彼が34歳の時突如この世から去りました。

今の心境はやるべきことはやる、あとはまあ怠けてゆっくり生きます。

昨夜遅くの番組でコロナ騒ぎで家庭の幼子をもつ主婦が夫の暴力と家計を補うために体を売るひとが増えているという話題でした。レストランや夜の店を持つ旦那の収入が激減し妻に暴力をふるう例もあり社会問題化しているそうです。今までのような収入がないと皆不安から精神が不安定になり不本意な行動を起こすようになります。

このコロナという微生物は戦争や震災などに勝るとも劣らない力を社会に及ぼします。敗戦直後「こんな女に誰がした。...」が流行りました。今この歌が思ひ出されます。戦後女と靴下は強くなったと言われましたがまだ社会の弱者です。このコロナ騒ぎで私が知らないところでこのような悲劇が起きていて早く終息して欲しいです。平常な社会が如何に大切であるか分かります。

今朝も3時に目が覚めコーヒーを沸かし屋根裏にどてらのまま上がりました。体が少しずつ活性化しつつあるようです。今年のあらかたが日々生きるのにへとへとでしたからほっとしています。あと1ケ月で2020年も終わりとくに感慨はありませんがこの先どうなるのだろうとは思います。

今日も眼科の受診の日で病院に9時10分前に着きました。何時もと同じ検査ですがあまり待たずに10時半ごろ終わりましたが普通より支払の待ち時間がかかり家に着いたのは12時を過ぎていました。今日は家内のデイサービスの日で昼は電気圧力鍋で前日にもち米を水にひたしておいたので米をその3倍にして安い北海道産ホタテの貝柱とアルゼンチンの殻つきエビをちょっと酒と醤油で煮て米の上に乗せそれにまた酒、醤油、とりがらスープの素を適量と水をいれて炊きました。前回は水が足りなくて硬めに炊けたので水を多めにいれたら柔らかくなり過ぎました。でも味は良かったです。スイッチをいれて25分でできました。

まだ電気圧力鍋での炊飯は2回だけですのでもう少し経験が必要ですが普通の白飯は結構美味しいです。

もう10日間壁に寄りかかって寝ているのでやはり疲れがでて昼食をとったら何もしたくなくなりコタツで横になりテレビで映画作品「ガンジー」をやっていたのですが殆ど眠ってました。パリで封切られてすぐ見ましたが会話が分からなかったので今回はいい機会でしたが眠ってしまいました。ガンジーの「我が人生」を読んだことがあり決して才能ある弁護士のデビューではありませんでしたが南ア連邦の同胞によばれてそこで白人社会と闘う経験を経て本国に戻るころには有能で勇気ある弁護士になっていました。本国でも彼の評判が上がっていました。そして民衆運動白人との差別撤廃の行動から政治家になっていきます。彼はヒンズーの宗教と政治を一体として行いました。あるジャーナリストが彼の宗教的面を強調してヒマラヤの山に籠って聖者にでもなったほうがよくはないかと言ったとき「私は日日ヒマラヤを背負って生きている」と答えました。日日俗界の政治を行いながら自らを宗教の実践で深めている僧侶そのものでもあるといったのです。彼は夫婦になってもセックスが人間に良くないと禁欲的な生活を重要視しました。

インドでは7,8歳になると子の結婚を親同士で決め15,6歳で結婚させるので早いセックスは良くないと言っています。

彼等には子ができず白人の娘を養女にしました。彼があれだけ大成したのは一度反省し決めたことは生涯守ったので進歩が著しかったのでしょう。私など何回決めたことを破っているか分かりません。

これが彼が人にぬきんでた意志の持ち主だったからでしょう。

20世紀の世界の人物をみてたった一人を上げろとすれば私はガンジーを上げるでしょう。マザー.テレサも凄い人ですがガンジーは現在13億の大国をイギリスの属国から暴力を使わない不服従運動で世界一の帝国から独立を勝ち取った最大の指導者で民衆の暴動などが起きる度に断食にはいり鎮めました。彼はインドの民衆にとって親父のような存在でしたし世界が彼を愛していました、特にアメリカのジャーナリズムが彼の味方でした。そして最後はヒンズーの極右の青年の凶弾に倒れましたがその青年に向かって合掌して息絶えました。まさに聖者の最後でした。79歳でした。

その後やはり凶弾に倒れたキング牧師はガンジーの信奉者でした。

ガンジーが如何に世界の人々に影響を与えたかは計り知れません。

それは彼は暴力を完全に否定し愛と真理によってのみ何事も遂行したからです。いまはこういう政治家は居ません。もう生まれないでしょう。インドそのものも変化して西欧と変わらない文明を追い始めています。

改めて懐かしいガンジーを思ひ出しました。そういえば最近ダライラマ十四世の話題がありませんが彼は私と同じ84歳の筈です。彼の「我が祖国、チベット」も読みました。チベットは不思議な国です(でした)。1957年だったかに中国が侵入し彼はたった17歳だったかで数人の付き人を従い見つからずにインドに入りました。そしてネルー首相から滞在の許可を得北インドのある地域をチベット人の亡命者の生活と信仰の場として提供されました。以来チベットの宗教と伝統が守られています。ダライラマ十四世はたしかノーベル平和賞を受けたはずです。

聡明な20世紀人です。

もう世界にはこうした人物は輩出ししなくなっています。アメリカではトランプのようなやくざ大統領がでてアメリカの凋落を象徴しているかのようです。アメリカの社会は世界からあらゆる人種が集まって世界一の国にしたいわば一大実験場で一時は成功しました。世界に未来を与えました。しかしどんな場合にもピークがあり下降が訪れます。

日本は潜在力があると私も思いますが数々の人間への不思議なバリアーがありそれが発展を阻害していると山本七平と同じ考えです。

その場の空気を破る勇気と理性の国民になったら世界性を獲得できるでしょう。

話は変わりますがイギリスのBBC放送をみていたらECから脱退すると農業政策が変わりECに留まると耕地しか支援が無いが脱退後は沼沢地や荒れ地でも自然を守る価値というのが考慮され支援の対象になるといってました。こういったイギリスの選択は重要です。そうでないと地球のすべてを人類が食糧と消費の資源としか考えず地球をめちゃくちゃにし人類を百億いやそれ以上にし進歩の競争を激化して人類が住めない荒廃を招来するでしょう。私は全く古臭い人間で西洋の合理主義と人間中心主義が長い目でみて地球と人間を滅ぼすと思っています。それは必要を遥かに超えた文明の進歩の速度の加速化、それに伴う人間の形而下的欲望をこれでもかこれでもかと肥大させていく原理だからです。

一杯の粥で至福になる東洋本来の生き方こそ今の地球に必要な考えではないでしょうか。それは巨樹や大岩を信仰の対象にし森羅万象の源を敬う思想です。誰でも何かが狂っていることは分かっています。これこそが今の文明の原理が綻び始めているという証しです。東洋ばかりでなくアボリジーニやネイチブアメリカン、アイヌなどにも共通する自然との一体これこそが安らかに生きる魂ではないだろうか。

できないまでも「自他一如」この「他」は自然も含みます。人間もこの原理から遥か離れて自然の恵みから見放されています。

人間は「何処からきて、何者であり。何処へ(向かって)いくのか」が永遠のテーマと思っていましたが、先日ある(多分)有名な外国の学者が今や人間は「何処へ行くのかではなく、何処にいきたいのか人間が決める時代になったというのです。私は人間の運命を人間自身で決めていけるほどすべて(遺伝子、生産、地球の安全な維持、戦争や紛争のコントロール、過当な競争を避け進歩の速さなど)をコントロールできる時代に本当に入ったのかなどすぐ考えました。私にはこの学者は傲慢ではないのか、この人間の未来のいく方向を我々自身で決めて人類が何十万年未知であった命題を解決しようとしているのか、それよりも科学(当然医学も)とテクノロジーによって人類の運命を変えられるのか。東洋の理想は「自我を滅し大我と合一する」ですがこの学者が言うことは西洋的な形而下的欲望(物への欲望)を充足拡大することが人間の進化と思っているのか。医学も発病する前にみつけ対処して事前に大事に至らないようにする。予防医学の徹底など、そのように肉体を管理してもらって本当の生きる充実がえられるのか。生甲斐が生まれるのだろうか。殆どの人間が柵のなかの動物のように管理され安心して暮らせたとしたらそれは奴隷人間ではないのか。また楽して生きたとして人間120年の長さに飽きないのだろうか。長いだらだらした人生はその終末である死を感動のないものにならないだろうか。三島由紀夫は歴史上の英雄が50歳前にあらかた死んでいるのでそんな死に後れをとらないか焦っていたことが文章に残っています。この平和ボケした昭和に一石を投じたい気はあったでしょう。このような恵まれた環境では命を賭けて凄いものを生み出す必然性がないでしょう。みなミステリーなどで時間をつぶすようになるのではないか。実際テレビ番組のあらかたがミステリーものです。皆が生きる苦痛から解放されたとして生き生きした現実肯定の創造者になれる可能性が万が一あるかも知れません。しかしその半面麻薬やドラッグを使用して時間を忘れようとする者も増えるでしょう。総べての人間が100年を埋めるのは大変なことです。世の中に克己心を必要としなくなればやはりデカダン(退廃)とニヒル(虚無)が深層を支配するでしょう。

私の想像では完璧に「生」の物質面が保証されれば生きる意欲は極端に減退し感動も減退するでしょう。このまま便利なものが望む望まないに拘わらず与えられ続けると人間の生き生き度が落ちていくでしょう。たとえば子が何か欲しいと表明する前に与え続けると子はうんざりして親を傷つけるようになると読んだことがあります。これでもかこれでもかと与えつづけると人間を破壊してしまうということです。物をものの機能面だけの価値と教え込むともの一般に感謝する心は生まれないでしょう。感謝の気持の喪失は人間を不幸にしまた片輪にするでしょう。

私には人間がどんどん孤立して人間同士の引っかかりが無くなってみなそれぞれに蠢いているといった様相を呈するようになるのではないかと予想しています。実際アートなど個人のマスターベーションになり共感の要素が少なくなっています。精神の爆発は稀になっていってます。何故なら人間爆発のエネルギーそのものが人間の中に無くなっているからです。みな蠢いて120年を耐えるか自発的に安楽死を選ぶようになるかでしょう。私など90歳くらいで沢山です。

母は70代で寝る前翌日目が覚めないといいとよく言ってました。それほどに生きることは重荷だったのでしょう。しかし百歳3ケ月まで薬も飲まずに生きました。

私は今のところまだ生きる意欲を何とか維持しています。あと1,2年は惨めにならず生きられるかも知れません。日々生き切る理由を見つけるのが私の最大な問題です。だらだら生きることは私の神経を苛立たせます。人間の思考には人間らしい速度というものがありこれを科学とテクノロジーの加速化で邪魔されたくないのです。私には最低の健康な食品がありあとは日常を整えて思考と人間の交流があれば十分です。生きるにほんのささやかなものがあればいいです。

昨日珍しく一人で映画館にいきました。何でもいいから映画館の暗闇で2,3時間一人で居たかったのです。3,40分待つフィルムは「461個のおにぎり」だけでした。結構長いだらだらした作品でしたが今の父と思春期の息子との関係や今の人間の軽さなど分かりました。このおにぎり弁当を離婚したミュージシャンの父親が息子の高校の3年間弁当を作り続けそして最後に父と息子の暗黙の和解、これからもしばらく平穏な関係が続くだろうということで終わっています。今の人間にたぎる熱いものが無く人間関係の希薄なことが伝わってきます。子従って孫もいない私に今の社会を理解するのはこんな映画をみることです。息子ののっぺりしたなまっちょろい顔は昔は存在しませんでした。人間の顔も我々時代とは随分変わったものです。

生きることは人間に関心をもつことそしていくつかコンタクトをもつことが生きる実感に繋がりなんとか老残を乗り越える方法ではないかと思います。老人が孤立したらエネルギーがどんどん無くなってしまうでしょう。

目は順調に回復して柱時計の針もはっきり見えるようになり両眼でテレビを見ても殆ど支障が無くなりました。しかしまだ相当目が赤いです。退院の翌日から自転車で重いものを背負ったせいもあるでしょう。医師からは2週間安静と言われました。生は些細なことを一つずつクリアーすることで元気になります。しかし自分でクリアーできない難病や難事を背負った場合どう乗り切るかです。今回目が見えるということだけで素晴らしいことを実感できました。若し片目になったらなったでしようがありませんが今のとこ何とか両眼大丈夫のようで今年多難だった締めくくりとしては満足です。16年世話したすぐ上の姉の七回忌を1週間後に予定しています。それが終われば静かに年末年始を迎えられます。

今、朝の5時半、今日はフランスにいる50年来の友人に駄菓子でも送ろうと昨日買い込みました。フランスは閉鎖状態で食糧買い出し以外あまり外出しないそうです。嘗て彼には骨董市で手ほどきを受けました。私がつまらないものを高い金払うので教えなくてはならないと教授してくれました。彼は古伊万里など格安にみつけてそのコレクションは膨大です。まだフランスに残っている同業者は凄いなとおもいます。これから朝風呂に入ってから起きます。