仮の住まいへの引越し 4 (やっと終了)
腰痛の再発をおそれて
あまり手伝わなかった親玉ビーバーです。
軽い物しか運べません。
さて、先週末はさいごの引越しでした。
本来なら仮住まいへの引越しは2月14日辺りに
終わっているはずなのですが、
丸々2ヶ月ずれ込んでしまいました。
ようやく取り壊しの日が決まり
あわただしく2ヶ月前の引越しで持っていかなかった
生活用品を自分たちで運びました。
今思えば、引越しやさんにお願いした荷物の
半分ほどは不用品と思われます。
貧乏性なので、使える物はとりあえず持っていきました。
ほとんど全ての物を運び終え、
残りは友達にあげる備品のみとなりました。
一人きりになって、その友達を待つ間
何も無い空間に寝転び
その部屋であった出来事を色々と思い出したり
その部屋のシミや汚れ、傷を見てまわりました。
親玉ビーバーが小さい頃つけた傷、
幼稚園の時にすごく好きだった模様が入ったタイル
台所(キッチンとは呼べない)の板の間(フローリングとは呼べない)
に空いた穴によく米粒を突っ込んでおこられたり。
左官仕事のかべについた、手の跡。
階段の手垢
数えたらきりがありませんでした。
各部屋を回りながら、産まれて
34年を過ごしたおうちに心の中で
ありがとう![]()
とつぶやきながら。
今週から始まる解体作業。
いつまで元の姿でいるのでしょう。
きっと、朝通ったときにはまだあるのに
仕事が終わり、帰りがけに見たら
半分壊れてる
なんて感じなんだろうな。
本当は解体作業を一部始終見ていたいけど
会社は休めないし、
機械の爪が家を壊すのを見ていると
泣いちゃいそうです。
そういえば、ようやく図面の改訂版が届きました。
まだ開封していませんが・・・
(やる気はあるのでしょうか・・)
久しぶりのお弁当
奥さんビーバーにメタボと言われ続けている親玉ビーバーです。
自分だって・・・ いや、なんでもないです。
さて、親玉ビーバーが学生時代から足掛け7年位
続けていたアルバイトがありました。
宅配のお弁当やさんです。
(FANDERS)
代官山店が最初に働いたお店で、
最後は三軒茶屋店で退職しました。
ピザの配達のように、電話注文を受けた後につくり、
3輪の原付(ジャイロ)でお届けする物でした。
当時、ほぼ都内全域にわたり支店があり
いろいろな所へお手伝いに行った記憶があります。
そこを辞めて会社に入って早?年
久しぶりにあるイベントのスタッフ弁当で
そこの弁当が出ました。
しかも、昼と夜2食ともが2日間。
懐かしくって食べながら学生時代を思い出したり
していました。
味は、当時よりおいしくなった気がします。
まぁ、親会社が変わったり調理方法もかわって
いると思いますが。
以前のメニューはどれくらい残っているか
見てみよう![]()
帰ってみたら・・
久しぶりに二度見した親玉ビーバーです。
4月9日の仕事終わり。
いつものように、便利用品が何も無い
引越し途中の実家に帰ると
入り口付近に張り紙が
思わず二度見してしまいました。
あまりにも話が急展開で戸惑っています。
解体始まりが16日。
実家の寿命が設定されてしまいました。
このときから1週間後には機械の爪が入ります。
それまでに、残された荷物を仮住まいに移動させねば。
平日はむりなので、週末が勝負です。
話は進んでいいのですが、でも、不安要素が。
なぜなら、まだ修正案を出した新しい設計図が到着してないし、
何より資金計画してませんけど・・・
いいんですかね。貯金ないっすよ?
小遣い3万円だし。
いまさら後に引けないし、やっちゃいますか!
ホントにお金借りられるのでしょうか・・・
とりあえず、せわになっている保険やさんの
ライフプランナーに相談しよう



