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自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

自転車旅も終盤を迎え、ようやくゴールが近づいてきた。

旅の締めくくりは四国八十八箇所札巡り、お遍路さんだ。

日本海の鳥取県境港から中国山脈を越え、瀬戸内海へ。

自転車専用道路が完備されているしまなみ海道を走り、四国の愛媛県今治市にやってきた。

去年しまなみ海道を走ったのは確か、5月だったから、自転車旅を始めて1年以上が経つのだ。

今は梅雨間近の6月4日だ。

今治市の市民の森公園でテントを張った。

 

 

簡単にお遍路のことを説明する。

四国に点在する弘法大師(空海)ゆかりの札所の総称を四国八十八箇所という。この四国八十八箇所を巡ることを特に遍路と言い、地元の人々は巡礼者を「お遍路さん」と呼んでいる。

一般的には「四国遍路」「四国霊場」とも言われる。

1番札所徳島県「霊山寺」から88番札所香川県「大窪寺」までは四国をぐるりと一周網羅され、全長1400キロの距離となる。歩き遍路は普通40日前後の日数が必要となる過酷な巡礼旅だ。自転車の場合だと20日ほどで巡ることが出来るだろう。ということは、自転車日本一周旅も3週間でフィナーレを迎える。

88の霊場を一気に巡るのが「通し打ち」と呼ばれ、何回かに分けて巡るのが「区切り打ち」とそれぞれ呼び名がある。

通常、徳島県→高知県→愛媛県→香川県という順番で時計回りに参拝するのが「順打ち」で、その逆が「逆打ち」だ。また、徳島なら徳島だけ一県を回るのは「一国参り」と言われる。

 

 

なぜ、こんなマニアックな情報を知っているかというと、これまでペダルを漕ぐ時間とほぼ同等の時間にあてたのが読書だからである。雨の日は多くの時間を市町村の図書館で過ごした。また地方の古本屋に立ち寄り、安い古本を購入しよく読んだ。

テントの夜や休憩など時間があくと文庫本のページを開いた。ジャンルは様々だ。ある作家をとことん追求したり、旅本を中心に自転車旅を追体験したり、時には現実味のある仕事関係など、道中読破した本は200冊にのぼる。

自力旅を追体験した本に、「西国33か所ガイジン巡礼珍道中」「ニッポン百名山よじ登り」「ニッポン縦断歩き旅」「四国88か所ガイジン夏遍路」という日本アウトドアライフ良いとこ取りをした文庫本がある。

日本をこよなく愛するニュージーランド人が執筆している1冊に「四国88か所ガイジン夏遍路」という本がある。

日本を心から愛する著者が、「本当の日本」を探して、四国八十八箇所霊場巡礼の旅に出発。お遍路のなかで、一番厳しく、エライとされる「歩き遍路」を選んだ著者が、四国の人々やお遍路仲間とさまざまな出会いを経験した、暑い30日間の爆笑紀行本である。

 

文中に、四国遍路の魅力が端的にまとめられていたので紹介する。

 

「お遍路の極意は寺そのものにはない。

 巡礼の旅を終えるために肉体面や精神面での

 過酷な試練を克服することが必要になります。

 厳しい巡礼を続けるには疲労や足の痛み、

 悪天候と闘わねばならず難行苦行の連続といってもいい。

 そこに益があると弘法大師は考えた。

 難行苦行は寺そのものにあるのではなく、

 寺と寺との間で体験するわけだ。

 だからエアコンの効いたバスで周るお遍路たちは、

 はなから巡礼の目的を逸脱したことになろう。」

 

結果よりそのプロセスにこそ大切な要素があると唱える四国八十八箇所お遍路さんの存在が旅の中ごろより気になり始めていた。

自力旅の締めくくりは「自転車お遍路だ。」とその頃より決めていた。

 

本日より愛媛県の札所からお遍路を始めることにする。愛媛、高知、徳島、香川をめぐる名付けて「反時計回りランダム八十八箇所巡礼自転車遍路」だ。

略して「ランダムチャリ遍路」だ。

気合の朝は早い。感情が高ぶって早く目覚める。小学生の時の遠足の朝のようだ。

公園のど真ん中に張ったテントに刺さる朝日が眩しい。

しばらくすると野営地周辺に、続々と人が群がってきた。

近所のご老人たちだ。

まだ朝の6時だ。

次から次に人が集まってくる。

市民の森公園で大きなイベントがあるのだろうか。

50名近くのご老人たちが、公園のど真ん中に張ったテントを囲むような格好になってしまった。

まいったなぁ、と思った矢先、大音量のラジオ体操が鳴り出した。

毎朝、6時30分より、地域の住民を対象に健康増進のためのラジオ体操なのだ。

テントの中で過ごすのが気まずくなり、ご老人たちと一緒に「オイッチニィ、」とラジオ体操をする。

ラジオ体操をするのは、小学生の時の夏休み以来だなぁ。

記録用紙にハンコが押されるのが嬉しかった。ラジオ体操の後に皆でかくれんぼや鬼ごっこをしたことを思い出した。

ご老人たちはラジオ体操が終われば即解散し、蜘蛛の子を散らすように公園からいなくなった。

テントや僕の存在は空気のようだった。誰も無断野営宿泊を指摘することなかった。

何者も自然と受け入れる風土が四国にはあるのだろうか。

四国の人々、四国の海、四国の清流、四国の山河、四国の風を慕う懐かしい気持ちが強くなる。

遍路道でどんなドラマや宝物に出会えるのか。

自転車遍路が何をもたらしてくれるのか。

どんな御利益があるのか。

 

この自転車日本一周旅は、テーマ「快適さを求めて」を掲げているものの裏テーマは自分を鍛えるという修行の側面もある。

厳しい修行の世界には「99日目を以て道半ばとせよ」という教えがある。

厳しい100日の修業において、最も大きな壁が訪れるのが99日目と言われる。迷い、挫折、異変、トラブル、アクシデントなどがゴールを目前にした時にやってくる。

フルマラソン でコツコツ4時間かけて走り通してきたのに、ゴールが見えた瞬間、ほっとして気を緩め思わず走っていた脚を止めてしまう。歩いてしまうという事態を招いてしまうことがある。最大の壁が99日目に訪れるのだ。

心願成就する直前にこそ、気を引き締めワキを締めろという事だ。

 

1年以上経つ自転車日本一周旅もゴールまでもう一歩。

長い旅の結願まで、もう一歩のところまで来た。

日本古来より「九」と言う数字には、様々な教えや精神性があるようだ。

苦(九)を乗り越えて、充(十)となるのだ。

苦しい上り坂を乗り越えた先に楽しい下り坂があるように、「苦」を乗り越えると「充実」があるのだ。

九は不思議な数字。

九はどんな数字を掛け合わせても最終的に九になる。

 

おお、なんだ不思議な「九」という数字は。

どんな数字でも、次のような操作をすると、必ず九に戻ってきてしまうのだ。

1. 適当な数字に9を掛ける。

2. 出た数字の各桁を足す。

3. さらに一桁になるまで繰り返す。

 

今日は6月4日だ。

ここでは、64という数字で試してみる。

この数字に、9を掛ける。

64×9=576

次に、この数字の各桁の数字を足してみる。

5+7+6=18

さらにもう一度、各桁の数字を足す。

1+8=9

 

おお、9になった。

適当な数字に9を掛け合わせても結局9になる。これは偶然なのだろうか。

もう一度やってみよう。

 

今度は、411だ。

旅を始めて今日で411日目となる。

携帯電話の計算機機能を使って、早速やってみよう。

411という数字に9を掛ける。

411×9=3699

この数字の各桁の数字を足していく。

3+6+9+9=27

各桁数の2と7を足すと9になる。

 

つまり、9という数字は「苦」を意味し、苦を乗り越えなければならないのだ。

苦しみから逃れても、また苦しみはやってくる。

苦しみを乗り越えた先に、充実の10が待っているのだ。

 

「兆し」という言葉ある。

物事が起こりそうな気配を指す言葉、千、万、億の次の位が、「兆」。

出来事が起こる兆しや気配、タイミングはそこらじゅうにあるという意味だ。

その時々にどのような心で物事を悟り、受け止めるかが大事になる。

苦しい時は、「逃」げている状態。

嫌なことや不得意なこと、面倒くさいことを遠ざけ、物事から逃げている状況では心は苦しくなる。

苦しみの特徴は次の3つ。

「苦しみと闘おうとすればするほど、その苦しみは大きくなっていく」

「苦しみから逃げても、どこまでも追ってくる」

「苦しみは必ず喜びに変わる」

 

ではどうすれば苦しみが、楽しみや喜びに変わるのだろうか。

 

チャレンジ精神をもって物事に取り組む時だ。

「挑」む姿勢だ。

積極的に挑戦心を持つこと。

新しい挑戦をすると次から次へと大変な事が起こるけど、オレはそれを修行と呼んでいる。

過酷な自転車日本一周旅やお遍路さんに挑戦したら人生が変わるわけではなく、挑戦を通じて自分と向き合うから変わるのだ。

過酷な旅が人生を変えてはくれるのではない。

ちょっと哲学的になったけれど、自転車日本一周旅の締めくくりの四国88ヶ所札巡り、お遍路さんの苦しみと楽しみと味わい、自分を内観しようと思うのだ。

挫折や失敗をしたっていいじゃないか。

苦難に立ち向かっている人やチェレンジしている人と出会えって、自分と出逢おう。

 

「失敗」したってことは、「挑戦」したってことだぜ。

あいつは果敢に挑戦している奴だと褒めてるあんたが一番のチャレンジャーだ。

 

 

0856/1000

 

 

忍耐とは自分を抑えることではない。

希望を持って耐えることである。

 

今も希望を持とう。

実行可能の希望を持とう。

 

 

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

本日の日記は女性もしくは、潔癖症関連の方はスルー願います。

 

山口県萩市を後にした自転車日本一周旅は、日本海からの潮風に乗り、爽快に鳥取県米子方面に進む。

国道191号線から国道9号線に合流。温泉付きの道の駅、海浜公園、オートキャンプ場など国道沿いに点在する快適な宿泊野営地を利用して旅は続いていく。

島根県の出雲大社にお参りした後、島根ワイナリーにて無料試飲コーナーでワインを嗜む。

 

 

 

松江市を抜けて、ゲゲゲの鬼太郎で有名な境港市にある公共マリーナキャンプ場に到着した。

 

キャンプ場のすぐ近くにみなと温泉「ほのかみ」がある。快適な自力旅を続けるのに、温泉の存在は必須だ。

キャンプ場を選定する場合、近くに温泉があるかどうかをまず確認する。

ペダルを漕ぎ続けて、大量の汗をかいた身体を浄める入浴施設は、自力旅のオアシスだ。

 

 

この癒やしと安心感、理解できるだろうか?

ペダルを漕いで大量に汗をかく。潮風を受けて、汗は瞬く間に乾き、肌はカサカサ状態になる。

海岸線は起伏道の連続だから、上り坂に差し掛かるとまた汗をかいて、潮風でカサカサ状態。

幾重にも発汗、乾燥を繰り返す肌からは、塩の結晶が浮き出してくる。

不快感極まりない。

自転車による汗とともに、寝苦しいテント泊での寝汗も実は半端ない。

やがて身体はカサカサ状態からネタネタ状態になる。木工用ボンドのように粘着度を増した肌は、寝袋や肌着と密着してくる。

さらに汗をたくさんかくと、皮脂の分泌も活発になる。 大量に分泌された皮脂が髪に伝わり、そこへ自転車走行による埃や車の排気ガスの細かい粒子などが付着する。髪の毛は、ネタネタを通り越してベタベタ状態になる。

身体は垢まみれになり、異臭を発するようになる。

 

本日は3日ぶりの入浴となった。

3日分の垢を落とすため、温泉で頭を洗う。

一回目洗髪、泡が立たない。

二回目洗髪、少し泡立つ。

三回目洗髪、通常の泡立ち。

全身の垢を洗い落とし切った爽快感。

サッパリ爽やかになった状態でテント泊ではあるが寝床が保証された安心感。

この爽快感と安心感は至福のヒトトキだ。

キャンプ場に戻り、夕飯の準備をする。

 

さて、ここでいきなり問題だ。

松江市からある野菜島を経由して境港市に入った。

その島とは次のうちどれか答えなさい。

① 人参島 ②大根島 ③タマネギ島

正解は②の大根島である。

大根だからと言って、決して、島の形状は大根型ではない。

特産品は人参だ。

 

続いての問題。

野外料理における便利野菜ランキングの第一位は一体何か。

答えなさい。

便利野菜の王様は、タマネギである。

理由は

・水がいらない。

・洗わなくていい。

・どこにでもある。

・ 煮てよし、焼いてよし、蒸してよし、炒めてよし、生でもオーケー。

・ 保存が利く

キャンプでは万能アルミホイルが活躍する。野菜界のチャンピオンであるタマネギやとにかく食べたいものを包んで焚き火に放り込めばオーケー。

 

 

第3問。

自力旅における男の三大料理は何か。

① インスタントラーメン

② スパゲティー

③ ご飯を炊いて、野菜炒めORレトルトカレー

 

その日限りのデイキャンプや一夜限りのBBQ大会であれば、豪快にダッチオーブン仕立ての鶏の丸焼きなどが男らしいところだが、自力旅ではそうはいかない。

旅が繰り返される自力旅では、荷物は出来るだけ軽い方がいい。

野外料理のコツは、早くできること、並行して料理を作ること。

必要最低限の食材で切り盛りすること。

少しの食材で素早く作って、ゴミを出さずに素早く片付けられるのが望ましい。

もう答えを言ってるが、すべて正解だ。

オートキャンプ場でよく見かけた風景。たまの家族サービスで張り切るお父さん。

腰にかけたサバイバルナイフを素早く取り出し、レトルトカレーの封を切る。

「お父さん、すごい」と喜ぶ子供たち。

時にアウトドアライフは人を狂わせる。

その雰囲気を傍目で面白がり、この3大料理必勝トライアングルを繰り返していた。

スピードメニューとして外せないのが、茹でたてのスパゲティにマヨネーズと醤油をかけて素早くかき混ぜて腹に放り込む。最高に美味い。

 

第4問だ。

じゃあ、大根の生きる道はなにか?

ランク的に第10位くらいの大根は、やはり大根おろしに限る。

チリメンジャコと大根おろしをホクホクのご飯にぶっかけて、しょうゆをたらして食べたいなあー。今すぐ食べたいなー。

しかし今晩の料理は、③を選択。

ご飯を炊いてふりかけと野菜炒め。

島根ワイナリーで購入したワインで乾杯だ。

 

では最後の問題だ。

これがあるだけで毎日毎日いいことばかりがいっぱい起こるのは次のどれか?

①力を抜く

②身体を動かす

③遊び心を忘れない

正解は全部だ。

人生一生暇つぶし。

そんくらいの気持ちで力を抜いていきましょう。

 

私たちの身体は、食べたもので作られる。

私たちの心は、聞いた言葉で作られる。

私たちの未来は、発した言葉で作られる。

 

身体を動かすと、何を食べても美味しく感じる。

過去の集積で心は作られているから、過ぎてしまった過去のことをくよくよ考えない。

人間は考えすぎると臆病になるから、未来に向かって、力を抜いて、遊び心を大切に前向きに、前に進む。

自分のやりたいことを諦めるのではなく、やりたいことをやって自分の未来を明らめるのだ。

だから、

昨日には、感謝を。

今日には、情熱を。

明日には、希望を。

 

くだらない日記を書き留め、飯を食って、ワインを飲んだら、テントの中で、いつものようにいつの間にか眠っていた。

 

 

 

自転車日本一周旅を始めて1年2ヶ月が経ち、いよいよ大詰めを迎えた。

旅の締めくくりは、自転車遍路だ。

四国88ヶ所札所巡りに挑戦しよう。

 

 

0855/1000

 

人間というものは

いかなる場合でも、

好きな道、

得意な道を

捨ててはならない。

 

自分の道を進むべし。

他人には好き勝手なことを言わせていけばいい。

その覚悟が道を切り拓く。

 

 

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

自転車日本一周旅は、国道10号線を北上し、九州と本州の架け橋「関門海峡」を渡り、本州に戻ってきた。

山口県下関市から日本海の海岸線沿いに伸びる国道191号線を走り、山口県萩市に入った。

萩市は一方を日本海に三方を山に囲まれた小さな城下町だ。江戸時代に毛利氏が治める長州藩の本拠地となったため、古い街並みや風情がどこか故郷の丹波篠山に似ている。

その名残が雰囲気で伝わってくる小京都だ。

文化と伝統の城下町を自転車で散策する。

 

 

学生時代、歴史など真剣に勉強しなかったが、幕末から明治維新にかけて長州藩は、魅力的な人材を輩出していることを知った。

その筆頭が吉田松蔭だ。

 

 

長州藩に留まらず、幕末期における日本を動かす原動力を作り出した一人にこの吉田松陰が挙げられる。

幕末時代のターニングポイントは、ペリーの来航であろう。

規格外の黒船が江戸湾浦賀に来航した事件である。

この事件から明治維新までを幕末と呼んでいる。

松陰は実際にペリー艦隊の来航を目の当たりにした。まだ見ぬアメリカ大国にあこがれ密航を企てる。

密航は失敗に終わり牢獄に入れられるが、この野生心、行動力、冒険心は大いに見習うべき点だ。

そして吉田松陰のこの小さな一歩が、後の「明治維新」という大きな激動の波を生むことになる。

密航で捕まった後、松陰は仮釈放されると松下村塾という私塾を主宰する。

下級武士の若者が集まる松下村塾には、教科書はなく、まともな校舎すらない。

10畳と8畳の二間しかない小さな塾。

この小さな私塾は、松陰神社に保存されていた。

 

 

そこで、吉田松陰が指導した期間はわずか2年半である。

そんな松下村塾が、高杉晋作や伊藤博文(初代総理)をはじめとして品川弥二郎(内務大臣)、山縣有朋(第三代/第九代総理)、山田顕義(國學院大學と日本大学の創設者)を送り出すことになる。

結果的には、総理大臣2名、国務大臣7名、大学の創設者2名、というとんでもない数のエリートが、松下村塾から誕生したのだ。

 

 

なぜこんな革新的な教育ができたのだろうか。

松陰には日本を変革するという志があったからだろう。

その夢と理想を追い求め、緻密に計画し、確実に実行に踏み切る勇気があったのだ。

 

「夢なき者に理想なし。

 理想なき者に計画なし。

 計画なき者に実行なし。

 実行なき者に成功なし。

 故に、夢なき者に成功なし。 」  

 

長州藩の若者たちは、夢に向かって困難に挑む松陰先生の姿に、心を奪われたのだと思う。

 

松下村塾から育った若者の代表格は高杉晋作だ。

四百年続いた江戸時代に終止符をうち、明治という新しい時代の扉が開こうとしていた時期。

革命児・晋作はそんな激動の幕末時代を生き、奇兵隊を組織する。

奇兵とは、正規の兵ではなく奇襲攻撃を行う兵という意味で、武士、町村民、農民などの身分を問わずに本人の能力があれば入隊する事が出来き、奇兵隊は数々の偉業を成し遂げる。

その晋作の人となりは墓跡に刻まれている。

「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し…」

まさに一旦動けば雷が落ちるような過激テロリストになり、発すれば台風の如く周囲を巻き込んでいく。

晋作は29歳という短い生涯を破天荒に駆け抜けた。

死を前に晋作が遺した辞世の句が素晴らしい。

 

「面白きこともなき世を面白く」

 

 

この世の中は見方によれば面白いし、面白くないとも言える。

面白く感じるか、面白くないと感じるかは、人の心次第だ。

この「面白くない世の中を如何に面白くしていくのか」と私たちの心を捉える高杉晋作の辞世の下の句は、「住みなすものは心なりけり」と結ばれている。

面白く日々を過ごすには、条件や環境や待遇などではなく、心の持ち方次第であると教えてくれる。

この心の決め手は、己の志に向って今日を懸命に生きているかどうかにある。

また面白いとは、こんな解釈ができる。

「面」は顔を表す。

「白い」とは、顔に光が差している様だ。

つまり、目標に向かって歩み続けていることなのだ。

対極になるのは、面倒という言葉。

顔が下を向いて倒れている。面倒くさい、面倒かけるなよ、など否定的言葉の代表格だ。

今日を面白くするのは、心の在り方が決める。

そして、夢を持って目標に向かって歩むことだ。

 

松陰も、晋作も「夢」と「志」を持つ大切さを訴える。

夢と志の違いは何だろうか。

志とはなんだ。

夢=志

これは私欲的で違うような気がする。

 

夢+○=志

 

夢に何かが加わると志になる。

○に当てはまるのは「公」だ。

吉田松陰も高杉晋作も、「自分以外の誰かのために」というはっきりした使命があった。

人間というものは不思議な生き物だ。

自分のために何かをするのは楽しい。しかしそれだけでは真の幸福感は感じられないもの。刺激はあるが感激がない。

誰かの嬉しそうな顔、温かい言葉、触れ合う温もりなど、自分以外の他者の命が躍動した時、自らの魂が揺さぶられ、命を投げ出しても惜しくないと思えるのだろう。

だから多くの人の心に突き刺さる生き方ができたのだろうと思う。

 

ビジョン(志)とは、ドリーム(夢)と違って、人の幸せのために成し遂げたい構想のことだ。

萩の城下町で発見したのは、幕末の志士たちの日本の未来を憂う生き方だった。

本当の志士とは、人の上に立つ勝者ではなく、人の役に立つ勇者なのである。

今日の日記は、かなりアツく書き記してしまった。それは萩の雰囲気がそうさせたのだ。

 

社会に貢献する人が社会人。

会社に貢献する人が会社人。

 

さて、おまはんはどっちじゃ?

松陰先生に問われているように感じた。