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地鶏

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時代はオセロのようなもの。

隅っこの一人が全部をひっくり返す。

 

昨日の常識は、明日の未常識。

常識とは多数の意見であって正解ではない。

 

 

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

自転車日本一周旅は、高知県中村市から四万十川に沿って国道441号線の蛇行道を走り、四万十ひろばキャンプ場にやってきた。

日本最後の清流と謳われる四万十川は、四国の西南地域を流れる196kmの河川だ。

 

 

大きな山々の間を縫うようにゆったり緩やかに流れていく大河。

空を見上げる。

山間から顔を出す青空を素早く小鳥たちが飛び交う。一方、四万十川は静止したかのようにゆったりと大きな波を打ちながら流れる。この空模様の早送りと大河のスロー送りのギャップ。

3倍速で進む非日常と有り余るゆとりの自分時間。まるで自力旅のようだ。

四万十川の優雅な流れと目前に迫る山々の絶景を楽しみながら、「川の流れのように」を口ずさみつつ、キャンプ場内のカヌー館のベンチに腰掛けて缶コーヒを飲んでいた。

 

 

しばらくすると、色褪せた白装束に身をまとったお遍路さんがやってきた。

菅笠を外し、頭に巻いたタオルをほどき、汗を拭うお遍路さん。

 

「お遍路さんですか?」

 

年齢は60歳前後のおじさんだ。かなり年季が入っている印象を受ける。只者でない。仙人のような雰囲気だ。

 

「歩いて巡っているんだ。

 お四国さんはこれで5周目だな。

 君は自転車でお四国してるのかい?」

 

四国88箇所札巡りのお遍路さんのことを「お四国さん」と呼ぶことがある。

5回目なんて、ベテラン遍路さんだ。

 

「はい、自転車遍路です。

 自転車は登山道や段差がある道は走れないので、

 アスファルト舗装がしてある車道を走ってます。

 想像以上に厳しいですね。

 最近、身体が悲鳴をあげてます。

 でもお遍路さんを5周目なんてすごいですね。」

 

「別に仕事もしてないし、ただ歩いてるだけさ。

 この道は遍路道でもないし、歩くのが好きなんだな。

 まあ、四万十も好きだからな。」

 

四国88箇所札巡りのお遍路さんに決まった型はないと聞く。

俺のような自転車遍路。

歩き遍路、バイク遍路、そして自家用車やタクシー、大型バスで利用するお遍路さんなど移動手段は様々だ。

お遍路さんは、大きく3つに分類される。

 

「観光遍路」

「訳あり遍路」

「職業遍路」。

お遍路さんの全体の99%は「観光遍路」だ。多少の信心はあるが、生活を遍路に傾けるほどではない。観光を兼ねて気軽に健康のためにお参りをしようという人々。

「訳あり遍路」は、全体の1%にあたる。自分を見つめ直すために始める大学生や会社をリストラされた人、自殺志願者、病気や災難から逃れるために遍路をする訳ありの人だ。この人たちは主に歩いている。

「職業遍路」は、全体の0.1%。托鉢やお接待を受けて、善根宿に泊まり歩き、巡礼を続けている人たちだ。このおじさんは職業遍路になる。

 

「四万十川は優雅ですね。

 眺めてるだけで時間がゆったり流れてるように感じますね。」

 

俺が独り言のように呟くと、唐突に職業仙人遍路さんが話し始めた。

 

「俺たちは皆、四万十川のように大河の一滴さ。」

 

五木寛之さんの随筆作品である「大河の一滴」を思い出した。

 

「一滴一滴の小さな雨滴が集まって、大きな大河を作る。

 大河の水はときに澄み、ときに濁る。

 川の水が清らかに澄んだ時は自分の菅笠のひもを洗えばよいし、

 もし川の水が濁ったときは自分の足でも洗えばよいのだ。 」

 

これは現状を嘆くのではなく、自分がその環境や条件の中でいかに順応していくかを考え、行動することが大事だと職業仙人遍路さんは教えてくれた。

 

「泣くのはいいけども、泣き言は言うな。

 八方塞がりでどうにもならないと思っていても、活路はどこかにあるんだ。

 人生というものは。」

 

と職業仙人遍路さんは、何かを悟ったかのように教えてくれた。

 

「俺の理想は四万十のあの水だよ。

 幕末から江戸にかけて活躍した黒田官兵衛の教えに水五訓がある。

 水は、固体、液体、気体と変幻自在に姿を変え、

 一滴だけでも、一点集中すれば、硬い岩に穴を開けることができる。

 水が集まると、川となり、岩を動かし、地形を変えるほどの力がある。

 清濁併せ持つ水のような器の大きな人間になりたいのさ。」

 

と職業仙人遍路さんは、再び悟りを開いたかのように確信に満ちた表情で語った。

 

「こうして歩いて移動してれば、ハッとするような絶景や規格外の人に会える。

 感動は移動距離に比例するものだよ。」

 

職業仙人遍路さんは、格言めいた言葉を残して、雨の中、俺が来た路を軽やかな足取りで歩いていった。

 

シトシトと雨が降り始めた。

今晩は四万十川の側のキャンプ場でテント泊だ。

最近は身体が疲れているのでよく眠れそうだ。

 

 

雨の中、一人歩いている。

深い霧が立ち込めて、視界が悪い。半分壊れたようなアスファルトをレインウエアーも着ずに歩いている。

Tシャツと短パンで全身ずぶ濡れになっている。Tシャツは肌に張りついてしまい、上半身裸になる。

前方からバイクが走ってくる。

ライトがサーチライトのように霧の中に一本線が引かれてとてもまぶしい。

バイクは僕の前に停車し、フルフェイスのメットをとると女性ライダーだった。

井川遥激似の癒し系超美人であった。

井川遥も雨の中、Tシャツにジーンズといういでたちで、シャツが透けている。

 

「ブラックですね。」

 

思わず声を出した。

 

「なにのことかしら。」

 

井川は優しく照れる。

 

「旅ですか?」

 

それとなく俺は尋ねる。

 

「そうよ、あなたのように歩いているの。

 バイクで送るからさっさと乗りなさい。ムヘへへへへへへへへへっへへ」

 

「ワーーーーーー」

 

夢だった。

魅惑と不気味な夢から覚めた。

 

雨は上がっている。

素早くテントを撤収して、四万十川に沿ってペダルを漕ぐ。国道441号線から国道381号線へ。国道381号線と国道56号線の合流付近の37番札所「岩本寺」に参拝。続いて36番札所「青竜寺」に参拝して、憧れの桂浜にやってきた。

桂浜といえば坂本龍馬だ。

龍馬さんがこよなく愛した太平洋が一望できる絶景浜だ。

四万十川の山と谷も素晴らしかったが、遥か彼方まで見渡せる太平洋の水平線も素晴らしい。

坂本龍馬ほど変幻自在に自分を変化させた偉人はいない。昨日の職業仙人遍路さんの大河の一滴の話とかぶる。

 

 

龍馬さんには様々なエピソードがある。

当時、土佐では長刀を差すのが流行っていた。

龍馬さんの知人である檜垣清治も流行の長刀を自慢げに腰に携えていた。

しかし、龍馬さんは檜垣を鼻であしらう。

 

「敵に接近したとき、長刀は役に立たん。

 こいつの方が有効だ。」

 

そう言って龍馬さんは、短刀を見せつけた。

素直な檜垣は長刀をやめて、短刀を腰に携えるようになった。

しばらくして龍馬と会ったときに「俺も短刀にしたよ」と自慢げに告げた。

すると龍馬は懐からピストルを取り出して言った。

 

「短刀よりこちらの方が速い。

 これからは刀より弾丸の時代になるがぜよ。」

 

それから月日が流れ、檜垣が再び龍馬に会った。

龍馬さんは、武器の代わりに一冊の本を脇に抱えていた。

 

「これは国際法の書物だ。

 武力だけでは世界の列強と渡り合っていけないぜよ。」

 

時代や環境の変化に合わせて自分を順応させる柔軟性を身につけることが肝心であることを示す龍馬さんのエピソードだ。

かつてチャールズ・ダーウィンは、

 

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。

 唯一生き残るのは、変化できる者である。」

 

と遺したのと同じだ。

 

では、なぜ龍馬さんは乱世の世の中を変えることができたのだろうか。

海援隊、薩長同盟、大政奉還などの偉業を成し遂げた原動力はなんだったんだろうか。

 

当時は他藩に勝手にいくと罪に問われる生きにくい時代だった。

龍馬さんはそれを覚悟で土佐藩から脱藩した。命を狙われることになるが自由に移動できる身になり、人に会うために全国を移動しまくったのだ。移動距離はハンパない。

龍馬さんがあれだけ時代を変えられたのは、当時としては考えられないほどの移動距離に秘密があったのだろう。

33歳でその生涯を終えるまでの龍馬の総移動距離は、地球一周分に当たる約4万kmといわれている。

鎖国なので外国には行ってはダメ。

他藩にも許可なく行ってはダメ。

ダメダメ尽くしの時代だ。さらに自転車も自動車もない時代に地球一周分の移動だ。

感動ある人生は移動距離に比例するようだ。

 

 

龍馬さんの足元にも及ばないが、真似ることは許されるだろう。

四万十川で出会った職業仙人遍路さんの大河の一滴の話と桂浜に立つ龍馬の銅像が語る時代に応じた生き方。

ここまでやってきたからこそ、見える世界がある。

やはり感動ある人生は移動距離に比例するのだ。

 

 

0858/1000

 

 

私たちが生きているのはいつだ。

過去?未来?そうじゃない。

今だ。今、この瞬間だ!

 

今日をしっかりと締め括れば、明日には新たな展開がある。

 

 

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

 

 

 

伊予国の愛媛県は、40番から65番までの26の札所が点在する。悟りを求める人の意を示す菩薩の道場である。徳島県側に位置する65番三角寺を除く今治、松山市内の札所を巡り、宇和島市方面に進み、手当たり次第に札所を制していく。

神聖なる札所を「制する」という表現は相応しくないのかもしれないが、スタンプラリーのように納経帳に記帳して、本堂で般若心経を一巻唱えて次の札所へ向かう。オリエンテーリングのような感覚だ。

巡る札所の順番は関係なく、モグラ叩きのように札所の参拝が終われば、近くの札所へと移動していく。

 

伊予国の難所は、遍路ころがしといわれる60番「横峰寺」だった。

山岳寺院への厳しい急勾配の道は巡礼者を転げ落とし命を落とすことがあったことから、巡礼者を試す難所のことを遍路ころがしと呼ばれる。

難所か遍路ころがしか知らないが、これまで日本全国の名だたる峠をことごとくクリアーしてきたのだ。軽いギアでゆっくり高度を上げていけば楽勝なのだとお気楽モードで挑む。持久戦に持ち込まれようが、俺には鍛え抜かれた脅威の脚力がすでに備わっているのだ。

国道11号線沿いの札所を制し、横峰寺へと続く山道を目指す。

標高750mの横峰寺は、西日本最高峰の石鎚山の裾野に位置する山深い札所であるものの、有料道路が完備されている。自転車走行が可能な道であれば、大丈夫である。

63番「吉祥寺」参拝後、松山自動車道の高架橋をくぐると、後は横峰寺に続く一本道。ここから横峰寺までは約15kmの距離だ。

 

眼前には折り重なる山々の絶景が広がる。

山あり谷あり。

所々清流のせせらぎをBGMに心地よい疲労感が全身を包む。

まだまだ序盤。マイペースでペダルを漕ぎ続ける。途中、平野林道の料金所を通過する。

この辺りから様相が一変する。

傾斜が半端ない。

15%超えの山道が続く。

高度を上げるたびに傾斜がキツくなる。

路面のアスファルトは割れてガタガタ。大きくえぐれて穴ボコを縫うように走る。

軽いギヤでサクサク上れるのはマンガの世界。現実にはこんな激坂じゃありえない。

ペダルに全体重を掛けて、ハンドルを力いっぱい引きながら、全身の筋肉を総動員して、ひと漕ぎひと漕ぎを重ねる。

自転車の荷物の重量が身にこたえる。

一漕ぎしても荷物の重みで進まない。脚がパンパンに張っている。汗が滝のように流れる。

追い抜いていく軽トラックのエンジン音は、全開フルスロットル。エンジンが焦げるような排気ガスが充満する中を走るがなかなか進まない。

心は何度もボキボキに折れる。

まるで「SASUKE」の反り立つ壁のように行く手を阻む急勾配の上り坂。坂というより壁に近い。傾斜は20%をゆうに超える。

先程までのお気楽モードはどこへ行ったのか。

頭の中は、残り何キロ?

残り何キロ?

どこまで続くんだ、バカヤロウ。

 

 

苦しさの連続だ。

今ここで諦めたらクセになるで。

あと少しだけでいい、頑張ってみろ。

あと少しだけでいい、苦しんでみろ。

自分にそう言い聞かせてペダルを漕ぎ続ける。

梅雨入り前の気温30度を越える蒸し暑さも手伝って、全身の汗が奪われ喉がカラカラだ。

「峠は足つき無し」をモットーに日本の海沿いの名だたる峠の数々を走破してきたが、横峰寺の反り立つ壁に敗れ去った。最後の数キロは自転車を押して進む。

ようやく、山門近くの駐車場に到着。

疲労困憊で倒れ込むように座り込む。しばらく立ち上がることができない。

自動販売機で立て続けにジュースを3本飲む。枯れ切った花に水をやり全身に精気が行き渡るように、水分を出し切った身体が生き返るような感覚になった。

 

このドMともいうベき苦しみを味わうことを楽しんでいる自分がいる。

毎日、自転車で走っているうちに、苦しさと楽しさは一体のものだと分かってきた。

硬貨の表裏が一体のように、苦と楽は一如なのだ。

自転車お遍路は、本来、苦しくて楽しい。

苦しい、はやくここから逃れたい一心では、身心はマイナス因子に蝕まれてしまう。

今、自分はこの難行苦行の連続である自転車遍路をやっている。

誰かに強要されたわけでもなく、自分の意志でやっている。

こんな機会を持ち得たことは幸せなことだ。

そう思えば、苦しさの中にも充実がある。充実の中には楽しさがある。

苦しみの底に楽しみがあることを、もはや身体全体で感じている。

苦しみを辛抱すると時が経って楽しみが訪れてくることもあるだろう。

しかし、ここでは苦しさの中に同時に楽しみがある。

苦しさから逃れてはいけない。むしろ苦しみに向き合うのだ。

苦しい。

心臓が破裂しそうだ。

汗をぬぐう。

空を見上げる。

雲が流れていく。

優雅な時間だ。

俺は生きている。

そう思った瞬間、そこに楽しみがある。

カラカラに喉が渇く。キンキンに冷えたジュースを一気の飲み干す。

瞬く間に精気が五体に行き渡って細胞が活性化する。

苦しんでいるからこそ、喜びが分かる。

苦即是楽の世界である。

苦しさの後を振り返ればいつも、今日は良い一日だった、と充実感に包まれた。

 

仏教的な話はこれぐらいにして自力旅的にこれを例えると、この苦しみと楽しみの関係は、サウナと水風呂に似ている。自転車旅のオアシスであるあのサウナ風呂である。

 

 

サウナ風呂というのは、高温灼熱乾燥熱気に耐えて、全身汗まみれになった後、傍らの水風呂に浸る。文字通り身の引き締まるような快感。この心地よさを味わうためにわざわざ自虐的ともいえる汗ダラ地獄に耐えるのである。

乾燥し切った木肌の焼けた匂い。

行き場をなくして密室に充満する熱気。

絶え間なく滴り落ちる額や腕や胸の汗。

熱すぎて息苦しい空気。

すでに限界値を通り越し、まだ余力のあるうちにあの木の扉の向こう側に脱出し、凛とした空気と冷水の中に身を浸したい、という誘惑を断ち切り、もはやこれ以上待てば後は熱死のみ、というギリギリの攻防を耐え忍んだ状態で外に出る。

高温90度の灼熱化した身体を包み込むサウナ部屋から、心臓殺しの水風呂冷水の抱擁。

この灼熱と冷却の繰り返しが、サウナの苦しみと楽しみなのである。

 

「よし、今日もなかなか素晴らしいぞ!」

 

俺はサウナ室の壁に掛けられている砂時計を睨みながら、今日の安心と充実感を味わった。

ここは高知県宿毛市のアサヒ健康ランドのサウナ室である。

 

 

昨日愛媛県の札所を制覇し、高知県へ突入した。

今日は国道321号、通称サニーロードと呼ばれる道を、足摺岬方面に進んだ。

やはり岬に続く道だ。細かい起伏道を何十回と繰り返し進む。難所らしき道はことごとくトンネルとなっていた。長いトンネルを何度も抜け、足摺岬の38番札所「金剛福寺」を制覇。

同じくサニーロードを走り、日本最後の清流といわれる四万十川の河口付近に沿って、アサヒ健康ランドにやってきたのである。本日の走行距離は、134km。

そして今、安住の健康ランドで疲れを癒しているのである。

入浴料1100円。深夜料金500円を追加すれば、たった1600円で快適で安心な睡眠が約束される。

 

 

すでに5セット目に入っている。

そろそろ砂時計は9分を回るところだ。すでに俺の身体の全ての毛穴は開き、幾筋もの汗が顎や腕から滴り落ちている。もうひと踏ん張りする。サウナ部屋がハードであれば、この後の水風呂の快感が倍化する。

サウナと水風呂の儀式は、サウナ→水風呂→外気浴の3サイクルで行われる。

自称サウナーである私は、サウナ部屋12分、水風呂1分、外気浴7分。これが1セットである。

サウナーとは、サウナ愛好家のことだ。

サウナの魅力は、温冷交代浴の効果にある。

温かいのと冷たいのを交代で浴びることによって、毛細血管がその度に伸縮しポンプのように血液を先に送り出す。

その結果、全身の血行が良くなって脳に大量の酸素が送り込まれ、快感ホルモンが分泌される。

サウナーが求めている「ととのう」状態が出来上がるのだ。

「ととのう」とは程よい疲労感に包まれ、スッキリした状態。

 

 

12分砂時計が終わり、結びの儀式である水風呂で身を清める。

儀式があるから、これはもう武道や茶道、花道などと同じ世界なのである。

このサウナの苦しみと楽しみを体現する世界を「サ道」と呼んでいる。

サウナ道を5セットこなし、すっかり全身の水分を出し切り、温冷交代浴でととのった。

自力旅はサウナと同じだ。

苦しいと思えば苦しい。

楽しいと思えば、これほど楽しいものはない。

苦しみの中には充実がある。

もちろん充実の中には、楽しみがある。

そして、苦しみの先に待っている最大の楽しみは、キンキンに冷えた生ビールなのだ。

ぐふふ・・・。たまらん。

菩薩の道場での悟りは、苦楽一如の精神なのだ。

 

 

0857/1000

 

 

あなたの才能は

今日のあなたの

行動によって

開花されることを

待っています。

 

やらずにあれこれ考えていても何も始まらない。

とにかくやってみなはれ。