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つまづいた石は踏み石にもなる。
あの時、つまづいた石は宝石だったのね。
自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜
今日の日記は、女性、もしくは上品関係の方は読まずにスルーして下さい。
出し方と恐怖体験の問題に迫る。
食べ方にさまざまなスタイルがあるように、出し方に関しても同じことがあるように感じる。スッカスカの空腹を満たす満足感や辛抱を重ねた末のスッキリ感。
不便なワイルド自力旅には、こういう出し方も存在することを知ってほしい。
自転車日本一周旅は、九州の宮崎県日南海岸を北上し、宮崎市、延岡市を走り抜け、大分県に入った。今日もいつもと同じように、国道10号線を快適なスピードで小倉方面に進んでいた。
「今日も最高の天気だー」
などと鼻唄を歌いつつ、いつもと変わらない体調とスピードでペダルを漕いでいた。
ちょうどその頃、沖縄県のはるか南方の雨雲が集まり、季節外れの台風90(クソ)号が形成されていた。はるか何千キロメートルかなたのちっぽけな雲の集合体のささやか過ぎるみぢんとも感じないほどの衝撃だった。
最初にズンときたのは、大分市、別府市を過ぎ、国東(くにさき)半島に差し掛かった時だった。
国東半島は大分県の北東部に位置する九州のタンコブのような形状をしている。半島の付け根に沿って国道10号線が通り、半島の海岸線に沿って国道213号線が走っている。
急な腹痛はたまにある。激しくペダルを漕いで汗を流せば、すぐに治まるのだと、のんきに構えていた。
消滅するであろうと思われていた台風90号は、徐々に勢力を拡大しながら、どんどん北上を続けていた。
その気になれば、出せるが、まだまだ辛抱できる範疇の衝撃である。そのうち自転車で走っていたら、公衆トイレやコンビ二があるだろう。まだまだ余裕、大丈夫、辛抱しようと国東半島の海岸線国道213号線を巡る。
しかし、台風90号は、すさまじい勢力に成長し、先島諸島をまる飲みしそうな勢いで、九州地方に迫っていた。
すでに、奄美地方、九州南部には、雷、大雨、洪水の危険警報が発令されていた。
背後に恐ろしい勢力が迫っていることにまったく気づいていないバカ男は、公園もコンビ二も見つからないまま、ペダルを漕ぎ続けていた。
国東半島は、トンネルと寺院がとても多い。半島特有の起伏の激しい道路整備のためにトンネルが作られている。寺院が点在するのは半島の中腹に位置する。
二度目のズンがきた。
腹の中をかき回すようなゴロゴロが鳴り、あふれ気味になって初めて男は、ヤバイと気づいた。
スピードを上げる。寺院に行けばトイレを借りることができる。しかし、山の中腹までは上り坂が続く。それぐらいだったら、やや起伏はあるものの海岸線を走り続け、トンネルを抜けた先に公衆トイレ、コンビニがあればラッキーと期待を寄せる。しかし都合よく事は進まない。
男はサドルに下半身を密着させて超高速回転でスピードを上げる。立ち漕ぎは危険だ。漏れるかもしれない。
シーズンオフの海の家のような場所に逃げ込み、すべてを吐き出す方法もあったが、男の頭にはローソン、公共トイレしか浮かばなかった。
台風90号は、雷、大雨、洪水特別警報を引き下げて、九州、鹿児島、宮崎、大分地方を暴風域に巻き込み始めた。
国東半島はすごい雷と大雨で、土砂崩れ寸前である。
男は走りに走り、遠くに水色の看板を確認。
ローソンだ。ホッと頬が緩んだ。頬と共にあっち方面も緩み、危うく土石流が別府湾に放出されるところであった。
コンビニに到着。後輪が焦げるほどの自転車ドリフト緊急停車。
トイレに駆け込む。
男だろうが、女だろうが、先客などお構いなしにドアをこじ開けて、コトをすます気持ちだった。
ドアの向こうに夢があるなら、ドアが開くまで叩き続けるのでは遅い。こじ開けるのだ。
幸いにして空いており、短パンをおろしコトの体制に入った。
猛烈な勢いの台風90号の嵐だったが、土手の決壊は寸前の所で免れたのだった。
何事にも変え難いこの「スッキリ感」。
辛抱が見事に昇華された証がスッキリ感だ。便も人生もこのスッキリ感が大事だ。途中で挫折してもこのスッキリした気持ちでいると変に気負うこともなく、後悔もない。やり切ったという自分らしさが生かされ自然体でいられる。このスッキリ感の発露は辛抱だ。
辛抱と我慢は違う。
辛抱が肝心なのだ。
辛抱とは、環境の苦しさに流されないで向上心を持ち続けること。
我慢とは、精神的肉体的に苦しくて訴えたい気持ちを発散させないで抑えること。
我慢の先には不満があり、辛抱の先には希望が輝く。
話は変わってその日の深夜の出来事だ。
日中の「出し方の問題」の衝撃を上回る体験だ。
ほとんど寝付けなかった。
寝付けなかった理由は恐怖体験だ。
人生で初めて「金縛り」というものに襲われてしまったのである。
深夜未明、いきなり、目がガチンと覚めた。
まなこは、しっかりしているのだが、頭の中が、かく乱している。
まず、ここはどこだ、いったいオレはどこに寝ているのだと、自分の居場所がはっきりしない。
冷静に考える。
国東半島の野原にテントを張った。
植木林の垣根で人目のつかない、見た目はとても感じのいいフワフワの草地に野営しているのだ。
と理解できたのと同時に、体が動かないことに気付いた。
手や足はおろか、首さえも動かせない。かろうじて目玉のみが動き、そこで初めて「金縛り」であると悟った。
(金縛り。すなわち血を流した老女。すなわちとりつき。すなわち恐怖体験。)
このあと、女化した高木ブーが、セイウチのように足元から這い登ってくるに違いない。
そして、血を流しながら高木ブーが、顔のところまで来て、ヌラリとした冷たい手で首などを絞めてくるに違いない。
きっとそうなのだ。
(ワ~~~、やめてくれ〜。)
声を出そうにも声にならない。
必死で動く目玉で足元を見る。
血を流した高木ブーはやってこなかったが、恐ろしくてその後、眠れなかった。
金縛りにあった時間は、ほんの5分ほどだった。
しかし、かなり長く感じ、見てはならないものが出現しそうな不気味な恐怖体験であった。
翌朝、素早くテントを撤収し立ち去ろうとした。
垣根の向こう側は、古墳だった。
こういう体験は失敗ではなく、経験と思えばいいのだ。
そのほうが気が楽になる。
良くない出来事は、最悪を避けさせるシグナルだ。
男って奴は想定外の出来事に遭遇した時、腹を決めて受け入れねばならない。
それだけで一回りも二回りも大きな人間になれる。
男を磨くってそういうことだ。
全てを善意に解釈し面白がる。
これも自力旅を快適にする秘訣だ。
自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜
ゴールデンウィークの間、大変お世話になった民宿「霧島荘」を出発する日がやってきた。
田之上さん御夫妻は最後まで僕の事を我が子のように接して下さった。ありがたい気持ちでいっぱいだ。
別れの朝は、新緑薫るさわやかな5月の風が吹いていた。
夫婦そろって見送って下さり、昼食のお弁当とアルバイト料を手渡され、握手で再会を誓った。
霧島連峰からの追い風と優しい心を受けて、山深い霧島から美しい景色が続く日南海岸の都井岬を目指してペダルを漕ぎ始めた。
なだらかな下り坂が続く都城市を抜け、日南市の美しい海岸に出た。
しばらく海沿いに走ると、石波海岸に出た。
その海岸から150㍍ほどの沖合いに周囲3㌔ほどの島があった。
幸せな島と書いて幸島(こうじま)という。
今晩はこの幸島が見える石波海岸にテントを張る。
この島には大変ユニークな文化人猿が生息しているという。
砂の付いたイモを海水で洗い塩味をつけて食べる猿がいるというのだ。海水で芋を洗って味をつけるという1匹の日本猿のとった行動が、自然と周りに伝染していったという。
やがてこの島に住む約100匹の猿は、海水でイモ洗って味をつけて食べる習慣が身についていくのだそうだ。
本来、餌となるサツマイモは泥つきが多く、手で泥を落として食べるのが普通なのだが、川の水でイモを洗い、そして海水で塩味をつけて食べるという1匹の猿が取った行動が周りに伝わったという話なのだ。
なるほど、なかなかユニークな知恵のある賢い猿たちだな、で話は終わるのであろうが、幸島の猿はそれだけではない。
なんと場所を隔てた大分県高崎山の猿の群れでも、突如としてこの芋を洗って食べる行動がみられるようになったというのだ。
幸島から高崎山は、200キロ以上離れた場所である。
物理的、空間的にこの2か所の交流は皆無に等しい。それにも関わらず幸島の猿と同じ行動が見受けられるようになったのだという。
人はこの現象を「100匹目の猿」というようになった。
この現象は、
「ある一定数以上の想いが集まり集団内に広まると、その意識は無関係な他の集団にも超常的に伝播する」
と説明がある。
非科学的なうさんくさい何の根拠もない不思議な現象ではあるが、私は、この現象を信じたいと思った。ささやかな希望を感じたのだ。
昨今のニュースを見聞きしていると、どうもやりきれなさと虚しさばかりが込み上げてくる。
輸入牛肉偽装問題、政治とカネをめぐるスキャンダル、管僚の不祥事、エリートといわれる方々のイヤラシイ問題が載積な社会となっている。
どうせ、自分一人だけが世の中のためになることをしたって、バカを見るのは自分でズルイ奴らが甘い汁を吸っている。正直者がバカを見る社会で善行為を積んだってしょうがない。だったらやらない方がいいんじゃないの。
世の中はもちろん自分自身にも期待もしない。
虚しさを感じるだけのさびしい自虐的な昨今となった。
しかし、この「100匹目の猿」現象には、ささやかながら希望の光を感じた。
豊かな社会を映す小さな希望の一灯にはなりやしないか。
小さな正しいこと、一人から始める善い行いが、一定の人々に共感を得られれば、その思いは時空を超えて、広く伝わっていくのではないか。
自分の行動など微々たるものかもしれないが、その思いや行動が人に受け入れられる良いものであったとすれば、自然と伝染していくのが、人の道ではないだろうか。
人間は、ひとりひとりは微力だが無力ではない。
微力が集まれば美力、凄いことができる。
俺たちの力は微力だけど、決して無力ではないのだ。
社会に新しい風を吹き込む一助になるのではないだろうか。
だったら、僕は「100匹目の猿」現象を信じよう。
一人テントの中でそのようなことを考えた月夜の晩だった。