第39話「君は信じるか。100匹目の猿現象を」(宮崎県) | 地鶏

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自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

ゴールデンウィークの間、大変お世話になった民宿「霧島荘」を出発する日がやってきた。

田之上さん御夫妻は最後まで僕の事を我が子のように接して下さった。ありがたい気持ちでいっぱいだ。

別れの朝は、新緑薫るさわやかな5月の風が吹いていた。

夫婦そろって見送って下さり、昼食のお弁当とアルバイト料を手渡され、握手で再会を誓った。

霧島連峰からの追い風と優しい心を受けて、山深い霧島から美しい景色が続く日南海岸の都井岬を目指してペダルを漕ぎ始めた。

なだらかな下り坂が続く都城市を抜け、日南市の美しい海岸に出た。

 

しばらく海沿いに走ると、石波海岸に出た。

その海岸から150㍍ほどの沖合いに周囲3㌔ほどの島があった。

幸せな島と書いて幸島(こうじま)という。

今晩はこの幸島が見える石波海岸にテントを張る。

 

この島には大変ユニークな文化人猿が生息しているという。

砂の付いたイモを海水で洗い塩味をつけて食べる猿がいるというのだ。海水で芋を洗って味をつけるという1匹の日本猿のとった行動が、自然と周りに伝染していったという。

やがてこの島に住む約100匹の猿は、海水でイモ洗って味をつけて食べる習慣が身についていくのだそうだ。

本来、餌となるサツマイモは泥つきが多く、手で泥を落として食べるのが普通なのだが、川の水でイモを洗い、そして海水で塩味をつけて食べるという1匹の猿が取った行動が周りに伝わったという話なのだ。

 

なるほど、なかなかユニークな知恵のある賢い猿たちだな、で話は終わるのであろうが、幸島の猿はそれだけではない。

なんと場所を隔てた大分県高崎山の猿の群れでも、突如としてこの芋を洗って食べる行動がみられるようになったというのだ。

幸島から高崎山は、200キロ以上離れた場所である。

物理的、空間的にこの2か所の交流は皆無に等しい。それにも関わらず幸島の猿と同じ行動が見受けられるようになったのだという。

 

人はこの現象を「100匹目の猿」というようになった。

 

この現象は、

「ある一定数以上の想いが集まり集団内に広まると、その意識は無関係な他の集団にも超常的に伝播する」

と説明がある。

非科学的なうさんくさい何の根拠もない不思議な現象ではあるが、私は、この現象を信じたいと思った。ささやかな希望を感じたのだ。

昨今のニュースを見聞きしていると、どうもやりきれなさと虚しさばかりが込み上げてくる。

輸入牛肉偽装問題、政治とカネをめぐるスキャンダル、管僚の不祥事、エリートといわれる方々のイヤラシイ問題が載積な社会となっている。

どうせ、自分一人だけが世の中のためになることをしたって、バカを見るのは自分でズルイ奴らが甘い汁を吸っている。正直者がバカを見る社会で善行為を積んだってしょうがない。だったらやらない方がいいんじゃないの。

世の中はもちろん自分自身にも期待もしない。

虚しさを感じるだけのさびしい自虐的な昨今となった。

 

 

 

しかし、この「100匹目の猿」現象には、ささやかながら希望の光を感じた。

豊かな社会を映す小さな希望の一灯にはなりやしないか。

小さな正しいこと、一人から始める善い行いが、一定の人々に共感を得られれば、その思いは時空を超えて、広く伝わっていくのではないか。

自分の行動など微々たるものかもしれないが、その思いや行動が人に受け入れられる良いものであったとすれば、自然と伝染していくのが、人の道ではないだろうか。

 

人間は、ひとりひとりは微力だが無力ではない。

微力が集まれば美力、凄いことができる。

俺たちの力は微力だけど、決して無力ではないのだ。

 

社会に新しい風を吹き込む一助になるのではないだろうか。

だったら、僕は「100匹目の猿」現象を信じよう。

一人テントの中でそのようなことを考えた月夜の晩だった。